露命の灯火   作:甘草粥

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其の七

 

死神()ごときが図に乗るな」

 

「  ────  ── ───  ─ ─ ───── ──────  ────   ─ ─── ──    ───────  ────  ──   ───── ───  ───  ──── ─────────  ──────」 

 

 敵である筈の自身に礼を送り、まるで勝負の(かた)は既に付いたと言わんばかりに目の前の消し炭(・・・)を一掃する山本に向けた怒りの咆哮が大気を揺るがす。やがてそれは風となり、更に()り合わさって幾本もの竜巻へと変化して山本に襲い掛かった。テテミガロの〈増殖能力〉によって生み出された獣たちの屍が散乱する周辺に湧き出した白い霧の中からまた新たに獣たちが生み出され、飛膜を持った個体が竜巻に乗って赤みを帯び始めた空へと飛び立っていく。

 山本によって斬り落とされたテテミガロの左手が獣たちに踏み潰されて肉塊に変わっていく一方で、超速再生によって左手と右手の爪が復元され、背中を被っていた鱗も古い鱗を押し上げる形で生え変わりつつあった。

 無限に涌き出る兵士が地面を蹴る蹄の音は荒野を越えて貴族街にまで木霊し、虚閃(セロ)を放射寸前の状態で口内に蓄えることでその密度を更に高め、攻撃あるいは攻撃されると同時に爆散する爆撃機(・・・)となった獣が空から降り注いだ。

 六つに別れた竜巻は山本を囲い込むと、獲物を見つけた蛇のようにゆっくりと(にじ)り寄り、残された退路を塞ぐ()の役割を果たしている。その奥では渾身の虚閃を撃つべく、地面に爪を食い込ませて四つん這いの格好となったテテミガロの眼球に霊子が収斂(しゅうれん)しつつあった。

 

 テテミガロが使用する虚閃──〈鋭射虚閃(セロ・ルザルシュ)〉は他の大虚たちが用いる虚閃とは大きく異なり、全方位(・・・)へ向けて放たれる散弾式の虚閃であった。戦いの中で山本は、鋭射虚閃によって引き起こされる霊子の爆発は、広範囲を射程圏に収める代わりに威力を引き換えにした技だと推察したが、テテミガロが内包する不可能を可能にするほどの莫大な霊圧はその推察の上を行った。その実は、拡散する全ての閃光が他の大虚が放つ虚閃と同程度の威力を誇る完全無欠の虚閃であり、それを阻止しない限りどこへ逃げても安全圏は無いということを示していた。

 天地を覆う獣の群れの攻撃を霊子の足場と瞬歩を用いて宙を蹴り進んで掻い潜り、自身に迫る山本を牽制するために映射虚閃を使用していたテテミガロだったが、山本を囲う完全無欠の包囲網が完成したことで、この戦いにおいて今後その技を放つ必要は無いという判断に至った。

 

 拡散させていた霊圧が瞳を核として収斂し、天地四方を囲まれて身動きが取れなくなった山本に標準を定まっていく。

 全身全霊、最速かつ最大の一閃が放たれるまで数秒のところで山本の霊圧が、止んだ。

 

「 ────卍解 」

      「 『残火の太刀』──────── 」

 

 テテミガロは見た。矮小な死神がその刃に滾らせていた唯一の武器である炎を自らの手で途絶えさせる様を。闇夜に潜む獣を恐れ、身を守るために暗闇に向けて松明を振りかざす人間のように、尸魂界の一角を喰い千切るほどの巨躯を誇る怪物相手に炎を司る斬魄刀を構える一人の死神。相対する全ての存在が矮小となるテテミガロからしても、それが実際に対抗の助けになるかは別として強者相手に武器を構える行動は当然の道理であり、故に唯一の武器である炎を捨てる死神(山本)の行動が理解できなかった。

 全方位から押し寄せた獣と竜巻によって圧し潰された肉塊の中に籠る山本の言葉がその答えを示して見せた。

 

「 残火の太刀 〝北〟 」

           『  〝 天地灰尽 〟  』

 

 閉ざされた筈の〈死の匣〉を抉じ開けて飛び出した燃え滾る刃によってテテミガロの身体が両断され、違和感に続いて理解、そして数秒遅れて痛みがその全身を駆け抜けた。再生を試みるも炎熱によって焼き斬られた断面の細胞は悉く死滅しており、超速再生による治癒を大きく遅らせる要因となっていた。

 燃え(かす)のような見た目へと変化した煤枯れた斬魄刀を右斜め下に構えながら迫る山本を導くように、テテミガロと山本の間には一本の焼け焦げた道が続いている。

 山本が放った技──〈天地灰尽〉は、刃に押し込めた全ての炎と霊圧を攻撃の瞬間に合わせて解放することで敵を跡形も無く消し飛ばす一撃必殺の型である。本来であれば刃に触れた者のみがその餌食となる近距離用の技だったが、山本の尋常ならざる霊圧は、テテミガロ同様不可能(・・・)可能(・・)にした。鋒から力を解放して刀身の線上に炎と霊圧によって作られた刃を伸ばし、地を蹴って天を駆ける日輪のような一太刀を放つことで太刀筋の延長線上にいる全ての敵を屠り去ったのだ。

 

 テテミガロが芳醇な魂魄を求めて現世へと侵攻してとある小国を襲った際に、悲鳴渦巻く戦場から唯一人生きて逃れた者がいた。後に現世にて勃発する二つの大戦と西欧を中心として広がった皮膚が変色して死に至る感染症を予言した妙齢の女性──ジル・ベラスケス・ファルマージョは王より託宣(たくせん)の任を与えられた国仕えのシャーマンであり、突如として戦場(狩場)に豹変し、蹂躙の限りを尽くされたその戦災国の中で唯一人、首魁であるテテミガロの姿と声を捉えていた。

 これまで喰らった数多の虚をいずれ三界の覇者となる自身の姿に(なぞら)えて形を整え、生きる屍として使役する傍若無人たる悪逆の王(テテミガロ)が発した〈ネクロマンサー〉という名は、ファルマージョの鼓膜を揺さぶり、身体中を駆け巡った後に魂へと刻み込まれ、その精神に生涯消えることのない深い傷を負わせた。

 その恐怖と罹災の記憶を後世へ伝えるべく、元あった〈死霊使い〉という単語に上書きする形で〈ネクロマンサー〉の音を充て、(ホロウ)の存在を示す伝書と共に、数人の弟子と周辺諸国の王族や上級貴族へ継承を託した。

 しかし、科学の発展に伴って伝書に記録される虚という存在はお伽噺の中に登場する空想上の生物と同一視されるようになり、結果として虚の存在は歴史から消え、〈ネクロマンサー(死霊使い)〉という単語のみが残ることとなった。

 期せずして自身の名前で事象の上書きを果たしたテテミガロだったが、皮肉にもここより遥か先の未来にてまなこ和尚──兵主部一兵衛によってテテミガロという真名を塗り潰され、〈已己巳己巴(いこみきどもえ)〉という新たな名で上書きされることになるのはテテミガロやまなこ和尚を始めまだ誰も知ることはない──。

 

 テテミガロに迫る山本の両脇には、未だ無傷のままの獣たちが天地灰尽の焦げ跡を境界線として列を成していたが、一匹たりともその線を越えて山本に襲い掛かる様子はなく、警戒の色は解かないまでも沈黙を保ったままその歩みを観察していた。

 テテミガロが生み出す獣、(もとい)死霊(・・)たちに恐怖という感情は無い。しかし、〈残火の太刀(天地灰尽)〉の炎に当てられたことで生物としての根元たる本能が奮い起こされ、生存本能(・・・・)として露見し、今の状況を作り出していた。

 

 赤の濃度が高まった空は、痛みと怒りにのたうつテテミガロの胸に空いた欠けた孔(・・・・)に赤い半月を作り出した。天地灰尽の傷口は炎によって焼き潰されており、隙間から漏れ出る沸き立った血液からは湯気が立ち上っている。生き死にに関わるほどの深傷(ふかで)を負っているにも関わらず、何故か肉体の再生を行おうとしないテテミガロに若干の違和感を感じたものの山本の目的が揺らぐことはない。歩みを重ねるごとに足元の灰が沈黙する戦場に舞い上がり、風に靡いて尸魂界の彼方へと飛んでいく。

 

 テテミガロは中級大虚でありながら〈超速再生能力〉を有していない稀有な存在であった。虚を虚たらしめる因子が、テテミガロが内包する最上大虚や破面(アランカル)にも匹敵するほどの霊圧を浴び続けたことでその階級を誤認し、不要と判断した為である。それにもかかわらず、歴戦の猛者である山本でさえも超速再生能力と見紛うほどの優れた回復能力を持っているのには、テテミガロの成り立ちが関係していた。

 テテミガロの身体は孔の真下に位置する核を中心として入れ子の要領で幾億の虚が覆い重なった〈超多層構造〉となっており、欠損した外端部を埋めるような形で内部の層を部分的に押し出すという脱皮(・・)に近しい〈剥鋼皮(エリミナル)〉と呼ばれる能力によって肉体の再生を行っていた。先に見せた、失った左手や右の爪、背中の鱗などを再生させた力はこの剥鋼皮によるものであったが、その性質上、傷の位置が核に近いほど完治までに時間を要するという欠点があり、天地灰尽の一太刀による傷口が核のすぐ近くにまで達していたことでその再生能力は著しく損なわれていた。

 ここより数百年前、老獪(ろうかい)なる虚圏の王──バラガンと対峙した際には、互いが持つ〈老い〉と〈増殖〉の力が拮抗し、千日手となったため暗黙の了解で不戦の約定を交わすこととなったが、バラガンが真に恐れたのは〈増殖〉の力ではなく、超多層構造の鋼皮が織り成す〈硬度〉であり、〈老い〉と〈滅亡の斧(グラン・カイーダ)〉の両方を以ってしてもその身体に傷を付けるのは困難を極めた。

 

 周囲に渦巻いていた竜巻は〈天地灰尽〉が纏った熱風によって相殺され、そよ風となって優しく荒野を撫で付けている。恐れを克服した数百体の獣たちが山本に襲撃をかけたが敢えなく返り討ちに遭い、その爪と牙は山本の喉元に届くことは無いままに灰となって荒野の一部と化した。

 一方テテミガロはというと、右手を含む上半身は辛うじて動かせるまでに元の形を取り戻していたものの、右脚を含む下半身は未だ回復が滞った状態で、両手と左脚の計三本で身体を支えて立つテテミガロの回復の繋ぎ目(・・・)からも血が滴り落ち、傍から見ても決して戦える状態ではなかった。

 中級大虚でありながら虚圏の玉座にまで手を掛けた〈誇り〉を投げ捨ててでもこの死地を逃げ延び、傷口に刻まれた屈辱さえ高みへ上るための糧とする戦略的撤退。それ以外に選択肢は無かった。

 テテミガロは胸に込み上げた苦汁を噛み締めながら、捕食対象()としてしか認識していなかった相手に無様に背を向け、まるで黒腔に呑み込まれるように力無く虚圏へと帰っていった。

 

 敗走する瀕死のテテミガロに止めを刺すわけでもなく、山本は刀を納めてその背を見送った。本体の衰弱に伴ってテテミガロが創造した獣たちが霧のようになって消失して荒野に溶け込んでいく。今はまだ名前を失ったままの〈元流〉には、敵意の無い相手の背を斬るという教え(・・)は無い。

 テテミガロから流れ出た体液と霧散した分体の屍から滲み出た濃厚な〈虚の因子〉はこの戦いから三千年の年月が経過しても消えることなく名も無き荒野──更木に残り続けることとなる。虚の因子と結合したざらつく霊子さえ満身創痍の身体には心地よく、浅く深呼吸をしてから宙に足場を作って空へと昇る。地平線の際まで落ちた夕照に背を押されつつ仇敵──剥生崇氏が待つ虚圏へ向けて黒腔に足を掛けた──。

 

 

 

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