日本書紀演義・斑鳩炎上(いかるがえんじょう)   作:TKF

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592 崇峻暗殺 その⑦ そして後宮へ

女官らや群臣が悲鳴をあげながら逃げまどう。それに邪魔されて衛兵も近づけない。崇峻は何がおこったのかわからなかった。気づいたときには周りを取り囲まれていた。

 

人夫の一人が斬りかかってきた。それを条件反射的にかわしたところで、崇峻はようやく事態を理解した。次に斬りかかってきた敵をかわし、自らの剣を抜いて逆に斬り捨てた。

 

あまり自慢できることでもないが、この時代は王族でも剣を扱えた。厩戸皇子がさきの物部守屋討伐戦に参加していたことは有名な話だが、崇峻もその時、厩戸とともに剣を振るって戦っていた。

 

さらに飛びかってきた人夫をもう一人斬り倒す。衛兵たちもようやく崇峻の周りに集まってきた。駒もすさまじい身のこなしで、たちまち人夫の一人を切り捨てる。

 

人夫たちの隊長――名を粟原(あわら)といった――は思わぬ苦戦に焦りだした。いやそれよりも、崇峻の剣技と落ち着きざまに驚嘆していた。崇峻はこの混乱の中で、衛兵をまとめながら、自らも剣をふるって、人夫をひとり、またひとりと切り捨てていた。

 

(なかなかやるとは聞いていたが、まさかこれほどとは…)

 

甲(よろい)や防具を身につけた完全武装の衛兵に対し、平服に剣を持っただけの人夫たち――もちろんただの人夫ではなかったが――長引けば勝負は見えている。混乱のうちに決しなければならない。

 

「何をしているっ!、押せい!、押さんかーっ!」

 

粟原はそう叫びつつ自らも剣を抜いて突進した。衛兵たちが止めようと立ちはだかった。

 

「どけい!」、粟原は吠えた。お前ごときがこのわしを止められると思うか。吠えつつ剣を大上段に振り上げた。衛兵の体がそれに応じて動いた瞬間、粟原は体を沈め、剣をすばやく左右に操った。

 

飛燕剣――上段構えからの素早い燕返しへの切り替え…一族に伝わる門外不出の秘剣…

 

ガン、鈍い音がした。手応えがあった。ややあって、衛兵の体がゆっくりと、どう、と倒れ込んだ。その向こうに崇峻の姿が見えた。目が合った。

 

「こいつが指揮者か…」

 

崇峻はその顔を思い出していた。見覚えがあった。たしか尾張氏の息子の一人であった。

 

(東国からというのは本当であったようだな、これだから尾張の血など残しておいてはいけないのだ、これが終わったらもっと過酷な労役を押し付けて、いつか根絶やしにしてやる…)

 

「賊は残り少ないぞ。そいつが賊の隊長だ。討ち取って手柄にせい。」

 

崇峻の周りを守っていた衛兵が粟原に殺到した。

 

「くっ…、どけっ、邪魔するな…!」

 

粟原は剣を受けながら後退するのがやっとであった。

 

突然、崇峻はわき腹に痛みを感じた。振り向くと東漢駒が立っていた。

 

「駒…?」

 

見ると肋骨の下あたりに手裏剣――古代の手裏剣はナイフのような形状をしていた――が深々とささっている。激痛がはしり息ができない。思わずうずくまる。背中にも何か刺さっているようだ。

 

東漢駒がうす笑いを浮かべながら、ゆっくりと歩み寄って来た。その笑いで、崇峻はすべてを理解した。これぐらいの傷で、と立ち上がり、ささっているものをひき抜こうとしたが手がしびれた。感覚がなくなっていた。

 

(毒か…!)

 

「こ…こ…い…」

 

衛兵たちを呼ぼうとしたが、声にならなかった。さらに駒の手が動いた。さらに一本が肩に、二本が足にささる。たまらず倒れ込む。

 

「俺は馬子の手のひらで弄ばれているにすぎなかったのか…」

 

にじんだ視界の中で、駒が剣を持ち直したのがわかった。

 

「馬子め!」叫んだつもりだったが、声の代わりに大量の血が出た。わずか数秒のできごとであった。

 

「大王がやられたぞ!、もうおしまいだ!、みんな逃げろ!!」

 

駒のその言葉に、状況を理解した衛兵達はあわてて逃げ散った。人夫たちも負傷者を抱えてあっという間にいなくなった。あとには倒れた衛兵と無数の血だまりだけが残っていた。

 

駒は馬子への使いを出した後、自らは宮殿の奥へと駆け込んだ。後宮の入口も警護の兵がいなくなっていた。女達の悲鳴があがる。それに構わず突き進む。

あった…河上娘(馬子の娘にして崇峻大王の后)の部屋。そのまま突入する。

 

河上娘が立ちすくんでいた。突進し荒々しく抱き寄せる。

 

「何をするのです、離しなさいっ!、陛下や父が知ればただではすみませんよ!」

 

「崇峻は死んだ。馬子殿との約束により、お前は俺のものだ。」

 

河上娘は混乱した。それを駒がはげしく押し倒した。

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日本書紀にいう。

 崇峻五年(592)十月十日、蘇我馬子は(6日前に)天皇がおっしゃった言葉を聞いて、自分を嫌っていることを警戒した。

 一族の者を招集して、天皇を弑することを謀った。

 

 十一月三日、馬子は群臣をだまして「今日、東国から調をたてまつってくる」と言った。そうして東漢駒をつかって天皇を弑したてまつった。

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(その⑧「事態収拾」につづく)

 




補足・解説
蘇我河上娘(そがのかわかみのいらつめ) 蘇我馬子の娘であり崇峻天皇の后の一人。

尾張氏(おわりうじ) 尾張国を中心に東海地方一円を支配する古代の地方豪族。

尾張粟原(おわりのあわら)?生―― ?没  尾張氏の系図の中に見える人物。具体的な業績はわからず、本編での活躍は全てフィクションである。
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