衛宮士郎 "先生概念"【GRADATION ARCHIVE】 作:神宮寺志狼
#/2-1.
「古関、少しは落ちついたか?」
「は....はい。
ご迷惑を、おかけして....その、すみませんでした。」
目の前の少女の目尻は真っ赤に泣き腫らし。
その言動も先程までより力無い。
戻ってきた若葉の出してくれた茶をゆっくりとすする。
その視線の先にはボロボロになった経典。
「あぁ....もう気にするな.....ああなったらもう元には戻らな────」
「いえ、動揺してしまいましたが、大丈夫です。
まだあの
「────はい?」
そんな馬鹿な。
一部は完全に「紙」の原形すらなく、塵に近い、
───いやはっきり言えば、もう一部は「粉」だ。
こんな状態の物を直すなんて、正直魔術でも使わないと無理だと思うんだが。
「無理して見栄はらなくてもいいんだぞ?
こんなの誰が見たって────」
「確かに、普通なら
けれど.....私の腕は"普通ではない"ので....。
信じてください....とは言えませんが...。
私、失敗しないので。」
自分の腕に相当な自信があると同時に、それを嫌っているような素振り。
「古書館の魔術師」って二つ名は、伊達じゃないってことか。
「ただ....ここでは難しいのでこの
古関の視線の先が若葉へ。
おそらく、こう聞きたいのだろう。
「この経典、移動させてもいいか?ってさ。」
「その.....移動させてよいかは、私では判断がつかなくて.....。
どうしましょう?」
まぁ言ってしまえば国宝のような書物を、管理責任者である若葉がいるとはいえ勝手に移動させるのは不味いだろう。
そうなるとサクラコ辺りに許可を取らなければならないのだが。
まぁそもそも破損したというメッセージを送っただけで、正式に届けを出した訳じゃない。
つまり俺たちは秘密裏にこの経典を修復しようとしている。
(コンコンッ)
『衛宮先生、浦和ハナコです。』
頭を抱え始めたところで新たな訪問者がやってきた。
「あぁ、鍵は開いてるぞ。」
失礼します、と一言断って、彼女は礼儀正しく入ってきた。
────正しいのは礼儀だけだった。
「また水着か.....。」
「あら、いけませんか?」
「......。」
唖然としてるのは俺だけじゃない。
それみたことか。
古関は岩のように固まって、若葉は顔を真っ赤に染めて「えっ?えっ?」なんて呟いてる。
浦和にはちょっと時間を作って「TPO」を教え込んだ方が....いやこっちが丸められて終わりか。
こういうのはとりあえずスルー。
「衛宮先生、経典が損壊したと公にするのは状況的に宜しくありません。
その点はお分かりですよね?」
「────あぁ、どういう状況かは理解してる。」
───俺はといえば、その格好と、話す内容の温度差がおかしすぎて風邪引きそうなんだが。
「となるとこれは内々で済ませた方が良いかと思います。
ナギサさんは状況を楽観的に見ているようですが、まぁ式の重要性からして即復元したほうが良いとの共通認識にはなりました。
ただシスターフッドの方がすこし
式の開始を早めようとしている方々が動いているようで....。」
「まさか、経典がこの状態で放置されたことに関係が?」
浦和は俺の問いに対して頷いて答えた。
しかし、歯切れの悪い話し方。
経典が壊れて得をするもの達がいるとも思えないが───
例えば宗教的問題だとしたら。
歴史の解釈が崩れた場合、間違いなく損をする人間達はいる。
「.......要は経典の内容を公表されたら困る連中がいるんだな。」
「恐らくそういうことだと思います。」
シスターフッドも一枚岩では無いということだろう。
浦和でさえ実情を把握してないのだからサクラコにとってはこの状況を放置しているのも、何か考えあってのことなのかもしれないが。
ここで古関が文句と共に眉間に皺を寄せて若葉を睨むように威嚇した。
「やはりシスターフッドの方々の考えてる事は、よく分かりませんね....。
そんな泥々の権力闘争のせいでこの
「ご、ごめんなさい.....私は何も知らされてなくて.....。」
「恐らく古代語が読めない生徒を管理人として配置したのもその辺が理由でしょうね。」
「それならまぁ仕方ありません....それで浦和ハナコさん。
ただ現状確認をしに来た訳ではありませんよね...?」
なんだ?
古関は意外と浦和に動じずしっかり会話ができてるぞ?
やはり自身の手で経典を破壊してしまった事から焦ってないか?
「ウイ先輩、正解です♡
流石に現物が無い、となると大問題です。
その時点で騒動になってしまうでしょう。
ですから、このように
そう言って浦和は箱の中に、自分のカバンから取り出した本をしまい込んだ。
「お前、それなんの本だよ...。」
「うふふっ♪」
彼女は問いには答えずに箱を隠すように教卓の前に立つ。
「という訳で、明日までにウイ先輩には経典を修復していただきます。
必要な材料は何かありますか?」
「
それ以外は古書館に在庫があります。」
膠とは、加工におけるニスのようなもので主に防腐剤に使われるものだ。
確か生物の遺骸由来の加工物。
水苔から作られる
「水苔膠は昔の建築材料によく使われていますから廃材から手に入ります。
聖精水は救護騎士団などで....。」
浦和がこちらに視線を向けてウインクしてくる。
「よし、ならその2つは俺と若葉が集めてくるよ。
古関は古書館で進められるとこやっててくれ。」
ここで名乗りをあげた。
必要な素材まで浦和が聞き出してくれた。
やっぱりこいつのやることと言えばスムーズだ。
「が、頑張ります!」
若葉を巻き込んだのにも理由がある。
手が空いている上に、彼女の罪悪感の払拭に繋がる。
それと、ちょっと知人の言葉を思い出した為に、だ。
「古関。
お前甘い物とか嫌いじゃないよな?」
「.....はい?まぁ....そうですね....。
嫌いでは....ありません....。」
「分かった。
じゃあ行ってくるから、浦和、
よし、じゃあ各自、作戦開始だ。」
「「はいっ!」」
「.....よろしくお願います。」
#/2-2.
「では衛宮先生、先にどちらの素材を────」
「それなんだが悪い、ちょっと待ってろ。
頭の上にはてなを浮かべた若葉を放置して、とある奴に電話をかけた。
『もしもし.....あれ?士郎さんじゃん、こんにちは。
わざわざかけてくるなんてどうかしたの?』
やや不機嫌そうな口調で電話に出た彼女は発信者が俺であると気づくや口調を改めた。
崩した言葉に慣れない敬語を混ぜる話し方をするのが彼女の特徴と言っていい。
「よっ、カズサ。
まぁ聞きたいことがあってだな。
.......なんか落ち着いてるフリしてるけど声が若干荒々しいぞ?
なんかあったか?」
聞くと、「あ~~....」なんて言葉を濁す。
まぁまたナツの突拍子もない思いつきに巻き込まれたのかもしれない。
それならいつも通りなのだが。
『まぁ....ちょっとね。そっちは?』
「あぁ、トリニティ一番のスイーツを所望したいんだが、おすすめはあるか?」
ここでどうしてスイーツが?
なんて若葉は疑問に思っている事だろう。
多分、俺たちに今足りないのは、糖分だ。
これから古関は難解な経典の解読作業をするのだから、糖分は必要だろう。
という訳で指定された材料以外に甘いものを添えて若葉から古関に渡せば多少の関係改善に繋がると考えた。
『いや、あるにはあるんだけどさ.....丁度「それ」の件で立て込んでる───ちょ、ナツ!?私の携────』
『む、その声は衛宮先生か。』
どうやらカズサは携帯をナツに奪われたらしく、会話相手が切り替わった。
「いや、カズサがいま俺の名前呼んでたんだから分かる───待て、ナツ。
お前どうして俺の苗字知ってるんだ?」
彼女達には名前しか教えていない筈なのに。
『どうしてとは?
私たちとてニュースの1つ2つ見ないはずがないだろう。
「シャーレ」の衛宮士郎先生。』
「あ.....。」
失敗だ。
ここ最近の騒動でニュース、新聞。ついでに噂話。
色々な所に俺の名前は出回っている。
『黙っていた事について怒ってはいないが。
少しみずくさいじゃないか。
隠し事をするような仲でもないのに。』
「いや、俺達1度しか会ってないだろ。
そんな旧友みたいな言い方────」
『さて、そこで問題だ。
私達はかなり深刻な悩みを抱えている。
そう、例えるのなら人生という道に落ちている小さな石に躓いて転び、それが後ろの者へ影響して大渋滞を────』
俺の言い分はスルーし勝手に何かを話し始めるナツ。
それの説明すら真剣さと緊急性の欠けらも無い。
「あのな、哲学したいんだったらまた今度にしてくれ。
今はそれほど時間が無いんだ。
カズサに戻してくれ。」
『釣れないねー、生徒が助けの手を求めているというのに。
あっ、待ちた────』
『ウチの馬鹿が失礼しました。』
さっと相手がカズサに切り替わった。
「いや、いいんだけど。
で、ナツの言い分じゃ分からないから聞くけど、何が起こってるんだ?」
『まぁ....相談するだけならタダ....だけど士郎さんの場合自分の要件放っぽり出してこっち来そうなんだけど....。』
仕方ない、と諦めたように言い捨てたカズサは状況を説明した。
「なるほどな。
そのミラクル5000ってのは1日の生産数が限られてる美味いケーキで、有名な上に大人気。
そこに目をつけた不良生徒たちが作り手をトラックことジャックして、高値で売りつけてるって所か。」
『そう。
私達も正直困ってて。
どうしても今すぐ手に入れようとすると、スラム街に行って法外な値段を払わないと、って状況。
話し合いも一度してみた生徒もいるんだけど、上手くいかなかった。』
「どうしてそんなことを....食べ物は普通みんなで分け合って美味しくいただくべきもののはず....。」
若葉は会話を聞いて悲観する。
といっても、だ。
問題解決に時間を割いていては間違いなく復元修理に使える時間が無くなる。
あの状態の経典がどのくらいで直せるのかも検討がつかないなか────
「衛宮先生、私は困っている方がいるのに、見て見ぬふりをする事は出来ません。」
会話を聞いていた若葉は俺より先に結論を出す。
「.....そうだな、案ずるがより──ってやつか。
カズサ、今からそっちに合流する。」
「早く来ませんかねぇ、正義実現委員会。」
「来てくれる...かなぁ?ここ、ほとんどトリニティの外だし。」
「ああもう!ここ最近毎日来てるのに!」
風情のある河原。
そこに沢山のミラクル5000を求めてやってきたと思われる生徒達が集まっていた。
その不満ありげの生徒達をかき分けて四人の姿を探し出した。
「こんにちは士郎さん。
あ、それとも「シャーレの先生」って呼んだ方がよいでしょうか?」
出合い頭。
アイリに揶揄われる。
まぁ、この感じからすると「よくも身分を偽ってたな?」みたいな絡み方ってわけじゃなさそうだ。
「....色々黙ってたのは悪いと思ってるよ。」
「いや、私達はもう気にしてないけどさ。
てか、隣の生徒は?」
「シスターさんでしょ。」
ヨシミの疑問に、すかさずカズサが見たままの状況を伝える。
が、それではなんの説明にもなってない。
「いや、そういう意味じゃなくて.....っていうか、そのくらい私にも分かるっつーの!
もしかしてバカにしてる!?」
「......改めて考えるとその可能性あったわ。」
「はぁぁぁっ!?」
ヨシミが内心腹立たしそうに視線をこちらへ向けている。
女の子にとって糖分は必需品。
放課後スイーツ部ともなれば尚更だ。
「で、どうすんのよ。」
「いや、前と同じで構わないよ。
流石に堅苦しすぎる。」
そう、気楽に応えると、「そっちじゃなくて。」と返される。
「この状況、やはり駒は出揃ったみたいだね。」
「駒?」
「そう、今先程まで私たちに足りていなかった最後のピースが揃った。
それは指揮官だよ、君。」
ピシッと指を俺へ向けて指し示すナツ。
「今こそ反撃の時間だよ。
幸いにもこのご時世、ネットを調べれば相手方の動きなど一目瞭然だ。」
ナツはスマホを叩いてSNS上で条件検索して、相手方の目撃情報から移動ルートを割り出した。
「今こそ、一転攻勢。違う?」
「....だな、流石に転売は行き過ぎている。
みんなで共有するべき味を独占するなんて。
それはもう客じゃない。立派な営業妨害だ。
理由がどんなことであっても、他人の笑顔を奪うことは許されない。
ミラクル5000と、その店員さんを取り戻しに行こう。」
「よし!こうなったら全面戦争よ!」
ヨシミとナツの先導────もとい扇動で多くの生徒達が移動し始めた。
.....やる気十分と言った感じで。
食べ物の恨みとはこうも恐ろしいものか。
#/2-3.
「すげぇ!ボロ儲けだぜ!お前天才かよ!」
脅迫、誘拐、転売を行っている生徒達がいる、という場所にやって来るとガレージ裏から声が聞こえてくる。
「だろ?
なんでもっと早くにこんな簡単なこと思いつかなかったんだろ。」
「何十倍の値段で売りつけても買う奴がいるのも馬鹿だよなぁハハハハ!」
高笑いする生徒たちの罵倒の声が、俺の後ろに着いてきていたカズサ達の眉間に皺を寄せた。
「じゃあ、私が「客」として入って油断させるから、その後は衛宮先生達に任せたよ。」
「お、おいコラ待て!」
止めようとしたがナツはもう踏み込んで行った。
「じゃあ、支払いはコレで。」
(ダダダダダダダダダッ!!!)
「待てまだ注文聞いてねぇぞ!」
「違ぇだろ!馬鹿かお前!襲撃だ襲撃!」
中で戦闘が始まったらしい。
しかもナツの特異な登場の仕方に相手方すら困惑している。
「あぁ...もう仕方ねぇ、一度ばかり痛い目見てもらうか。
行くぞ、皆。」
「「おーー!!」」
扉を蹴破り突入する。
「は!?こいつツレがいやがったのか!」
「怯えんな数はこっちの方が上だ!」
ナツを相手していた生徒の内、数人がこちらを視界に捉え銃口が向く。
「衛宮先生!お下がりください!」
若葉が俺の前に躍り出て、その重たそうなケースを地面に下ろすと機関銃が出現。
当たり構わず引き金を弾いた。
「サンキュ若葉。
カズサやアイリ達はナツを援護、包囲制圧する。」
「分かりました!」
「
「食べ物の恨みを思い知れっての!!」
放課後スイーツ部の側面からも転売に苛立っていた他の生徒達も合流。
「チッ....キリがねぇ!
おい、外の班!戦車で壁ぶち抜け!」
(ズガァァン!)
その動きに皆のトリガーを弾く指が止まった。
「へっ、あんまうちらを甘く───」
どう考えても砲手は撃てないのだが威張る頭取。
なんたってこんな屋内で砲弾なんて打ち込めば自分たちも瓦礫の下敷きだ。
ただ、この期に及んで反省の一欠片も見受けられないまま───
「────。」
「ヘッ!高々リボルバーで────なんだアレ、デカくね!?」
(ドンッッ!)
(パァァァン!パァン!)
まず、動揺から発射されたと思われる砲弾を砲塔内で破壊。
次に戦車の機関部に4発叩き込んだ。
煙を上げ始める戦車。
「畜生、汚ぇぞ!
「シャーレの先生」なんて連れてきやがって!」
「覚えてろ、ゼッテーいつか仕返ししてやるぅ!」
虎の子の兵器も破壊されたからか。
ミラクル5000を転売していた生徒達はちりぢりに逃げていった。
「はははっ!ざまぁないわね!
一昨日来やがれっての!」
「ヨシミちゃん、その台詞、凄いチンピラみたいに聞こえるけど...」
#/2-4.笑顔振りまくエプロンボーイ
周辺の安全確認を終え、ようやく合図を出した。
「よし、状況終了。
皆、ご苦労様。」
「お疲れ様でした、皆様。」
隣で戦っていた放課後スイーツ部が───いや、生徒皆が俺と若葉を目を丸くして見つめている。
「し、士郎さんって随分過激だよね。
なにそれ....リボルバー?」
「うっわ!弾丸太っと!
何この拳銃。」
4人が集まって俺と若葉を囲む。
ヨシミは俺の持っているマテバにご執心らしく、排莢したばかりのシリンダーに触れて「熱ッ」とか言っている。
「こっちは何....うわ...40mmグレネードの機関銃じゃん。」
「戦ってる最中も、敵の戦車が出てきても狼狽え無かった。
こっちにも「戦車」がいたからね。」
「せ、戦車ですか!?」
なんと言うか、若葉の方は褒められてるのか貶されてるのかよく分からないんだが.....。
「さてと、大丈夫か?
あんたが店主さんか?」
目の前にいる拘束された
「あぁ、助かったよ。
────あんた「シャーレ」の先生か。」
む。
ここでも「シャーレ」の名前がついてまわるか....。
「助けに来たのが俺で悪かったな。
いっそツルギ───正義実現委員会委員長の方が良かったか?」
不満さを隠しきれず、不貞腐れたような口調で、つい横目で言ってしまう。
「いやそんなまさか。
むしろ「シャーレ」の先生が「魔術師」ってんで、どんなヤベェ奴かと思ってたんだがよ。
いやぁ、安心したぜ。
男前な良い奴じゃないねぇか。
それに正実の委員長と
ウチのトラックまで吹き飛んでたんじゃねぇか?」
「.....それにはノーコメントで頼む。」
俺と店主は向き直って握手をし直した。
どうやら俺を敵視しての発言ではなかったらしい。
そう。
トリニティでの「シャーレの先生」や「シャーレの魔術師」というのは名前、噂が一人歩きしているだけの情報に過ぎない。
先入観に囚われない、こういう人も沢山いるのだ。
「で、店主さん。
まぁ被害届とかは出してもらうとしてだな。
俺達、「ミラクル5000」って限定ケーキを買いに来たんだが....。」
そう、正直に言えば助けたから商品を売ってくれというギブアンドテイクに過ぎない。
「いやぁ、悪いね。
正直、助けてくれた皆のために作るつもりではあったんだが....
お急ぎかい?」
「正直、一番活躍したのが士郎さんとシスターさんなんだし、買っていっても誰も文句言わないと思うけど?」
そう言って周囲を見ると、皆頷いてくれた。
ここに居る生徒達は30人以上はくだらない。
皆ミラクル5000の為に集まった生徒達だ。
その前で横入りしたような俺が残り一つを買い取っていくわけにはいかない。
例えそれが、誰かの為であったとしても。
それは「俺の都合」な訳で。
そんな事で「先生」としての示しが着くだろうか?
「いや───カズサに皆。
その気持ちだけ受け取っておく。
なぁ、俺にもそのケーキ作り手伝わせてくれないか?
この人数分作るってなら1人じゃきついだろ。
しかもケーキは製作途中で一度冷やさなきゃならないし。」
俺の発言にその場にいた生徒達全員がビックリ仰天。
「いや、先生。
悪いが流石に作り方を教える訳には───」
「レシピを知られると困るのは当然だよな。
なら下準備だけでもいいんだ。
賃金なら工面しなくていい、要らないから。
頼む。」
両手を合わせ、頭を下げる。
正直自分勝手な願いとは承知している。
けれど、このまま放置していくことなんて、俺にはできない。
「────負けたよ。
分かった。
下準備を教えるから手伝ってくれ。」
「あぁ!多分材料も足らないだろ?
若葉、あと....カズサ達も買い出し行ってきてくれるか?」
俺が頼むと、みんな快く承諾してくれた。
「分かりました...!
この場の皆様の笑顔の為に!」
「オッケー。
とりあえず近くのスーパーに行こっか。」
「おーー!!」
こうして俺は少しの間店員さんの手伝いをし、終わった頃には数時間が経過していた。
「十分生地は作って貰ったし、もういいぜ先生。
ありがとうさん。
こいつは礼だ、持って行ってくれ。」
そう言って店員は俺に「ミラクル5000」の入った箱を手提げに入れ、手に持たせる。
「いや、タダって訳には───」
財布を急いで出すと、店員は俺の手を抑える。
「いや、悪いけどね。
こっちにも店員としての譲れない一線があるんだよ。
受け取りな。」
この雰囲気、どこか懐かしい。
そう言えば学生の頃、コペンハーゲンで仕事した時。
誰かの代わりに入ったシフトで親父さんから札を数枚握らされた時だ。
正直負けず嫌いの俺でも、退くべき時は分かってる。
「わかった。
だけど今度は自腹、切らせてもらうからな。」
「よし、じゃあ行ってやりな。
それ待ってる奴がいるんだろ?
お前さんとシスターの生徒は自分で食べに来るって感じじゃない。
そうすると誰かに頼まれたか、差し入れしに行くってのは相場だな。」
「そこまでお見通しか。
恩に着るよ。」
そうして俺と若葉は次の目標である「
後々、手伝ったケーキは「ミラクル6000」と呼ばれ、トリニティの都市伝説の1つになることを、この時の俺はまだ知らない。