佐野さんが、ゆっくりと私の部屋へ足を踏み入れる。
その瞬間、空気が変わった気がした。
ここは私の空間のはずなのに。
家族もいない、誰にも邪魔されない、安心できる場所のはずなのに。
——なのに、今はまるで 侵略された領土 みたい。
佐野さんは、部屋の中央に立ち、静かに辺りを見回した。
本棚、机、クローゼット、壁に貼られたポスター。
その視線がどこを見ているのか、どこまで私のことを探ろうとしているのか——わからない。
「……可愛い部屋」
佐野さんが、淡々と呟く。
その言葉の意味を探るように、私は佐野さんの顔を見た。
——何を考えてるの?
本当に、ただの感想? それとも——。
「……あ、ありがとう……」
私はぎこちなく返事をする。
すると、佐野さんはゆっくりと私を見つめた。
「……それで……」
私が言いかけた瞬間、佐野さんが 「まるで最初から決まっていたように」 口を開いた。
「……ベッドに座って……」
それはただの指示じゃない。
まるで、すでに敷かれたレールの上に私を誘導するような、確信に満ちた命令だった。
「え……?」
頭が真っ白になった。
何のために?
何をされるの?
「……早く」
佐野さんの声は、あくまで静かで、何の感情も感じられなかった。
でも、その無機質な響きが、逆に圧倒的だった。
私は、逆らうことができなかった。
——拒否すれば、何が起こる?
その考えが、一瞬で脳を支配する。
結局、私はゆっくりとベッドの端に腰を下ろした。
「……いい子」
佐野さんが、少しだけ微笑んだ。
けれど、それは優しさとは違う、もっと 支配的な微笑み に見えた。
私は、自分の喉がごくりと鳴るのを感じた。
——ここから、何が始まるの?
——もう、私は完全に逃げられない。
佐野さんは、私の隣に静かに腰を下ろした。
ベッドの柔らかい感触が、微かに沈むのを感じる。
「大人しくしていて」
佐野さんの声は、まるで当たり前のことを言うように淡々としていた。
拒否するという選択肢が、まるで存在しないかのように。
そして——
佐野さんの手が、そっと私の頬に触れた。
「っ……!」
思わず肩が強張る。
佐野さんの指先はひんやりとしていて、それなのに妙に心臓がざわついた。
ゆっくりと、頬から顎へ、輪郭をなぞるように撫でていく。
まるで、私という存在を 確認するかのように 。
「星野さん、本当に可愛い」
囁くような声。
穏やかで、でも——
そこにはどこか 狂気じみた確信 が含まれている気がした。
「え……?」
思わず、私は佐野さんを見上げる。
その瞬間、佐野さんの目が、じっと私を捕えた。
深く、吸い込まれるような瞳。
温度のない静かな眼差しなのに、見つめられるだけで 心の奥を覗かれているような気がした 。
「……やっぱり、星野さんは特別」
「……な、にが……?」
震える声で問い返す。
佐野さんの手が、そっと私の頬から髪へと移動した。
指先が、ゆっくりと髪を梳く。
優しい仕草。
なのに、それが恐ろしくてたまらない。
「私が選んだんだから」
——選ばれた?
何に? いつ? どうやって
私の意志とは関係なく、最初から決められていたみたいに。
まるで 「私は最初からここにたどり着く運命だった」 みたいに——
いいえ、違う。
運命じゃない。これは、佐野衣織が決めたこと。
彼女が選んで、彼女が導いて、彼女が支配する——ただそれだけの話。
理解できない。
でも、佐野さんの目は、初めからそうと決めていたみたいに、揺るぎなかった。
けれど、佐野さんは気にする素振りもなく、私の髪を弄びながら静かに微笑んだ。
「星野さん、もっと私を好きになって」
ぞくり。
背筋を駆け抜ける悪寒。
それなのに——
それなのに、この感覚は何?
心臓が、異常なほどに速く脈打つ。
佐野さんの手は、まだ私の髪を優しく撫でている。
けれど、その優しさの裏に隠された 圧倒的な支配 を、私は本能で感じ取っていた。
——逃げられない。
「脱いで」
唐突に、その言葉が落ちてきた。
「……え?」
何を言われたのか、一瞬理解が追いつかなかった。
佐野さんは、私の目をまっすぐに見つめている。
その瞳には、迷いが一切ない。
「脱いで」
もう一度。
はっきりと、ゆっくりと。
私の反応を楽しむように、確実に追い詰めるように——。
「……ど、どうして……?」
喉がひりつくように乾く。
口の中がカラカラに渇いて、まともに言葉が出てこない。
「約束が違うじゃない……」
私は震える声で絞り出した。
夏休みの終わりに——そう、そう約束したはずなのに。
それなのに。
「……違うよ」
佐野さんは、淡々とした声で言う。
「安心して」
安心?
こんな状況で、どうやって安心しろっていうの?
私の混乱した表情を見ながら、佐野さんは静かに微笑んだ。
「でも……怖い……」
たった一言、それだけが本音だった。
佐野さんは、それを聞いても微塵も表情を変えなかった。
ただ、そっと首を傾げると——
「……なら、私が脱がせてあげる」
——ゾクリ。
空気が一瞬にして変わった。
逃げなきゃ。
そう思うのに、脚が動かない。
まるで、この部屋の空気そのものに絡め取られたみたいに、身体が強張って動かない。
佐野さんが 「仕方ないね」とでも言いたげに そっと手を伸ばしてくる。
「……えっ……?」
思考が停止する。
佐野さんの指が、私の制服の襟元にそっと触れる。
「待って……っ!」
咄嗟に手を伸ばすけれど、佐野さんは私の手を軽く掴んで制した。
逃げられない。
目の前の少女は、どこまでも静かに、確実に——
私を 手の中へと閉じ込めようとしていた 。
佐野さんの手が、するりと私のスカーフを解いた。
結び目がゆっくりとほどかれる感触が、妙に鮮明に伝わる。
「や、やめて……!」
私は反射的に手を伸ばし、それを阻止しようとする。
けれど、佐野さんは私の抵抗をものともせず、するりとスカーフを引き抜いた。
「じっとして。命令」
短く、淡々と告げられる。
いつもの抑揚のない声なのに、背筋がぞくりと震えた。
「……っ」
私の手が、ぴたりと止まる。
佐野さんの指が、今度は制服の裾に触れる。
布地を軽くつまんで、まるで何かを確かめるように少し引っ張る。
「……っ、やめて……」
私は咄嗟に腕を交差させ、押さえ込もうとした。
けれど、それすら簡単に解かれる。
まるで、最初からこの展開が決まっていたかのように、自然な手つきだった。
「ほら、力を抜いて」
優しく言われる。
けれど、それが どこまでも優しさではない ことを私は知っていた。
裾が引き上げられ、布が肌から離れていく感触が、ぞわぞわと鳥肌を引き起こす。
制服がゆっくりと持ち上げられ、首元が引っ張られる。
「……っ……」
視界が一瞬、暗くなる。
そして——
制服が、私の体から完全に剥がされた。
——こもっていた熱が、一気に外気へと逃げる。
湿った布の感触が消え、肌を覆っていた蒸れた空気が解放される。
ひんやりとした外気が、むき出しになった肌を撫でた。
「……へぇ……」
佐野さんの声が、僅かに弾んだ。
私は、自分の腕で必死に身体を隠す。
けれど、それでも隠しきれなかった。
——明るいオレンジ色の、お気に入りの下着。
今朝、何も考えずに選んだもの。
可愛くて、少し元気な気分になれる色。
なのに今は——
その色が、どうしようもなく羞恥を煽るだけのものになっていた。
佐野さんは、そのままじっと私を見つめていた。
まるで——
目の前の光景を、じっくりと味わうかのように。
「……ふふっ……似合ってる……星野さんらしい……」
佐野さんが静かに微笑む。
その声は、どこか含みを持っていて、ひどく心臓に悪い。
私は、まるで品定めされているような気分になり、思わず胸元を両手で隠した。
「は、恥ずかしいよ……」
どうしようもなく頬が熱くなる。
佐野さんの視線が、じっとこちらを見つめ続けるのがわかる。
耐えきれなくなって、私は彼女の目から逃れるように視線を逸らした。
「……どうして?いつも見てる……」
「は!?どこで!?」
驚いて、反射的に佐野さんを見返してしまう。
「……体育……」
淡々とした声。
「そ、そっか。いや、そうだけど!」
なんだそれ!?
確かに着替えの時間はあるけれど、別に意識して見られていたわけじゃ——
「……でも、こうして間近で見るのは初めて……」
佐野さんの目が、微かに細められる。
「……すごく可愛いね……」
——ドクン。
胸の奥が、大きく鳴った。
これは、きっと怖いだけの鼓動じゃない。
何か、もっと別の何かが混じっている気がした。
だけど、それが何なのかは、まだ考えたくなかった。
「……スカートも……」
佐野さんは、じっとこちらを見つめたまま動かない。
それだけで十分だった。
——ほら、脱ぎなさい。
言葉にしなくても、佐野さんの瞳がそう告げている。
私は諦めて、スカートのチャックに指をかけた。
ゆっくりと下ろすと、腰を抜けた布地がベッドの上にふわりと落ちる。
途端に、肌が一気に晒される感覚がした。
ブラジャーと揃いで買った、明るいオレンジ色のお気に入りのショーツ。
鏡に映った自分の姿を、どうしても意識してしまう。
「……綺麗……」
佐野さんの低く囁くような声が、妙に耳に残った。
「あなたは美しい……」
「……あ、ありがとう……」
礼を言うのはおかしい気がした。
けれど、何も言わないのも落ち着かなくて、そう返してしまった。
佐野さんは、そんな私の反応を楽しむように微笑んだ。
そして——
彼女は、あの時見た箱を、静かに取り出した。
——心臓が跳ねる。
「……撮らせて……」
その言葉に、血の気が引いた。
「待って!それ、何に使うつもり!?」
私は、思わず声を張り上げていた。
佐野さんが手にしている箱——それが何なのか、もう知っている。
あの時、美術準備室で見た。
佐野さんは、そんな私を見ても動じることなく、ただ微笑んでいた。
けれど、その微笑みの奥にあるものが、読めない。
「……綺麗なものを撮る……」
静かに、淡々とした声。
感情が込められていないのに、それがかえって異様に響く。
「私は、私の目で見たものを、私自身によって記録する」
——記録する。
その言葉が、やけに重くのしかかった。
記録される。
佐野さんの手の中で。
私の姿が。
私の存在が。
「……っ」
体が強張るのを感じる。
逃げなきゃ。
このままじゃダメだ。
けれど——
佐野さんは、じっと私を見つめていた。
逃げ道を塞ぐように、まるで私がどう動くのかを見極めるように。
「……大丈夫」
ふいに、佐野さんが言った。
「あなたは、私のもの……だから、何も心配しなくていい」
その声は、妙に優しくて、けれど、どこまでも冷たかった。
佐野さんは、それを構える。
カシャ。
——記録された。逃げられなくなった。
私は、ここにいたという証拠になった。
私が、佐野さんのものになったという証拠になった。
私が、この世界に抗えなかったという証拠になった。
すべて、彼女のものになった。
その瞬間、写真というものの怖さを初めて知った気がする。
佐野さんは、カメラの画面を覗き込み、静かに微笑んだ。
「……綺麗」
その一言が、妙に重く響いた。
そして、佐野さんはゆっくりと自分の制服に手をかけた。
「……私も見て」
その言葉とともに、スカーフをほどき、するりと襟元を開く。
ボタンを一つずつ外しながら、制服を滑らせるように脱いでいく。
私の制服と同じデザインのそれが、床へと落ちた。
スカートのホックに手をかけ、チャックを引き下ろす。
緩やかに腰をひねると、スカートがふわりと揺れながら足元へと落ちる。
露わになったのは、白いブラとショーツ。
どちらにも、小さなピンクのリボンのワンポイントがあしらわれていた。
佐野さんは、ほんの少しだけ首を傾げながら、私をじっと見つめる。
その視線に、胸の奥がざわついた。
「……あなたの中で、ずっと私を覚えていて」
静かに囁かれる言葉が、頭の奥に刻み込まれるような感覚がする。
「あなたの記憶の中に、私という存在を刻む——」
佐野さんは、一歩、私へと近づいてきた。
その距離が、怖くて、でも、どこか抗えない。
私の世界は、もう——佐野さんによって、完全に支配されていく。
佐野さんの手が、私の肩にそっと触れる。
指先が、ゆっくりと腕を滑り落ちていく。
ひんやりとした感触が、肌に残る。
そして——
ブラの紐を、優しく、ほんの少しだけ下ろした。
「ちょっ! 何するの!」
私は驚いて、反射的に体をよじる。
けれど、その動きを見越していたかのように、佐野さんの脚がするりと絡みつく。
腰をがっちりと挟まれ、身動きが取れなくなる。
「やっ……離して……!」
もがくけれど、まるで逃げ道がない。
佐野さんの腕は、私の腕を優しく撫で続ける。
まるで、私を落ち着かせるように——いや、じわじわと絡めとっていくように。
しばらくそうしていたが、やがて佐野さんは静かに口を開いた。
「支配の象徴……用意してきた……」
そう言いながら、佐野さんは、脱いだスカートのポケットに手を入れる。
そこから、何か輪状のものを取り出した。
——首輪だった。
私は息をのむ。
赤みがかった深い色のレザーに、金具がついている。
それは、ペット用のものとは違う、明らかに「人間用」のデザインだった。
「な……何それ……」
声が震える。
佐野さんは、首輪をそっと撫でながら、私をじっと見つめる。
「……これは……証……」
証——?
「あなたが……私のものになる、証……」
じわり、と背筋に冷たいものが走る。
「いや、やめて、そんなの……!」
私は身をよじって、なんとか逃れようとした。
でも、佐野さんの手は、まるで「捕まえた獲物」を逃がさないように、私の首をしっかりと押さえて——。
「……大丈夫……痛くしない……」
優しく囁かれる声が、余計に恐ろしい。
佐野さんの指が、私の首にそっと触れる。
指先が、鼓動を確かめるように、そっと這う。
「ほら……ちゃんと……あなたの心臓、ドキドキしてる……」
佐野さんの目が、微かに細められる。
「こんなに高鳴ってる……ねぇ、感じる……?」
——怖い。
——怖いのに、逃げられない。
私は、首輪を握る佐野さんの手を見つめたまま、唇を噛み締める。
「……あなたは、もう、私のものだから……」
佐野さんは、静かに言いながら、ゆっくりと首輪を近づけてきた。
佐野さんは、私の首にゆっくりと首輪を巻いた。
ひんやりとした革の感触が、肌に馴染んでいく。
カチリ。
小さな音だった。
それなのに、頭の奥で ガシャーン! と何かが砕けるような音がした。
あ、終わったんだ。
もう戻れない。
——これが、支配。
これは、解かれるためにつけられるものじゃない。
私は、もう一生、このままなのかもしれない。
これは、解かれるためにつけられるものじゃない。
そう悟ったときには、もう手遅れだった。
喉の奥がひりつく。
だけど、それを外そうとする力は、どこにも残っていなかった。
「……いい子」
佐野さんが、ふわりと微笑む。
次の瞬間——
チャリン、と小さな金属音が鳴った。
——鎖。
佐野さんは、私の首輪に短い鎖をつける。
それは、ただの装飾ではない。
まるで「ここから逃げられない」と言わんばかりの存在感を持っていた。
「これが、支配」
佐野さんは、淡々と告げる。
「あなたは私のもの」
私の顎を指先で持ち上げる。
無理やり、視線を合わせられる。
「これは象徴」
私の鼓動が、じわりと速くなる。
「あなたは、私のものという表現の一つ」
佐野さんは、静かにそう言った。
そして——
「写真、撮るよ」
そう囁きながら、再びカメラを構えた。
カシャ——。
私が「記録」される音が、部屋に響いた。
その日、私は完全に 佐野衣織の所有物 になった。
そして、それを否定する言葉は、もう私の中に存在しなかった。
——そう、思い知らされた。
カメラのシャッター音が、部屋の中に響くたび、私の中の 何か が削られていく気がした。
逃げることも、拒むこともできないまま、私はただ記録され続ける。
佐野さんの目は、終始淡々としていた。
まるで、美しいものをただ収めるだけの行為のように。
感情がないわけじゃない。むしろ、その瞳の奥にあるのは——
「……可愛い」
静かに、慈しむように言葉が落ちる。
——慈しみ?
いや、違う。
これは、支配。
私は、この子のものになったんだ。
喉の奥が、ひりついた。
だけど、不思議と、何かを訴える気力すら湧かなかった。
なぜだろう。
なぜ、こんなにも 自然に 受け入れてしまっているの?
佐野さんは、私の髪を撫でながら、静かに微笑んだ。
「これで、いいの」
その囁きが、妙に優しくて、怖くなった。
——この子は、本当に私を「もの」にしたんだ。
そして、その事実に 私は逆らえなかった。