とにかく無知だったんだ...
でも...そのほうが幸せだったのかもな...」
ティエラは荒野を歩いていた。とにかく前に進んでいた。
(一体どこなんだよ...ここ)
そう思ったとき、ティエラはある看板を見つけた。
そこには、『この先、サマルカンド』と書かれてある。
(なるほど...。じゃあここからまっすぐ北西に行けばエレノイアに行けるってことか)
「よーし!!」
ティエラは気合を入れ直し、再び歩き始めた。
そのときだった。
(...誰か来る)
ティエラは岩陰に身を隠した。
しかし、
「そこにいるのは分かっているぞ。ティエラ」
遠くから声がした。
ティエラは岩陰から姿を現す。
「ッ!!」
ティエラは動揺した。それもそのはず、目の前にいるのは、セイレーンだった。
(クソッ!!なんでよりにもよってセイレーンなんだよ!)
「俺の名が分かるか?」
「知るわけねぇだろ」
「...なるほど。では改めて、俺はヘルメス。セイレーンだ」
ヘルメスの瞳は、水星のように死んだ灰色であった。
「お前は...俺の良い実験台だったんだがな」
「実験台...?何の」
「思想だ。だが今となっては、お前はヒーロー気取りのクソッタレの大馬鹿野郎だ。価値もクソもない」
ヘルメスはそう吐き捨てた。
ティエラは、自身にとって、見知らぬ他人に突然自分の存在を否定されたようでカチンときた。
ティエラはダイヤモンド・ソードを錬成し始めた。
「...?何だそれは。冗談もほどほどにしておけよ、ティエラ。今のお前では俺に勝つことなど限りなく不可能だ」
「うるせぇ!!」
ティエラはいきなり斬りかかった。
ヘルメスはそれをギリギリでかわし、技を発動させた。
「γ(ガンマ)ナイフ!!」
突然ヘルメスの手から透明な刃のようなオーラが出たと思った瞬間、ティエラは自身の左腰をその刃で斬られた。
一瞬、身体全体に激痛が走った。が、斬られたところはまだ何ともなってない。
そう、”まだ”。
(何だ?何も起こらねぇじゃねぇか)
そう思いながらティエラはヘルメスの顔を見る。
ヘルメスは不敵な笑みを浮かべている。
ティエラは再び斬りかかった。しかし、ヘルメスはそれをかわし続け、距離を置き始めた。
「おい!逃げてないで正々堂々戦いやがれ!!」
「?戦う?俺はもう勝ったんだ。だから戦う必要などない」
(勝った?何が『戦う必要などない』だ。勝負はまだまだこれから―)
「ガフォッ!?」
ティエラは突然吐血した。
(?は?え?何が起こった?)
「ククク...」
「何がおかしい...!」
「お前、まだ気づかないのか?自分の身体がどうなっているのか」
「な、何を...」
ティエラはまず斬られた左腰に手を添えようとした。
が、
(...ない。ない?ない!なんでだ!?確かにこの位置に左腰が...!)
ティエラは恐る恐る左腰に目を向ける。
すると...
「な、何なんだよ...これ...!?」
なんとティエラの左腰はどんどん壊死していっており、臓器までもが壊死しようとしていた。
「今更かよ。気づくのが遅すぎるな」
「これは...どういうことだ!?」
「言っただろう?『γナイフ』と」
「γ...?はッ!!まさか...『γ線』!?」
「大正解。つまり俺の操る能力は『放射線』だ。そして今俺がお前に打ち込んだ『γ線』は...」
「一番悪質なやつじゃねぇか...!」
「ククク...。だから言っただろう?俺の勝ちだ、と。俺の『γナイフ』はお前の全ての細胞を壊死させるぞ」
「あぁ...ああああ......」
ティエラはひざまずいた。
死の恐怖が一気に押し寄せてきた。
「............なあ」
「?何だ?」
「お前...俺のことを『実験台』って言ってたよな?思想の実験台だったと」
「ああ。それがどうした?」
「最期に...聞かせてくれ。その思想って何なんだ?」
「良いだろう。最期に教えといてやる。ズバリ、俺の思想は『セイレーン第一主義』だ」
「...至上主義か?くだらねぇ...」
「くだらないだと...?よく考えてもみろ。俺たちセイレーンは特別中の特別...『選ばれし者たち』なんだ。それが何故...何故常に死と隣り合わせの中で生きなければならんのだ?何故あのような力を持たぬ愚か者どものために命を捧げなければならんのだ!?違うだろう!!むしろ逆だ!!セイレーンを除く全ての民衆は肉の壁となり、俺たちセイレーンに生涯奉仕し続ける...。それこそがこの世界の『あるべき姿』のはずだ!!違うか!!」
「知るかよ...。俺はセイレーンじゃねぇ...」
「確かに...そうだな。ずいぶんと情けなくなったなぁ、ティエラ。自分よりも下等な存在を二人も引き連れて、それを『仲間』だと?反吐が出る」
「テメェのふざけた思想のほうが反吐が出......ガハッゴホッ!!」
(クソッ...!もう...意識が...)
「ククク...、昔のお前は良かったぞ...。な~んの考えも持たなそうなバカだったからな。だから俺はお前を実験台として一目置いていたんだ。俺の思想を聞いても反発せずに聞いてくれていたしな」
「...無視されてただけじゃねぇの?」
「黙れ。今のお前では話にならん。さっさと死ね」
「...クソが」
「はぁ...お前と話しているとストレスがたまってきた...」
そう言うと、ヘルメスはトランシーバーを取り出し、応援を要請した。
数分後、ヘリコプターが向かってきた。援軍だ。
(何で今更援軍なんか...)
そう思った瞬間、ヘルメスはティエラのダイヤモンド・ソードを拾い上げると、それをヘリに投げつけ、ヘリを破壊してしまった。
「...は!?お前、今、何を...」
「見ての通り鬱憤晴らしだ。どうかしたか?」
「...仲間だろ?」
「何度も言わせるな。ヤツらはただの下等生物だ。何かムカついたとき、そこらにある物に当たりたいという衝動に駆られることがあるだろう?”ソレ”だ」
「お前...ふざけてんのか?」
ティエラの声は震えている。
「それにしてもヤツらは便利だ。命令しなくとも俺の壁になってくれるし、命令すればその通りに動く。そしてストレス解消の”素材”にもなる。最高の奴隷だ」
「…殺す。殺してやる...」
「その身体でか?脊髄もやられ始めてるじゃないか。もう身体も動かせないのだろう?」
(殺す…殺したい...殺さなきゃ...アイツだけは絶対に殺さないと...クソッ...殺し...て...)
ついにティエラの意識は、途切れてしまった。
(どこだ...ここ。真っ暗じゃねぇか...)
辺りを見渡すが、何もない。
(そうか...俺、死―)
『まだ死んでないよ』
「!?お前は...誰だ?」
(この声...ユピテルを殺した日に聞いた声だ)
そう、ティエラの言う通り、その少女の声だ。姿はぼやけて見えない。
『そっか...やっぱり覚えてないだね...。私のせいで...ゴメンね。もっとティエラの役に立ちたかったから...。って言っても...分からないか...。ゴメンね...』
「なんで謝るんだ?よく分からない」
『そうだよね...。ゴメン...』
「分かったから...もう謝らないでくれ...。なあ、俺はこれからどうなるんだ?」
『分からない...。でも、ティエラは私が死なせない!死なせたくない...!』
「どうして...俺にそこまでしてくれるんだ?お前は俺の何なんだ!?」
少女はティエラの怒鳴り声に身体をビクッと震わせた。
「...ゴメン。つい熱くなっちまった」
『ううん、いいの...。ところでさ...、ティエラはこの数か月間どうだった?』
「...自由だった」
『自由ってどんなだった...?私、自由を知らないの...』
「分からない...。でも、不自由よりは断然マシだと思うぞ」
『そっか...。良かった!』
「は?」
『それが...たった一度、私に教えてくれたティエラの願い...。それを叶えることが私にとっての願いだった...。だから...』
「良かった...ってか」
『うんッ!』
「...なあ、俺さ...ゴメンけどずっとここにいるわけにはいかねぇんだ。どうにかしてあのヤローをぶっ殺さねぇと...」
『.........分かった。でも、ここでティエラを起こしちゃったら、多分...』
「死んじまうのか?」
『うん...。どうしよう...。......あッ!!』
「!!何か思いついたのか!?」
『うんッ!この方法なら...!』
少女はおびただしい数の映像の中から一部を抜き取った。
「何...やってんだ?」
『話せば長くなっちゃう...!だから、今はとにかくこれを受け取って!!』
「...これは?」
『記憶の断片』
「記憶って...俺の?」
少女はうなずいた。
『ティエラ...今の私にはこんなことしかできない...。できるなら...ここから外に出てティエラを助けたい!でも、それはできない...。ゴメンね...』
「もう充分だよ。お前がいなきゃ何の手段も俺には残されてなかったんだからな。なんつーか...サンキュー」
『!!...うんッ!!ティエラ!!』
「?なんだ?」
『最後に...お願い。どうか私を...”私たち”のことを...』
『忘れないで!!』
次の瞬間、ティエラの目がカッと見開いた。
それと同時にティエラの身体中には、稲妻のような文様が現れ始め、壊死により欠けてしまっていたティエラの身体の一部が一瞬して再生した。
しかし、そんなティエラは、これまでに味わったことのない頭痛に襲われていた。
「...ウソだろ?ヤツの身体が...みるみる回復していってやがる...。あんなの、いつから...?」
「11のときからさ...。?11?なんでそんなこと知ってんだ...?」
ティエラが少し考えていたそのとき、再びγナイフがティエラを襲った。
ティエラはγナイフを宿しながら振りかざしてきたヘルメスの手を片手で受け止め、つかんだ。
γナイフをもろに受けているが、ティエラは何ともない。
それよりも異常な頭痛のほうが大変だという様子だ。
「どうやら、昔の俺はこの状態のことを『インフィニティ・モード』って呼んでたみたいだぜ。この状態になると無限再生能力が加わって、そのうえ身体の一部分を欠損しても痛みも全然感じなくなるらしい。その代償がこのイカレた頭痛なんだってよ」
「そんな...、ひっ、卑怯だぞ!!」
「どの口が言ってんだクソ野郎が。さっさと殺してやっから覚悟しろ」
(この状態になると物質錬成もできなくなるのか...。...そうだ!!”アレ”を使えば...!)
「ユカ!!チョイとお前の技借りるぜ!!」
「!?何をするつもりだ!!そしていい加減その手を放せ!!」
「やなこった。喰らえ...”俺流”!!風穴形成!!」
ティエラの正拳突きは見事にヘルメスの胸部を貫き、心臓を粉砕した。
決定的な一撃を喰らったヘルメスは、その場で倒れ、即死してしまった。
無理矢理風穴形成を使用したことで、ティエラの手はグチャグチャになっていたが、一瞬で再生し、元の形に完全に戻った。
「やった...!」
この上ない達成感を味わいながら、ティエラは仰向けに倒れこんだ。
そして、気づいた時には、深い深い眠りへと堕ちていた。
眠りに着いたと思ったその時、大量の映像が頭の中に流れ込み始めた。
(これは...全部、俺の記憶?)
そう感じた瞬間、ティエラの暗い視界が突然輝き始めた。
さあ、答え合わせの時間だ。
時は2年前...、東部地方で風穴拳一族の反乱が起こった。
初めは風穴拳一族のほうが優勢だったのだが、世界国家がある一人のセイレーンを派遣したことによって一気に戦局は覆され、それからたった3日で風穴拳一族は皆殺しにされた。
ある一人の少女を除いては。
その少女は母親に逃げるよう促されたが、初めはそれを拒んだ。
しかし、父親が殺害され、母親の必死の説得もあって、彼女はついにその場から走り、逃げ出した。
離れていく少女の背中を、母親は安心したのかのように、はたまた寂しそうに眺めていた。
すると次の瞬間、少女の母親の首を何かが貫いた。
ダイヤモンドの剣だ。
剣を操る者は、無慈悲にも、少女の母親を貫いた後、その刀身で刺さった場所をグリグリとねじ込んだ。
その剣を操る者は、セイレーンだった。
軍たちは皆勝利の歓声を上げた。その中で、セイレーンの者は、少女の母親の死体を冷徹な目で見下ろしていた。
そんな彼は、この出来事をきっかけに『東方の英雄』として名をはせることとなった。
そのセイレーンの名は......
Tierra(ティエラ)