露命の灯火   作:甘草粥

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其の五

 

 二ヶ月後 尸魂界 施薬院 

 

 院内に喧騒が満ちる。計七百五十八名を手に掛けた未曾有の大虐殺の首謀者──剥生崇氏との死闘で負った傷により、二ヶ月に渡って昏睡状態のままとなっていた病人が病室から姿を消した。

 剥生が霊子に還した者の数は、観測されていない者も含めれば二千有余人(ゆうよにん)にも及んでいた。聡示郎は未だ昏睡状態から戻らず、全身に刻まれた消えることのない傷跡がその戦いの激しさを物語っていた。

 もう一人の生き残りであり、青侍(・・)と揶揄された満身創痍の死神は、両断された愛刀を携え、本来動く筈のない身体を引摺りながら廊下を進んでいく。斬魄刀が解かれていないにも関わらず、纏う霊圧は陽炎に似た揺らぎを放ち、近付く者を焼き尽くさんと唸りをあげていた。

「山本先生ッ!!そのような身体で何処に行かれると言うのですか!?」

 騒ぎを聞き付け、診察室から飛び出した勢いままに声を掛けたのは山本の担当医官。今朝の回診時点で死の淵を彷徨っていたはずの患者が目覚めるどころか、決死の表情を浮かべながら刀を携えて歩いている。信じ難い光景を目の当たりにしたことで、容態を訪ねるよりも先にその行動の真意を問う言葉が口を衝いて出た。

「人捜し……とでも言っておくかの」

 返されたのは真意を測りかねる含みを持った言葉。山本は目の前の医官や施薬院の従事者、病人たちから向けられる怯えた眼差しを見て、無意識の内に霊圧を垂れ流しにしていたことに漸く気付き、不器用ながらも柔和な表情を浮かべて、自身に問いかけた医官に答えた。山本の配慮によって医官の顔を支配していたひきつりは消えたが、山本の言葉を読み解こうと思案した結果、再び医官の顔には陰りが生じ始めていた。

 人捜し(・・・)。元字塾を塾生ごと壊滅させ、自身を死の淵へ追いやった奸賊をよもや捕らえに行こうというのではないかという推察が医官の思考を過る。隠しきれない疑念を知ってか知らずか、山本は吐息を漏らして小さく笑うと次のように付け加える。

「案ずるでない。自分捜しの旅よ(・・・・・・・)

 瞬歩を用いたわけでもなく、噛み締めるように一歩ずつゆっくりと歩みを重ねる山本だったが、担当医官をはじめとして誰もその歩みを止めることはできなかった。

 背中に羽織った言い知れぬ〈覚悟〉が、引き留めることを拒んでいた。

 

 数刻後 尸魂界 名も無き荒野 

 

 家屋の影はおろか人の気配すらない荒野が広がっている。選ばれた者のみが住むことを許された街に〈瀞霊廷〉の名が与えられ、選ばれなかった者が追いやられた郛外区に〈流魂街〉の俗称が与えられた未来にて、その荒野は〈流魂街 北八十区 更木〉と呼ばれることとなるが、山本がそれを知る由は無い。

 空気中の霊子さえ乏しい乾いた空間の中、未だ折れたままの〈流刃若火〉を振るいながら山本重國はある言葉を反芻する。

 

何が人を成す(・・)のか御主には判るまい

 

 死を覚悟した間際に聞いた、剥生が吐き捨てた憐れみの言葉。剥生は仕留め損なったのではなく、一見侮蔑とも取れるその問いの答えを必ず持ってこいという想いから敢えて生かしたのだ、と山本の中で帰結した。

 ただ無心に刀を振るい、刃の中に答えを探す日々。一日、十日、ひと月と刃が時計の針を押し進めるように目まぐるしく時間が過ぎていく。

 

 元字塾と聡示郎を除く全ての塾生は潰えたものの、その意思を継ごうとする者は多く、行方を眩ました山本を求めて貴族街から遠く離れたこの僻地に辿り着く者も少なからず存在したが、『元流も元字塾も山本重國も皆死んだ。名も持たぬ死人(しびと)に興味はあるまい』と例外無く突き返し、他人と関わることを執拗に拒んだ。それは仲間をもう一度(うしな)うことを恐れていたわけではなく、自分自身を理解するための行動であった。

 この時には聡示郎も昏睡状態から醒め、稽古に出られるまでには回復していたが、施薬院を出る際に残した言葉を知り、これは山本重國と剥生崇氏の戦いであり、自分が出る幕ではないと判断し、再建が進む元字塾の傍らで剣を振るいながら山本の帰りを待っていた。

「剥生崇氏…………」

 まるで想い人を呼ぶかのようにその名を呟いた山本は、〈軼色風(いしきのかぜ)〉の名の通り〈超軼絶塵(ちょういつぜつじん)〉たる武の力を持つ剥生崇氏という人物に想いを馳せた。

 瞬く間に終わる畢生(ひっせい)を体現したような始解に対し、他者が発した()を取り込んで記憶する卍解は、忘れられることを畏れる死者の有り様にも見えた。一見無敵にも思える強力無比な力ではあったが、力に溺れ、慢心によって肥大化した肉を剥がせば元の骸へと戻ってしまうという明確な欠点も存在し、能力を紐解いていく中で、その有り様がどうにも自身と重なっているように思えてならなかった。

 

 日が落ち、伸びゆく夕照(せきしょう)が〈流刃若火〉を赤く染める。とうに癒えた身体に呼応して、折れた刀身も剥生と出会う前(・・・・)の状態へ戻っていたが、未だ分断されたままの〈魂の精髄〉が繋がる気配は感じられなかった。

 降り注ぐ夜の色素が荒野を等しく塗り潰す。その片隅で灯る吹けば消え入りそうな露命の灯火は、呑み込まれることを畏れ、躊躇い、抗うように日に日に夜を侵食していった────。

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