<和平交渉>
「今さら和平だと。何を虫のいいことをいっているのだ。」
「我々は新羅王の首を獲りにきたのだ。そう伝えろ。」
本陣で将たちがそのように騒ぎ立てるのを聞いて摩利勢は扱いに困った。摩利勢自身は願ってもない機会と感じていたのである。
確かに緒戦は勝ってはいたが、相手は任那駐屯の守備部隊だけで、新羅本国の部隊と戦ったわけではない。真平王の改革のもと新羅本国軍は大幅に増員・強化されているという。長引かせれば自分らの身が危ない。
それに太子や馬子の望みは新羅に攻め込むことでもなければ新羅王の首でもない。任那問題を解決して政治的実績を積むことである。だとしたら戦況が優勢な今が、新羅との交渉を有利に進めるいいタイミングである。
そしてもう一つ、摩利勢が秘かに命じられていたのが「百済を参戦させるな」ということである。
任那解放に百済の力を借りれば、百済は当然のように分け前として任那の領土の一部を要求するだろうし、倭国としてもそれを受け入れざるを得なくなるだろう。そうすれば今回の戦争が単なる領土の取り合いと見られてしまい、「地域の平和と秩序を回復する」という国連の大義名分を失ってしまう。それに任那は新羅からの解放と独立を望んでいるのであり、百済の支配下に入れと言われた瞬間に、倭国への信頼と支持を失ってしまうであろう。
そう考えて黙っていた摩利勢に対して、来目皇子が言った。
「新羅の使者は斬り捨てて、我々の覚悟を新羅王に見せつけてやるべきです。」
「ならぬっ。」
摩利勢は厳しく言い放った。
「新羅王は罪をわきまえて降伏してきたのだ。これを強いて討つのは信義に反する。これをどう処理するかは、陛下と太子にご報告さしあげて決めていただくことにする。」
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日本書紀にいう
「新羅王は白旗をあげて倭国軍総大将のところにやってきて、加羅などの六つの城を割譲しての降伏を願い出た。そのとき将軍は皆にはかって、「新羅は罪をわきまえて降伏してきた。強いて討つのはよくあるまい」といった。そしてその旨、奏上した。」
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遠征軍から報告を受けた厩戸は直ちに外交担当を現地に派遣して停戦交渉にあたらせた。交渉はすんなりとすすみ、すぐに和平が成立した。
・新羅は任那の自治権を認める
・新羅軍は任那への駐留を認められ、任那の防衛と治安維持の役割を担う
・それに必要なコストは任那から徴収される
言うならば「任那が新羅の保護のもとに自治を認められる」という内容であり、完全な任那の独立ではない。だが彼我の実力、倭国からの距離、百済への牽制を考慮すれば、まずは妥当といえる内容であった。
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日本書紀にいう
「天皇はまた、難波吉士神を新羅に遣わされた。また難波吉士木蓮子を任那に遣わされた。そして事情を調べさせられた。新羅・任那両国は使いを遣わし、調をたてまつり、上奏して「天上には神がおいでになり、地に天皇がおいでになります。この二神をおいて他にかしこきものがありましょうか。今後はお互いに攻めることをやめます。また船舵が乾く間もないほど、毎年朝貢いたします。」と言った。」
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(その⑦「覇権確立」に続く)