衛宮士郎 "先生概念"【GRADATION ARCHIVE】 作:神宮寺志狼
「ユウカの計算通りね。間に合ったわ。」
リオがボソリと呟く。
モニターから聞こえるモモイとヴェリタスの会話では、どうやら開かない「G.Bible」をヴェリタスに頼んで無理やりこじ開けてもらおうとしているらしい。
「.....あの端末。貴方のね。
道理で連絡がつかないわけだわ。
ここで会議を開くにあたって、貴方に連絡を取ろうとしたのだけれど、繋がらなかった。
まさか端末を部室....いえ、あの子達が手に入れたものが、あの中にはいってるのね....」
とリオが不満そうに言った。
そういえば、今持っているものといえば、シッテムの箱だけだ。
「悪いな、面倒をかけた。」
「いいえ、こうして貴方がここに居るのだから結果としては変わらないわ。」
『うん、これは間違いなく、「G.Bible」のオリジナル。
かの伝説なゲーム開発者の遺した神ゲー製作マニュアルだね。』
赤髪の少女はモモイ達に振り返って断言した。
『やった!』
『す...凄い.....。』
部室から感嘆の声が聞こえてくる。
ミレニアムどころか、キヴォトスに来て日が浅い俺には、あのシステムにどれほどの価値があるのかわからない。
『でもね、パスワードの解析はまだ。
それにこれ、一定周期でパスワードを変更しているプログラムが走ってるみたい。』
『『えっ!?』』
『そう、まるで生物みたいにね。』
赤髪の生徒の言葉に、モモイが憤慨する。
『そんな!ガッカリだよ!』
そうして、赤髪の生徒が差し出した俺の端末を乱暴にかっぱらった。
『パスワードを解析するのはほぼ不可能に近い。
でもね、手が無いわけじゃない。
セキュリティファイルを取り除いて丸ごとコピーするって手段なら、きっと出来ると思うんだ。』
『────流石だよ!!よっ!ヴェリタスサイコー!』
「はぁ....あの子ったら...」
「流石に人に物を頼む態度じゃないな、あれは。」
この手のひら返しには、俺も早瀬もため息をついた。
『でね、そのために最適なのは
『けど?』
『けど....生徒会に押収されちゃったの....他のツールもろとも丸ごとね。
他にも一般的なマクロ作業ツールからグレーなものまでぜーんぶ!
この前ユウカが急に押し入ってきて、「不法な用途の機器を所持している情報が入ったから部室捜索するわ」って言って。』
「あれは事実なのか?」
俺は早瀬に事実確認をした。
「ぇ、えぇ。
匿名で「ヴェリタスがセミナーのサーバー破壊を目論んでる、安全のためツールを回収して欲しい」って.....」
「はい、ユウカは私の情報で、ヴェリタスからツールを全て没収しました。」
その張本人が口を割った。
「あ、あれヒマリ先輩だったんですか!?」
「ええ、色々とありまして。
あの子達の行動が目に余る所もありましたし....」
「自分勝手にハッキングしてデータやシステムを抜き出しているあなたがそれを言うの?」
ヒマリに対してリオが睨んで言った。
「えぇ、「全知」である私にとって、ミレニアムサイエンススクールの情報は私自身のようなもの。
私の物を私がどうしようと勝手ではなくて。」
「─────────────────。」
「いや、それはおかしいですよ!」
なんて清々しいほどの言い訳だ。
まさに「お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの」である。
『うわぁぁぁん!!早く「鏡」を取り返さないと、ヒマリ部長におこられちゃう!!
前も「私のものをどうして勝手に渡したのですか」って言われたし...』
そんな困ったような赤髪の生徒をヒマリは笑って眺めている。
「ふふふっ。」
「いや、笑うところじゃないだろ。
お前の自作自演で──────」
「あら、不快に感じたのであれば謝ります。
ですが、話はここからです。」
と言って、視線をモニターに戻すように、俺に言った。
『とにかく....私達は「鏡」を取り戻したい。
それに、G.Bibleのパスワードを解くためには、あなたたちにとっても「鏡」は必要。
そうだよね。』
体の周辺に浮遊する球体を身につけたような生徒が、モモイ達に問う。
『あー....なるほどねー。』
『ま、まさか....』
『さすがミドモモ。話が早いね。』
『レイドバトルですか!モモイ。』
この先は聞かなくてもわかる。
ヴェリタスとゲーム開発部。
この二つのグループは協力してセミナーを襲撃しよう、と言っているのだ。
椅子から立ち上がる。
「待ちなさい、衛宮先生。まだ本題は終わっていないわ。」
「待ってられるか!
さっさとあそこにいってあの馬鹿みたいな話を終わらせてくる。」
リオに呼び止められるが知ったこっちゃない。
俺は会議室を出ようとする。
「聞こえる?......アカネ。衛宮先生を部屋から出さないで。」
『はい。承知しました。』
リオがなにかボソリと呟くと、俺が扉を開く前に、外から誰かが入ってきた。
「失礼します。」
「なっ!?」
その少女は、俺の後ろに素早く回り込むと、俺の手を押さえ込み、無理やり元の座っていた位置まで俺を連れていった。
相当な身のこなし。
訓練されている挙動。
そして、来ている服。
「メ、メイド服!?」
「失礼致しましたご主人様。
私はメイド部所属の室笠アカネと申します。」
この子が、メイド部だって?
あの動きはメイドというより暗殺者に近い。
扉の前にいたってのに気配を感じさせなかった。
「リオ、
「.......やはり衛宮先生には隠し通せないわね。
メイド部は正式には
メイドか.....
あのとんでもない鋼鉄製の戦斧で、空中まで投げ飛ばされた記憶が─────
「......まさか、カタコトで話す怪力少女とか、口煩い整然とした生粋の使用人とか....居ないよな。」
『まさか、シロウ。
リズとセラのこと言ってるの?
ひどーい。
あ、でも、2人はキヴォトスには来てないから安心して。』
今まで静観していたイリヤがここで口を開いた。
「あら。それが噂の妹さんですか?」
と、ヒマリがわざわざ車椅子を動かしてこちらまで来ては、シッテムの箱に触ろうとする。
────しかし
(バチッ)
「きゃっ...!」
『私、エルフ耳の女は全般嫌いなの。』
と。
嫌な笑いをして、障壁を展開してヒマリを拒絶しやがった。
まぁ、言わんとすることは分からなくもない。
「お前、それキャスターの事か?」
『えぇ、だってアイツ、シロウのことを手に入れようだとかふざけたこと言ってるし、実際に行動したもの。』
「......残念です。せっかく噂のオーパーツに触れると思ったのですが。」
ヒマリは諦めたのか下がっていく。
まぁ、触れたところでシッテムは俺にしか扱えないらしいから、意味もないのだが。
「皆さんお静かに。ヴェリタスの部室での会話が進行いたしました。」
という室笠の言葉で、全員がモニターへ視線を移した。
『で、セミナーから「鏡」を取り返すのはいいんだけどね。
その差押え室を守っているのが、「メイド部」なんだよね。』
『『えっ!?』』
モモイたちが後退る。
『...メイド部って、もしかしなくてもC&Cのことだよね!?
セミナー直属の武力集団。』
『....メイド服で優雅に相手を清掃しちゃうことで有名な....あの...』
ミドリとユズの言葉の後で、モモイがまたさらに手のひら返しをし始める。
『うん!諦めよう!!ゲーム開発部、全員回れ右!前進!』
そういった本人が、一目散に部室から出ていこうとする。
それを、赤髪の生徒が羽交い締めして引き止めている。
なんだ?モモイがそこまでして逃げようとするなんて.....
『待って!諦めちゃダメだよモモ!G.Bibleが欲しいんでしょ!?
じゃなきゃ、あたし達もゲーム開発部も共倒れ。
それに、可能性がない話じゃないんだって!』
『そりゃ欲しいけど!だからってメイド部と戦うなんて無理!
この話は目標地点である火山の河口に向かって地雷原の中を走り回る車に飛び乗れって言ってるのと同じだよ!
廃部は嫌だけど....C&Cの「御奉仕」で壊滅させられた過激団体や武装サークルは数え切れないんだよ?
部活は大事、でもそれ以前にミドリとユズにアリスの方が圧倒的に大事だよ!』
『お姉ちゃん....』
『......』
かなり無茶苦茶だが、モモイは理由をなるべく多く並べ立てて、その誘いを断ろうとする。
まぁ、勝てない相手がいるとわかったから、というのがなんとも言えないが。
その点で言えばハッキリと、モモイ達は自分たちの実力がわかっているらしい。
『でもさ、メイド部は今万全な体勢じゃないんだ。
確かにメイド部はミレニアム最大の武力集団だけど、その最強と言われている所以の「彼女」は今居ないんだ。』
『.....彼女?』
モモイの疑問に対して、今度はミドリが、赤髪の生徒に質問した。
『もしかして...その「彼女」って言うのはメイド部の部長の事?』
『うん、そう。
メイド部の部長にして、コールサイン・ダブルオー。
美甘ネル先輩。
そのネル先輩は、今居ないんだ。』
『......』
『....それなら、もしかして、もしかすると』
何やら、その「メイド部」改め「C&C」は現在主戦力のリーダーが居ないらしい。
要は部隊における隊長、侍大将が居ないようなもんだ。
つまりC&Cを指揮する人員が居ないことになる。
「これ、本当なのか?」
俺が周囲の生徒を見回して聞いてみる。
「ええ、事実よ。
今ネルは私情でミレニアムには居ないわ。」
「会長の仰る通りです。
が、問題ありません。
私たちのリーダーは「守り」ではなく「破壊」に特化しているので。」
リオの言葉をC&Cの室笠が肯定する。
「俺の役割は、リーダーの居ないC&Cを率いてあいつらを止めることか?」
少し整理して推測を立ててみる。
が、納得できない。
何せ襲撃を企てている現場を抑えてしまえばこうして映像も残っているわけで、事が起こる前に全てが片付く。
まさか正式に廃部を認めさせる為にわざと騒動を起こさせるつもりか?
と、思えばヒマリとリオはとんでもないことを言い出した。
「いいえ?先生。その逆です。」
「逆?
まさかゲーム開発部とヴェリタスに手を貸してほしい、なんて言い出すんじゃないよな?」
「ええ、その通りよ。理解が早いわね。」
「─────────────────────」
思考が停止する。
訳が分からない。
「正式にはゲーム開発部、ヴェリタス。手を借りるならその他部活をシャーレの生徒として貴方が率いて、C&Cと戦闘をして欲しいの。」
つまり.....ゲーム開発部やヴェリタス等を相手に模擬試合をしたい、ということだろうか?
「待て待て、待ってくれ!
そもそもなんでそんなことする必要があるんだ?
模擬試合とか演習するにしたって、あいつらをここに呼べば解決する話だろうし。」
リオは簡潔に説明してくれた。
「......理由はいくつかあるわ。
まず、この「対暴動鎮圧想定演習」を行う理由は1つ。
C&Cの「成果」に当たるわ。
元々は大分前に検討していたのだけれど、ユウカが「C&Cを借りたい」という話を持ち出されていてご破算になったわ。」
それはもしかして──────
「そう、アビドス自治区での旧カイザー殲滅戦。
貴方を悪く言うつもりは無いけれど。」
「.....悪かった。」
頭を下げて謝ると彼女は「もうどうでもいい」と、なんの感情も出さずに言った。
「演習程度ではゲーム開発部どころか、ミレニアムのどの部活であろうと、ネルが欠けているC&Cさえ倒すことなんて出来ないわ。
あそこにいる子達に全力を出してもらうには「セミナーとC&Cと本当に対立している」という現実が必要。
貴方に戦ってもらうのは、「現状用意できる最大級の戦力」でなければならないから。
そして、ゲーム開発部でなければいけない理由は────正直ないわ。」
「ない!?なんでさ!」
さっきあれほど、「決定事項」であるかのように言っておいてか。
「最終決定したのはもちろん私たち。
ヒマリには他の部活も焚きつけるように言ってあったのだけど。」
引き継ぐように、その先をヒマリが話した。
「他の部活にも同じよう、別の「餌」を用意していたのですが、どこも食いつきませんでした。
そうして唯一釣れたのが─────」
「ゲーム開発部....って事か。」
餌、が何であったかなど、どうでもいい。
この2人はこうなるようにミレニアムで情報操作などを行って、この状況を作り上げたという事で、言ってしまえば自分の利益のために周りを巻き込んだ。
とはいえ、モモイ達に収穫がないか、と言われたらそうでも無い上に、そもそも彼女達温情を与えてもらっている身だ。
その上、「切り札」まで手に入った。
彼女達は文句を言う立場では無いだろう。
「...ミレニアムプライスまで残り1週間半。
間に合わせる必要があるから、今から相手を選定する時間もないわ。
それに、正体不明の期待の新人も入っている事だし。」
リオはアリスを見つめる。
その眼差しは、なにか心配事のある母のような瞳。
アリスの背中には、数日前に手に入れた「勇者の剣」がある。
彼女は間違いなく、ゲーム開発部の部員「天童アリス」であり、人として生活していた。
「......衛宮先生、いかがでしょう。
C&Cと戦っては頂けませんか?」
.........。
「俺に、生徒を傷つけろ、って言うのか?」
「必ずしも先生に戦ってほしいわけではありません。
あの子達が戦術面でC&Cを上回れれば、良い演習になるでしょう。
実際、私もそうなると期待しています。
ですが、そこにいる根っ子から真っ黒に腐った無駄に大きい大樹はそうは思えないようです。」
根っ子から腐った大樹?
まさかリオのことを言っているのか?
「.....
「あら?データ不足の新人部員が居るのにですか?」
口を開けば口論だ。
お互いのことを侮辱しからかい、罵倒する。
やっぱり、この2人はどうも馬が合わないらしい。
一方、目線をそらせば、モニター向こうでは、結論が出かけていた。
『正面衝突を避けて、「鏡」だけを奪って逃げる.....うーん。』
『........』
モモイとミドリが考え込んでいる中、決心したように口を開いた生徒がいた。
『やってみよう?....モモイ、ミドリ。』
『『えっ!?』』
2人にとってユズが言い出すのは、想定外だったのだろう。
早瀬でさえ、目を見開いて驚いている。
「嘘!あのユズが!?」
信じられない、と。
『ユズ!?本気?ネル先輩が居ないからって、相手はあのメイド部だよ?!?』
『.....わたしも、怖い.....。
今だって、メイド部に銃を向けるわたしを想像できないし、しようとするだけで足がずっと震えてる......けど.....。』
『けど...?』
ギュッと拳を握りしめて───────
『ゲーム開発部が無くなる方が、ずっともっと怖いし、悲しいし、苦しい。
それこそ
あの部室は、寮にも、学校にも居場所がないわたしにとって、唯一安心出来る場所だった。
でも、今は──────』
ユズは続ける。
自分の思いを言葉という形にして。
『もう、わたしだけのものじゃない.....。
モモイがいて、ミドリがいて。
今は、衛宮先生と、アリスちゃんがいる、皆の大切な場所....だから..』
『『─────!!』』
目尻に涙を溜めながら、勇気を振り絞るように、一歩、足を踏み出す。
『だから.....だから、守りたい....
だって、この世界で、たった4人。
たった4人、わたしのゲームを楽しいって言ってくれた、大事な人達のいる場所だから───っ!!!』
悲しいのでは無い、悔しいでもない。
彼女がボロボロと流す涙は、恐怖を感じている証拠そのものだ。
ユズの部活を守ろうとするその意思は、アビドス対策委員会がアビドスを守ろうとしていた理由そのもので──────
当たり前の、当然の理由だった。
『アリス達なら、できます。』
倒れそうなユズを、支えるように横に寄り添ったのは、アリスだった。
『伝説の勇者は....世界の滅亡を食い止めるために、魔王を倒します。
アリスは計45のRPGをプレイし、勇者達が魔王を倒すために必要な、一番大事な力を知りました。
それは、レベルでも、ステータスでも武器でもアビリティでもスキルでもありません。』
そうして、アリスはユズの手を握った。
まるで、これだ、と言わんばかりに。
『一緒にいる、仲間です!』
『アリスちゃん.....』
ユズとアリスの決意を聞いて、モモイとミドリも覚悟を決めたようだった。
『.....うん。そうだね、ユズ。やろう。』
『うん!生徒会に潜入して、「鏡」を取り返す!!』
ゲーム開発部の4人はそれぞれが感じるプレッシャーや恐怖を押しのけて、戦うことを決めた。
なら。
「なら、俺が、「先生」である俺が、迷ってなんていられるもんか。」
「.....いいのね?」
リオの言葉に頷く。
「そもそもあいつらを支えるって約束したんだ。
だから、その誓いを守る。」
それを聞いたヒマリが、モニターの電源を切った。
「では決まりですね。
早くあの子たちのところに行ってあげてください。
くれぐれもここで話したことは内密にお願いしますね。」
と、施錠されていたドアが勝手に開く。
「先生、こちらを。
行き先が分からないと思いまして。」
と椅子から立ち上がった俺にノアが地図を手渡してくれた。
「ありがとな、ノア。」
俺は感謝を伝え、その会議室を後にした。
申し訳ありませんが、リオやヒマリが士郎に告げている内容はほぼ建前に過ぎません。
特に、リオの本心は別にあります。
って言わなくてもわかるか、これ。