衛宮士郎 "先生概念"【GRADATION ARCHIVE】 作:神宮寺志狼
「くそ!カヤの奴。
こんな状況でどうやって小隊を探せってんだよ!」
サンクトゥムタワーから出れば直ぐに戦闘が始まった。
戦えるのは、ヒフミだけ。
「衛宮先生、ヒフミちゃん、こちらへ!」
「は、はい!」
浦和の先導で逃げ続けているものの撒けない。
単純に数が多すぎる。
補修授業部に関して言うなら、やはりアズサ抜きでは大した戦力になり得ない。
「というか、俺の位置バレしてから集まるのが早過ぎないか!」
「.....ですね、それに.......敵の生徒たちが使っている銃。
妙に新しいとは思いませんか?」
そう言われて、遠くから顔を覗かせて観察する。
浦和の言う通り妙に真新しい銃ばかり。
「ヒフミ、ブラックマーケットってそんなに新品ばかり売ってる場所だったか?」
「い、いえ!
正直に言ってブラックマーケットで新品の銃なんて売る価値はありません。
大量生産している正規品がある以上買い手が付きませんから。」
確かに言われてみればそうだ。
なら、この銃は一体──────
「まるでアビドスの時の違法戦───うっ.....!」
思考に耽る中、ヒフミが被弾した。
「大丈夫か!」
トリニティのライアットシールドを展開し、ヒフミを庇うように前に出た。
アスファルトの大地に、それを突き刺す。
「うぅ....すみません....やっぱり私ではアズサちゃんの代わりなんて.....」
弱気になるヒフミの肩を掴んで揺らす。
「違う、お前はお前のままでいい、無理に戦わなくたって本当は構わない。
お前の強みはそこじゃないんだから。」
矛盾している。
何も知らないまま、生徒に銃口を向けることを恐れているのは俺の方だ。
ヒフミに、戦わせているのは、俺だった。
俺の「理解できていない相手」に対して、銃を、剣を突きつけたくないという、極個人的な考えで。
「射撃が止まった!」
「行くぞお前ら!」
「....!まずいです衛宮先生!」
ヒフミを説得している最中、銃声が止んだ結果彼女達はこちらに押し寄せてくる。
「立て!ヒフミ。走るぞ!」
「.....はい!」
結局、逃げ場の無い逃走が始まる。
こんな数相手にFOX小隊4人捕まえて何になるって言うんだ!
「やっぱりシャーレに戻ってアズサやミカを────」
「うぉぉぉぉぉりゃぁぁ!」
足の速度を落としたつもりはないが、気づけば背後に1人、ついていた。
その銃口から、弾丸が放たれる。
どこが狙いなど分からない。
それは、ただ確実に俺に向かって放たれた。
盾で防ぐには遅すぎる。
なのに、その上無理に避けようとして、バランスを崩して、尻もちを着いた。
避けられない一撃が目前に迫る。
ここに来て判断ミスをした。
いいや、もっと前から。
ヒフミはともかく怪我をした浦和まで連れて
もっと、例えばFOX小隊の現在地などを突き止めてから動けばよかったのではないかという考えが浮かんできて仕方がない。
「えぇぇぃ!」
(ブゥン!)
その逡巡と共に、ビル上から飛び降りてきた、盾持ちの少女が、弾丸を弾き飛ばした。
「───。」
「───FOX3からFOX1へ。
避難している民間人の無事を確認。
このまま制圧に入るわ!」
FOX3。
それは、FOX小隊の所属、3人目を表すコールサイン。
彼女は耳につけたインカムとそれから伸びるマイクでやり取りを行っている。
「───護衛対象と一緒にポイント・チャーリー。
FOX3了解よ。
なら援護よろしく!」
そうして、情けなく見上げる俺へ、彼女が手を差し出した。
着いてきなさい、安全な場所まで着いて来なさい───って今のD.Uそこまで安全な場所ないわね。
と、とにかく護衛してあげるから!」
顔だけでなく制服の所々が煤で汚れながらも、凛々しい立ち振る舞い。
写真に写っていた時の他の生徒とさして変わらない印象。
それは、一瞬で吹き飛んだ。
「......助けてくれてありがとう、確か高倉クルミだったよな。」
「えっ....私の事知っ───えぇ、分かってるわよFOX1。
とにかく3人とも着いてきなさい。」
されど、このままでは何十人という生徒に追いつかれ蜂の巣だ。
「どうするんだ!?
真っ直ぐ逃げてたって何時かは───」
「あんたバカなんじゃないの!?
なんの考えもなく逃げる訳ないでしょ!」
「では、クルミさん───何か考えが?」
息も絶え絶えに質問をする。
が、その答えは、行動で返ってきた。
目前のビルが一瞬、煌めいた。
「何─── 」
乾いた音と共に何発もの銃弾が俺たちの後ろへと降り注いだ。
同時に、路肩に止まっていた車も数台、火を吹いて炎上、爆発する。
「アチチチッ!!」
「ちくしょう!
全員散開!散開!」
たった数秒。
それで後続のヘルメットを被った生徒は混乱に陥っていた。
「........す、凄い。」
「感嘆してる場合じゃないわよ!
今のうち!」
こうして、俺たちは窮地を偶然にもFOX小隊に助けられた。
人目のつかない路地裏、そこにFOX小隊のメンバーは集まっていた。
「お怪我は?」
キリッとした表情の生徒、
「ない、助かったよ....えっと、FOX小隊。
俺は衛宮士郎、「シャーレ」の先生だ。」
そう、自己紹介をすれば、彼女達の態度は一変した。
一歩退けば、隊長の
「───最初に1つ、よろしいでしょうか?」
「あ、あぁ....。」
嫌な予感がする。
これまでずっと、不安に感じていた俺へ対する理解。
トリニティではシスターフッドや不良達は俺の良い情報だけを信じ、肯定してくれた。
けれど、それがキヴォトス全体の、ましてや全員の評価でないことは今回の事件で分かってただろうに。
もっと、慎重に接するべきだった。
「衛宮先生。
他の生徒と違って貴方が責任を負える立派な「先生」だとは思えませんし、思いません。
「────────。」
それは、単純に。
俺へ向けられた、恨み、憎しみだった。
感情の籠められた冷たい声で。
「あ.....!」
「.......いけません!その言葉は!」
ヒフミと浦和の表情が一変する。
「─────何!?」
片腕が不自由の浦和が
「───ッッ....今すぐ....撤回してください....!
早くっ!」
それでも、浦和は弁明を止めない───
やめろ、と声をあげようとしたが、どちらを止めるにせよ、もう遅かった。
ゴボ、と口から血が溢れ出る。
「─────」
(ドサッ...)
「え、衛宮先生ッッ!!」
胸が苦しくて、その場に倒れ込んだ。
ただ、おかしい。いつもと違う。
呼吸が出来ない。
おかしい、おかしい、おかしい。
両手は握りしめるように胸を押さえつけているのに。
────鼓動が、全く感じられない。
思考が落ちる。
瞼が下がり、視界が狭まっていく。
「な、何が起きている!?」
「衛宮先生、口から血吐いて倒れちゃった!?」
七度も吉野も天神山も困惑して立ち尽くしている。
唯一うごいてくれたのはヒフミと高倉。
「衛宮先生──!衛宮先生!
ダメです....!先生!」
『あ....あぁ....衛宮先生のバイタルが低下しています────!』
アロナもたいへんそうに騒いでいる。
ヒフミなんて、俺の体を揺すって───。
どうにも、変に眠いのに、痛みは感じるらしい。
正直、動かさないで欲しい。
「ちょ、退きなさい!
所詮持病か何かで大袈裟に振舞ってるだけなんだから!
────え、なんで。」
高倉がヒフミを押しのけて、俺の体に触れた。
彼女が引き裂いた白色のYシャツの一部────左胸辺りが、真っ赤に染まっていた。
「心臓のある位置に、ヒッ....何これ....」
首を無理やり動かして覗き見る。
それは銃痕とは言い難い。
まるでそこだけ、無限に刺し続けたかのように、
まるで、トーストに塗る前の、瓶から出したイチゴジャムをぶちまけたように。
肌があったことすら疑わしい。
「クルミ!何が────
え?なんでこれ、弾丸...?」
どうやらおれのからだは、
むげんのけんじゃなくて、
だんやくでできているらしかった。
「まだ私達学力試験終わってないじゃないですかッ!
まだ補修授業部を卒業してないじゃないですか───!
逝ってはいけません───衛宮先生──!」
あぁ、そうだ、ひふみ。
まだおわれない、とまれないはずなんだ。
だから、ひとやすみ、して....。
また......
「.......18:53分.....心肺、共に脈拍停止....、死亡を確認。」
時計を確認しながらクルミはそう、宣言した。
目の前で、原因もわからず、誰が撃った訳でもない弾丸に、血を流して倒れた男。
「..........。」
「う.....
うわぁぁぁぁぁぁんッッッ!」
ヒフミという少女はクルミを押しのけてその体に抱きつくように寄り添った。
「な、にがおきた────」
立ち尽くすことしか出来ない私に浦和ハナコは事情を説明する。
「衛宮先生は.....特殊な立ち位置にいたんです.....。
"先生の概念"に囚われていて.....生徒から殺意を持たれたり、拒絶されたり、「先生」としての存在を否定されてしまうと彼自身の体は傷つくようになっていて─────」
その目を閉じた表情は、悲しみに暮れるようでもあり、亡くなった彼への追悼.....そして。
人を殺した、
「つまり.....ユキノちゃんが、衛宮先生を否定したから───。」
「........おそらくは....。」
「だから心臓に弾丸が詰まってたのね.....。
───って、納得しそうになってる!?
嘘つくんじゃないわよ!」
「なにそれ。
生徒に嫌われたら死ぬって何!」
「嘘では.....ありません...!
かく言う私も一度衛宮先生を傷つけてしまった事がありました!
その時も、体内で無数の弾丸が生成されて...。
これが嘘だと言うなら、衛宮先生はどうしてこんな無惨な倒れ方をしているのか、私が教えて頂きたいくらいです!」
肯定するハナコにクルミが納得するように状況を解釈する。
そして、ヒフミを覗いた4人は私を横目で見る。
「────────。」
思ったことを言ったまでだった。
自身の居場所であるSRT特殊学園、それが無くなったのは連邦生徒会長の失踪。
そこに衛宮士郎の直接的な原因はないといえる。
だが、その無くなった学園の立ち位置に納まったのは、連邦捜査部、シャーレ。
何の感情も持つなと言うほうが無理だった。
さらに情報を聞いていた。
彼が「正義の味方」を名乗った事を。
軽々しく正義を名乗り、陽だまりにいる彼を許せるはずもなかった。
「ち、違う....私は......こんな事、望んでは....いなかった....!」
いくらSRTのエリートであるFOX小隊の隊長の自負があるとはいえ、人を殺したことはおろか、その覚悟など微塵もない。
さらに言えば、自身で引き金を引き、その体を貫いたのならまだしも。
彼は、言葉によって、死んだのだから。
目の前の現実を受け止められるわけがなかった。
「望んでいようと望まなかろうと.....もう起きてしまったことです。
ですが、貴方の罪を問うのは難しいでしょう。」
当然の事柄である。
何故なら私は撃っていない、言葉を、放っただけだ。
「.......こんなに、人って呆気なく死んじゃうんだ .....。」
オトギは衛宮士郎の瞼をそっと、閉じた。
「....ユキノ、これはもう出るとこ出るしか───」
「────違う。」
オトギの呼び掛けに、ボソリと私は呟いた。
「ユキノ....ちゃん?」
「違う────違う、違う、違う、違う、違う違違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。」
放たれたのは、否定。
これは違う、と。
理不尽であると。
実感が湧かない私だって、分かっていた。
衛宮士郎を殺したのは自分だ、と。
しかし、それとは別におかしいと、
これまでキヴォトスで起きる事件を解決する為、奮闘してきた。
誰かに感謝されたかったわけでも、持て囃されたかった訳でもなかった。
けれど、何かが起来た時、
未だに、住民の怨嗟の声が頭の中で繰り返される。
それでも、SRTで有り続けた。
自身の信じた、「正義の為」であった。
気にせず
小さな子の、睨む視線が目に焼き付いた。
それでも
それでも
そうして、何時からか、自分の抱いていた「正義」が何だったのか、わからなくなっていった。
することと言えば、起きたことを速やかに処理するだけの
それでも、
それが無くなってしまえば、これまでの苦痛は、誰かを不幸にした責任は何処へいくのか。
当然、ヘイトがむくのは私達だった。
それなのに責任を持つのは何時だって、連邦生徒会長だった。
それが、耐えられなかったから、出来ることを、出来る限りの事をしてきた。
なのに、連邦生徒会長は居なくなり、SRTは───無くなった。
後始末の役目すら、無くなった。
キヴォトスの為に戦ってきた私たちは、簡単に。
繊維のほつれ過ぎた雑巾のように、捨てられ、存在を消されてしまった。
「何のために、私たち───私は、私は私は私は───」
膝から崩れ落ちていないのは、奇跡だった。
浅い呼吸をし続ける、頭は回らない。
辛い、もう全てを────
「ユキノちゃん!」
「───まずいよ、過呼吸起こしてる!」
「落ち着きなさい!ゆっくり深呼吸するのよ!」
この後に及んでニコと、オトギとクルミは私の心配をしてくれている。
けれど、その優しさは今は痛すぎる。
何故なら、これまでその重荷を背負うことに巻き込んでしまったのは、私だ。
だから、もう、放っておいてほしい。
「お、落ち着いた。
けど様子はおかしいよ!」
「ユキノ大丈夫!?」
体は大丈夫だろう。
けれど、私の心はもう─────
───────不意に、足を掴まれた。
気持ち悪いくらいに湿っていて、ベタついている、手だ。
視線を向けた。
もう、その光景を私は二度と忘れないだろう。
「えっ .....」
寄り添っていた補修授業部の部長とやらも、流石にこれには引いたらしい。
後ずさりしている。
とうとう、私は幻覚まで見えるようになったらしい。
床には、こちらを睨むように、彼が見上げている。
「う、嘘....だって、心臓止まって────」
「
クルミとオトギが言い放つまで、そう思っていた。
「そう、だ......お前のせいじゃ、ない。」
「....えっ.....?」
彼が最初に言ったのは、弁解の言葉。
「ありがとう....伝えてくれて」
「───────。」
訳が分からない。
何故、私は、死人に感謝されているのか。
「何....が」
呟いた。
ただ、何を言っているのか理解したくて。
膝を着いて、彼へ近づいた。
「俺の事 .....「嫌いだ」って、言ってくれて」
「......は?」
分からなかった。
私の頭に酸素が回っていないのもあるだろう。
けれど、この世界のどこに、自分の存在を否定した者へ感謝する人が居るだろうか。
「正直に言うとな.....誰もちゃんときっちり言ってくれなかったな、って....
アビドスのセリカとか、ミレニアムの美甘とか.... アイツら、なんかある度に俺に噛み付いてきてさ。
美甘はシャーレに出向してきた時なんて、無茶苦茶機嫌悪くてさ。
大人として情けないところばっか注意されたし、正直嫌われてると思ってる。
桐藤ナギサ....トリニティのティーパーティーホストは俺の事消したがったのに、なんと言うか、最初から変に仮面かぶってたし.....
浦和は正直、もっと言葉にして拒絶してくれたって良かったんだぞ....。」
衛宮士郎は無言で手を伸ばし、それを浦和ハナコは掴んだ。
「でも ....誰も、さ。
言葉では拒絶してくれなかった。
はっきりと、言葉にしてくれなかった。
だから、安心したんだ。
お前の言葉を聞いて。
「あ、こいつはちゃんと自分の意思がある奴なんだな」って。」
彼は立ち上がろうとする。
それを、浦和ハナコは自身の制服が血にまみれる事も厭わず、肩を貸す。
「酷い人ですね♪私くらい個性的な生徒はいませんよ?」
「そりゃそうだ ....お前みたいな、頭のいい...問題児が....何人もいてたまるかっ.....てんだ。」
そうして、立ち上がった。
いつの間にか、その胸の傷は治っていた。
「ありがとう、FOX小隊。
俺は─────お前たちの存在が嬉しいと思う。
こんなキヴォトスじゃ、事件をひとつ解決したって何も変わらないように見えてしまうってのに。
ずっと、頑張ってきたんだろう?」
「──────。」
嬉しさより先に来たのは、怒りだった。
「───知ったような口を───!」
「あぁ、知ってる。
機械のようにただ「正義」を執行し、傷つけ殺し、命を奪う事の苦しみと葛藤を。
助けた者より殺した者の数が上回って、それでも世界の掃除屋を続ける絶望と地獄を。」
「───何を、言って?」
殺す?
命を奪う?
この男は一体、何をしてきたと言うんだ。
何を、見たと言うんだ。
「けれど、分からないことが1つある。
お前、は.....」
こちらを見ていた彼の体はそのまま力なく項垂れた。
「......な、何だったの?」
「というか、生きてるの、死んでるのどっち!?」
オトギとクルミが彼に駆け寄っていく。
「...何、私たち集団幻覚でも見たの....!」
「ううん、夢でも幻覚でもないよ、クルミ。
これは現実だ。」
受け止めきれない情報に、オトギが唯一の物証を指し示した。
それは、彼が元々倒れていた床。
赤い、血溜まり。
「信じられない......
その言葉を聞いて、私の意識は遠のいた。