露命の灯火   作:甘草粥

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其の六

 

 四年後 尸魂界 名も無き荒野 

 

 炎と氷が廻転している。氷輪と並んで空を飾る太陽が西に傾いて数刻。大虚(メノスグランデ)の数倍の大きさを誇る一体の異質(・・)中級大虚(アジューカス)を、午後の陽気を(くぐ)り抜けた西日が照らし出す。

 橙色の四つの瞳を光らせ、明るい空に浮かぶ場違いな月と同じ色の鋼皮(イエロ)を持つ中級大虚。その背中を覆う亀甲形の鱗は戦闘によって大部分が剥がれ落ち、焼き斬られた左手首からは体液が勢い良く溢れ、瀑布の如く流れ落ちている。辛うじて繋がったままの右手から生える黒曜石を思わせる黒々とした爪も無惨なまでに砕け散っており、かつての輝きも今は見る影もない。一見地続きの皮膚に見える虚の証である仮面も〈流刃若火〉の炎で焼かれたことでその色を失い、黒腔と同じ色へ塗り潰されていた。天を衝くほどの巨躯で抉じ開けられた黒腔は未だ大きく口を開けており、痛々しく裂けた青の中に夜を覗かせている。

 

 遡ること三時間。()に類を見ない規格外の巨大な黒腔から、それに見合う巨躯を持つ中級大虚が現れ、その大虚の〈増殖能力〉によって産み出された白い獣の群れが荒野を埋め尽くしていた。

 獣たちの大きさは一般的(・・・)な中級大虚程度で、地を這うような姿勢をした四足歩行の獣や細長い手足に飛膜を生やした飛翔可能な獣の他に、猩々などの霊長類を思わせるそれぞれ体格が異なる二足歩行の獣が二種類おり、計四種の獣たちは種類によって多少の違いはあるのの、元となる中級大虚をそのまま小さくしたような外見をしていた。種類による特徴以外に強いて違う点を挙げるとするならば、四つの瞳を持つ中級大虚に対し、獣たちの瞳は幾らか少ない数ということくらいだった。

 突如として荒野に出現した一国の軍隊に匹敵するほどの膨大な数の兵士たちは、中級大虚(指揮官)の指示に従って一斉に山本に襲いかかったものの、山本の手の中で唸る〈流刃若火(斬魄刀)〉の餌食となり、次々と炎の海に身を投げることとなった。

 

 そして現在、そのどれもが燃え盛る肉塊と成り下がり、既に命を終えている。つい先刻まで煌々と燃え盛り、地に落ちた太陽を思わせる真紅色を纏った身体は黒一色へと変化し、朽ちて灰となり砂に溶けていく。

「テテミガロよ。礼を言う────」

 『虚圏(ウェコムンド)行きの黒腔()が開くのを永い間待っておった』霊圧を纏わせた斬魄刀を真横に薙ぎ、消し炭(亡骸)を吹き飛ばしたことで、未だ天高く聳え立つ中級大虚との間に()が作られる。

 中級大虚の名は〈テテミガロ・イル・ネクロマンサー〉。下級大虚(ギリアン)の巨大さと中級大虚の変異性、最上大虚(ヴァストローデ)の霊圧密度を併せ持ち、異端の怪物として虚圏中の大虚から恐れられていた。

 テテミガロは〈老い〉の力を司る〈夜虚宮(ラス・ノーチェス)〉の帝王──バラガン・ルイゼンバーンと渡り合うほどの実力を有していたが、バラガンを筆頭とするそれらの最上大虚すら超越した高位の存在となるべくいつの日か虚圏を飛び出し、霧の中より現れる軍隊を引き連れて豊潤な魂魄で満ちた現世へと進軍し、とある小国の国民全てを喰らい尽くすなど、強さを求めて傍若無人の限りを尽くしていた。

 しかし、一万に近い人間の魂魄を吸っておきながらもテテミガロの孔の渇きが潤うことはなく、今度は濃密な霊圧を纏う死神へと標的を変え、彼らが暮らす尸魂界へ向けて黒腔を開き、天を衝く巨体を押し込んだ。

 尸魂界の外れに開いた黒腔から降り立った先にいたのは、引き裂かれた魂の精髄を映す斬魄刀()を手にし、己の剣と今一度向き合う一人の死神──山本重國その人であった。表情もよく分からない矮小な存在が放つ霊圧はテテミガロがそれまで浴びた如何なる霊圧よりも荘厳で、誇り高く、尋常ならざる熱を帯びていた。

 

 〈敗北を知らない爪〉と〈勝利を忘れた刃〉が交わってから早三時間が経過していたが、無理矢理押し広げられた黒腔は閉じようとする気配すらなく、尚も大きく口を開き続けている。

 虚圏からの来訪者によって時折開かれる黒腔。空が口を開けたかのような見た目をした門が(もたら)すのは虚の類いだけでなく、空間内に渦巻く乱気流とその先の虚圏より運ばれた濃密な霊子も風と共に運んでおり、後者は戦いによって蓄積していく一方だった山本の身体の傷を徐々にではあるが確実に癒していた。

 

 己を探す鍛練()の前に時折現れる大虚相手に敗れることこそ無かったものの、魔窟より躍り出た怪物たちの中には山本の想像の遥か上を行く能力()を有している者も多く、本来であれば容易に倒せる筈の下級大虚であっても一歩間違えれば命を落としかねない場面が少なからずあった。

 そんなある日のこと、複数体の下級大虚がいつものごとく黒腔から降り立った際に不意に懐かしさを覚えた。下級大虚の咆哮と共に肌に触れた見覚えのある霊圧の残滓。閉じゆく黒腔から流れ出た霊子が山本の魂にかつての敗北の記憶を呼び起こさせ、懐旧の念を抱かせていた。

 

 剥生崇氏は虚圏にいる 〟

 

 どのような手段で渡ったかについては山本の預かり知るところではなかったが、黒腔から吹き抜けた一陣の霊子は、尸魂界一の剣才を持つと驕っていた自身の斬魄刀()両断(否定)した剥生が更なる高みを目指して虚圏へと旅の歩を進めたことを意味していた。

 そこは〈人の本質〉を求める果て無き修行で得た、〈答え〉を届けるためのひとつの終着点。すぐ目の前に旅の目的地があることを知り、山本の胸には淡い期待が湧いたが、その期待に反するようにその実は遠く、虚圏へ渡ろうとして黒腔内への侵入を試みたものの、入るよりも早く口を閉ざしてしまい、その願いが叶うことは一度としてなかった。

 

 偶然か必然か。期待を砕かれ、為す術無く三年の月日が流れた折りに現れた中級大虚。視界どころか空をも埋め尽くす巨躯を持つテテミガロが唱えた解空(デスコレール)によって開く黒腔は、過去に類を見ず、他の追随を許さないほどに巨大ではあったもののテテミガロと比較すると幾分小さく、抉じ開けるような形で出ざるを得なかった。黒腔は本来、解空の詠唱者が通過した後にすぐ閉じるような仕組みとなっていたが、開口部が無理矢理開かれたことでその仕組みが崩れ、長時間閉じることのない異質な黒腔が出来上がったのだ。

 高みを目指して虚圏へ渡った剥生と同様に、更なる進化を求めて剥生と入れ替わるような形で尸魂界へ足を伸ばしたテテミガロ。運命の巡り合わせによって強引に掛け合わされた歯車が再び回りだす。

 

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