衛宮士郎 "先生概念"【GRADATION ARCHIVE】 作:神宮寺志狼
「ただいま。」
「おかえり!士郎!
無事よね!?」
別館の扉を開けば下江がトタトタと廊下を走って出迎えてくれた。
「あぁ、この通り傷一つないぞ。
特に何も無かったし。
なんだよ急に心配症になったなコハル。」
「急にも何もあんなの聞かされたら心配になるわよ!
弾丸1発で怪我するって言うのにその上生徒と喧嘩したら...ええと....なんでか分からないけど体内で弾丸が爆発しちゃうんでしょ!この前みたいに!」
この前。
浦和に拒絶された俺の口から弾丸がこぼれ落ちる様子を、補習授業部全員が見ているうえに、ワカモがもう既に説明済だ。
どう足掻いても誤魔化せない。
それに───
「そうだな....俺にもどうしてこんな事になってるのかは分からないけど。
とりあえず全部話すよ、俺の口から。」
「士郎さん。
お疲れ様でした。
ささ、こちらへ。」
遅れてやってきたワカモ。
「あぁ、留守番ありがとなワカモ。」
食堂では、ヒフミ、アズサ、浦和が待っていた。
「おかえりなさい、先生。」
「おかえり、シロウ。」
「ご無事なようでなによりです♪︎」
皆ホッと溜息をついて、笑いかけてくれる。
「あぁ、ただいま。
皆、心配かけて悪かった。
....長くなったけど、色々話そう。」
俺はこれまでの事。
冬木で起きた聖杯戦争で魔術師として戦い抜いたこと。
そして、キヴォトスに来てからの縛りについて。
何が出来て、何が出来ないのかを話した。
「.....生徒に剣を向けることはおろか、本音で会話することすら出来ない.....。」
ヒフミの悲しそうに言う言葉を、肯定する。
「あぁ...."先生"として相応しい振る舞いを要求されてるって言った方がいいのかもな。
「先生が生徒を傷つけることがあってはならない」。
だから、ちょっとした口喧嘩からでた言葉にも適用されて、傷つけた分傷つけられる。」
「 .....。」
「あ、だからって勘違いしないで欲しいんだが。
別に口から出まかせなんて言ってるつもりはない。
自分が思ってない様なことは一言も言ってない....と思う。
少なくとも俺は自分の言葉でお前たちと話してるつもりだ。」
そうであると、俺自身は信じている。
「無論だ、そうであっては困る。」
「ですが、衛宮先生がミスを───いえ、傷を負う度「自分ではない「先生」」に置き換えられているんですよね?」
「....そう、らしい。
俺にはあまり実感はわかないけど。」
自分とは恐ろしい。
ここに居るのはリアルタイムの自分な訳で、昨日の自分なら絶対にしないようなことが、「当たり前」になっている可能性だってある。
「その「呪い」を解くことは出来るのですか?」
少し考えた後、浦和の問に答える。
分かっていることなどあまりないのだから明言はできない。
「....多分出来る。
けれどその後の俺がどうなるのかは正直分からない。
だから、それは本当に困った時の最後の手段にするつもりだ。
この枷は、どうも俺を守ってもいるらしい。
解いたらどうなるか見当がつかない。」
最悪解いたその瞬間、俺はキヴォトスから消えるかもしれない。
「.....。」
「大丈夫だ。そんなことにはならないよ。」
一通りの話を終え時間も遅いので今日は解散となった。
浦和の姿を見るなり、側へ近寄る。
「....?
衛宮先生?」
「ちょっといいか?」
「────悪かった。」
思い切り、頭を下げた。
このまま、なぁなぁで済ます訳にはいかない。
衛宮士郎は浦和ハナコを傷つけた。
その事実は以前変わらないまま。
なればこそ、どうして何も無かったかのように接することができようか?
「.....その謝罪は何に、対してでしょうか?」
「もちろん、お前の気持ちを何も考えずに好き勝手言った事に対してだ。」
「.....。」
気まずそうな表情。
「気にしてません」とも口から出てこないのだから、本当に彼女の気に障るような対応をしてしまったのだろう。
「もう、俺は二度と事情は聞かないし、踏み込むつもりはない。」
浦和は少しの間目を閉じ、何か思考を巡らせてから言葉を出した。
「....それは何の為に?
私を傷つけたくないから?
自身が「生徒を傷つける」という事実で傷つきたくないから?
それとも貴方が「先生」だからでしょうか?」
言葉というより、尋問に近い問いかけ。
「理解する為の努力をやめてはいけない」と言っていた貴方が。
その
「待ってくれ、そうじゃない。
むしろ逆だ....。
こんなこと言うと怒るかもしれないけどさ、お前の事を見限るとか、諦めるとかそういうんじゃない。」
理由は、言葉にはし難い。
元々ミカから聞いていた情報。
それに対して「補習授業部」に入部させられるような成績を取っていたにも関わらず、初回のテストは事実上の全問正解。
満点だ。
どうして彼女がそんなことをしたのか。
それは───
「.....お前が第一次学力試験で出したあの結果。
あれは、俺がお前に対してどんな態度や扱いをするかの振るいだったんじゃないのか?」
「.......。」
彼女は何も言わないまま、瞼をおろし俺の視線を切った。
止めないと言うことは、そのまま話してもいい、ということだろうか?
「過去、お前に何があって今に至るのか。
俺にはわからない。
でも、間違いなく言えることがある。」
「 ......なんでしょう。」
これは、間違いない。
「....浦和、お前は頭がいい、多分それこそ天才って言っていい部類だ。
昔の俺の同級生にも優秀な生徒がいたよ。
何処にでもいるだろ?才色兼備の学年のマドンナって奴。
でもそいつの正体は猫を被ってた「あくま」だった。」
「....はい?」
流石に今の流れから出てきた単語に驚いたのか閉じていた目を開き、苦笑いのような驚いた表情をした。
「あ、あくまって言っても別にデビルとかデーモンとかサタンじゃない。
学校じゃ澄まし顔の憧れの少女。
だけど優秀なのはそのままに性格はきっついわ、ツンケンしててたまに人を邪険にあしらったりするし。
向かってきた相手は容赦なくボコボコに、それも執拗に相手が再起不能になるまで叩くヤバい奴。
でも俺の認識が間違ってない所もあった。
優しくて、割り切れてる癖にどうしようもなく他人に対して線を引けない部分もあって面倒見の良い部分もあった。
遠坂は天才で秀才でもあったけど、そういう奴は大体本当の姿を隠してる。」
思い出す。
あのツインテールの、赤い少女の事を。
「でも遠坂は優秀な生徒ってだけあって学校での評判は"成績優秀な奴"だったし、別に目立ちたくないとかで手を抜くようなやつじゃなかった。」
頭が良いやつが悪いフリをする理由。
しかもそこそこに手を抜くとかじゃない。
能ある鷹が爪を隠すのはいざという時の為で浦和はそうじゃない。
常時爪がないように見せようとしているその姿はまるで自らの爪をもぎ取り「戦えない」事を周囲にアピールしているみたいに思えた。
それにそうするなら逆にヒフミのような
最悪50~60点位を右往左往してもいい。
「頭の良さとか回転が早いのはそれだけで武器になる。
なんせ自らに降りかかる面倒事だって、簡単にこなしたり、そもそも火の粉が振りかからないように立ち回ったりできるからな。
でも、お前はそうしないし、しなかった。」
「買いかぶり過ぎでは?
私は──」
彼女の否定を肯定しつつ、流す。
「そうかもな、そうかもしれない。
でもそこはどうだっていいんだ。
とにかくお前はその「成績の良さ」が起因になってこんな事になってる。
それが何かを目指してて、諦めた反動によるものなのか。
目立ってしまったが故に周囲から視線が嫌になったのか、はたまた孤立しちまったのかは俺にはわからないけど。
...いや、諦めたってのは、何か違うな。
お前は自分に対してはどうか知らないけど少なくとも「誰か」に対して諦めたりなんてしていない。」
「....仮にこれまでの推論が正しかったとして、どうしてそんな事が言えるんです?」
「どうしてもこうしても、ヒフミにアズサ、コハルに勉強を教えていたからだよ。
あの時の浦和の表情は、明るかった。
何もかも諦めた人間の目じゃない。」
なりたかったものに、なれなかった、と。
理想を諦めた者の瞳を、俺は知っている。
「......浦和。
補習授業部は楽しいか?
ヒフミ達の事は好きか?」
「.......はい。」
彼女は、頷いた。
「なら、俺はそれでいい。
お前達が楽しく勉強や生活が送れているなら構わない。
だから、お前の今後の振る舞いとか、テストの点数も追求しないし、余計なことは言わない。
浦和、どうするのかはお前が決めてくれ。
自分が不合格になったら他の皆が退学だからとか、そんなこと気にしなくていい。
自分の道は自分で選ぶんだ。」
さらに唖然とする浦和。
「────。
な、何を言っているんですか?
衛宮先生はヒフミちゃん達に「私の為に一緒に退学しろ」と仰るんですか!?
何を馬鹿な事を.....!」
まぁそりゃそんな反応になる。
勿論、そんなことを言うつもりはない。
「.....明日、桐藤に会いに行って「裏切り者」なんて居ないって、説得してみる。
それでダメだったなら────桐藤込でのトリニティと敵対してでもお前たちの事を守るよ。
だから、お前は好きなようにしていい。
こうじゃなきゃいけないなんて自分や誰かに縛られる事なく──」
ティーパーティーの生徒に「トリニティに喧嘩を売るつもりはない。」なんて言った矢先にこれだ。
申し訳ないとは思う。
ただ「浦和ハナコ」に自由であって欲しいと思っただけ。
いま迄、理不尽にも傷ついてきたであろう彼女には。
「────今更、そんなことを言われても...私は...
....今日は、ここまでにしましょう、皆さんに怪しまれてしまいますし...。
失礼します。」
「っ...」
困惑した様子で後ろを振り向いて部屋へ戻っていく浦和。
───呼び止める事はしない。
それと同時に言いたいことを全部言えたかと言うと、それは違う。
飲み込んだ言葉だってある。
これまでの浦和が周りとどう接して来たかは、分からない。
けれど、彼女が自ら述べた通り、補習授業部での彼女は毎日楽しそうに過ごしていた。
あの笑顔は、貼り付けた仮面なんかじゃない、本物だ。
だから───
「「お前がヒフミ達とこれからも仲良くやっていけるように尽力して欲しい」なんてのは本当に俺の自分勝手な意見だよな....。」
浦和が何を思って自分を低く見せているのかは知らない。
それでも、彼女がこれまで選んできた道を、否定する事は俺にはできない。
その理由によっては貫いて欲しいとも、思えるのかもしれない。
けれど、その道は、孤独だ。
ヒフミ達に理解してもらえるどころか袂を分かつ選択。
「どうして、こんなにも理不尽なんだろうな...。」
本当に自分勝手な人だと、思った。
数日ぶりに話した彼の言葉は、急変した。
責めるような言動は何処へやら。
酷いまでの、手のひら返し。
「本当に自分勝手な人....。」
その声に顔を上げる。
「..ワカモちゃん。」
その表情は険しい。
「士郎さんと話をして、傷つけてしまったら?などと考えているのではありませんか?
他ならぬ貴女が逃げているのではありませんか?」
「私が....衛宮先生から逃げている?
そんな事は──」
ない、と言いたかった。
しかし、見透かすような視線に、その先の言葉は出なかった。
「....あの方は、ずっと悩んでおられます。
ああ見えて士郎さんが「先生」となったのはほんの数ヶ月前。
どうすれば「先生」となれるか、いつも迷い、考えておられます。
生徒に寄り添う為に、どうすれば生徒の事を知れるか、理解できるか。
ただでさえ、あの方がいた場所と此処では常識の差も激しいと言うのに、「枷」などがついてしまった。
何に対して、どのように叱るべきかすら、彼は迷いながら選択しています。」
「.......。」
「分かっているのでしょう?
士郎さんが、貴女に述べた言葉の数々。
あれは全て貴女のことを考えての事。
決して、貴女を蔑ろにしていた訳ではありません。」
「.......。」
分かって、いた。
「まさか、理解していないわけではありませんよね?
例えば、「ヒフミさん達に不義理だ」と言ったその本当の意味は───」
「.....私が彼女達から、責められないように...ですね。
もっといえば、補習授業部で孤立しないように、ですか。」
考えていたことを、思考をワカモちゃんに読まれた。
────言われなくても、そんな事は知っていた。
「先ほどの会話の中で、士郎さんの貴女に対する態度も、決して手のひら返しなどではありません。
確かに方針は変更した御様子ですが。
自らが「こう」と決めた事は決して曲げない御方ですから。
そして、慈悲深く、お優しい方でもあります。
困っている生徒は誰一人として
そうお考えの方ですから。」
「.........自分勝手だったのは、そうです、私です。
あの人なら、「先生」なら私の事を理解してくださるかもしれない、なんて。
都合よく見てもらって、都合よく守って貰いたい...だなんて。」
「.....士郎さんがマンツーマンで勉強、面談がしたいと言った時がありました。
あれは、私が提案したものです。」
そうして、彼女はとある問題用紙を私に渡した。
「これは.....。」
一件すると普通の問題集。
しかし巧妙な迄に隠された意図が存在した。
漠然とした条件の計算式。
正しい答えのない選択問題。
誤字脱字の多い文章。
「私は士郎さんにこの問題を貴女に敢えて解かせるよう、助言を致しました。」
「──────。」
これは嫌がらせにも近い。
正に
これを渡されて解こうとすれば、私は間違いなく試験としての問題を指摘していただろう。
それは、つけていた仮面を剥がされるような行為。
「不幸中の幸い、ですね、今ならこの選択が間違いであったことが分かります。
あの日ティーパーティーの生徒による襲撃がないまま面談を行っていたら───」
間違いなく、私は衛宮先生に対して心を閉ざしていただろう。
「確かに士郎さんや私、そしてヒフミさんは貴女に対して不信感、不安感を募らせていました。
その当時は補習授業部の本当の姿を知らなかったのでそこまでで必死ではありませんでしたが。
それでも補習授業部員浦和ハナコを助けるために貴女を詮索していた事は事実です。
本当に、申し訳ありませんでした。」
目の前の狐坂ワカモが、まさか廊下の床に膝を。
正座をして三つ指で平謝りするなんて予想外だった。
彼女はプライドが高く、私たちを見下す発言も多かった。
だからこそ、たまに弄ったり、彼女を困らせようと画策したりしていたのに────
その彼女は、衛宮先生以外に対して謝罪の態度を見せた。
それが私にとって理解できなかった。
彼女にとって私など取るに足らない存在だろうに。
「.....私は、どうしたらいいのでしょう。」
「.....本当は、もう決めているのではなくて?
ただ士郎さんはおそらく────。」
「補習授業の様子はいかがですか?」
「今は模試を行ってる。結構順調だぞ。
この何回かで確実に本番の合格ライン範囲まで入ってきてる。」
第二次学力試験を数日後に控えたある日。
俺は例のテラスで桐藤と対談していた。
.....初めて会った時より傍付きの生徒の数が増えている。
おそらく俺を警戒しての警護を兼ねてだろう。
「....そうですか。」
いい加減我慢できず開口一番にその話題を切った。
「....桐藤、そんな事より、お前言うことがあるだろ。」
そういうと一瞬鋭い目をした桐藤。
───しかし。
「...一先ずは一休みして、段取りを踏んでから───」
「補習授業部の本当の役割は「トリニティの裏切り者」を処分する為。
マコを───藤河を引き抜いたのは俺に対する牽制といざと言う時の人質として使う為。
ついでに言うとセイアの件も
だからこんな状況になってる理由も想像が着くし、ある程度の事は許容してきた。
けどな────」
俺から切り出すと、桐藤は驚いた表情を見せる。
この前ミカのアイスブレイクの件を否定したのはお前自身だろうに────
「それを踏まえても、俺は今非常に怒ってる。」
「.....貴方を騙したことでしょうか?」
首を横に振った。
俺のことなんて、どうでもいい。
「補習授業部に裏切り者なんていない。」
「どうしてそのような事が言えるのですか?
いくら衛宮先生でも他人の心の中など読めないでしょう?」
あぁ、そうか。
「所詮お前にとってヒフミってのはその程度の存在なんだな。
信じてやることも、理解しようとする努力もしないまま。」
「......。」
桐藤ナギサは、諦めたのだ。
他人に対して期待することも、理解しようとする事も。
そうして心を閉ざし、誰かを頼ることも、ぶつかる事もできなくなった。
しかし、いくら鉄の鎧で心を覆ったとしても。
自らがその鎧によって傷ついていく。
「......確かにヒフミさんは、そうですね...。
私にとっては特別です。
ですが────どのように言われても私はこの方針を変えるつもりはありません。
コラテラルダメージ、というものです。
小を殺せば大は助かりますから。」
.....全てを知ったように彼女は語る。
俺はこの時点で桐藤ナギサという少女が苦手だと感じてしまっていた。
ずっと、口から出かけている。
『それはお前の思い込みだ。』
『被害妄想も甚だしい。』
と。
しかしそれを押さえ込み、飲み込んだ。
「別にお前の考えが間違ってる、なんて言うつもりは無い。
ただ、その選択の重さを分かってるのか?
そうだな....俺の、親父の話をしよう。
例えば自分の大事な家族を含めた乗客500人が乗った旅客機内で突如ウイルスによるバイオハザード、パンデミックが起きた。
そのウイルスは未知のもので焼却する以外に消す方法は存在しない。
全員が感染した訳でもないが、空港に着けば空気感染でたちまち都市そのものが壊滅、果ては世界が───なんて、条件だとしよう。
自分の手元にはレーダー式の対空ミサイルが1発。
その男はどうしたと思う?」
そんなもう一択しかないような問題を突きつけた。
これには、すまし顔の桐藤も、青ざめた。
「..........その方は、引き金を引いたのですか?」
「....あぁ、迷いなく冷徹にな。
乗客500人と都市何十万もの命。
どちらも罪のない人々だ。
けれど自然と、天秤にかければ
地上に降りれば、いつか治療法が見つかって。
誰か一人でも生き残れるかもしれない、と小さな希望を抱いてた人々。
誰かに自分の命のバトンを託した人々を、彼は撃った。
ただ感情がなかった訳じゃない。
撃ち込んだ後は、それはもう───」
のたうち回った、と俺は切嗣から聞かされた。
後悔と人という存在が作る憎しみや苦しみから生まれる争いを心底憎んだという。
「他にもある。
500人と300人の乗った船に同時に穴が空く。
多くの人間を助けるために300人の方の船を見捨て500人を活かした。
しかし、船に限界が来たので途中で見つけた船に300と200人で別れて航行をはじめた。
.....途中、船底に穴が空いた。
300人を救うために今度は200人を見殺しにした。」
「.....300を生かすために、500人を───」
瞬間、バツが悪そうな表情に変わるのを、俺は見逃さなかった。
────桐藤ナギサは優しい人物なのだと、そう感じられる。
「この話が、理不尽で嫌なのだと感じたらお前にその方法は似合わない。
俺もこんな話は嫌だ。
こんな事が選択できるのは、ただの心のない機械だけだ。
それでも親父は正しい選択をしたと思う。
だからお前がそれを貫くってのなら、やり方は否定しない。
多少計画に穴があるところは否めないけどな。
だからこそ、忠告する。
やるなら徹底的に
私欲を殺し、理想に徹しろ。
心を鉄にすれば、少なくとも自分自身は傷つかない。」
「────────計画に、穴?」
「お前は矛盾してる。
ヒフミのことが理解できないと言いながら、ヒフミに状況を提供しあまつさえ「裏切り者」を見つけ出せ、なんて命令した。
それに「退学させるために全員落第させる」?
逆に言えば「偶然全員合格」でもしたらその時点で詰みだ。
試験結果を改竄でもしない限り不確定要素の高い条件を設定したな。
これが穴じゃないならなんなんだ。」
「........。」
苦虫を噛み潰したような表情で、俺を見つめる桐藤。
しかし────
「そうですね。
私は私なりに。
衛宮先生の言う通り
ご指摘ありがとうございます。」
なんて冷たく笑って言い放った。
詰まる話───
「じゃあ、お前は補習授業部に関して一切方針を変えるつもりはないと。」
「ええ、それと試験ですが。
基本的に私達の手のひらの上にあります。
急な範囲変更や試験会場、難易度の変更なども。」
カードをチラつかせたところで、こちらの行動が変わるわけもないだろうに。
「....お前がどんな手段を使おうと、俺は補習授業部の皆を守る。
けどな。
お前の敵になるつもりも危害を加える気も一切ない。
むしろ、その「裏切り者」からお前の事だって守ってみせる。
だからせめてお前は自分を裏切るな。
俺が言いたいのはそれだけだ。」
言い終えて、席を立つ。
桐藤の行いを否定することは、なかった。
が、これだけは、言っておかなければ。
「あ、あと1つ。
桐藤。
誰かを犠牲にする行動を正当化するな。
何かを成す為に誰かを切り捨てるならそれは「悪」だ。
その事だけは忘れるなよ。」
それだけ言い終えて、俺はテラスを後にした。