ユーディス  ~回転国家の吉凶サイクル~   作:智二香苓

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第6話『帝冠クラウン』

 円形の平面な地上を持った、反時計回りに自転する円柱型の惑星――それが『帝冠クラウン』の全体図であり、アラインたちの住む世界の正体だった。

 円形の地盤は羅針盤の形を取っている。上空からの国家の地上絵は、ホロスコープの表をモチーフにした時計の文字盤のような配列で、あらゆる建造物が建築されていた。

 

 地域ごとに設置された住宅地は、その一つ一つが細かな歯車を模るように建てられ、さながら緻密な書き込みを施された魔法陣と見紛うほどに、綿密な等間隔ですべての建物が配置されている。さらに文字盤を模倣した『帝冠クラウン』の外側には、時刻を表す数字の代わりに、円柱型の惑星ならではの各星座のシンボルマークがあしらわれていた。

 また国の中心には月桂秤という天秤型の王宮が築かれており、左右の天秤には「平和と紛争」「祝福と呪い」「願いと祈り」などの意味合いがある。そこには「平等の下の均衡」という、大変ありがたい願いが込められているらしい。

 

 そんな祖国を、アラインたちは回転国家の俗称で呼んでいた。

 なぜこの呼名がついたかと言うと、それは定期的に訪れる吉凶地帯に理由がある。

 この惑星には、『帝冠クラウン』特有の磁力によって発生した禍福の恩恵があり、特定の土地がそのゾーンに入ったときにだけ、吉凶の影響を受ける地域、幸福地帯と不幸地帯の2つが存在するのだ。

 幸福地帯とは読んで字の如く、すべてが発展し、栄える聖域を示す。都市が発展しているのはもちろんのこと、その地帯に暮らす者は幸運に恵まれるのだ。

 

 反対に不幸地帯は幸福地帯とは真逆の性質で、すべてが後退し、死に行く禁域。都市は衰退し、その地帯に暮らす者はあらゆる不運に見舞われる。

 因みに『帝冠クラウン』は十字に4つのエリアに分割されており、人々の移動ができないよう巨大な壁で厳重に隔てられていた。

 エリアごとに受ける禍福の恩恵は異なり、内の2つが幸福地帯と不幸地帯である。残り2つは幸福地帯から不幸地帯へ、または不幸地帯から幸福地帯へ移行している途中のエリアだ。アラインたちのいるエリアもそこに属する。

 

 これらの吉凶の流れは、『帝冠クラウン』で暮らしている限り、絶対に避けることのできない快楽と苦痛であり、数奇で福禄な理である。そしてこの吉凶の流れが一周するのにかかる時間が、12年という長い歳月だった。

 この世界の土地では、このようにして吉凶地帯が常に反時計回りに巡回している。その様子を見て国全体が回っているみたいだ、ということに因んで、アラインたちの間でだけ『帝冠クラウン』のことを、回転国家と呼ぶようになった。

 

「――と、まあ、こういったわけでこの国では幸福地帯と不幸地帯がグルグル回り続けてて、毎回ローテーションしてるんだ。当然他の人たちは吉凶サイクルなんていうシステムのことは知らない。というか、こんな話したところで誰も信じないんだけど」

 

 フロードへの報告から帰宅して閉店したあと。アラインは早速仲間たちに事の顛末を伝えると、すぐに仲間を招集して緊急会議を開いた。

 招集と言っても、店の従業員たち全員を集めたわけではない。

 リーダーのアラインが厳選した信頼を置ける者の中から、因果のという奇想天外な規則に理解を示し、なおかつ定期的な『因果歪曲計(ウェザー)』の設置や、その他危険な仕事も請け負ってくれるという条件を呑んでくれる相手を選んでいる。

 そのためこの場にジルはいても、事情を知らないカンナは出席していない。

 

 あらかた世界の仕組みや国の在り方を伝えると、教示を受けていたユウは口を半開きにしたまま、ぽかんとした顔で「ほへー」と小さく息を吐いた。

 いくら国民でも、突然こんな話をしたところですぐに呑み込めないのは当然だ。

 だが事実、世界はこの法則で成り立っている。今後一緒に行動していく以上、本人がいくら駄々を捏ねようとも、そういうものだと理解してもらうしかない。

 それを納得してもらうために、アラインは念押しとばかりに余談を挟む。

 

「この『帝冠クラウン』に置いて吉凶の影響を受けないところは、ほとんどない。例えばこの惑星は円柱型だが、今俺たちのいる場所が幸福地帯だとしたら、反対側は不幸地帯ということになる。因みにそれぞれの吉凶地帯からもう一方の運気に移り変わるときは、極端に運気が変わるわけじゃなくて、徐々に変化していくんだ。両地帯の中央部分、つまり月桂秤の近くでは慶弔が強く出るけど、外側に離れるにつれて効力も和らぐようになってる」

 

 ユウが理解しやすいように黒板に『帝冠クラウン』の見取り図を書くと、アラインは口で説明しながら絵の真ん中に線を引き、左右にそれぞれ「幸福地帯」「不幸地帯」と名前を入れ、さらに「強」「弱」と力関係を加えた。

 一旦話に区切りがつくと、それまで耳を傾けていたユウは、しばらくぶりに声を出す。

 

「へぇ……初めて聞いた、そんなこと」

「普通に生きてれば因果なんてものは考えないからな。運勢とか関係なく、その道に通じるものをなにかしら勉強してる人なら、一定の周期で好景気と不景気が順番にやってくることは知ってるし、それがこんな非科学的な力で変化してるとも思わない。まあ、占い師辺りならそういう捉え方をするかもしれないけど」

「あれ、みんながやってることは占術関係じゃなかったの? 私はてっきり、ここにいる人たちはみんな黒魔術系かと思ってたんだけど」

 

 わずかな目の見開きで意外だと伝えながら、ユウは部屋に集まった他の仲間たちをぐるりと見回す。この手の疑問は何度も経験しているのか、既視感のある新鮮な反応を見せるユウに、ジルを筆頭に一同は苦笑交じりの笑みを返した。

 仲間たちが返答に困っていると、代わりにアラインが答える。

 

「どうだろうな。その辺はあまり重要じゃないし、深く考えたこともないから俺もわからない。それに大事なのは定義づけじゃなく、因果の認知と操作だからな。そこでこのアイテムが必要になる」

 

 極自然な流れで脱線しかけた話を戻すと、アラインはあらかじめ用意していた小型の風見鶏を机の上に置いた。

 

「これは『因果歪曲計(ウェザー)』――吉凶をコントロールできる因果歪曲装置だ」

 

 アラインは示すように一度だけ風見鶏を叩くと、再びユウに目を移す。

 

「普段俺たちは吉凶サイクルに従ってその年の流れを読んでから、ものを売って生計を立ててる。その傍らで『因果歪曲計(ウェザー)』の設置もしてるんだ」

「傍らっていうか、この風見鶏の材料費を稼ぐために販売してるんだけどさ。むしろメインが設置の方って感じ」

「時期によっていっつも場所を確認しながら一緒に商売もしてるもんだから、結構肉体労働なんだぜ。俺なんて最近やっと様になってきたところさ」

「従業員にも秘密にしてるから、毎回バレないように動くの大変なのよねぇ」

 

 勧誘の際にいつも行われる恒例の説明会は、外野にとっては退屈なようで、暇を持て余した者たちが次々に愚痴を挟んできた。

 アラインはそれを窘めるように、そしてクレームを誤魔化すためにわざとらしく咳払いをすると、さり気なく「さて」と先を続ける。

 

「どうして俺たちがこれを各地に設置してるのかというと、吉凶の影響を受けないセーフポイントを確保するためだ。さっきも説明したけど、この世界には幸福地帯と不幸地帯があって、エリアごとに隔てられた壁を乗り越えでもしない限り、絶対に避けることはできない。どこで暮らしていても確実に余波を受ける。設置するときもその場所に凶の流れが来てないときだけだ。運気のいいときに種を撒いとけばいい結果に繋がる。それは今までの経験で実証済みだ」

「はい」

「ん、なにか質問か?」

 

 区切りのいいところで手を上げられ、アラインはユウを促す。

 

「運気を操作できるなら、このお店にもいい流れが来るように操ればいいんじゃないの? 見たところ、あまり恩恵を受けてるような感じはしなかったけど」

「ガッハハ! そりゃもっともな意見だ、やっぱそう見えるよなぁ!」

「こればかりは長く住んでないとわからないもんねぇ」

 

 ユウが疑問を投げると、周囲の者たちは一斉に共感を示した。余程真っ当な意見だったようで、誰もが頻りに強く頷く。

 どういうことかとユウが疑念を抱いたところで、アラインは真相を告げた。

 

「実は、今言ったことは既に実行中なんだ。ただ一足飛びに効果が出るわけじゃなく、長い時間をかけて少しずつ積み上げていくしかないから効果が見えにくいだけで、これでもかなり改善した方なんだぞ」

「そうそう、今はこれが精一杯なんだよなぁ」

「幸福地帯や不幸地帯なんていうバカでかい力の塊があるんだもん。いくら運気を操れるからって、基本的な大きな流れには逆らえないし、釣られちゃうからねー」

「あたしたちにできるのは、せいぜい運気が下がらないよう気をつけて、たまにお零れをもらうくらいなもんよ」

 

 アラインに続いて仲間たちは賛同した。ここにいる者たちは、力を操る術を手に入れても決して驕ることなく、慎ましやかな心持ちで臨んでいるようだ。

 

「ふーん。なんか意外。誰も悪いことに使おうって考えないんだ。こんな凄い装置があるなら、お金や地位や名誉も全部、この世界だって自分たちの思い通りにできるのに」

 

 一歩間違えれば空気を凍らせかねない一言を、ユウは純粋な気持ちで吐露する。

 しかし、ここにいるのは過酷な人生を送って来た元孤児。その程度のことで落ち込むほど軟な精神ではなかった。むしろ持ち前の明るさで陰鬱を吹き飛ばす。

 

「世界征服か、こりゃ随分とでかく出たなユウちゃん! かっくいー!」

「んー地位や名誉かぁ。それよりも私は若さが欲しいかなあ。歳は取りたくないしぃ」

「なんでも思い通りになるなら俺は才能が欲しいね。ほら俺ガダック一筋じゃん? ここらで雅楽隊でも組んでさ、ドカンと一発スゲー曲を打ち上げたりとか」

「バーカ元々才能ありきの運だろ。それじゃただの持ち腐れだろ」

「あー言った! 言いやがったこいつ、いっちばん言っちゃいけねーこと言った⁉」

 

 またもや話が本筋を外れると、好き勝手に振舞いだす面々。これにはアラインも注意することが億劫になり、仲間そっちのけでユウに呆れ顔で向き直った。

 

「この通り、こいつらは金や権力で手に入る贅沢とかには無縁の連中でね。どちらかというと、生まれ持った才能や努力でしか手に入れられないものばかり欲しがるんだ」

「驚いた……なんでもできる力が目の前にあるのに、それにまったく興味ない人がこんなにたくさん集まるものなんだ」

 

 感慨深げにユウが息を吐くと、アラインは頬を掻きながら弁明する。

 

「うーん。集まるっていうか、俺が敢えてそういう奴らばかり選んだんだけど」

「え? 選んだって。どういうこと?」

 

 ユウが首を傾げながら覗き込むと、アラインは胸の内を語った。

 

「そもそも俺は吉凶システム自体好きじゃなくてね。どんなに苦労しても厄日ってだけで積み重ねた努力が台無しにされて、逆に吉日じゃ悪事でさえ好転する。もちろん全部が全部そうじゃないのも理解してる。けど、そんな意味のわからないもののせいで俺たちの未来まで左右されるなんて、納得できないだろ。運も実力のうちなんていうのは、本人の努力を蔑ろにする言葉だ。本来の実力を気紛れな運気に左右させてたら、真っ当な努力が浮かばれないし、間違った人間が評価される。ここにいる奴らは、そんな不条理な運命に弄ばれた連中だ。お前だってそんな経験の一つや二つあるだろ?」

 

 問いかけると、ユウは反応を示さないまま無言で足元を見つめる。

 もはや、皆まで聞く必要はなかった。その沈黙だけで、語られぬ内容の中に、どれほどの苦悩や葛藤があるかが想像できる。

 そんな野暮なことは言わせまいと、アラインは話を締めにかかった。

 

「だから俺たちは過度な幸不幸を一律平等にしようと、お互いに協力しながら因果を辿って、日々『因果歪曲計(ウェザー)』を各地に設置・メンテナンスをして回ってる。頑張ってる人には努力に見合った結果を、悪事を働く者には相応の報いを。酔狂な天命に翻弄されない世界の実現。それが俺たちの目的だ」

「いよっ、決まったな。毎回恒例のアライン必殺の誘い文句!」

「さすがはあの嫌味ったらしいフロードの元一番弟子。怪しい勧誘や悪徳商法にかけちゃ右に出る者はいねぇなあ!」

 

 ビシッと決めたところで、いつの間にか酒を仰いでいた仲間たちが、酔っ払った勢いで揚々と叫んだ。誤解されかねない野次にアラインの頬がピクリとする。

 

「お前ら……酒飲むほど暇なら『因果歪曲計(ウェザー)』の定期メンテナンス行って来やがれ! 営業妨害するなら今すぐ首切って孤児に逆戻りさせるぞ⁉」

「うわヤッベ。これ本気でキレてるじゃねーか」

「俺たちもう成人済みだから孤児じゃなくてホームレスだろ⁉」

 

 無駄口を叩きながらも、酔人たちはアラインの逆鱗に触れたことを自覚すると、頭に血が上った勢いで解雇される前に、そそくさと現場を去って行った。

 

「……やっぱ、ここを選んで正解だったな」

 

 いつまでもギャーギャー喚くメンバーを尻目に、ユウはそんなお調子者たちの普段と変わらぬ様子を目にすると、こっそり小さく笑みを浮かべた。

 

「はあ、はあ……酔ってるくせに逃げ足の速い奴らめ。酒強過ぎるだろ」

「それも含めて見込んだんだろ。あの様子だと素面じゃもっと捕まらないだろうし、心強いじゃねーか。俺たちのリーダーの目に狂いわねぇな」

「素直に見込み違いって言っていいんだぞ。実は前々から後悔してて……」

 

 突発的な激怒に疲れてアラインが肩で息をすると、ジルは宥めているのか煽っているのかわからない励ましをする。お陰でアラインはしょげてしまった。

 

「なに凹んでんだよ、らしくねーな。ほら、ユウちゃんを見ろよ。お前が変に自信なさそうな顔するから考え込んじゃったぞ。本当に平気か疑われてんじゃないのか?」

 

 耳元で囁かれて横を見ると、確かにユウは腕を組んで首を捻っていた。

 猜疑心の滲む顔色にアラインは焦りを覚える。ここまで情報を話してしまった以上、安易に抜けられるのはマズい。それも自分のミスが原因となれば、他のメンバーへの面子も崩れる。アラインは急いでユウに取り繕った。

 

「どうした、またなにか質問か? 遠慮しないで聞いていいぞ」

 

 切羽詰まり過ぎて逆に不自然になってしまった。アライン自身もそれに気づいて営業スマイルが凍り始めたころ、ようやくユウは唸りながら返事をする。

 

「んーいや質問って言うか、因果なんて目に見えないもの、どう操るんだろうって」

「え? あっ因果ね……。それなら問題ない。一般人には見えなくても、俺が事前に確認して位置取りをしてるから、あとは俺が教えた通りに『因果歪曲計(ウェザー)』を扱えば、誰でも簡単に操作できる」

 

 安堵と拍子抜けで中途半端な反応をするも、アラインはすぐに持ち直して言う。しかし不安を拭うはずの言葉は、ユウを疑問の渦に落とした。

 

「一般人って……え? でも、じゃあ」

 

 いよいよもってユウが混乱し始めた。見えずとも頭上にいくつものクエスチョンマークが浮かんでいるのがわかる。これ以上は可哀想なのでアラインは種を明かした。

 

「俺には見えるんだよ。『(ホルス)』を使うことができるからな」

「ほるす……」

 

 アラインが示すように自分の目に手を添えると、ユウは未だに要領を掴めないまま復唱した。アラインはその通りだと首を縦に振る。

 

「詳しいことは俺もわからないが、因果を見る能力のことをそう呼ぶらしい。事前に『(ホルス)』で因果を観測したあとに、歪曲させたい箇所に『因果歪曲計(ウェザー)』を仕掛けてから、吉凶の影響を受けない無効空間――セーフポイントを作り出す。いつもこうして安全網を敷きながら、国全体に張り巡らしてるんだ。セーフポイントは通常は自然発生するものなんだけど、いかんせん神出鬼没でな。通常は運気の変化ですぐに消えちゃうんだ。だからこうして人為的に発生させることで、吉凶に翻弄されずに、少しずつ作業の範囲を広げながら、この世界の禍福も徐々に無効化できるって寸法で――」

 

 解説しながら視線を投げたとき、ようやくユウが呆気に取られたように棒立ちでこちらを見ていることに気づいた。アラインは一旦説明を中断する。

 どうやら初心者相手に熱が入り過ぎてしまったらしい。アラインは少し駆け足だったことを自重すると、そんなユウの心中を悟って思わず苦笑した。

 

「ああ悪い、一気にいろいろ言い過ぎたな。ていうかそれ以前に、こんな話を信じろって言う方が無理な話か。俺が逆の立場でも普通に疑うし」

「まあ、うん。そうだね。急にいっぺんに言われても、すぐには理解できないけど……みんながなんのために、今までどんなことをしてきたかは、わかったと思う」

「……無理してないか? 別に理解したフリをしなくてもいいんだぞ。それにこの取り組みだって強制参加じゃないし、できそうにないなら拒否してもいい」

 

 と、表面的には懐の深いように振舞ってやんわりと促すアラインだったが、内心かなり焦っていた。ここまで話してしまった以上、今さら参加をキャンセルされては困る。

 ここが正念場だった。だからこそ変にプレッシャーを与えぬよう、判断を相手に委ねたのだが。やはり特殊能力のことを話すのは性急だったかと今になって後悔が渦巻く。

 しかしユウは首を振ると顔を綻ばした。

 

「ううん、そんなことない。信じるよ。そういう不思議な力が世の中にあるってね」

 

 今度はアラインが唖然とする番だった。

 認められた上でこんなことを思うのも失礼かもしれないが、いくらなんでも許容度が広過ぎる。器がデカいと言ってしまえばそれまでだが、通常ならもっと疑ってかかってもいいくらい、奇天烈なことを話している自覚がアラインにあった。

 それでも追求しなかったのは、偏にユウの性格を知っていたからだ。ユウの性分をわかっている今なら別段違和感もなく、些細なことに思えた。

 なにより一刻も惜しい実情、すぐに容認してくれるのはとても助かる。

 

「……わかった。それなら正式にメンバーとして迎え入れよう。ということで、これからもよろしくな、ユウ」

 

 もう迷いはなかった。アラインはついに腹を据えると、右手を差し出し、今まで口に出さなかったユウの名前を呼ぶことで承諾したことを表す。

 

「こっちこそよろしくね、アライン」

 

 ユウもニッと口角を上げると、同じく手を伸ばしてアラインと固い握手を交わした。

 かくして、今ここに新たなメンバーを迎え入れたチームの勢力は、着実にまた一つ増したのだった。……のだが、新たな争点はユウの何気ない一言で持ち上がる。

 

「でもそんな能力あるなら、なんでさっきは風見鶏を何度も見てたの?」

「いや、それは……」

「どういうことだ?」

 

 ユウの指摘にアラインがたじろぐと、即座にジルが聞いてきた。

 長年の付き合いとは怖いもので、ジルはアラインの動揺の仕方から事が深刻であると直感すると、それまで湛えていた微笑を顔から消す。

 我らがリーダーの右腕が神妙になったことで、不穏な空気を感じ取ったのか、他の者たちは一斉に居住まいを正すと、室内は水を打ったように静まり返った。

 

 遠からず伝えねばならないとわかっていたが、こうも突然そのときがやってくるとは予想していなかった。周りの威圧にアラインは思わず気後れする。

 同時に、今がその時期なのだろうと諦めもついた。

 指摘されたときこそアラインは緊張したが、観念すると、むしろ重荷が降りた気がして楽になった。そうすると喉も解れて、詰まっていた言葉もスルリと口から滑る。

 

「実は……この前から『(ホルス)』が使えないんだ。何度か試してみたけどダメだった。今のところ理由はわからない。しばらく因果は観測できそうにない」

 

 端的に容態を伝えると、最後に「すまない」と付け足して詫びた。

 仲間たちが突然の悲報に困窮し、わずかにざわつく。

 その一方でジルだけは表情を崩さず、アラインに刺すような視線を送っていた。そして据わった目の奥で、沸々と不満を滾らせながら吐露する。

 

「いつから使えなかったんだ」

「この前の『因果歪曲計(ウェザー)』設置のとき、お前と別れてすぐ」

「なんですぐ言わなかった」

「病み上がりもあってタイミングが掴めなかったんだ。それに、伝える前に一度自分の中で整理もしたかったし、俺もこんなこと初めてで動揺してたんだ」

「運勢関係で異常が出たらすぐに知らせるのがここのルールじゃなかったのかよ。体調不良ってわかってりゃ、わざわざフロードのとこになんて行かせなかったのに。どうりで今日は帰りが遅かったわけだ」

「つっても俺の体のことだし」

「『(ホルス)』も十分その類だろ、そんな言い訳通用するか! こん中で気の流れ読めんのはお前だけだってのに、しかもそいつがリーダーで不調って、結構な非常事態じゃねーか! 普段俺たちには小さなことでも知らせろって言うくせに、こんなときだけ」

「もう一つ悪い知らせが!」

 

 痛いところを突き続けるジルの応酬から逃れようと、アラインは咄嗟に叫ぶ。

ネガティブな語気から始まった発言に、ただででさえ重い空気が一層緊迫した。

 どの道知らせなければいけない事柄故に、アラインとしては好都合だった。どうせ気まずくなるなら間を置かない方がいい。それにこれは直ちに共有すべき情報でもある。

 誤魔化すように勢い余って叫んだあとから、幾分か落ち着き払ったあと、アラインはゆっくりと内容を伝達する。

 

「……あるんだ。店の解体工事に伴う退去命令が出た」

 

 それでも周囲が耳を澄ましていたのは一瞬だった。

 ストレートな趣意に、仲間たちは嫌というほど現実を突きつけられると、一同はすぐさま血相を変える。そして一斉に怒りを露わにして不平不満をぶちまけた。

 

「退去ってどういうことだよ、俺たちそんなこと聞いてねーぞ!」

「他の従業員はそのこと知ってるの? あいつが勝手に言ったんじゃなくて⁉」

「んなことより肝心なのは移動先だ! アライン、工事が終わるまでの間俺たちはどこに移されんだ? 工事が終われば元の場所に戻れんだろ? それに『因果歪曲計(ウェザー)』だってあんだし、多少のことならいつもみたいに――」

「おいみんな、ちょっと落ち着け! ちゃんと聞くから!」

 

 豪雨のような質問を全方位から投げつけられると、瞬く間に収拾がつかなくなった。アラインの制止をよそに、仲間たちの危惧や質問はしばらく続く。

 あらかじめ一同が戸惑うことを予期していたアラインは、その度にフロードとの遣り取りを周知した。

 本件に限り即効性が不可欠なため時間を要する『因果歪曲計(ウェザー)』ではどうにもならないこと、フロードがアラインの登用を条件に見逃すことを提案したことなど、洗いざらいすべて話す。

 

「はあ⁉ アラインを引き抜くだって? どこまでふざけてやがんだ、あの女!」

「これもう絶対確信犯だよ。アラインがいないと、ここの経営が成り立たないことや、費用が出せないのをわかって言ってるって」

 

 やはりと言うべきか、仲間たちは口々にフロードへの不満を爆発させた。それでも懸命に意見を出してくれる者もいたが、しかし。

 

「場所のことは無理でも、今からこっちにいい流れが来るよう『因果歪曲計(ウェザー)』を使えば」

「さっきも言ったが時間がかかり過ぎる。効力が出るのは一朝一夕じゃない」

「この際、即効性はもう諦めてさ。向こうに移ってから徐々に好転させていけば」

「長期戦覚悟ならその線で行ってもいい。でも、効き目が現れるまでの間を耐え忍べる自信がない。あっちは悪い気の吹き溜まりなんだ。その間に事故や病気にかかってみろ……下手したら死人が出るかもしれないんだ。それだけ最悪な立地なんだよ」

 

 アライン自身が切迫していたこともあり、鬱屈とした表情で苛立ちながらそう切り捨てられると、誰も二の句が継げなくなった。仲間たちは互いに視線を交わす。

 

「じゃあどうするんだよ。俺たち、もうなにも思いつかないぜ」

 

 否定ばかりされ、ついに不貞腐れた一人が匙を投げる。至極真っ当な反応だ。

 事実上あとを託された形となったアラインは頭を捻った。だがいくら思案しても、考え浮かぶ最善策は、最終的に毎回同じ案へと行き着く。

 

「フロードも明後日から始まる聖儀祭に合わせてオンラインサロンを開くらしいから、その期間は多分こっちに関わってる時間はないはず。見積もって、タイムリミットは聖儀祭終了まで。この12日間の間に、例えば売り上げとかで策を講じれば……」

「てことは、今回は完全に実力勝負ってことになるのか⁉ いやいやキツイだろ。祭りは二日後だぞ! 今から上手く行く方法なんて思いつくのか⁉」

「ねえ待って、それ無理じゃない⁉ 聞いた限りだと、今までの倍以上に稼いでも全然足りないじゃん! あの悪党が考えそうなことだわ、分が悪過ぎるっ」

 

 提案して早々にクレームが飛んできた。先ほどからなにか言う度に憤慨する顔ぶれに、アラインも慣れた様子でどうどうと静めようとする。

 

「落ち着けって。俺も実力で勝てるとは思ってない。そこで今回は――」

「そうだよ、絶対に実力じゃ勝てないって! どう考えても負け戦じゃんこれ。もうこの際、昔みたく金品ちょろまかすしか……」

 

 宥めている最中に感情が高ぶった者が口を挟む。一度は誰もが脳裏を過ぎった提案が浮上し、人の道を踏み外しかねない方向へと舵が切られようとした。

 そのときだった。その単語は、アラインの「おい」という叱責に被さる。

 

「ダースロウ」

 

 呪文でも唱えたような名詞に、面々はさながら本当に魔法にかかったように、発言者へと振り返った。

 当の本人は、それほど深い意味があって言ったわけではないようで、いきなり全員から注目されて当惑している。なにか言わなければと懸命に舌を動かした。

 

「あ、いや、考えがあるわけじゃなくてさ。単なる思いつきで。ダースロウなら、この状況を乗り切れる術もあるんだろうなって」

 

 あの者たちの名前が出たときこそ絶句したアラインたちだったが、ほとんど軽率な悪い冗談であることがわかると、アラインは脱力しながら顔に眉間に手を当てた。

 くたびれたように「ふー」と息を吐くと、蚊が鳴くように、ぼそりと呟く。

 

「……却下」

「あはは、ですよねぇー」

 

 陽気に答えたあと、やっとのことで周囲の視線から外れて胸を撫で下ろした。隣人から肘で突かれると、半笑いで惚けるように頭を掻く。

 

「そのダースロウってやつも専門用語かなにか?」

 

 冷や水を浴びせられたようだった。完全に不意を突かれて、アラインは心臓が口から飛び出しかける。もちろん実際にそんなことが起こるはずもなく、今度は誰の悪ふざけかと眼光を向ければ、ユウが無垢な眼差しで返答を待っていた。

 

「はあぁ~~~~っ」

 

 短期間で緊張と弛緩を繰り返したアラインは、精神的な疲労で事切れかけた。

 しつこく続く緊迫状態に嫌気が差すと、変な唸りを上げながら、洗顔でもするように両手でゴシゴシと顔を擦る。

 このままではさすがにストレスでアラインの胃に穴が開くと思ったのか、すかさずジルは間に入ると、平常を装って間を取り持つ。

 

「あーユウちゃん、あいつらの名前知らない感じか。でも結構いるみたいだよね、そういう人。俺も知らなかった時期とかあったし。専門用語じゃなくて、黒い服着た集団のことだよ。ほら、よく街中で見かけるでしょ、顔隠した黒服の人たち。あれのことだよ――なあアライン、あいつらのことは話さなくていいのか?」

 

 ざっくりと説明しながら小声で耳打ちした。アラインは少し落ち着くと被りを振る。

 

「あいつらのことはいい。直接の関係はないし」

「なあ、いつまでコソコソ二人で話してんだよ。もし大事なことなら、俺たちにも共有してくれよ。でないと逆に不安なんだが」

「そうっすよ。というか、引き抜きの件はどうなったんですか? このままじゃアラインさんが引き抜きを拒否してもしなくても、どの道店は潰されちゃいますよ⁉」

 

 どこまでの情報をユウに開示しようかジルと打ち合わせていると、ほったらかしにしていた仲間たちが苦情を出してきた。その言い分はもっともで、事実、今の段階でなんの解決策も出ていない。その上リーダーと右腕が面前で密談していれば不信感も湧く。

 そろそろ本題に戻った方がよさそうだ。アラインはジルとの会話を打ち切る。

 

「わかってるよ。そのためにみんなに集まってもらったんだしな」

 

 一先ず仲間たちを安心させようと、アラインは笑みを浮かべる。だがその破顔の裏では焦燥感に駆られており、不安や苛立ちに苛まれていた。

 また、仲間たちの方でも猜疑心に翻弄されており、ユウの加入に喜んでいたかと思えば打ちひしがれ、そして今いきなり立ち直った情緒不安定なリーダーの様子に困惑する。

 再びお互いに顔を見合わせるメンバー。どうしたものかと頻りに首を傾げては、お前が行けと合図をし合う。やがて焦れた者が口火を切った。

 

「で、これからどうするんだ?」

 

 訝った末に出たのはシンプルな質問だった。

 至極当然の議題を突きつけられると、返事をする前にアラインは隣にいた人物にアイコンタクトを送った。相手もそれに気づくと準備万端と頷きを返す。

 

「それについてなんだが……具体的な内容については、新人が話してくれる」

 

 ついさっき話そうとして、その途中で感情が高ぶった仲間によって遮られてしまった言葉の続きを、ようやくアラインは話し出すことができた。

 そしてアラインが宣言すると同時に、ユウが一歩前に出る。

 仲間たちもこれは予想していなかったようで、ついさっき正式にメンバー入りしたばかりの新人の登場に、ほとんど揃って目を見開いた。

 このことはジルには知らせていなかったので、慎重な表情で今後の流れを見守る。

 

「ユウちゃん? え、でも君、まだ今日入ったばかりじゃ……」

 

 知識のない女の子への疑念は、当人を推薦したアラインへと向けられる。

 誰もがアラインに対し、ついに万策尽きて無謀を働いたかと正気を疑ったが、すぐに思い違いだと気づく。

 賭けに出たことには違いないだろう。だが決してヤケクソに判断したのではない。少しでも勝算のある方法を取ったのだと、アラインの真剣な表情を見てわかった。

 各々が思い思いに考察している間に、ユウは先頭に陣取り、沈黙を破る。

 

「それじゃ早速始めるね。今後についてだけど、まず――」

 

 こうして、お店の今後の命運を左右する、大事な会議の第二幕が始まった。




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