山本でさえ視認不可能な神速の一手。しかし、それは〈傴僂在実〉の力によって難なく止められると、再び放たれた止めどない〈不可視の斬撃〉の波状攻撃によって聡示郎の全身に敗北の
「か……『傴僂在実』の能力は──……」
意識が途切れる間際の遺言さえも〈傴僂在実〉によって折り砕かれて山本には届かず、口を鎖ざした聡示郎の代わりに背中の傷跡が大きく口を開けていた。
「確かに目を見張る才こそあるが、光の如き速さで進化を重ねた技量に
『案ずるな。愉しませてくれた礼として命だけは残しておいた』驕りとも取られかねない歪んだ敬意の現れは、消えかかっていた山本の魂へと勢い良く注がれた。
「声にせずとも聞こえておるわッ!!」
聡示郎が命を賭して掴んだ〈傴僂在実〉の能力の核心。〈常宵〉と瞬歩を掛け併せた神速の歩法を超えるほどの山本の歩みは、十六間──約28メートルもの間合いを一瞬にして詰めると、〈不可視の斬撃〉ごと剥生を弾き飛ばした。門扉に激突して止まった剥生は仕返しと言わんばかりに〈傴僂在実〉の力によって山本との距離を一瞬にして詰めると、〈不可視の斬撃〉によって山本を再び道場の奥へと追いやった。
「〝傴僂在実〟の攻撃を受けられる人間がいるとはな。だが
『虫の知らせでも聴いたかな?』腹の底から這い上がった血反吐を吐き出し、へし折れた木材を退かしながら立ち上がる山本を見据えながら剥生が嘲笑う。
剥生の言葉通り、山本には〈傴僂在実〉の太刀筋もその
不可解な能力を持つ斬魄刀──〈傴僂在実〉。
しかし、剥生の呟きによって真実の輪郭が浮かび上がり、山本の中で確信へと変わっていく。
「〝
その視線は剥生でも〈傴僂在実〉でもなく、煌々と葉を燃やす犬槇の木へ向けられていた。
山本は当初、感知の網を潜り抜けて繰り出される瞬歩をも超える不可視の斬撃のことを、〈傴僂在実〉に与えられた
真実を射抜いた山本の言葉に対し、剥生は特に驚くわけでもなく、分かって当然という態度を示しながら言葉を返す。
「左様。
『死に急ぐ某にお誂え向きな刀よ』能力を明かしたとしても勝てるという自信からくる剥生の言葉。しかし、山本の瞳から闘志の炎が消えることはなかった。
解放状態の刀身を見た者の時間感覚を狂わせる斬魄刀──〈傴僂在実〉。禁忌と
絶大な力ではあるものの、時を止めているわけではないため、楽観的に考えれば歩法の極意を修得した瞬歩の達人と手合わせすることと同じと捉えることもできた。戦いを制するのが険難であることに依然変わりはなかったが、〈不可能〉という選択肢が消えたことは、こと勝負において大きな意味を持つ。
相手の攻撃の瞬間と事前に描かれた太刀筋に重なるように剣を振るうことで〈
悪寒を越えて死の気配すら感じさせる山本の霊圧が、騒ぎを聞きつけて元字塾へ向かおうとする者たちの好奇心によって浮き足立った身体を魂ごと屈服させてその場へと押さえ付けた。
未だ膨張を続ける霊圧は次第に赤く色付きはじめ、己の不甲斐なさを嘆く憤怒の炎へと変化すると、その熱は道場の床や壁を這い、解号の如く万象を灰燼にせんと何処までも広がっていった。
「時を飛ばすなどと大層な言葉で飾り付けたところで所詮は力なき者の戯れ言よ」
山本を中心に燃え上がる大炎。剥生の顔を照らしていたそれは、手の付けられぬ猛獣のように荒れ狂い、剥生の頬の肉を焼きはじめる。
「儂の身体に触れなんだら斬れぬというのなら、はじめから
とうに焼け落ちた床を踏みつけながら、歩みに合わせて炎の斬撃を剥生に向けて放つ。剥生は山本の歩みに合わせて後退りしながら攻撃する機会を伺っていたが、歩速と僅かにずらしながら放たれる炎の斬撃による牽制と山本が纏う劫火を前に防戦一方とならざるを得なかった。しかし、崩れ落ちた道場から出た山本の足が庭の玉石を踏むと同時に一方的と思われた戦況は大きく覆ることとなる。