日本書紀演義・斑鳩炎上(いかるがえんじょう)   作:TKF

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600 第一次朝鮮出兵 その⑤ 新羅からの使者

<新羅からの使者>

 

「来たか。・・・意外と遅かったな。昨年のうちと思ったが。」

倭軍襲来の報を受けた新羅・真平王はつぶやいた。

隋の高句麗遠征が失敗して以来、新羅は孤立していた。かねてよりの追随政策が裏目に出た形だった。

「倭軍は任那に続々と上陸中。任那守備軍は上陸阻止に失敗し、城にたてこもりました。」

「任那の各地に倭軍に呼応する動きあり。」

「倭軍の総数は一万数千、陣地を構築し、我々を迎え撃つつもりのようです。」

 意気上がる倭軍に対し、真平王に戦意はなかった。隋の文帝が東方経営に消極的である以上、三国を相手にしつづけるのは無理がある。そう考えると真平王の決断は早かった。すぐに新羅の重臣を集め、和を講ずることを告げた。

「敵は倭軍の一万数千です。我が軍はすでに十分強くなっております。戦えば撃退できます。わざわざ降伏する必要はありません。」

 

 そのような意見に真平王は耳を貸すつもりはない。仮に今、倭軍を撃退したとしても、その向こうには百済軍が控えているし、北方には隋に大勝して意気上がる高句麗軍が存在する。倭国だって、本国に被害を与えるわけではないのだから、一度撃退したとて、また兵を送ってくることが可能である。新羅軍がいかに強くても、しまいには疲れ果ててしまうであろう。

「ですが、すぐに降伏しては条件が悪くなります。一度、戦端を開いて、倭軍に大損害を与えてから、有利な条件で講和に持ち込むべきです。」

 これも愚かと思う。倭軍に大損害を与えうる、その可能性こそが交渉の有利なカードになりうるのであり、実際に大損害を与えてしまえば、それは有利なカードでもなんでもなくなる。それに、そのような意見を吐く者につきあっていたら、国が破綻するまで抗戦を続け、結局は無条件降伏するしかなくなるであろう。

「今の悪い状況であえて戦うよりも、降伏により時間をかせぎ、状況が好転するまで戦力を温存することにする。」

真平王はそう言いきった。

「今考えるべきことは、いかにして倭軍を講和交渉のテーブルにつけさせ、ひきとらせるか、それだけである。最悪の場合、任那の六郡を返還することも考えなければなるまい。」

真平王の憂鬱な表情を見て、重臣の一人が進み出て言った。

「最悪といわず、すぐにでも気前よく六郡を捨てましょう。それが結局は我が国に有利に働くはずです。」

真平王の耳は悪くない。その重臣の意図するところをすぐに見抜いた。

「しかし、そううまくいくかな?」

「大丈夫でございます。今の倭王は賢明と聞きます。我々の意図することを読みとり、おとなしく兵を引くことでしょう。」

 

 

 倭軍の陣地――、来目皇子は目を覚ますと、馬にまたがり自軍の見回りを始めた。雨の朝、吐く息が白く煙る。夏とはいえ、この時間に風雨にさらされると身が震える。こういうときが一番危ない。

「異常はないか。」

たき火の周りで身をかがめていた2、3の兵士らに声かけた。

「あっ、将軍、異常ありません!」

その兵士らはあわてて、いかにも周囲を警戒している、という格好をした。その甲冑の下はずぶぬれになっている。

「ご苦労、もうすぐ交替の時間だ。寒いだろうがもう少し頑張ってくれ。」

そう言って来目皇子はその場を離れた。

 

 雨が強くなった。馬上では呼吸しにくかった。来目皇子の体にも冷たい雨がしみこんでくる。もう戻りましょう、と舎人に促され、もと来た道を引き返そうとしたとき、背後から声がかかった。

「やあ、皇子も見回りですか。ご苦労さまです。」

声は境部摩利勢であった。三人の息子を連れていた。

「摩利勢どのもか、ご苦労です。」

その後ろ姿を見送りながら、来目皇子は摩利勢の服が自分よりもよく濡れているのに気づき、負けた、と思った。よく考えれば、ここから摩利勢の幕舎は来目皇子より遥かに遠いはずである。

「皇子?」

「もうひと回りするぞ、いやなら先に帰っておれ。」

そう言うと、来目皇子は馬の向きを変えた。

 

 左翼の陣地では尾張粟原が見回りをしていた。見張りの兵らと二、三の言葉を交わして引き上げようとしたとき、遠くを見ていた兵の一人が言った。

「何かいます!」

粟原も目をこらした。雨で見にくいが確かに遠くに人馬らしき影がある。数は少ない。数人というところか。

「敵にしては数が少ないが、軍使か?、いや他にもいるかもしれぬ。兵を起こせ。」

兵の一人が鐘台に駆け上がり半鐘を鳴らした。

「敵襲かっ!」

そんな叫びがあちこちでおこり、兵たちが一斉に飛び出してきて持ち場に駆けた。

 その数千の目が見つめるなか、人馬の影はゆっくりと近づいてきた。馬に乗った者が一人、従者らしきものが三人。従者は大きく白旗を振っていた。

「軍使だ。本陣に知らせろ。あの者たちはこちらには入れず、そのまま本陣に案内しろ。」

(おそらく降伏を伝える使者であろう)と、粟原は思った。だが、今の時点でそれを言えば兵士達の気が抜けてしまうであろう。そう考えて何も言わなかった。

 

 

(その⑥ 和平交渉に続く)

 

 




補足・解説
境部摩利勢(さかいべのまりせ) ??-628  
蘇我境部摩利勢(そがのさかいべのまりせ)ともいう。
その名の通り蘇我の一族であり、馬子の弟(または従弟)にあたる。
600年に征新羅大将軍に命じられ、1万余の兵を率いて新羅制圧下の任那を攻めた。

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