衛宮士郎 "先生概念"【GRADATION ARCHIVE】 作:神宮寺志狼
「時間は多少かかりましたが、残弾の余裕がありますね....
それに何だか戦闘がいつもよりやりやすかった気がします。」
銀髪の生徒はそう言う。
「やっぱり.....そう...よね?」
戦闘はものの数分で終わった。
─────圧勝だ。
誰も怪我をすることなく、進路を塞いでいた不良達は霧散するように撤退した。
この分ならもしかしたら、話し合いで解決できたかもしれない。
本当ならそれがいい。
いや、そう、あるべきだ。
先生でありたいのなら全ての生徒に優しくあるべきだ。
藤姉だって、言っていた。
「もし、生徒の行いが間違っていたら、正しい道を示す。」
それが教師のやることだ。
戦闘中の不良少女達の顔は何とか覚えた。
後で七神にでも頼んで各学園やその他諸々の生徒のリストを見せてもらおう。
「一時はどうなるかとヒヤヒヤしてたけど。
とんだ取り越し苦労だったわね。
いい采配でしたよ!先生。」
早瀬から笑って褒められる。
「いや、俺はただ指示しただけだよ。
早瀬達の腕が良かったんだ。
会ってから間もないってのもあるけど、早瀬達を信用できてなかった。
悪い、これじゃ先生失格だ。」
土下座とまでいかないものの、俺は誠実に謝った。
皆はそんな俺の態度にポカンとした表情をした後、頷いて───
「いえ、私たちの心配をしてくれた事は嬉しいです。」
そう奥空は言ってくれた。
「まぁ、キヴォトスに来たばっかりなら仕方ないわよね。」
と早瀬は笑って許してくれた。
それでも─────
「....先を急ぎましょう。」
黒セーラーの生徒はそう冷たくただ口にした。
それでも、まだ俺の軽率な行動に対して思うところのある生徒もいる。
「先は長そうだな....」
そうして俺達は歩みを再開した。
様子を見かねた早瀬がその子に噛み付くように質問した。
「ちょっと!何怒ってるのよハスミ。」
「いえ....どうしてか衛宮先生を見ていると大聖堂にいる、とある人物を重ねてしまって。
何故なのか私にもわかりませんが。」
「とある人物って、誰よ。」
「名前を呼びたくもありません。」
ハスミと云う生徒は心底嫌そうな顔をしてその話題を終わらせた。
「.....思い出させないでください。
ですが、衛宮先生に思うところがないと言えば、それは嘘になります。」
彼女は立ち止まっては振り返り、改めて自己紹介をした。
「失礼しました。
私はトリニティ総合学園の『正義実現委員会』副委員長。
羽川ハスミと申します。」
───────たまげた。
「せ、正義実現委員会!!?」
こんな、争いだらけの世界で『正しさ』を求める生徒達の織り成す団体。
「.....衛宮先生。
率直にお聞きしますが────
貴方にとっての正義とは何ですか?」
「──────────え?」
思考が凍りつく。
「─────何でそんなことを聞くのさ。」
「先程、先生は仰られました。
『自分は正義の味方』だと。
正義とはそんなに軽々しく語って良いものではありません。
何しろ個人によっての解釈が分かれるものですから。
個人的な正義か、大衆 社会秩序としての正義なのか。
大きくわけてこの2つだと私は思っています。
先生の正義はどちらですか?」
「───────────────。」
即答できない。
なぜなら自分にとっての『セイギノミカタ』は揺らいでいる。
切嗣やアーチャーのように「より多くを救い、小を切り捨てる」事は出来ない。
間違っているとは言わない。
ただそんなのは「嫌だった」。
その道とは違うナニかを俺は理想としてきた。
だが、それは具体的な言葉として適切な呼び方がない。
故に『セイギノミカタ』という呼び方をしているだけだ。
しいていうなら、多分.....
「多分、前者だと思う。
けど状況によっては後者で
そのどっちもで、どっちでもないと思う。」
「...はい?」
どういう事ですか?と聞かれても、答えられない。
「そうだな.....トロッコ問題、ってあるだろ?」
彼女は顎に手を当て思い出すような仕草をした。
「....私の後輩がその手の本を読んでいました。
思考問題なので正しい回答が無いそうですが...」
「俺ならどんな手段を使ってでも、両側とも助ける。」
羽川は少しだけ考えて───
「子供のようですね...貴方は。
随分と、傲慢です。
ですが、─────それもまたひとつの正義なのでしょう。
貴方はあの人とは違うようです。」
笑って安心して納得したようだった。
「─....あ。」
その子の笑顔はとても魅力的だった。
頭を振って思考をクリアにする。
こんないい子が名前を呼ぶのすら億劫になる、その人物とは───
『先生、そろそろ。
私達には時間が無いことをお忘れなく。』
七神に急かされる。
「悪い!
よし。そろそろ行くぞ。」
俺達は走った。
「もうシャーレの部室は目の前よ!」
早瀬の視線の先を追う。
連邦生徒会の本部ほどでは無いが、かなりの高層ビルだ。
「あれが────俺の職場だっ──てのか!?」
息切れしながら、驚きの言葉を発した。
肺が酸素を求めている。
この数時間で気づいたことだが、彼女達生徒は俺よりもスタミナも瞬発力も力もある。
もはや生徒一人一人が英霊と渡り合えるほどの素質があった。
そんな子達についていこうというのだ。
心臓は破裂する勢いで伸縮し、足は棒になりかけている。
それでも大の大人が情けない姿を晒す訳にはいかないと、身体が必死で縋り付く。
『先生。聞こえますか?リンです。
今先生とは別ルートからシャーレへと向かっています。
今、この騒ぎを巻き起こした生徒の正体が判明しました。』
そんな時テロの主犯についての情報が入った、と七神から告げられる。
『ワカモ。
百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です。』
「その生徒はそんなに危ない奴なのか?」
『はい。
似たような前科がいくつもある危険な人物なので、気をつけてください。
ワカモの特徴は────』
数時間前
連邦捜査部、シャーレの部室前までやってきた。
「あらら......?様子がおかしいですね?罠、でしょうか?」
人気がない、無さすぎる。
しかし、周囲を警戒しながら建物の扉前まで来たが、一切の殺気が感じられない。
「あらまぁ。
何処で道草を食べているのかは分かりませんが、連邦生徒会はまだ来ていないみたいですね。
フフッ....♪まぁ、構いません。」
あの建物に何かが運び込まれた、その情報だけはどうにか入手した。
しかし実際のそれが何なのかは分かっていない。
物色する時間があるのは嬉しい限りである。
「連邦生徒会が大事にしている物ですから────壊さないと気が済みませんね。」
銃に弾込めし、クリップを抜き取った。
「あぁ.....久しぶりのお楽しみになりそうです。
ウフフフ♡」
電気が通っているのか自動ドアが開いた。
内部に侵入する。
「何階でしょう....?」
連れてきた生徒が手分けして上に上がっていく。
.....勝手に。
「はぁ......いいえ、地下です。」
ビルの地下と言えば駐車場を連想する。
それには引っかからなかった。
事前に情報を得ていたが、他の者には伝えていなかっただけだ。
「まぁ偽の情報かもしれませんし?
貴女々は上の階を探索してください。
地下は私ひとりで十分です。」
「「了解!」」
ワカモが地下に辿り着く。
古代の石版だったり、謎の機械、果ては埴輪まである。
「さてさて♪」
その中で目をつけたのは、1つのタブレットだった。
「木を隠すなら森の中、ですか。ですが、私には通用いたしません。」
それを手に取り、よく観察するために、
「これが、その重要な物、ですか....。」
ボタンを短押しする。
起動しない。
10秒長押しする。
起動しない。
充電コードがあった為接続する。
画面には緑の文字で0%、と表示された。
「どうやら充電切れのようですね。仕方ありません。」
ワカモは待った。
ついでにこの待ち時間に連邦生徒会の面子が来てくれたら暇つぶしができる、とまで思っていた。
「暇です.....」
イライラし始めるワカモ。
ふと足元を見ると、幾何学模様が書いてある。
「なんでしょう?これ。」
いや、幾何学模様所では無い。
この一部屋そのものに円を中心として何かが描かれている。
「魔法陣ですか....?こんな落書きをした人は何を考えているのでしょう。」
ワカモはそれに対して嫌悪を感じたのか、弾痕によってその陣を跡形もなく消し飛ばした。
「....はぁ。」
しかし、待ち人は来ず、
30分たって、50%程度の充電しか終了していない。
先程と同じようにボタンを押す。
しかし、それは起動しなかった。
もしかしたらタブレットに見せかけた何かなのかもしれない。
「うーん.....これが一体何なのか、全く分かりません。
まぁ、でも────」
(カチャ)
(パンッ!!)
「壊してしまえば─────あら?」
銃弾が弾かれた。
「壊れませんね....となると、やはりこれは特別なもの、と認識して良いようです。」
あの胡散臭い男は言っていた。
『君を退屈させないよう、ちょっとやそっとでは壊れないよう、細工しておいた。
せいぜい楽しんでくれたまえ。』と
「私の弾丸数発でも壊せないとなると。」
これは持ち主当人に聞いた方がいい。
そう思い、ワカモは椅子に座って、そのタブレットの主を待った。
「あら...?ようやくいらしたのですか?」
そうして、約1時間以上待たされた結果。
「お待ちしておりま──────」
目を奪われる。
視線を逸らすことはできない───否、したくない。
そこ訪れたのは焔色の髪の毛をした大人の男性だった。
「あら....?ようやくいらしたのですか?お待ちしておりま────」
そこに居たのは改造された着物──もとい、着物風に改造された制服を身にまとった生徒だった。
その子はどうも困惑しているようだった。
「待ってた?俺を?」
連邦生徒会の子か?
「もしかして、騒ぎから逃げてきたのか?
大丈夫だ、危害を加えるつもりは無いから安心してくれ。」
「.....フッ♪」
そう言うと赤く火照った表情を不敵な笑みに変え、彼女は笑った。
「フフフフフッ♪
危害を加える?
この私に?」
「いやだから加えないって。
寧ろ守る側の方なんだけど....」
いや、この子は待っていた、と言った。
周りには荒らされた形跡、撃ち貫かれた床。
「─────まさか、1人で此処を守ってくれてたのか?」
「....はい?」
つい、その少女の手を取った。
「ありがとう。心細かったろ。
でも、怪我もなさそうだし、安心した。
こんな綺麗で可愛らしい顔に傷なんて着いたら、自分の無力さにやるせなくなっちまう。」
「....ッ//!!」
彼女の顔が赤くなる。
はて、何か変なことを言っただろうか?
「わ。悪い。
自己紹介が遅れた。俺は衛宮 士郎。
今日からここで働かせてもらうことになった....らしい先生だ。」
「せ、先生....//」
彼女はハッとした表情を浮かべると共に俺の手を振り払い、一目散に部屋の出口に向かっていった。
「し、失礼いたしましたぁ~//!」
「お、おい、帰るのか!?せめて、きっちり名前と礼ぐらい───行っちまったよ。」
その生徒と入れ替わりのように別の入口から七神がやってくる。
「お待たせしました。先生。
...?何かありましたか?」
俺の表情を見て何かを察したのか
「いや?さっきまで───」
俺の回答を待つまもなく七神は続けた。
「そうですか。
ここに連邦生徒会長の残した物が保管されていま───
.....遅かったようですね。」
彼女が俺を見る。
「俺が来た時には、もうこの状況だった。」
「いくら何でも先生を疑っている訳ではありません。
─!」
彼女がもう1つ、タブレットを渡してくる。
「幸い、傷一つなく無事のようです。
受け取ってください。」
「え?いや、既にもう。」
「いいえ、先生。これは特別です。
こちらが本来先に貴方にお渡しするはずだった、連邦生徒会長が貴方に宛に残した物。
「シッテムの箱」です。」
「シッテムの箱....?」
シッテムといえば旧約聖書に出てくる町の名前だ。
正式名はアベル・シッテム。
たしか、聖人と呼ばれるモーセが立ち寄った町、では無かったか。
詳しい所までは思い出せない。
「変な名前だな。」
「....そうですね。
それどころか、実は私達にも正体が分からない物です。
普通のタブレット端末に見えますが、製造元もOSも、システム構造全てが謎のまま。
連邦生徒会長は、この「シッテムの箱」は先生の物で、先生ならこれを使い、タワーの制御権を回復できる、と言っていました。」
「起動は───試してないのか?」
「それは──」
そう聞くと彼女は露骨に目を逸らした。
あ、これ聞いちゃいけないやつだ。
「───では、私の仕事はここまでです。
ここから先は衛宮先生にお任せするほかありません。
部屋の外で警備を兼ねて待機しています。」
そう言って逃げるように部屋の外へ出ていった。
「お、おいちょっと!!」
.....部屋に取り残されたのは俺1人。
「仕方ないか」
タブレットの端末のボタンを押す。
それは青色の画面を映し出し起動した。
「うぉっ!?」
[Connecting to the case of sittm.....]
そして、
「システム接続パスワードをご入力ください。」
そう表示される。
「いや、俺はパスワードなん───」
『我々は─────────望む、』
そう、故に、頭に打ち込まれたその文章は──────
「───ぁがっ───」
強烈な頭痛と共に脳裏に浮かんだ。
知らない
思い出せるわけが無いものを、自分の中に無いものを、頭の中に生み出した。
その代償だろう。
その場で膝を着く。
意識が飛びそうになるのは何とか気合いで耐えた。
『───────────────。
────────────。』
頭に文章が刻まれる。
「ッはぁ.....ぅっ.......あれが、パスワードだって....?」
なんとも趣味の悪い文言だ。
頭痛の残響に耐えながら入力する。
[「シッテムの箱」へようこそ、衛宮先生。]
ログインに成功したようだった。
[生体認証、及び認証書生成の為、main operating systemA.R.O.N.Aに変換します。]
その瞬間、部屋を───衛宮士郎の世界が飲み込まれた。
「どうして.....」
気がつけば居たのはあの剣の丘である。
今の衛宮士郎の魔力生成量では、持って数分の世界だ。
『固有結界』
それは発動者の心象風景を具現化し、世界を上書きする魔法に近い魔術である。
「へ?」
その丘に、今にも無数の剣に串刺しにされそうな教室があった。
窓から見えた部屋の中には、少女が1人、机にうつ伏せで寝ている。
「まずい!!」
急いでその部屋の扉を開けた。
その教室は半壊しており、その先には俺の心象風景にあるはずの無い海があった。
「くぅぅぅぅ...Zzzz
むにゃぁ.....カステラには....いちごミルクより....バナナミルクのほうが....。
えへへ.. まだまだたぁくさん、ありますよぉ....」
その子は幸せそうななにか、夢を見ている。
申し訳ないが起こすしかない。
「おーい....!」
肩を揺する。
「うへぃ!?」
「起きろってんだ!!」
そして、天井を破り、剣が刺さる。
「───ッ!!!」
「ふにゃっ!!?」
その子を突き倒す。
何とか回避に成功する。
「あ、貴方は────」
奇しくも、それはあの時の構図と逆で。
「もしや、先生...!?」
彼女は尻もちを着いて、両腕で反った身体を倒れないように支えている。
「この空間に入ってきた、という事は、まさか、衛宮先生?!」
「.....君は?」
凛としたセイバーとは似ても似つかない、本当に幼女のような少女はあたふたとして────
「う、うわぁぁぁっっっ!!!どうしてこの教室に剣が!!!
うわ、わああ!?お、落ち着いて、落ち着いて。」
怯える。
俺の背後の大剣に。
これは衛宮士郎の世界が暴走している証拠だ。
「───」
体内の魔術回路に意識を向ける。
頭の痛みを止めるため、無意識に治癒能力が良くない方向へ走っている。
魔力をカットして、無理やり止める。
「えっと、その───」
「.....もう、大丈夫だ。」
「....そ、そうだ!まず自己紹介から!
私はアロナ!
この「シッテムの箱」に常駐しているシステム管理者であり、メインOS。
そして、これから先生のアシストをする秘書です。」
召喚に従い参上した。
これより我が剣はあなたと共にあり、貴方の運命は私と共にある。
ここに、契約は完了した。』
───あの時の夜と同じく
──────俺の再びの宿命の歯車が回り出した。