露命の灯火   作:甘草粥

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其の八

 

 数日後 虚圏 虚夜宮 

 

 「どうやら王は不在(留守)らしい」

 探し求めていた剥生()は、砂の楽土の中央に建つ聖壇(せいだん)の上に置かれた骨を組み合わせて出来たような見た目の玉座に手を掛けながら、数日ぶりに会った友人に話すかのような声色で呟いた。

 聖壇へと繋がる階段に向けて伸びる石畳の周辺には、中級大虚(アジューカス)特有の変異性が肉体に顕現した数十の大虚たちが息絶えて沈んでいた。

「〝答え〟を持ってきた」

 ただ、ひとこと。背後から奇襲を掛けた下級大虚(ギリアン)を斬り倒しながら山本が言う。振り向いた剥生は『一体なんのことか』という疑問の表情を浮かべたが、数秒経った後、合点がいったと言わんばかりに大きく嗤った。

「くははッ!(それがし)も随分と買い被られたものよ。()のような粋な真似などしようと思っても出来なんだ。なにもそのように顔を強張らせて難しく考える必要など無い。あれは二度も仕留め損なった己を恥じて剣を収めたまでのこと」

 階段を降りながら話す剥生の足音に合わせて、聖壇に突き刺さった柱に吊るされた鐘が音色を発する。言葉は音色と混ざり合い、その真意を確かめる間もなく虚圏の砂の中へと身を隠す。

(まこと)であろうが虚言であろうがどちらでも構わん──」

 『その刃に聞くまでよ』明確な敵意を放つと同時に斬魄刀に灯った炎が剥生の瞳の中に映り込む。名前を呼ばずしての解放は卍解を習得したことを意味しており、多少なりとも戦うに値する力をこの手に掴んだという山本から剥生へ宛てた言葉の無い手紙であった。

「ならば……思う存分死合おうぞ」

 不適な笑みを浮かべて刀を抜いた剥生の姿が〈傴僂在実〉と共に刹那に消え、空かさず振るった〈流刃若火〉に振動が走った。瞬歩では到底有り得ない速度で目の前に現れた剥生の僅かに崩れた体勢を山本が見逃すはずもなく、霊圧を込めた左脚で蹴り飛ばして再度距離を取る。剥生は痛みによって意識が遠退きつつも、山本の位置を見据えながら作り出した霊子の足場を右足で踏み込んで再度攻撃を仕掛ける。しかし、先の一撃で折れた右の第十肋骨の痛みのせいで踏み込みは浅くなり、それが原因で思い描いた太刀筋と差異が生じ、〈傴僂在実〉の能力は強制的に解除された。追撃を放とうとした山本だったが、剥生が間髪入れずに左脚で霊子の足場を踏み込み、能力を発動させたことで受けの太刀筋(構え)を取らざるを得なくなり、再び〈傴僂在実〉を弾いてなんとか攻撃を防いだ。

「山本重國よ。剣を何と心得る?」

 剣を重ねながら剥生は山本に問う。それが問いの形をした主張であると察した山本は、口を真一文字に結んだまま警戒を解くことなくその続きを待った。

「一杯の茶碗に盛られた僅かな米を分け合うための〝慈愛〟か?反りが合わぬ者と心を通わすための〝声〟か?……違うな。剣とは、相手(存在)を否定し、その魂を斬り裂くための〝爪〟であり〝牙〟だ」

「随分と大仰な物言いだな。刀を振るう内に襟を開く(すべ)を忘れたか?」

 互いに大きく弾かれたことで剣戟(けんげき)が止む。冷笑を浮かべつつ鋒を向けた山本の返答に剥生の主張を否定する意思は無い。剣が凶器であるという事実は剣塾を開いた山本が誰よりも一番理解していた。一度(ひとたび)真剣を引き抜けば、飯場であろうと湯屋であろうと(たちま)ち血生臭い戦場(いくさば)と化すことは自明の理であり、いくら綺麗事で塗り固めようともその事実が覆ることはない。しかし、その一方で〈剣〉を〈対話のための手段(道具)〉であるとも考えていた山本は、剥生の主張を黙殺することが出来ず、皮肉を込めた疑問符を投げ返したのだった。

「忘れたのではない。其のような浅ましい(すべ)など某には(はな)から必要が無いのだ。剣でちょいと小突けば襟も心の臓も容易く開くであろう?物言わぬ死人(・・)ほど雄弁な者は()らぬと思うが……」

 『(それがし)の思い違いか?』淡々と語る剥生の瞳には傴僂在実が放つ微光が灯っている。一寸にも満たない球体に映り込んだ物言わぬ三日月は、色彩を欠いた虚圏(世界)に遥か以前から存在していたと錯覚するほどに良く馴染んでいた。

「『慈愛で喉笛を吹いてみせれば三界は安寧で満たされる』などと考えているのだとすれば、其れは浅薄の極みという他無い。刃は世界()を二つに別つが、世界()を一つにするのもまた刃だ」

 『敗者は勝者の一部に過ぎない』と暗に言い切る剥生の言葉は切ないほどに鋭く、互いの生死以外にこの問答の雌雄を決する方法は無いのだと告げていた。

「問答は終いだ」

 山本が諦めると同時に呟かれた剥生の言葉によって、四年二ヶ月と五日の時を経て、命を懸けた戦いの火蓋は再び切って落とされた。

 

 一進一退の駆け引きが続いていた。剥生が〈傴僂在実〉の能力の終着点を〈流刃若火〉の間合いの(きわ)に定め、〈流刃若火〉の空振りを誘って、敢えて通常の速度で攻撃を与えたかと思いきや、対する山本は〈流刃若火〉で作り出した陽炎に自身の幻影を見せ、〈傴僂在実〉の攻撃を躱してその背中に炎を刻んでみせ、今度はそれに対抗して山本の集塊を手繰り寄せて体勢を崩し、間髪置かずに集塊を振り回して鎖鎌の要領で投げ放って周囲に叩きつけるなど、常人であれば理解するよりも先に命が終わりを迎える程の技の応酬が絶えず数十分続いた。

 一時は〈傴僂在実〉の目に見えぬ斬撃を完全に見切った山本であったが、剣戟の振動を伝えることで時間観念を狂わせる特性によって、掴みかけた核心は容易く崩され、再びその刃に曝されることとなった。

 両者共に卍解を使用しなかったのは其々が互いに戦いを楽しんでいたからであり、それは始解で考えられる全ての(わざ)と自身が持ちうる全ての技術をぶつけ合って生まれる未知の反応を見たいがための、傍から見れば道楽ともとられかねない強者同士の戯れ(・・)であった。

 繰り返されていた戯れも程なくして終わりを迎え、聖壇の上にある真の〈死合い〉の開始を伝える鐘の音が虚夜宮(ラス・ノーチェス)に響き渡る。

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