魔王討伐から数日。世界は徐々に穏やかな日々を取り戻しつつあった。
かつて「世界最強の魔法使い」と称された魔法使いは、戦いの後、湖畔の小屋へ戻り、静かな生活を再開させていた。しかし──
「……掃除を全くしてこなかったのか、私は」
薄く積もった埃を指でなぞり、ため息をつく。ここでの暮らしは嫌いではないが、散らかった部屋にいると気が滅入るのも当然だ。渋々ながら掃除を始めるが、ふと手が止まる。
(私を旅に連れ出してくれた、あの三人は今どうしているのだろう)
思考が過去へ引き戻される。掃除に飽きたこともあり、魔法使いは水晶玉に手を伸ばした。魔力を込めると、映し出されたのは、変わらず賑やかな旅路を行く三人の姿。
──
「任せてくれよ! おっちゃん!! この勇者エル・アリアスフィールドが万事解決してやる!」
「ところでおじさん!! 報酬! 報酬は何がもらえるの???」
「はぁ……お前らいい加減にしろ」
──
「……相変わらず騒がしいな。ノノは苦労しているようだ」
魔法使いは微笑を浮かべる。彼らが元気なら、それでいい。
「私も結局、星魔法の極致には至らなかった。旅を続けるのも悪くないか」
呟き、彼女は決意する。静かな日常よりも、未だ見ぬ星の彼方へ——旅はまだ終わらない。
「掃除は……帰った時にまとめてやればいいか。見ているんだろう? 師匠。私も一人旅に行ってくるよ」
湖畔の小屋を後にし、魔法使いは新たな旅へと踏み出した。
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旅の途上。立ち寄った町で、彼女は子どもたちに囲まれる。
「魔法使いって実在したんだな!」
「怖い魔法使いって聞いてたけど、案外優しいんだね!」
「ありがとう!」
彼らの言葉に、魔法使いはわずかに目を伏せる。
「……優しい、か。意識したことはないが、もしそう見えるのなら──
それは勇者のおかげだろうね」
「勇者さんのおかげ?」
「そうさ。彼なら、きっとそうしただろうからね。私はそれに倣っているだけさ」
「ふーん、そっか! なら勇者さんにも感謝だね! 魔法使いさん、旅を続けるの?」
「……ああ、もう会うことはないだろうが、精一杯生きるといい。元気なことが何より大切だからね」
別れを告げ、再び歩みを進める。
魔法使いは各地を巡りながら、魔法を駆使して異変の調査を続けた。魔王の軍勢が沈静化したとはいえ、未だに不穏な気配が残る地域がある。時には廃墟と化した村を訪れ、残された人々を助け、時には魔王の眷属が潜む森へ踏み込み、静かに脅威を取り除いていく。かつて勇者たちと共に駆け抜けた戦いの日々を思い出しながら──
「やり残しが、一つだけあるな……」
そうして海の方へと向かった。
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突如、海がうねる。ただでさえ広大な青は、人を飲み込むというのに──それは水を支配し、波を纏いながら、彼女を引きずり込まんとしていた。
「これは……魔王の力が弱まっているとはいえ、簡単にはいかないか。力の源は魔王ではなかったのかもしれないね」
足元に砕け散る波が、不気味に蠢く。潮の香りに混じる生臭さが、ただの自然現象ではないことを告げていた。
「へぇ、珍しいな。お前がそんな顔をするなんて」
突然、背後から聞き覚えのある声が響いた。
「久しぶりだなぁ! ステル! 家から出ないものだと思っていたが、意外と行動的じゃないか!」
振り返ると、懐かしい顔がそこにあった。
「……馴れ馴れしいね。やり残しがあると、気になって目的に没頭できないだけさ」
「さて、何度目かの自己紹介をしようか」
ステルは軽く帽子を持ち上げ、微笑む。
「私の名前はステル。世界最強の星魔法使いだよ」
「ここは、ご助力頂いてもいいかな? エル」
その言葉に、勇者エルは剣を肩に担ぎながら笑った。