日本書紀演義・斑鳩炎上(いかるがえんじょう)   作:TKF

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595年、都での政治改革に疲れた厩戸皇子(聖徳太子)は、蘇我馬子に勧められ、伊予の道後温泉に休養に来ていた。



595 厩戸修業時代 その③ 研修

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伊予風土記にいう。

 法興六年(596)十月、聖徳太子と慧慈法師、葛城臣は伊予の村を歩き回って、温泉を見て、その不思議さに感動し、碑文を作った。

 その碑文にいう。

「日月は誰でも照らし、神井は人をへだてず湧き上がる。万物の妙応する所以であり、多くの人が仰ぎ見るゆえんでもある。このように「誰でも照らし、人を隔てず湧き上がる」というのは、まるで天寿国からの恵みのようである。(後略) 

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<研修>

 慧聡は厩戸の散策にも毎回のようについてきた。ある日、いつもよりさらに川をさかのぼると、村人達が石や土を運んでいた。

「何をやっているのだろう。」

「ため池を作っているそうです」と葛城が答えた。 

 厩戸らの姿に気づいた作業監督があいさつにやって来る。気にせず作業を続けるように伝えた。

 

 厩戸はしばらく村人達の作業ぶりを眺めていた。村ごとに集団に別れて作業を分担しているようであった。が、いかんせん動きが悪い。あまりはかどっていないように見える。

 そのうち数人が監督を囲んでわめきだした。こちらの村の方が難しい作業が多いとか、あちらの村は若い衆をあえて出してきていないとか、作業量の分担をめぐってもめているらしい。他の者は腰をおろして、うんざりしたようにそれを見つめていた。

 

 ふと慧聡が厩戸のそばを離れ、農民達の中に入っていった。何をする気だろう、と見ていると、慧聡は「太子の命令である」と称してその場を仕切り、集団ごとの分担を決定してしまった。

(なんと強引な・・・)と厩戸は驚きつつ見ていたが、慧聡はさらに監督とともに各集団を回り事情を聞いて回っていた。やり方をよくわかっていないと知るや、工具の使用法、作業上の注意点などを細かく伝えていった。実に丁寧でわかりやすい。時には自ら実演して見せたりもしていた。ようやく座っていた者達も立ちあがった。

 

 作業監督が何度も慧聡に礼を言った。

 戻ってきた慧聡に厩戸が驚きながら尋ねた。

「僧とはそんなことまでするのか。もっと高尚な議論や説教をやるものだと思っていた。」

「私のような愚僧は、土に交わってようやく天の理を窺い知ることができるのでございます。」

「なんだ、天の理とは?」

「まあ、今は説明するのが難しいです。いずれはおわかりになるはずです。」

 

 日が暮れた。厩戸は宿舎に戻り、再び椿の湯に浸かった。

 

 ふう・・・いい。

 それにしても慧聡の仕切りは勉強になった。事情を知らない我々が作業分担を決めてしまったことで最初は心配だったが、結局は上手く回っていた。

 おそらくあの人のよさそうな作業監督は、各村の事情をよく知っていて、それに応じた配分をしようとしたのだろうが、それでかえって不公平感が高まり、うまくいかなくなっていたのだろう。

 そこを慧聡は、まずは公平な配分、そのうえで個別の事情に応じた調整と応援、後は熱意、そうやって集団を動かしていったのだった。

 

 ふと厩戸の目に樋が見えた。そこからは絶えずに同じ温度の同じ湯量が流れ込んでくる仕組みになっていた。ああ、これか、とつぶやく。

「光はあまねく降り注ぎ、泉は絶えず湧き出ずる、万物これより事始め、万民これを仰ぎ見る、、、」と思わずつぶやく。

 ああ、“あまねく“か、、、日月は”人を選ばずに“運行しているのではない、選ぶ・選ばないという考え方すらなく、水時計のように、ただひたすら自らの規にのみ従って運行している。だからこそ物事を始める際の基準になったり、人が行動する際のよりどころになったりするのだ。

 政治もこのように民への慈しみを捨てて、まずは公正無私であるべきか。そのうえで慈しみを持って調整を行う、というべきや・・

 

 

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伊予風土記にいう。(再掲)

 法興六年(596)十月、聖徳太子と慧慈法師、葛城臣は伊予の村を歩き回って、温泉を見て、その不思議さに感動し、碑文を作った。

 その碑文にいう。

「日月は誰でも照らし、神井は人をへだてず湧き上がる。万物の妙応する所以であり、多くの人が仰ぎ見るゆえんでもある。このように「誰でも照らし、人を隔てず湧き上がる」というのは、まるで天寿国からの恵みのようである。(後略) 

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(その④「完成」に続く)

 

 

 




補足・解説
伊予風土記における厩戸皇子温泉行の内容について
 書き出しは上記した通りであるが、その内容が「いい湯だな~」みたいな感じではなくて、やたらと公平性についてくどくどと説明している。
 温泉につかって何で公平性?と不思議に思ったが、そこから政治改革がうまく進まないことの悩みを抱えて休養に来た、というシチュエーションを思いつき、小説に落とし込んだ。
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