露命の灯火   作:甘草粥

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其の九

 

「 ────卍解 」

      「 『残火の太刀』──────── 」

 

「 ──卍解── 」

      「 ─────『傴僂在実戒名塑像(かいみょうそぞう)』 」

 

 相対(あいたい)した二つの卍解によって生じた波濤が虚圏の大気を激しく揺さぶる。赤を越えて紫がかった炎が弾ける業火の剣と触れるもの総てを奪い尽くす膏血(こうけつ)を啜る亡霊。先に動いたのは山本だった。

 

「 残火の太刀〝南〟 」

      『  〝 火火十万億死大葬陣 〟  』

 

 地面を喰い破るように現れた幾千の骸が持つ三つ(・・)の瞳が橙色の光を放つ。あるモノは地を這いずり、あるモノは両手の爪を研ぎ、またあるモノは飛膜を広げて空を飛んでいた。地面に突き立てた〈残火の太刀〉の熱を介して、其れまでに屠った敵を蘇らせる死霊術(・・・)が喚び起こしたのは無冠の王(・・・・)が率いた獣の軍勢であった。

「……死神が虚を傀儡とするとは……──」

 『(しかばね)と隣り合わせで生きているだけのことはある』未だ空白のままの玉座の(あるじ)に向かって虚の大群が鑽仰(さんぎょう)するかのような圧巻の景色は、虚夜宮(ラス・ノーチェス)が国であることを否が応でも両者に認めさせた。

 剥生の顔には一筋の焦りの色があった。〈戒名塑像〉は相手が発した霊圧や音などを視認し、形あるものとして捉え、斬り裂くことでその傷を本体(・・)へ伝播させることができる能力を有していたが、からくりの類いや能力によって作られた生物などを攻撃したとしてもその攻撃はそれらを放った本人には渡ることはない。それに加えて対多数戦では幾つもの集塊(しゅうかい)が複雑に絡み合い、斬った集塊が誰のものか判らず、的確な攻撃を与えることができないという欠点が存在していた。

 一度納刀して卍解を閉じ、再度始解を解放して敵を倒した上で再び卍解を顕現させる手段もあったが、〈戒名塑像〉を顕現させる度に莫大な霊力を消費するため、元々霊力量があまり多くない剥生にとっては執りたくない一手だった。

 全方位から迫り来る荒波のような大群の攻撃を〈戒名塑像〉の刃で凌ぎながら辺りを見渡し、山本に目を向ける。優勢にも関わらずその目には次の一手を思案する苦難の色が張り付いている。

「成る程……あい判った。山本よ……──御主(おぬし)、薄々勘づいていたのであろう?此奴らは〝全〟であり〝個〟である……とな。それでいて某に博打を仕掛けた……。勝負は御主の負けじゃが、虚圏全土を賭場に仕立てる胆力だけは認めてやらんでもない」

 剥生はそう言って〈戒名塑像〉が持つ刀で一体の獣の身体を貫いた。獣たちが放っていた莫大な圧迫感()は斬り取られ、ぎぃぎぃと醜く哭いていた獣たちが砂となって虚圏へと還る。それと同様のことが他全ての獣たちに誘起していた。

 

 テテミガロは数えきれないほどの虚を喰らい続けて特殊な進化を遂げた中級大虚(アジューカス)である。有する〈増殖能力〉は〈創造能力〉とは異なり、無から生命を造り出しているわけではなく、自身の身体に蓄積した肉体と魂魄の形を整え、自身から別れた〈分体〉としてあの虚めいた獣を生み出していた。故にそれらは数がどれだけ増えようとも〈ひとつ〉であり、本体となるテテミガロが衰弱して虚圏へ帰った際に霧となって消滅したことからもその本質は見てとれた。

 死神と虚の魂の性質が違うため一度きりの奥の手として顕現させたテテミガロの獣軍だったが、例えもう一度顕現させることが出来たとしても〈核〉となる個体を見抜かれた今、それは霊力の無駄遣いに他ならなかった。覆すことのできない相性の悪さが山本の策略を嘲笑う。

 

 一見互角に思えた死合の流れは、底に沈んだ小さなきっかけ()によって僅か揺らぎを見せ、次第に大きなうねりへと変化し、終局へ向けて勢いを増していく。

 剥生が内包する霊力の総量は、山本の半分程度しかなかったが、〈戒名塑像〉の力によって四割近い霊力を奪い、取り込んだことでその総量は逆転していた。平常時の山本が有する総霊力量にも迫る霊力を蓄えた〈戒名塑像〉を被う霊塊は既に半分以上を包み込んでおり、未だ骨格のままの顔半分より上と左肩から先を残すだけとなっていた。

 

 〈残火の太刀〉が纏う炎が風に靡く。鐘の音を合図に両者共に砂を蹴って間合いを詰めていく。〈戒名塑像〉の攻撃によって吹き飛ばされ、空に向かって伸びるように生える石英の柱にぶつかって止まった山本が、砕けた瓦礫を押し退けながら口の中の砂と血を吐き出す。

「厄介じゃのォ────」

 (まこと)の姿を取り戻しつつある〈戒名塑像〉の膂力は既に超然たる域に達しており、刀を振り下ろすその剣速によって衝撃波が生じるほどで、刀を躱したとしても太刀筋の周囲数十メートルに副次的(・・・)な追撃が発生し、攻撃範囲を見誤った山本はその餌食となっていた。

 再び迫る凶刃を前に山本は斬魄刀を鞘へと収めると、躱す素振りすら見せず残り少ない霊力を以て霊圧を練りはじめた。衝撃波を携えた刃が直撃するも、〈戒名塑像〉と感覚を共有する剥生の掌には感覚的(・・・)手応え(・・・)は無く、攻撃によって巻き上がった砂煙が晴れると同時にその意味を理解する。

(なり)振りなど構ってられぬという訳か。……いや、──」

 『(むし)そちら(・・・)御主(おぬし)らの〝源流〟か』太陽を模した紋様が描かれた空気の層(・・・・)が刃を受け止める。それは縛道の八十一──〈断空(だんくう)〉だった。

 斬魄刀が生まれる前、死神たちは〈鬼道〉を用いて虚や賊軍などと戦っていた。山本も鬼道全盛の時代を生きた内の一人だったが、山本が鬼道を使用する姿を目撃した者の数は斬魄刀の誕生を境に極端に減っており、それは前時代(鬼道)の技術を棄て、これからの時代の基壇となるであろう斬魄刀()の道へ傾倒しているとも噂されていた。しかし、周囲の推察に反して山本は死神の〈基本〉である鬼道を蔑ろにしたことは一度たりともなく、誤解を招いたその行動は鬼道に頼ることなく斬魄刀のみで相手を屠るための一種の〈縛り〉として役割を持っていた。

「霊力を回復するためだけに、詠唱破棄の八十番台(断空)を六つ同時に出すとは……。余程追い詰められてると見える」

 残り少ない霊力を練り上げて作り上げた死を拒絶する匣(・・・・・・・)。霊圧を複雑に編み込むことで、都合六回詠唱したのと同じ効果を発揮させる擬似重唱(ぎじじゅうしょう)によって展開された六枚(・・)の〈断空〉が顕現するのとほぼ同時に重ねて唱えた回道によって、その匣の底に五角形の紋様が浮かび上がり、精神統一するかのように目を瞑った山本の霊力を回復させている。

 〈断空〉によって霊圧や音は途絶え、目を瞑ることで視線さえも沈黙していた。数分前まで戦場であったはずの虚夜宮はかつての静けさを取り戻し、鐘の音が時の流れを、風で擦れる砂の音が命の儚さを説いていた。

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