「────
瞬間、山本は自身が犯した判断の誤りに気づく。剥生の霊圧は
剥生が纏っていた霊圧が解かれるのに合わせて、霊圧の鎧を覆っていた炎が弾け、燃える礫となって四方へと飛び散っていく。目を僅かに細めながら眼前に迫る炎を〈流刃若火〉で薙ぎ払い、解かれた斬魄刀に向かって視線を飛ばす。
幽美な三日月を思わせる刃先に向かって歪曲した斬魄刀。煌めく刃には言い表せぬ嫌悪感を抱かせる禍々しさが宿っていたが、それと同時に目にした者全てに『その光を瞳に焼き付けたい』という使命感にも似た感情を呼び起こさせた。
皆が〈傴僂在実〉の虜となっていた。
恋煩いによって盲目となるように。憧れを抱くことで理解を手放してしまうように。人生の奔流に成す術無く呑み込まれるように。〈傴僂在実〉と皆の視線が抗うことのできない因果によって結ばれていく。
瞬きすら忘れさせる呪いにも似た魅力によって乾いた瞳を潤すために山本は瞼を閉じた。
刹那の間を置いて瞼が開き、十分に潤んだ山本の双眸が捉えたのは、既に命を潰えた仲間たちの姿だった。
今しがた剥生が弾き飛ばし、前庭の
瞬歩の遥か上を行く歩法を用いたとしても説明がつかない一瞬の内の出来事。胴や手足を両断され、呻き声すらあげることのない肉塊は、今直ぐに治療を施しても助からないということを如実に示していた。血走った目を見開く山本の
前庭に敷き詰められた白い玉石を赤く染め上げる血潮と燃え滾る炎が織り成す紅蓮の海が辺りに広がっていたが、憂いを帯びた剥生の瞳は何処を見るでもなく虚空を見つめており、そこに闘志の炎は見られなかった。物言わぬ瞳の奥に潜む侮蔑とも異なる渇いた感情が、光を生み出す炎を嫌って更に奥へと入り込んでいく。
剥生にとって山本以外は決闘における
ここから十年後、護廷十三隊が創設されるまで〈武〉の最高到達点で在り続けた元字塾が一人の男によって壊滅したという事実は、山本の胸に耐え難い屈辱と深い畏怖の念を沸き上がらせた。
「
辛うじて山本に届く程度の呟きと共に笑みを溢した剥生の前方で起こる異変。
「
「重國殿……。
山本の呼び掛けに対して、場を和ますようなわざとらしい大きな笑みを見せた男──
天性の剣才と始解の
確固たる自信を瞳に宿して立ち上がった男を前に剥生は思う。常人であれば避けようのない自身の攻撃を躱した想定外の
何度も膝を付きながら立ち上がろうとする九麓を
「〝
言葉を紡ぐ隙を狙い、刀の棟から黒霧が放出される能力を持つ〈常宵〉を振り上げて攻撃を仕掛けた聡示郎を剥生が蹴り飛ばす。それとほぼ同時に山本が剥生へと斬りかかったものの、距離を詰める
我が物顔で
「賊は私に任せて重國殿は少し休んでいてくだされ。伏しているよりも立っている方が私の性分に合っております故」
『しかし
「剥生と名乗っておろうにその名すらも呼んではくれぬか……。まァ、良しとしよう。たまには
微かに上がった口角に呼応するように、光を失っていた仄暗い瞳に小さな炎が灯る。対する聡示郎は、身体全体を深く落とし、足を縦に広げて鍔に親指を掛けて抜刀の姿勢に入ると、居合いの構えと共に鎮まったはずの霊圧が一瞬にして再び昂りを見せ、間を置かずに一気に解き放たれた。
「──ッ!!」
抜刀と共に飛散した黒霧が剥生の視界を黒で埋めつくし、その闇の中を白銀の刃が駆ける。聡示郎が詰める形で二人の間合いは即座に縮まり、〈常宵〉の鋒は剥生の胸を掠め取った。僅かに遅れて〈見えない斬撃〉が聡示郎を襲ったが、抜刀の直前に唱え、時間差で発現するように仕組んでいた
「やはり〝
着物の左襟の縁をなぞるように斜めに切れた布地に触れながら剥生が呟く。両断するつもりで放った一太刀は剥生を仕留めるどころか、その薄皮一枚すら切ることは叶わず、実力の差を知らせる形無き刃となって聡示郎の胸へと突き刺さる。
同系統の能力を持つ斬魄刀同士は、ある一定距離まで近づくと互いを求めるように共鳴し、刀に込められた霊力を震わせて霊子の波動を所有者へと伝える特性を持っていた。俗に〈
戦わずして相手が持つ斬魄刀の能力系統が判るため、両者にある程度の実力差があったとしても試合の運びが平行線を辿ることも多く、そうした一面を見れば有用な特性ではあるものの、倒さなければならない敵相手に発現することはあまり望ましいものではなかった。
後に〈共鳴〉と名前を変え、形骸化した大義によって絶たれた〈二つの氷輪丸〉を再び繋ぎ合わせる〈楔〉の役割を果たすこととなるが、それはまた別の話である。
剥生は喉の奥で独りごちる。今、この場において霊鳴の
炎の海の向こうでは一匹の若い虎が牙を剥き、次こそは息の根を断つと言わんばかりに唸りを上げる物言わぬ霊圧を凝縮させながら再び抜刀の構えをとっていた。
霊鳴の波動が両者の掌に走る。聡示郎の抜刀速度は更に加速し、瞬歩の踏み込み音さえ置き去りにして剥生目掛けて炎と黒煙が支配する空気を切り裂きながら進む。前庭の片隅に立つ