衛宮士郎 "先生概念"【GRADATION ARCHIVE】 作:神宮寺志狼
自分を騙しながら、絶対に交わることの無い、今までの道とこれからの道が合わさると、重なると、自分に言い聞かせて。
彼は進んでいる。
足を止めているように見えていたとしても。
その英雄譚を、書き換えることがどれだけ遠い未来でも。
#/5-1.「例えそれが偽りでも。」
「君のせいだ。」
「は?」
その声で目を覚ますように意識が鮮明になった。
急に呼び出されたいつもの「夜のテラス」。
対面に座っている彼女は真顔で、感情の希薄な声で、一言目から文句を言った。
「あるいは君のおかげだ、とも言える。」
具体的主語がない彼女の言葉には、一体何を伝えたいのか理解する戸口すらない。
「いきなり呼びつけて何の話だよ。
百合園....いや、セイア。」
俺が名前を呼ぶと、ようやくその姿と声がしっかりと認識できるようになった。
「.....いや、何。
嫌味と感謝さ。
まさか、あの状況からナギサが立ち上がるとは思わなかった。
断片的に見た彼女の状況はまさに針のむしろ。
私は
いや、実際辞めようとミカに手を伸ばしていた。」
過去に見た未来のナギサ?
なんの事を言っているのかさっぱり分からない。
「ようやくナギサはトリニティのホストとしての責任と自覚と、そして───覚悟を手に入れた。
彼女は成長している。
それについては君に対して感謝の念が絶えない。」
どうしてか。
上から目線のその言葉に腹立つ。
「そりゃどうも。
確かにあいつは弱い部分があって至らない点が多くある。
なんて言うか、武器と鎧に対して、中身が見合ってなくて、装備品に押しつぶされそうになってた。
周りも見えてなかったし、状況把握も足らなかった。
けどな、覚悟は一級品だ。
方向は間違えたけどあいつは「行ける所まで」行こうとした。
自分が狙われているかもしれないってのに、その場からすぐ逃げずに、「どうしたらいいか」「何を守るべきか」を考えて。
茨の道を進もうとした。
ナギサはヒフミの事が好きだったのと同時に怖がっていた。
「もしかしたら」なんて暗い想像で補習授業部に入れるくらいには。
けれどそれでも、「好き」の気持ちが消える訳じゃない。
「大事」だった心が失われた訳じゃない。
アイツにとっては相当な「覚悟」が必要だったはずだ。
だって、─────大事な人に手をかけられる奴は、そもそもその時点で人間なんて辞めてるだろ。」
───自らの学園の生徒が大事じゃない生徒会長なんていない。
これは俺の──そうあって欲しいという願い。
けれど、そう。
俺にとっての「生徒会長」とはそういうものなのだ。
何故なら────
「───調月リオ。
彼女を見て、君はそう思ったのだね。
実に君の感性は変わっている。」
「あぁ。
あいつは自分の学園の生徒の事ならなんでも知ってた。
そんなの「どうでもいい事」な訳がない。」
人間は機械じゃない。
どれだけ聡明であろうと、天才であろうと。
「知らない」事を事前に「知る」ことは出来ない。
学ぼうと、理解しようとする努力。
ナギサにだってそれがあった。
まぁ、その理由は歪だったし視野も狭かったし、短慮だっただろうけど。
それでも、ナギサの努力は誰にも否定できない。
「ヒフミはナギサの大事な友人なんだ。
それは「はいさよなら」で簡単に切れるような、そんな関係じゃない。」
人間は、機械じゃ、ない。
何度も自身に言い聞かせるように、そう心の中で唱えた。
「....「大事な人に手をかけられる者、そもそもその時点で人間など辞めている」か。
確かにそうだ。
「正義の味方」という世界の奴隷のような道を目指した未来を知っている君が言うと説得力がある。」
彼女の嫌味は一層、増した。
どこか気に触ることを言ったのだろう。
けれど、曲げない。
曲げる訳にはいかない。
心のどこかで、俺自身が、エミヤが否定しようとも。
「........では君はどうかな。
この先、大事な者の命を、手ずから切り捨てなければならない局面に直面した時、果たしてどのような選択を取るのか。
─────いや、済まない、忘れてくれ。
そもそも私達に、未来などないのだから。」
は?
またぞの1人で何もかも分かったような言い草。
信用がないのか、はたまた言っても無駄だと思っているのか。
どうにもセイアとは相性が悪いらしい。
忘れろと言われたが、勝手に答える。
「何も。
俺は失わないように全力を尽くす。
確かに取りこぼすものだってあるだろうけど、最初から失う事を前提で動いたら何にもならないじゃないか。」
「そのような都合のいいことは無い。
あれもこれも手の内に収まるなどと。
『誰も彼もが幸せな世界など存在しない』よ。
君は知っているだろう、見てきただろう。
カタカタヘルメット団やブラックマーケットを。
そして君は知らない。
あのような生徒達は各地に点在している。
実際「アリウス分校」の事は何も分からずじまいだろう?」
子供に説教されている。
それはいい、俺は至らない大人だ、先生だ。
だから
でも、しいて違和感を言うのであれば。
「なぁ、お前。
どうしてそんなに人を否定するんだ?」
「──────。」
確かに彼女の言う通りではある。
けれど、それでは救いがない。
彼女、百合園セイアも、見たいものしか見えてない。
「諦めるな。
お前はまるで「人間社会の摂理」を理解したみたい風に言ってるけど。
それこそ「本来理解できない」ものだ。
わざわざ言いたくないんだけどな?
例えばな、皆が信号を守ってる訳じゃないだろ。
赤信号でも車が来てなきゃ渡るやつだっている。
天気予報だって何時でも100%当たる訳じゃない。
集団の中だって、整列しろって言われたら皆右を向く訳じゃない。
左向いてるヤツだっている。
本来規則の中にも絶対不規則があってこの世は成り立ってるんだ。
だから、絶対に「皆こうする」なんて道理も存在しない。
何故なら最後に人を動かすのは感情だからだ。」
最先端のミレニアムでゲーム開発部に寄り添ったからこそ俺はそれを知ることができた。
モモイやアリスと行動してようやくというか、改めてそれを理解できた。
いつもの様に、感情に任せ捲し立てる。
それは良くないと、何度もこの体を銃弾が
何も学んでいない。
彼女が何を知り、何を見て、どう思ったのか。
そんなもの分からない。
どうして人の世に、人間の自己中心的な部分に、自分に絶望しているのかまるでわからない。
けれど──いや、だからこそ言わなければならない。
「絶望ばかり見るな。
人間はそんな簡単なもんじゃない。
どれだけ不幸があろうと、逆境があろうと俺たちは乗り越えられる。
どれだけ瀕死でも立ち上がれるし、折れた心は何度だって鍛え直せばいい。
例え人類滅亡が瀬戸際になったって最後まで抵抗出来るやつだっている筈だ。
何が「私達に未来はない」だ。
人の紡ぐ人生の物語に終わりなんてない。
何もかも知ったふうに語ってんじゃねェ。
─────奢るな!」
「───な──ッ!?
こほん...それはこちらのセリフだ!
君は「助けたい」ばかりで導くことをしてこなかった。
藤河組も、アビドス対策委員会も、そしていま傷つき記憶に蓋をしたミカも。
何一つ救いあげていない。
君はただその場を凌いだだけだ。
何もかもを───と、ただその願いだけで────」
それは確かに、言い返す言葉もない。
目の前の急場を凌ぎ、その後は放ったらかしにしている。
本当なら彼女達の選択を促した俺には見届ける、手助けする責任が伴うというのに。
「あとは彼女たち次第」、なんて都合のいい事を言うつもりなど毛頭ない。
それでも────
「君に責任感などない。
「いつかは───やがていつかは」と問題を先送りにしているだけだ。
何も解決していない、救ってなどいないよ。」
「そうだ、助けてなんて居ない。
何ひとつとしてまだ、やり遂げてない。
全部、中途半端で当たり前だ。
お前の言う「真っ黒に塗りつぶされる
確かに誰一人、誰一人として救えた生徒などいない。
助かる、救われる。
それは何時だってその場凌ぎの問題解決でしかないのだと、そんなことはとうに分かっている。
それが「正義の味方」。
必要とされた時に存在し、まるで「問題事無かったようにする」だけの存在。
けれど────それは
それは俺の求める「人に笑顔を与える
子供のようにはしゃぎ、馬鹿みたいに穏やかだった
自分では至らないと知り、ひたすらに聖杯という奇跡の力で人類を救済しようとし、裏切られた悲劇の話を聞いている。
でも、
それは叶わなくて、当然だ。
その理由が今ならわかる。
「俺は皆に笑顔でいて欲しいだけだ。
例えそれが人の手に有り余る
例えそれが「偽りの
例え俺が手を伸ばせなくても、俺の意思を汲み取って───いや、汲み取りなんてしなくたって「俺の代わりに手を伸ばしてくれる奴」はいる。」
「─────それは答えになっていないよ。」
そうだ、誰か一人が人類を救済しようだなんて、間違っている。
そうだ。
だからこそだ。
なら、その問いに答えを返そう。
「─────それは、君の言葉では無いだろう。」
そうだ。
「────これから俺の言葉にしてみせる。」
口から軽い言葉が出続ける。
形だけを紡いだ
「───本気かい?
それは今までの自分を、自身を、「エミヤ」を否定する。
自身で自身を否定することに他ならないというのに。
その道を選ぶ事は、「衛宮士郎」の積み重ねてきた思い、記憶、葛藤、それらを全て無かったことにすることと同じだ。
衛宮士郎という人物は「万人を救う正義の味方として生きる」事だけを目標にしてきたのだから。
それを、選ぶということは───」
「─────。」
それは自分で自分を否定し、殺し。
これまでの自分が間違っていた、と宣言することと変わりがない。
これまでの全てを裏切る事になる
一人生き残った「衛宮士郎」にとっての唯一無二の支柱を
死んで行った者達、背負った人の死を、全て投げ捨てて───
決心など、着くわけがない。
簡単に「そうだ」などと言えるわけが無い。
裏切られるわけが、ない。
それでも、それでもだ。
「いつかお前の作る最高のゲームで笑ってやる」と。
「変わる」と。
「俺といて良かった」と、生徒に思って貰えるような大人になると。
「諦めない」と。
「知らない自分を探すことを諦めない」と。
「それは、本当に君の意思かい?
「先生」に影響されそう思わされているだけではないのかい?
君は「正義の味方」になる手がかりを追い求めるために、「先生」になったのだろう?」
そうかもしれない。
でも、その程度で揺らぐほど俺にとっての「正義の味方」というのは軽くない。
口から出る言葉は全て軽いからこそ重さがある。
だからこそ、言い出せないからこそ、これは心の底からの言葉だと分かる。
「何も変わらない。
俺は「
この道が、今までの自分の求めたものに繋がってると、信じてる。」
今回ばかりは流されてきたこの前とは違う。
椅子を引き、立ち上がり。
「話は終わりだ」と。
夢の目覚めへ向かうために扉へと歩み出す。
「無理だ、君の歩むその「先生」としての道は。
今までの「正義の味方」を目指してきた君の生き方に沿わない。
君は必ず諦めることになるだろう。」
首を横に振り、セイアを見る。
その目は「まだ気づかないのか」と。
ずっと問いかける。
「そんな事ない。
俺に出来るのはただ、自分の心を信じる事だ。
それとな、俺からも1つ。」
正面を向き扉に手をかける。
振り返らない。
語らなければならないことは、これで全てだからだ。
「───待ってろ引き篭もり。
次にここに来る時は、お前を引きずってでも
お前を縛る絶望から、必ず引っ張りあげてやる、と。
俺は宣言してテラスを後にした。
#/5-2.それが彼女の決意
「先生.....衛宮先生───!」
「──おうっ!?」
ウイの大声で飛び起きる。
いつの間にか俺は若葉が寝ていた筈のソファーで横になっていた。
寝てしまった、意識がある内は「寝るわけにはいかない」とか言っておきながら。
「......私にここで大声を出させないでください....。
何度起こしても起きる気配が無かったので心配しました....。」
アラームもうるさかったし、とため息混じりに告げるウイ。
「わ、悪い。
......あんなこと言っておきながら寝てるとか始末に負えないぞ俺.....本当に。
状況は?
もしかして俺が寝ちまってる間にもう復元作業を終えたのか?」
というか若葉の姿が見当たらない。
「そ、その...衛宮先生。
携帯を....。」
そうして気づいた。
設定した記憶のないアラームがスヌーズ機能で5分置きになるように起動していた。
これまた件のDivi:sion systemが勝手にやったようだ。
それと浦和からのメッセージ。
「止められませんでした。」
その一文で全てを察した。
いなくなった若葉は、サクラコに直談判するために、去ったのだと。
「くそ....セイアめ、この恨みは忘れないぞ...。」
寝たのは自分のせいではあるものの大音量のアラームで起きれないのはこのタイミングで夢の中に引き摺りこんだセイアの影響だろう。
ソファーに掛けてあるスーツのジャケットを羽織る。
急がなければ。
経典が壊れたのはアイツだけのせいでは無いのだから。
「先生....その、こちらを。」
と、渡されたのは復元の完了した経典。
受け取ると、その手ごと握られる。
「.......彼女、出て行く前に言ったんです。
わ、私に....その....。
『その
と。
短絡的に衛宮先生や私の真似をしたのだと....そう思いたい....のですが.....。」
ウイの頭に手を置いて撫でる。
不安そうなその顔は、間違いなく─────
「いいや、あいつは、本心から思ったことを口にしただけだろうさ。
だって、ずっとこの一日、あいつの主張は「誰かの為に」だったんだから。
心から優しい奴なんだよ。」
名残惜しそうな表情をするウイの頭から手をどかす。
靴を履き、経典を懐にしまい、準備は整った。
「大丈夫だ、お前の大事な友人は俺が守るから。」