<新羅からの使者>
「来たか。・・・意外と遅かったな。昨年のうちと思ったが。」
倭軍襲来の報を受けた新羅・真平王はつぶやいた。
隋の高句麗遠征が失敗して以来、新羅は孤立していた。かねてよりの追随政策が裏目に出た形だった。
「倭軍は任那に続々と上陸中。任那守備軍は上陸阻止に失敗し、城にたてこもりました。」
「任那の各地に倭軍に呼応する動きあり。」
「倭軍の総数は一万数千、陣地を構築し、我々を迎え撃つつもりのようです。」
意気上がる倭軍に対し、真平王に戦意はなかった。隋の文帝が東方経営に消極的である以上、三国を相手にしつづけるのは無理がある。そう考えると真平王の決断は早かった。すぐに新羅の重臣を集め、和を講ずることを告げた。
「敵は倭軍の一万数千です。我が軍はすでに十分強くなっております。戦えば撃退できます。わざわざ降伏する必要はありません。」
そのような意見に真平王は耳を貸すつもりはない。仮に今、倭軍を撃退したとしても、その向こうには百済軍が控えているし、北方には隋に大勝して意気上がる高句麗軍が存在する。倭国だって、本国に被害を与えるわけではないのだから、一度撃退したとて、また兵を送ってくることが可能である。新羅軍がいかに強くても、しまいには疲れ果ててしまうであろう。
「ですが、すぐに降伏しては条件が悪くなります。一度、戦端を開いて、倭軍に大損害を与えてから、有利な条件で講和に持ち込むべきです。」
これも愚かと思う。倭軍に大損害を与えうる、その可能性こそが交渉の有利なカードになりうるのであり、実際に大損害を与えてしまえば、それは有利なカードでもなんでもなくなる。それに、そのような意見を吐く者につきあっていたら、国が破綻するまで抗戦を続け、結局は無条件降伏するしかなくなるであろう。
「今の悪い状況であえて戦うよりも、降伏により時間をかせぎ、状況が好転するまで戦力を温存することにする。」
真平王はそう言いきった。
「今考えるべきことは、いかにして倭軍を講和交渉のテーブルにつけさせ、ひきとらせるか、それだけである。最悪の場合、任那の六郡を返還することも考えなければなるまい。」
真平王の憂鬱な表情を見て、重臣の一人が進み出て言った。
「最悪といわず、すぐにでも気前よく六郡を捨てましょう。それが結局は我が国に有利に働くはずです。」
真平王の耳は悪くない。その重臣の意図するところをすぐに見抜いた。
「しかし、そううまくいくかな?」
「大丈夫でございます。今の倭王は賢明と聞きます。我々の意図することを読みとり、おとなしく兵を引くことでしょう。」
倭軍の陣地――、来目皇子は目を覚ますと、馬にまたがり自軍の見回りを始めた。雨の朝、吐く息が白く煙る。夏とはいえ、この時間に風雨にさらされると身が震える。こういうときが一番危ない。
「異常はないか。」
たき火の周りで身をかがめていた2、3の兵士らに声かけた。
「あっ、将軍、異常ありません!」
その兵士らはあわてて、いかにも周囲を警戒している、という格好をした。その甲冑の下はずぶぬれになっている。
「ご苦労、もうすぐ交替の時間だ。寒いだろうがもう少し頑張ってくれ。」
そう言って来目皇子はその場を離れた。
雨が強くなった。馬上では呼吸しにくかった。来目皇子の体にも冷たい雨がしみこんでくる。もう戻りましょう、と舎人に促され、もと来た道を引き返そうとしたとき、背後から声がかかった。
「やあ、皇子も見回りですか。ご苦労さまです。」
声は境部摩利勢であった。三人の息子を連れていた。
「摩利勢どのもか、ご苦労です。」
その後ろ姿を見送りながら、来目皇子は摩利勢の服が自分よりもよく濡れているのに気づき、負けた、と思った。よく考えれば、ここから摩利勢の幕舎は来目皇子より遥かに遠いはずである。
「皇子?」
「もうひと回りするぞ、いやなら先に帰っておれ。」
そう言うと、来目皇子は馬の向きを変えた。
左翼の陣地では尾張粟原が見回りをしていた。見張りの兵らと二、三の言葉を交わして引き上げようとしたとき、遠くを見ていた兵の一人が言った。
「何かいます!」
粟原も目をこらした。雨で見にくいが確かに遠くに人馬らしき影がある。数は少ない。数人というところか。
「敵にしては数が少ないが、軍使か?、いや他にもいるかもしれぬ。兵を起こせ。」
兵の一人が鐘台に駆け上がり半鐘を鳴らした。
「敵襲かっ!」
そんな叫びがあちこちでおこり、兵たちが一斉に飛び出してきて持ち場に駆けた。
その数千の目が見つめるなか、人馬の影はゆっくりと近づいてきた。馬に乗った者が一人、従者らしきものが三人。従者は大きく白旗を振っていた。
「軍使だ。本陣に知らせろ。あの者たちはこちらには入れず、そのまま本陣に案内しろ。」
(おそらく降伏を伝える使者であろう)と、粟原は思った。だが、今の時点でそれを言えば兵士達の気が抜けてしまうであろう。そう考えて何も言わなかった。
(その⑥ 和平交渉に続く)
補足・解説
境部摩利勢(さかいべのまりせ) ??-628
蘇我境部摩利勢(そがのさかいべのまりせ)ともいう。
その名の通り蘇我の一族であり、馬子の弟(または従弟)にあたる。
600年に征新羅大将軍に命じられ、1万余の兵を率いて新羅制圧下の任那を攻めた。