衛宮士郎 "先生概念"【GRADATION ARCHIVE】 作:─────
あと話の順番がやや変わります。
ハナコとコハルがトリニティに着いた時にはもう混乱はティーパーティー、シスターフッドの末端の生徒にまで及んでいた。
これまで指揮を執っていた桐藤ナギサ、歌住サクラコの両名が揃って消息不明となれば当然の事である。
重要事を決めていたティーパーティーのテラスを訪れてはみたも、もぬけの殻。
「ハ、ハナコ....どうするの....?」
「...........まずは情報を得なければ......。
負傷者が搬送されている場所に向かいましょう....。」
次に思い至ったのは救護騎士団だった。
────が、2人が目にしたのは満床になった上で廊下の端に寝かされた膨大な人数の負傷者だった。
「......ひ、酷い怪我。」
「......。」
「....た、確かあなたは補習授業部の浦和ハナコさんですね?」
2人が立ち尽くしていると声をかけられた。
それは救護騎士団の鷲見セリナである。
「セリナさんですか....首脳の方々はどちらにいらっしゃるかご存知ですか?」
「.....現在、トリニティの指揮を取れるものがいらっしゃらないようで....シスターフッドやフィリウス分派の方々が古書館に集まっている、という噂のようなものは聞きました。」
「内向的なウイ先輩が古書館を開けるなんて....。
ではナギサさんやサクラコさんはおろか、衛宮先生も戻ってきていない、ということですか。」
意外な所で彼女達には接点があった。
それはハナコの言葉によって体の傷付いた衛宮士郎の救助を求めた時に、夜の当直をしていたのがセリナだったのだ。
皮肉な巡り合わせではあるものの、ハナコはその奇妙な縁に感謝した。
「ありがとうございました。行きましょうコハルちゃん。」
「え、えぇ....。」
そうして踵をかえすハナコ。
けれど立ち去る前にコハルは振り返る。
「セリナだっけ....何も手伝えないのはなんか....心苦しいけど...あんた達も頑張りなさいよ!」
「....はい。ありがとうございます。」
セリナは慌ててハナコについて行ったコハルを、笑顔で見送った。
して2人は古書館のある通りに入った。
目に映るのは1台の救急車。車体にはゲヘナのマークが入っている。
「ハナコ───あれ!」
「ええ.....恐らくゲヘナの救急医学部でしょう。」
が、聞こえてくるのは銃撃音。
2人はその場に駆けつけた。
状況が判明する。
救急車を襲っているのはなんてことは無いトリニティの学生だった。
「なんでこんな所にゲヘナが居るのよ!」
「出てけ!トリニティから出ていけっ!」
「運転手を引きずり出して
その光景にハナコは瞳を伏せた。
想像にかたくない。
エデン条約調印式の真っ只中であんな騒ぎが起きたのだ。
「その」連鎖はもう始まっていると、その肌で感じていた。
(タァンッ!タァンッ!)
しかし、突如として隣から鳴り響く銃声に驚いた。
コハルが、救急車を攻撃している生徒へ発砲したのだ。
「─────あ、あんた達何してるのよ!」
「は?自己防衛して何か悪いの!?」
「あ、貴女正義実現委員会じゃない...!丁度いい時に来たわね。
さっさとこの車トリニティから追い出してよ!」
先程まで車に集っていた生徒の集団が次々にコハルの元へ殺到する。
「ひっ.....い......や....」
「コハルちゃん....!」
暴徒と化し、表情は皆強ばったり睨んだり、様々な悪意がコハルへと押し付けられた。
身を守るように頭を抱え縮こまるコハルを守ろうとハナコが前へ出ようとする。
「いい加減にしてよっ─!
いくらゲヘナだからって救急車を足止めするどころか攻撃するなんて頭おかしいわよ!」
コハルの叫ぶような一声に、全員が黙って無意識に
本人は言ってしまったと、冷や汗をかきながら、震える体を義心で押さえつける。
間を空けて、生徒の一人が噛みつき出し、それに続けて何人もが述べたてる。
「だって会場で起きたのは全部ゲヘナの仕業でしょ!」
「この救急車だって何しに来たんだかわかりやしないし!」
「それに救急車が向かうなら救護騎士団の部室なんだから反対方向じゃない!」
彼女達の言葉は、本人たちが気付かないふりをしているだけの後付けの理由である。
「何も悪いことをしていない。」と主張する為の。
「で...でもっ!
あんた達救護騎士団の部室棟見たの?」
そして何よりも足りていなかったのは情報の精度───いや客観的視点である。
全ては思い込み、感情のままに述べ立てただけの理由でしか他ならない。
が、コハルは違った。
頭が悪かったコハルでも補習授業部に入ってから起きたこと。
もっと言えば、補習授業部──衛宮士郎とティーパーティーのいざこざの理由を、理解していた。
「は?なんで?」
「救護騎士団の部室棟は廊下の端まで怪我した人でいっぱいなの!
だから怪我した人は今古書館に運んでるのっ!
何も知らないのに勝手なこと言わないで!」
精一杯、前かがみになるほど、腹から声を出して叫んだ。
そうしてハナコが討論の交代をするように前に出た。
「それに会場の騒ぎがゲヘナの仕業、というのは何処からの情報でしょうか?
もし正確な情報をお持ちの方がいるのでしたら詳細をお聞きしたいのですが?」
怒りの感情に笑みを貼り付けて、ハナコは叩きつけた。
「失礼、降ります。」
そうして誰もが沈黙した時、救急車の後部座席のドアが開き、誰もが知るトリニティのトップが姿を表した。
ナギサは救急車を止めていた生徒達の顔をそれぞれ見ていた。
睨むでもない、怒るでも呆れるでもない。
ただただ「トリニティの生徒がゲヘナに対して不誠実な対応をした」という事実を認識しているようだった。
そうして運転席のドアをノックして窓を開けさせる。
「セナさん、ここまでで結構です。
其方にも仕事があるでしょうに、我儘を聞いて下さりどうもありがとうございました。
この御礼は必ず。」
「......承知しました。
では次の「死体」......いえ、負傷者の元へ。」
「........ヒナさんのことはよろしくお願いします...。」
「当然です.....衛宮先生が庇い立てして助けたのですから。」
「死体」。
当然セナの「負傷者」の事を言い換えるいつもの口癖である。
しかし場を沈静化するにはとてつもなく恐ろしい言葉。
その言葉が出てきた時には生徒達の顔からは血の気が引いていた。
何せキヴォトスでは戦闘による死亡案件などほぼ発生しない。
だからこそ返ってその言葉が「救急車を止める」という生徒達の自責の念を重くした。
生徒達が無意識に道を開けた時にはセナの乗る救急車は反転し、元来た道を戻って行った。
「ナギサさん...!
今のはどういう────」
「話はテラスへ戻りながら話しましょう。
着いてきてくださいますか、ハナコさん。」
ナギサの険しい顔にハナコは内心狼狽えている。
が、冷静に今の状況を伝えた。
「......なるほど、現在は古書館が指揮所となっているのですね。
ではそちらに。
正義実現委員会所属のコハルさん。護衛をお願いします。」
「は、はいっ....!」
ナギサはその場で他の生徒達に目もくれず2人を連れて歩き始めた。
そうしてナギサは事態を全てハナコとコハルに説明した。
エデン条約調印式前にミサイルが2発、飛んできたこと。
1発は士郎が防いだが2発目はどうにもならなかったこと。
そして襲撃してきたのがアリウス分校で、初代ユスティナ聖徒会を召喚し勝ち目がなかったこと。
色々な人の時間稼ぎでナギサとヒナは現場から離脱できたこと。
そして、2人を逃がすために戦場へ残った士郎の車の窓から見えた
「そうですか....ヒナタさんに続き、衛宮先生までも....。
「
「トリニティ」と「ゲヘナ」を葬る、という性質を持っている以上、このままでは.....。」
「.....あのバカ士郎っ....!
なんでいつもそんな無茶ばっかりするのよ.....。」
「....衛宮先生は古聖堂で最後まで残ろうとされていました。
それを無理やり連れ出したというのに....結局は先生を残してきてしまいました....。」
ナギサは気が緩んだのか、悲しげな表情をした。
ハナコは慰めることはせず、ただ叱咤した。
「今は出来ることをしましょう。
状況を知っているナギサさんが入れば最悪の状況だけは防げます。
それに、最後まで希望を捨ててはいけません。」
それは、状況の把握できていないゲヘナとトリニティによる武力衝突。
そうなってはもう、立ちいかない。
ナギサもそれを分かっている。だからこそ古聖堂で士郎を連れ出したのだから。
「えぇ........私にできる最大限のことを。」
3人が古書館へ辿り着く。
運命の悪戯か、丁度シャーレのエンブレムが装飾されたバンが1台、停車したばかりだった。
バックドアが開き中から担ぎ出されたのは重症のハスミとツルギ、イオリなど。
ナギサと士郎を逃がすために古聖堂に残った面々だった。
「えっ....ツルギ先輩っ、ハスミ先輩までっ!?」
先程、護衛を任されたばかりのコハルは運ばれる2人を見て駆け出した。
無理もない。
古書館にくる野次馬の生徒達も距離を置いて道を作っていた。
それは「あのツルギ委員長さえもが重症」という事態の重さへの恐れからか。
「どけどけ!お前ら!
ユリカちょい待ち!
こっちの委員長の方は意識不明の重体、そっちの副委員長は重症!こっちが先だ!」
「う、うん。ミキちゃん!」
ナギサはその姿と声に覚えがあった。
シャーレのバンから降りてくるのはヘルメットを被った集団。
ミキとユリカ。
それは藤河組の生徒達だと直ぐに理解した。
彼女達は正しく負傷者の状態を理解して無意識にトリアージを行っていた。
「うわ....あの生徒達なんの権限でゲヘナの生徒まで運んでるのよ!」
「あれ風紀委員会の生徒じゃない?」
「外に捨ててくればいいの───」
「ごめん、どいてくれるかな?」
「ミ、ミカ様...!?」
さらにおかしいのはその中にシャーレで更迭されているはずの友人がこれまた仲正イチカを抱えて混じっていることだった。
「ミカ!?」
「────ナギちゃん...っ!」
ナギサの声で反応したミカはイチカを担いだままナギサの方へと駆け出し、またナギサもミカの方へゆっくり寄った。
「あぁ~!よかった!
「憎まれっ子は世にはばかる」って、言うもんね。
無事だと思ってたよ!」
「.....ミカさん?その言葉そのままお返ししますよ?
それと、早くイチカさんを。お話は後で聞きますから。
......色々と。」
「────う、うん...?わかったけど...」
ミカは振り返って走っては「なんで怒ってるのかな?」なんて呟いていた。
それからハナコとナギサはミカから話を聞いた。
クロノススクールの配信がミサイルで攻撃された古聖堂を映していたこと。
ナギサ、士郎の両方の安否が不安になったミカとミキ、ユリカ達藤河組は意気投合して捜索に行き、ボロボロになった正義実現委員会と風紀委員会と遭遇し回収。
そして対するアリウス分校と戦闘になったことを。
「アリウス分校....?
あれ.....何か思い出せそうなんだけど....うーん.....。」
ミカはひとしきり何か頭を抱えていた。
ハナコは話を現在へと戻す。
「......色々と言いたいことはありますが。
これで一応トリニティの二大巨頭が揃っている状況な訳ですね....。
ですが.....。」
「.....ええ、問題は残っています。」
ミカに関しては問題はあるとはいえど、ティーパーティーの2人がここに揃っている。
けれど、リーダーがいるからと言って、それでトリニティの混乱と一部の独走が簡単に止まるわけもなかった。
シスターフッドの過激派は独走。
現地では風紀委員会の予備部隊と戦闘を開始。
トリニティ本館はパテル分派がクーデターを画策し、ゲヘナと全面戦争をしようと武装蜂起。
まずは内側を固めるべくナギサとハナコは奔走する。
「そこまでです、パテル分派の皆さん!」
「貴女方はこのような時に何をしているのですか!
敵はゲヘナではなくアリウス分校です。」
2人が正義実現委員会少数を乗り込んだ時には最終段階へ入っていた。
しかし、そこで詰まっていたらしい。
ティーパーティーのホストの権限として聖園ミカを部下にシャーレまで探しにいかせたが、何故かもぬけの殻。
そして委員長、副委員長と倒れた正義実現委員会も全く統制が取れておらず召集に応じる者もまったくいない。
「.....まさか今日起きることを知っていたのですか.....?」
けれど手際の良さからハナコはパテル分派の目的は最初からトリニティの占拠であったのではないかと予想だてる。
それが本当なのであればアリウスと内通していたのは、武装の件だけでは無かったということになる。
「だったら何。
────皆さん、ここで桐藤ナギサは拘束します。」
「そもそも何!アンタだってトリニティで散々騒動起こしたくせに!何自分だけはまともです、みたいに言ってんのよ。」
「シャーレの先生に媚び売った裏切り者が!」
様々な感情がナギサにぶつけられる。
ナギサを拘束し権限を奪うつもりか、何発もの銃弾が放たれた。
「危ないっ!」
それを、事もあろうに。
萎縮していたコハルが、最初に動いてナギサを突き飛ばした。
それが、全てその小さい体に着弾する。
(ドカドカッ!)
「あうっ.....!」
「コハルさんっ....大丈夫ですか!
.....どうして....。
私は貴女達補習授業部の皆さんを────」
「こ、このくらい全然平気だもん....!
それに、あの士郎が身を挺して庇ったんだから。
きっとなにか意味がある......の....よっ!」
(ギロッ!)
「ッッ....!?」
少しうずくまったコハルはお腹を抑えて立ち上がった。
そして痛みを堪えたせいで表情が厳しい、という点もあるが、不誠実なパテル分派の生徒達を睨みつけた。
怒っていた。
尊敬し憧れていたツルギとハスミがあれ程酷い怪我を負って帰ってきた状態で。
士郎も他の人達も皆痛い思いを現在もしていると言うのに。
目の前の者たちは、自分たちの事しか考えていないという事に、憤っていた。
彼女達はあまりにもその体躯に似合わない気迫を感じ、蛇に睨まれた蛙の如く、銃口のみを下ろし動けなくなった。
そして、その前にナギサが立ちはだかる。
「事実無根な事もありますが、それについては一言。
「それがどうしました。」」
「は?」
「どうした...って」
「確かに、トリニティのホストとして間違った方針で、様々な方に迷惑を掛けてきました。
ですが、今この時でさえその責任も罰も忘れたことなどありません。
衛宮先生に許してもらった?
確かに衛宮先生はお優しいです。
しかし厳しくもあります。
何故なら私は一言たりとも許しの言葉を頂いていません。」
そうだ、許されてなどいない。
あの人は「私を責める立場にない」といい、頑なに私の言葉を受け入れなかった。
だが、それは関係ないのだ。
「例えもし衛宮先生が私の謝罪を受け入れたとしても、その行為で罪を償ったことにも、許されたことにもなりません。
何故なら、自身を許せるのは自身だけなのですから。
ですから、このホストという地位において、「二度と、同じ過ちは犯すまい」。その一心で今もここにいます。
誰に認められようが認められなかろうが関係なく。
私自身が、堂々と誇れるホストでいようとここにいます。
貴女方は、どうですか?
今の自分を隠すことなく、恥じることはありませんか?
胸を張って言えますか?」
「また、無茶しましたね.......?
はぁ....。
色んな人にダメだと言われたでしょう。」
「"まぁ仕方ないんじゃないかな?"
"私も同じ状況だったら、多分同じことをしたと思うし。"
"「私」の時と違って彼女達には無い筈の
"あの場にヒナが留まっていたら、なんて考えたくないね....."」
誰か2人が話している。
気づけば俺は砂漠の、頭がホシノの膝の上に横たわっていた。
首元の傷はない。
ここは夢か何かか。
「ホシノ.....と、あんたは.....?」
その声には聞き覚えがあった。
だいぶ昔、キヴォトスに来たあとの話。
アルに攫われたあの時の声だ。
「"「私」は「概念」に残された残骸....ううん、「残滓」かな?"」
「残...滓?」
「ろくでもない人、って事だけは言っておきます。」
ホシノは俺の頭を撫でながら言う。
一方、「残滓」と名乗った彼の顔は────認識できない。
顔が、無かった。
目も口も鼻もない「彼」は苦笑いした。
「"酷くない....?"」
「適切な評価と言って欲しいですね...ロクデナシなのは変わらないでしょう?」
「"......そうだね。「私」は君達を置いて行ってしまったから。"」
2人の話についていけない。
だがそれより気になるのは───
「じゃあ「お前」が俺の「先生概念」の元凶ってことか....?」
立ち上がり、警戒しながら距離を取る。
が彼は特に何をするでもなく、しれっと大事なことを呟いた。
「"それなら簡単な話なんだけどね。
「私」はあくまで「残滓」だから、「概念」に取り込まれた「先生」の1人、と言ったところかな?"」
つまりこの男の言うことが正しいのであれば。
「あんたも、元被害者ってことか....」
俺以外の、先生。
その道を辿った先導。
別の世界の「先生概念を纏っていた先生」と言ったところなのだろうか。
「"アドバイス、と言うには少しおこがましいけれど。"」
そうして、彼は俺の肩に手を置いた。
「"私にはなんの力もなかった、魔法使いでもなけれ時間だって戻せないし、失ったものを取り戻すことも出来ない普通の人だった。"」
「......そうか。」
「"でも、だからこそ「私なり」の選択をしてきたつもりだよ。"
"だから君のとったあの「選択」も僕は尊重するよ。"
"誰かの言葉に惑わされないで。"
"君は君だけの「選択」をするといい。"」
悪い冗談だ。
選択をしろと、いいながらその選択肢を狭めようとする概念。
なんだっていうんだ。
どうして、「彼」は取り込まれたのか。
「ただ、次はもう少し穏便にしてくださいね....。
貴方が怪我をすると泣いたり病んだりする生徒もいるんですから。」
「"そうだね。"
"さて、そろそろ「彼女」と対面する頃かな。"
"キツイこと沢山言われるだろうけれど。"」
「彼女」。
それが誰のことか何となくは分かっている。
何度も夢で交えた意思疎通。
その相手のことだ。
「"少なくとも「私」は応援しているよ"
"君のそれだって「無限の可能性」を秘めているんだからね。"」
そうして背中を、彼に押された。
「"頑張って。"」
そう、背中越しに聞こえた気がした。
「夢の中で眠るとは.....君は随分と器用なんだね。
それともあれかな。
「峠は超えた」と言ったところなのかな?」
起きるとそこは案の定夜のテラス。俺と彼女のふたりきり。
「よう、セイア。おつかれさん。」
「.....君は...!
無神経にも程がある!何が「よう」だっ!」
彼女は珍しく眉をひそめて怒っている。
こんなことは初めてだ。
「何怒ってるんだよ。お前。」
「一体何人の生徒が君の事を心配していると思っている?
それなのにそんな爽やかに私に笑いかけるなど....。
君は事態を軽く見すぎている。」
兎にも角にも、この百合園セイアという少女は俺の周りの生徒達を心配してくれているらしい。
「ん、まぁそうだな。
どういう状況か理解してるぞ。
トリニティとゲヘナ、2つの学園の存続の危機。
その延長線上には当然キヴォトスの未来が乗ってる。」
「ならどうしてその争いの中、自らの命を危機に晒す!
君が失われてしまえばどうなるか分からないわけではないだろう!
あの「箱」の管理AIにも、ナギサにもハスミ女史にも言われた。
君は生きねばならなかった。」
さて、それに対する答えなんて持ち合わせていない。
ただ分かったことはいくつかある。
「そんな事、俺の記憶を覗いたお前ならわかるんじゃないのか?
それにお前にはこうなることが見えていたんじゃないのか?
それでも敢えて答えるのなら、あの場ではあれが及第点──消去法であれが正解だと思ったから、だな。
セイアはヒナが残るのが正解だと思うか?
あんなボロボロの状態で戦えない、アイツを残して逃げるべきだって言うのか?
それともナギサが残るべきだったのか?」
「.....そ、それは ....。」
恐らく、その場にいた俺と彼女では見えているものは違うし。
なんなら彼女の
でなければ彼女がこれほど焦り、心を掻き乱すような事はないだろう。
「ああしなければ誰も救われなかった。
ほら、自分の命を捨ててでも守んなきゃいけないものって、あるだろ。」
例え俺がヒナを残して逃げたとしても。
俺の心はその時点で死んでいた。
深呼吸した彼女は落ち着きながら冷淡に語る。
「「
過去の人が唄った句だね。
君は確かに今生き残った。
しかしそれも結果論だ、死んでいた可能性だってあるだろう。」
そうだ、可能性は1つじゃない。
「あぁ、未来ってのは不鮮明で確定してない、本来見えもしないし形もない。
だから決まった未来があったとしても、少しの誤差、ズレで違う未来に変わってしまう。
お前が見ていたのはそういうものだ。
お前が動揺しているのは、自分が知っているのと違う未来に到達したから。
しかも以前に比べてもっと暗く酷いもの。
そうなんだろ?」
渋々、彼女はそれを認めた。
「そうだ....君は風紀委員長と共にあの場を去った。
しかし、その時の君には防弾チョッキなどなかったし、ナギサもいなかった。
細部が私の見た
けれど違わない。
結局はゲヘナ、トリニティ、その両方が互いを憎み合い傷つけ合う世界へと変化した。」
「.....セイア────」
「これが物語の結末。
何もかもが虚しく、全てが破局へと至るエンディング。
この先を見たところで、無意味な苦痛が連なっていくだけだ。
これはつまるところ各位が追い詰められ、結局誰かが誰かを犠牲にするお話だ。
最初に言っただろう。
不快で、不愉快で、いまわしく、眉を顰めたくなる....悲しくて、苦しくて、憂鬱になるような。
それでいて、ただただ後味ぐ苦いだけのお話....そうは、思わないかい。
されど、これは全て真実の物語。
これが、この
君は以前、五つ目の古則についてハナコに言っていたね。
「信じなければ始まらない」、と。
然して、信じた結果がこれだ。
ナギサを信じ、アズサを信じ、ミカを信じ、ただ信じることしかしてこなかった君の末路。
元より不可能なことだったんだよ。
エデン条約、お互いに「憎しみあうのはもうやめよう」という約束。
そんなこと出来る筈がないというのに。
その上条約の名前に「エデン」ときた。
命名に悪意すら感じてしまうね。」
エデン条約。
それを名称とした連邦生徒会長は今、いない。
彼女が何を思い、何をこの条約に託したのか。それはわからない。
憎しみの連鎖は、止まらない。
最後まで走り続けると、彼女は言う。
「このプロセスを経て、確認できたものはあるだろう。
それは不信から降り積もったゲヘナとトリニティの互いへの恨み。
そしてアリウス分校の生徒達が両学園に持つ恨み。
それらを通じて、この条約は歪な形で完成されてしまった。
何よりも皮肉な事にどこにも存在しない、証明すら出来ない....その楽園の名を携えて。」
「ああ、分かったよ.......。」
「......ようやく、現実を受け入れ─────」
「いや────」
俺はダメな先生かもしれない。
生徒の意見を否定して、俺の考えや感情を押し付ける。
結局「先生」という形に縛られていようといなかろうと変わらない。
それを言い続けることしか出来ない。
けれども───
生徒達が、自身の道を閉ざそうとしているのを否定して何がいけないというのだろうか。
「諦めるな。
全てはこれからだ。
お前が見た未来と現在は些細な違いでしかないんだろうけど。
何か一つでも変えていけるなら俺たちは変えて、前に進まなきゃいけない。
なぁその問題の答え。
楽園から戻ってくる奴はいないんだろ?
なら簡単だ。
そいつは戻ってこなかった。
それこそが楽園の最大の証明なんじゃないか?
たとえ辿り着けなかったとしても、探し続ける奴は諦めないし、挫けない。
いつかは
例えそれが楽園に程遠い理想だったとしても。
その「
「それでは証明にならない。
ただの言葉遊びだ!論理のすり替えですらない!
楽園の存在を証明すること、それは全ての人たちにとっての宿題だろう?
それの存在を証明できなければ何も....。」
そうセイアは憤る。
問の趣旨が違う。
けど、それこそ違う。
お前はそんなにも「
「あってほしい」と。願っているじゃないか───!
「それにさ。
"
俺は座っている椅子から立ち上がる。
それは前と同じく、夢から覚める為の準備と言っていい。
セイアへの答えは、前置きをしてから提示した。
「楽園っていうのは存在するもんじゃなくて、作ったり、追い続けていくもんじゃないか。
だからこそ、俺達は「信じる」んだ。
それぞれが求める理想の形なんて違うんだから。
まぁ、こんな感じで答えなんてないし、無限にあるよ。
それこそ「たどり着いたものがいない」も答えだろうし。
もちろん証明できるかどうか、という主題においての「証明できない」というのは正しい答えだけどさ。」
彼女はずっと悔しそうな、泣きそうな、なんとも言えない表情を浮かべている。
ここまで、彼女が何を言いたいのか、全く理解できていなかった。
でも、それは本当に簡単なこと。
これまでの生徒達と何も変わりない。
「なぁ、セイア。
お前は何がしたいんだ?
俺に何をして欲しい。
どうなれば満足なんだ?」
「私は.....君にして欲しいことなど.....。
そうだ.....君に私は───何が言いたかったんだ。」
結局、彼女自身も、自らが何を訴えたいのか分からなかったのだ。
これだけ、理屈を並べて。
「世界はこんなにも虚しく、悲しい」と
「けれどもこうあって欲しかった」とも言わなかった。
「俺に何も願ってないのなら、どうして、俺を何度も招いて話をしたんだ。
仮にこの世界の真実って奴がお前の言う通りで、全てが無意味だっていうなら、その行為も無駄になる。
けれどお前は、話さずには居られなかった。」
何故か。
それは、「
誰にも、自分の思いを、望みを理解して貰えないからだ。
「ようは、ずっとお前も、「助けて欲しい」って叫んでたんだよな。
気づいてやれなくて悪かった。
まぁ、あれだけ色んな問題をやらかして、中途半端に問題を解決して来た俺は、当然頼りないんだろうけど。
だから「
ただここで俺に悪態をついてたんだろ。」
「あ、悪態......?
違う、間違っているのは君の方だ。
私は君に助けてもらいたいなど思って───」
そうだ。
多分それは間違っている。
「あぁ、それこそ勘違いしてる。
お前が助けを求めてるのは、俺にじゃないと思う。
それこそ「誰」なんてない。
.....そこは俺には分からないし、推測なら頭の縁を掠めてはいるけど言葉にできない。
ただお前はそれを諦めた。
だから、今度は諦めないでくれ。
「ただ信じたところで、何も変わりはしない...。
信じたところで.....そこには、何の意味もないだろう....!?」
それは当たり前だ。
だってそれは神様に願うようなものだ。
テストで100点を取りたいと祈願するのと同じように。
信じるのはあくまで始発点に過ぎない。
そここら努力していくのが───人の形だ。
それでも、その答えに回答するのなら───。
「下着じゃなくて水着だと思えば、それは水着だから。」
都合のいい見方だろうけど、それで正解なんだ。
真実に目を伏せる。
けれど、強すぎる真実には蓋をしなきゃいけない時もある。
「....は?
........え、下着....?
い、一体何を....水着、下着....?
それはどこの古則の、いやそんなのは聞いたことがない───」
さてと、と呟いて混乱しているセイアに背を向ける。
結局のところ、この物語は。
1人の子供が夢を見て。
その夢が恐ろしく現実味を帯びて、何もかもを諦めてしまうほどの恐怖をそそった。
けれど。
だからって否定するようになった訳じゃなかった。
ただ彼女は「信じられなくなっていた」だけなのだから。
「信じたい」というその思いは奥底に残っている。
「信じられるかどうか。
お前が自分の目で確かめてくれ。
俺の視界を覗くんじゃなく。
自分でそこに立って、現実を見るんだ。
俺は、お前が来るのを、待ってるからな。」
扉を開ける。
その瞬間、テラスも月明かりも、夜の静けさも、全てが消えた。
目を覚ます。
そこはゲヘナの食堂で床で寝かされていた。
生徒の足を枕にして。
「おはようございます。衛宮先生。」
「......おはよう、フウカ。」