日本書紀演義・斑鳩炎上(いかるがえんじょう)   作:TKF

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598 朝鮮外交 その⑤ 難波杜

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日本書記にいう。

 推古六年(598)四月、吉士磐金は新羅から帰って、鵲二羽をたてまつった。それを難波杜に放し飼いにさせた。

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<太子の帰還>

「太子がお帰りになったぞ。」

その声に、側近達はあわてて飛び出した。

「三日間もどこへ行かれていたのです。みんな心配したのですぞ。」

と、思わず詰問していた。

「クロに乗っていたら、こいつ、急に空を飛びだして、富士山まで行ってしまって、いやあ、大変だったよ。心配かけてすまなかった。」

そう言いながら厩戸は屋敷の中に入っていった。

あぜんとした側近は、伴の者に尋ねた。

「おい、本当は太子はどこに行かれていたのだ?」

「太子のおっしゃる通り、富士山まで行っていたのですよ。」

と、伴の者は調子をあわせた。

「うそつけ、じゃあ、お前はどうしていたのだ。」

「私も太子の馬を必死で追いかけていたら、いつのまにか雲の上を走っていたのです。走っている感じは普段と変わらないのに、下に山々が見えて、変な感じでした。」

「じゃあ、何で富士山なんかに行く必要があったのだ?」

「あの馬は甲斐出身というから、故郷の山を太子に見せたかったのではないでしょうか。」

「・・・・・」

 

 

<磐金帰国>

 数日後、ようやく磐金が新羅より帰国した。5か月ぶりである。

「新羅は出兵する気配はまったくありません。隋からも出兵要請は来ていないようです。」

「なんだと!」

と、ざわめきが走る。

 

 隋にあれほど追従的な態度を見せている新羅にさえ、隋は何も言ってきていないとは・・・

「わからぬ、どういうことだ・・・?」

「申し訳ありません、そこまでは探ることができませんでした。」

「我々としてはどうすればよいのだ?」

と言う声が上がるが、聞かれた磐金にもわかるはずはない。黙って目をふせた。

 

 沈黙が続く、皆が議長である太子の方を見ると、太子もまた苦しそうにうつむいていた。ややあって、厩戸が顔を上げ、消え入りそうな声でつぶやいた。

「出兵か・・・」

「朝鮮に派兵するのでございますか?」

「いや、中立を貫くべきか・・・」

「ああ・・・」

周囲の者も、太子の苦悩に気づき、押し黙った。

 

 隋の出兵はもう二ヶ月後にせまっている。出兵なら難波に集結しつつある軍に早く命令を出さねばならない。だがどちらが正しいのか・・・

 

「太子・・・」

穏やかな声であった。厩戸がぼうっと顔を上げる。

呼びかけたのは慧慈だった。

「思索にたよると迷います。今は真理を感じ取るのがよいでしょう。」

「真理とな・・?」

「はい・・」

「それは、どうすればよいのだ。」

「心をそのことに置きながらも、そのことのみにとらわれず全体を観るのです。今の流れに身を一体化するのです。そうすれば風を肌で感じるように、易(変化)を兆(兆候)として感じとることができるでしょう。」

「わからぬ、何も感じぬ、どうしたらよいのだ。」

「難しいことではございませぬ。動き回っていては風を感じられません。私情を消し、心を平静に、ごく自然に振る舞いさえすればよいのでございます。」

慧慈は静かに向き直ると磐金に言った。

「新羅の真平王は他に何か申されませんでしたか?」

「あっ、申し遅れました。新羅からは調としてカササギという鳥がつがいで贈られました。ただ道を急いでおりましたので、途中で難波杜に預け置きました。」

「ほう、そうですか。」

と、慧慈は再び太子の方を向き直ると言った。

「せっかくの新羅王からの贈り物です。太子も実際、その目でご覧になられるのがよいでしょう。」

「そうなのか・・・」

ようやくにして厩戸は立ち上がった。

「クロをひけ。難波まで出かけるぞ。そちらも支度せい。」

その背後で、磐金が慧慈に近づいてそっと言った。

「新羅からの調を難波杜に置いてきたのは、まずかったのでしょうか?」

慧慈は微笑みながら答えた。

「いいえ、そんなことはございませぬ。ごく自然な行動でございます。」

 

 

<難波杜にて>

 飛鳥から難波までは通常一日の行程である。馬で急げば半日もかからない。

 厩戸らの一行が難波杜に駆け込んだのはその日の午後であった。宮司からカササギが放し飼いになっていることを聞くと、すぐに側近らを散開させて探させた。だが十数人の必死の捜索にも関わらずなかなか見つからない。宮司が言った。

「おかしいですな。あの鳥は人にも慣れていて、エサをあげるときにはすぐに寄って来ていたのですが。」

磐金が言う。

「確かにそうでしたが、いきなり大勢で乗り込んだので、びっくりしているのかもしれません。おそらく鳥の方も、物陰からこちらの様子を窺っているのでしょう。人数を減らして、鳥が警戒を解くまで静かに待つのがよいでしょう。」

 その言葉に従い厩戸は慧慈、磐金以外を引き上げさせ、三人で湯を飲みながら待った。しばらくすると汗が引いた。しだいに杜の空気になれてくる。ささくれだっていた気持ちがずいぶんとやさしくなったのが自分でもわかった。

「ようやく温度差がなくなったようですな。」

「なかなかいい場所だ。透き通るようだ。」 

 

 後ろのほうでかさこそ音がした。振り向くと小さな黒い影が木立の中に隠れた。驚かしてしまったかな、と思い、再び気楽にして、影が出てくるのを待つ。

 目の前に枯れ葉が落ちてきて小さな音をたてた。よく聞くと、そこかしこで乾いた音が鳴っている。

 気がつくと、小さな黒い影が磐金のすぐ後ろまで近づいていた。磐金がそっとエサをちぎって投げてやる。黒い影がかけよってついばんだ。カラスのような体に、胸の白い毛が鮮やかに目だった。さらにもう一羽が出てきてエサをついばむ。

 磐金が静かに語りはじめた。

「これが新羅王より贈られたカササギと申す鳥でございます。日本では見かけませぬが、朝鮮半島や中国ではよく見かけられます。中国には、天の川の両岸に引き離された牽牛星と織女星が、年に一度、夏の一夜にだけ、このカササギが渡せる橋を渡って逢うことが許される、そんな言い伝えがあるそうです。」

「そうか、カササギの橋か・・・」

厩戸がはっとして慧慈を振り返った。

「慧慈よ、これは海峡を渡れ、という暗示なのだろうか?」

慧慈は頭を振った。

「いいえ、おそらくそれではございますまい。」

押し黙った厩戸に慧慈が言った。

「今日はもう日が暮れます。また日を改めて出直すのがよろしいでしょう。」

 

 宮殿に戻ると群臣が厩戸につめよってきた。

「いったいどちらになさるのです!、早く決めて下さい!!」

厩戸は、難波杜を探し回っていた自分の姿を思いだし、なるほどと思った。

「まだ決断の時期が熟せぬ、静かにその機を待て。」

その言葉になぜか重みがあった。群臣らはなおも何か言おうとしたが言いそびれた。

 

 

 

(その⑥「決着」に続く)

 

 

 




補足・解説

カササギ
 カラスに似た鳥で、全身が黒く胸のところだけが白くなっている。ヨーロッパから東アジアにかけて広く分布するが、なぜか日本には定住しない。九州や西日本には、季節によって朝鮮半島から渡ってくる。2004年に日本で鳥インフルエンザが流行したときには、ウィルスを運んできた原因と見なされた。
 本文にも書いたとおり、七夕の伝説では天の川に橋を架ける役を担う。もっとも現代では、西洋の星座伝説が入り混じって、橋を架けるのはカササギでなくて白鳥だとされることもある。
 ちなみに西洋では不吉な鳥として忌み嫌われているそうである。


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