日本書紀演義・斑鳩炎上(いかるがえんじょう)   作:TKF

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600 第一次朝鮮出兵 その⑦ 撤収

<撤収>

 本国からの引き上げ命令を聞いた遠征軍の将軍たちは地団駄ふんで悔しがった。

「戦争は勝っている。新羅軍など恐れるにたらない。なぜ総大将も本国もこんなに簡単に新羅の降伏を受け入れたのだ。」

「総大将は臆病風に吹かれたか、あるいは新羅から賄賂でももらったのではないか?」

「それに加えて本国の軟弱者どもが太子の判断を誤らせたに違いない。」

「そうだ、我々はそんな命令に従う必要はない。このまま任那・新羅全土を征服して新国家を作ってしまおう。」

 来目皇子ですらそう叫んでいた。

 

 遠征軍の中に不満が高まっているのを感じた境部摩利勢は困っていた。

そう思う将兵たちの気持ちはよくわかる。戦争は厳しいものだ。食料配給のとどこおるなか、足がつるほど進む。うだるような暑さ、刺すような日ざしに耐え、あるいは風雨に凍えながらまだ見ぬ敵を待つ。そのつらさは到底、宮殿の一室にいる者には想像しえない。

 そのように耐え続けた将兵に対し、頭の上を通り過ぎるような政治的決定だけで、「やっぱり、もういいから帰ってこい」では、おさまりがつくはずもない。何か実のあるもの、敵軍をさんざんにうち破って手柄をたて、名声や財宝を得るとか、そういったものを欲するのは非常によくわかる。

 

 だが新羅軍を完全にうち破るというのは無理がある。今の情勢などを考えれば有利な条件での講和が妥当な判断であるし、太子や馬子もそう考えたのだろう。

「いっそのこと我々だけで引き上げてしまいましょうか。」

 そばにいた尾張粟原があきれ顔でつぶやいた。なるほど、と摩利勢は思ったが、それでは総大将に任命した太子や大臣の信頼に反することになる。太子の命令であることを強調して撤退を強行する手もあったが、太子の名を傷つけてしまうのは避けたい。やむなく摩利勢は、撤退に反対する将軍らの間を懸命に説得に回った。

 

 倭軍がなかなか引き上げようとしないのをいぶかしんだ真平王は人をやって様子をさぐらせた。その報告を聞いて真平王は愕然とした。

「主に似ずに、頭の悪いやつらよのう。」

そう思った。新羅が任那六郡の放棄を申し出る。倭の遠征軍がそれを素直に受け取らず、新羅軍と戦い、ともに傷つき疲れる。そうしたら支配者がいなくなった六郡はどうなるのか、考えられないのであろうか。

「お前のいった二虎競食の計は通用しなかったようだな。」

「どうもバカにはかないませんな。」

言われた重臣も苦笑しながら答えた。

「ですが、倭本国からの撤退命令は届いているし、総大将もまだ多少は賢明であるようなので、放っておいてもしばらくすれば引き上げるでしょう。」

「まあ、そうだろうな。」

そういいつつ、真平王は思わず(倭王もつまらぬ部下をたくさん抱え込んで大変なことだ)と同情した。今、一番自分とわかりあえることのできる人物は、実は倭王ではないのか、ふと、そんな考えも頭によぎった。

 

 倭軍にこれ以上居座られても面倒と思った真平王は、陣中見舞いと称して倭軍に大量の贈り物を届けた。数日後、ようやく摩利勢は全軍に撤退命令を出した、いや、出すことができた。遠征軍は引き揚げていった。

 

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日本書紀にいう

(天皇は)そこで使いを遣わせて将軍を召還された。将軍らは新羅から帰った。

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 厩戸と馬子は遠征軍を出迎えに難波まで赴いた。摩利勢の疲れきった姿を見て、厩戸は「よくやってくれた。苦労をかけたな」とねぎらいの言葉をかけた。

 

 

<倭国の覇権確立>

 新羅の降伏を聞いた倭国の人々は盛り上がった。長らくヤマトの悲願であった任那が一部だけとはいえ復興され、極東地域におけるヤマトの覇権が久方ぶりにうち立てられたのである。

 もちろん、新羅の降伏がうわべだけの一時的なものであることは十分承知している。だがそれでも、形だけでもヤマトの覇権を成立させた意義はとてつもなく大きい。

「我々は今、栄えある時代に生きているのだ。」

人々はそう噂しあい、太子の徳をたたえあった。

 

 

(600第一次朝鮮出兵――完)

 

 

 

<次回予告>

だが、この倭国の覇権は長くはつづかなかった。

新羅はなんと、この翌年に反旗を翻し、再び任那全土占領にはしるのである。

何が起こったのか、、、は次回に詳しく説明したい。

 

 

 





<筆者注釈> 
 今回は撤収のプロセスであるが、ここでのやりとりがかなり重要な示唆を含んでいるため、あえて1話分として小説化して取りあげることにした。

 順を追って説明していくと、今回の和平~撤収のプロセスは、以下のように書かれている。

=====================
【600年の新羅征討の記事】

(1)新羅が降伏の使者を送ってきた。


(2)境部摩利勢は皆にはかって、「新羅は罪をわきまえて降伏してきた。強いて討つのはよくあるまい」といった。そしてその旨、奏上した。

(3)外交官の和平交渉で話がついた

(4)そこで(天皇(+摂政・大臣ら)は、使いを遣わせて将軍を召還された。将軍らは新羅から帰った。
====================

 まあ、はっきり言ってくどい記述である。特に(2)の境部摩利勢と部下とのやりとりなんて、普通は国史に残す必要はないであろう。(4)もはっきりいって蛇足であり、(3)でニュースが終わってもいいのに、天皇が軍を引き上げさせた、だから軍が引き上げた、というようにくどい記述が続いている。要するに(2)(4)は余計で、(1)(3)だけでいい。


 だが、後の記事まで読むと、「この600年の新羅征討時に境部摩利勢が新羅から賄賂を受け取ったと時の人が噂した」という記述があり、これによりようやく600年の記述(2)(4)が以下のようなことを言いたいのだとわかる。

〇境部摩利勢が新羅の降伏を受け入れ軍を撤収させたのは中央からの指示による。
 (=境部摩利勢が新羅から賄賂をもらったからではない)
〇将軍たちの中には違う意見(=新羅の降伏を認めない)もあった。
〇境部摩利勢はそういう意見を抑え込み、シビリアンコントロールを守った。


 つまりは境部摩利勢の名誉を守るための記述だったのであるが、そこからうかがえる重要な示唆とは「総大将である境部摩利勢とその配下の将軍たちの意見の食い違い」である。
 
 細かい点のように思えるかもしれないが、この後の日本が軍部へのシビリアンコントロールが失っわれていく歴史をたどるのだが、その予兆が最初に表れたのがこの記事であったため、あえて詳細に1話分作る事にしたのが今回の記事である。


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