剥生は斬魄刀を構えたまま、山本の挙動に意識を向けながら戦況を整理する。霊力を回復されたとしても、相手の力を奪い取る〈
その直後、違和感が剥生を襲う。今思えば不自然なまでに動く気配を見せなかった山本の口元が蜃気楼のような揺れと共に
「『
霊圧によって光を曲げ、対象を見えづらくする縛道と〈断空〉によって生じる本来は何の意味も持たない光が屈折する特性を併せた取るに足らない矮小な幻術。それは身を護るためではなく、賊の息の根を止めるための圧倒的な攻めの一手だった。
〈戒名塑像〉の四つの瞳が捉える集塊は無条件に映し出されるわけではなく、剥生本人の
優勢だと誤認し、攻め
〝
青き朝焼けを括る枝
錆び付き・躊躇いの風
狼狽する蝿の眼光
恐れを知らぬ弱者の警笛
「破道の九十四────『
山本との距離を取る剥生の前に、鳥の形を象った一万の炎の塊が現れ、命を燃やし尽くす灼熱の海嘯となって剥生に迫る。発動者からの霊力供給を断ち、その場で最も霊圧が大きい者を自動的に啄むように命令された炎の鳥の群れは、〈戒名塑像〉の攻撃によって半分以上が消し飛んだものの与えられた命を忠実に遂行し、〈戒名塑像〉に巻き付いていた霊塊の三割を喰い千切った。
然るべき場所へ霊力が戻った今現在の互いの霊力残量は山本が僅かに多く、戦いは振り出しに近い状態へと巻き戻った。剥生は『一本取られた』と言わんばかりに喉の奥でくつくつと嗤って刀の柄を握り直した。
「丁度良い。御主にも視せて遣るとしよう。某が視ている世界をな──」
『〝
「『四魔眴』によって炙り出された集塊はその根を下ろす者との繋がりをより強固なものとして反映させる。これまでと違い僅かな傷であっても致命傷になり兼ねん。今御主が視ている某の集塊も同様にな」
『我らの剣は〝諸刃の剣〟と相成った、ということよ』飄々と語る剥生だったが、それは次の一手で雌雄を決するという宣戦布告の意味が込められていた。
「 残火の太刀〝西〟 」
『 〝 残日獄衣 〟 』
解放と共に白砂は溶け、他と混ざり合ってひとつの溜まりとなり、その中へ山本の足がゆっくりと沈んでいく。霊子で足場を作らなければ歩くことも
「一千五百万度の熱を纏った攻防一体の型よ。この身に抱き寄せた太陽で死に損ないの
『
「通じぬと言った!!!」
〈残火の太刀〉が放つ炎熱によって焼け焦げ、所々骨が見えつつある身体から溢れ出る血と汗を
「 残火の太刀〝東〟 」
「 ──────
『〝旭日刃〟』それまでの斬術と近い、唯一点のみを狙った神速の突き。山本が三つ目の卍解の名を呼んだ直後、猛烈な寒気が剥生を襲っていた。それは恐れや体調の悪さといった感覚的なものではなく、息も凍るような極寒の地で絶えず水を浴びせられているかのような痛みに似た寒さだった。
その目で捉えた筈の炎は視界の何処にも見当たらず、胸に咲いた仄かな温もりと、口から洩れ出た赤い血が自身の敗北を告げていた。温もりの正体を探ろうとして胸に手を当てようとした剥生だったが、そこにある筈の
薄れゆく剥生の意識の中で炎と氷が廻転する。天と地が隣り合わせに思えるほどの
虚圏に似つかわしくない鮮やかな色彩を帯びた砂に膝から崩れ落ちる剥生自身もその事は理解していた。
「まさか卍解までも間合いを見誤らせるための囮に使うとは……山本重國よ……畏れ入った」
意識を保つことさえ困難であろう瀕死の状態で剥生は賛辞の言葉を残す。かつて元字塾を壊滅に追いやった仇敵を
「人を成すのは〝今〟であろう?貴様の斬魄刀が示すのは魂魄の循環を成す
剥生は口を挟むわけでもなく、瞼を閉じ、微笑を浮かべながらその声を聞いている。
「解号から察するに刀の形も三界……いや、人生に
『違うか?』そう言って顔を上げた山本の視線を跳ね返すように、〈戒名塑像〉が背負う鏡のような光背がきらりと光る。大きく欠けた
「何をせずとも明日が来ると思うて『今』に胡座をかき、護るべき
剥生は穏やかな表情のまま、ただ静かに言葉に耳を傾ける。
「〝三界を罷り通る〟夢の半ばで命を散らすのはさぞ悔しかろう。……じゃが安心せい。地獄の餓鬼は戯れ上手と聞いておる」
わざとらしく皮肉を投げる山本。鈍重な瞼を開け、既に光を失った瞳で山本を見やる剥生は、山本にも聞こえないほどの声でくつくつと笑ってから口を開いた。
「見事であった──」
裂けた頬の傷跡にも負けぬ笑みを浮かべながら残した最後の言葉。結合限界を迎えた肉体は霊子へと還り、虚圏の一部と同化していく。〈戒名塑像〉もそれに伴って崩壊を始め、一本、また一本と骨が溢れ落ち、それに伴って支えを失った光背が砂漠へと突き刺さる。剥生と〈戒名塑像〉の骨格が消え去ったのを確認するかのように、最後に残った光背もその後を追って霊子の粒となり、赤く濡れた砂の中へ溶けていった。
鎮魂の鐘が鳴り響いていた。潰れた右目と〈残日獄衣〉の有り余る熱によって焼き焦がれ、骨が剥き出しとなった右手が戦いの激しさを物語る。残された浅打を手に取り地面へと突き刺すと、それを合図にしたように霊圧で辛うじて繋いでいた右手の感覚が途絶え、事切れたことを把握する。
「万象一切灰燼と為せ────『流刃若火』」
〈戒名塑像〉を思わせる剥き出しの右手から左手へと〈流刃若火〉を持ち変えると、山本はその浅打に対して火を放った。その最後を見届けるでもなく虚夜宮に背を向けて歩きだす。滴る血は穢れなき白砂に道を作り、赤く染まった一握の砂の中にそこにいた者達の記憶を閉じ込める。
山本が虚圏を離れて数刻が経った頃、虚夜宮へ帰還したバラガンの一行は残された霊圧の残滓を浴びて戸惑っていた。強者の痕跡はあるものの、両者の姿も霊圧も何処にも感じられず、霊圧の残滓以外にあるものとすれば、一面を染めるほどの血液と一振りの浅打だけだった。
「……どこぞの死神でも迷い込んだか。王の不在を狙うとは不遜な蟻め────」
虚夜宮の片隅に突き立てられた燻り続ける矮小な墓標。焼け焦げたその刀は〈残火の太刀〉に良く似ていた────。