屋敷の庭に赤や黄金の落ち葉が舞い散る季節、俺は石畳を踏みしめながらいつか野原で見た母の笑顔を思い出していた
周りには少し厚着の警備員にメイドさんが、そして横には美しい紅葉が。その全てが俺を秋だと占め知らせている
『ラインハルト、お体に触りますよ』
そう言ってマントを渡してくれたのは、美しく少し厚めの服装の母だった
歳の割に若々しく、長く透き通るように美しい金色の髪を後ろで束ねている
俺は率直に頷いて母からマントを受け取った
___その日、屋敷の庭はまるで秀才の画家が描く絵画のようだった。紅葉した木々の葉がはらはらと落ち、石畳の小道を染めている
『お母様、体は大丈夫ですか?』
俺の問いに、母はふっと笑って小さく頷く
さっきまでベッドで横になっていた人間だとは思えないほど、その笑顔は輝いていた
『お母様、どうして毎年この時期になると外へ出てくるのですか?』
俺は母と並んで落ち葉で埋め尽くされた石畳の上を歩きながら尋ねた。母は少し微笑んでから答える
『理由は3つです、1つ目は…この季節の空気が大好きなんです。
冷たいけど、澄んでいて、胸がスッとするでしょう?』
『2つ目は……実はあの人と初めてであったのが、この季節なんです』
そう言って母は少し顔を赤らめそっぽむく
『そして3つ目は…ラインハルトの笑顔が、よく見えるんですもの』
『私の笑顔が?いつも笑顔ですよ』
そう言い返すと母は立ち止まり、俺の頬にそっと手を伸ばす。その指先は冷たかったがそれ以上に温もりに満ちていた
『春や夏はラインハルトが元気すぎて、走ってばっかで顔が見えないもの。でも秋になると、こうしてゆっくりと隣を歩いてくれるでしょう?
___こうしてゆっくり歩いてくれると、私は安心出来るんです』
『………っ、そんなこと言われたら照れますよ…』
俺は顔を赤らめながらも、少しだけ母の手に俺の手を重ねる
冷たいような温かいような変な感触だ
『……………』
__しばらく沈黙が続いたあと、俺はポツリと口を開く
『…今度のフェイシングの試合、絶対に見に来てくださいね』
『その後はヴァイオリンのコンサートにも出ますし、騎馬のレッスンも……あ、以前約束した演習所の見学にも連れて行ってください』
母は少しだけ困ったような表情で俺を見つめる
『…お母様の体が、決して健康的じゃない事は百も承知です__しかし_いえ、だからこそ私は大きくなったらお母様を守ります。
剣も銃も学問も頑張って、もっともっと力が強くなって…そして立派になって……その時には、私がお母様の側にいますから…安心してください』
母はその言葉に思わず目を細めて、しゃがみ込んで俺の目の高さに合わせてくれた
『ありがとね、ラインハルト…貴方の名前は、なぜ付けられたと思う?』
『確か…ラインハルトが「清く勇敢な心」「純粋な力」
トリスタンが「悲しみ」又は昔の英雄の名前
オイゲンが「高貴に生まれた者」
ハイドリヒが「荒野の支配者」で苗字でもあります』
母は静かに頷く
『一つ一つにちゃーんと意味があって、付けたんです。覚えていてくれて嬉しいわ』
『………』
秋の風が吹いて、俺の体を凍らせる
そしてその風の中、母は落ち葉を踏みしめながら歩き始めた。まだ回答さえされていないというのに
『私も、昔のように体が強かったら__ねぇ』
『…お母様は昔どれくらい強かったのですか?どんな銃を使ってたんですか?』
『あら、ラインハルトは私の
幼い俺は何気なく聞くと、隣で歩く母は嬉しそうに返答する
『私は__それも武装親衛隊の長官だった時はね、力がうんと強かったんですよ?
皆は
私は
『………』
アハト・アハト¹は確か_高射砲だったはずだ。それを果たして一人で運用できたのだろうか?と俺は考えていた
それに続いて母は『一人で使えるようにオーダーメイドなんです』と答えてくれたが、答えでは無い気がする
『ラインハルトも、将来は力強い人になるんですよ』
『…でもお母様、私が使ってるのは拳銃です…大砲ではない__』
『関係ありません』
秋の冷たい風が吹き全てを流している中、母の声だけは力強く残り続けている
『人を導くのはいつだって意志の力です。武力ではありません。
貴方もこの家と、トリニティ武装親衛隊の長官を継ぐ人間なのですからね』
『…まだ子供じゃないですか』
『関係ありません』
母はつっぱりと言い返すが、その眼は確実に俺を見据えていた
『いいですか?ラインハルト__責任を負うことに年齢は関係ありません、大事なのは信念です』
『しん……ねん…?』
『ええ。貴方の胸に宿っている信念が、いつまでも潰えないようにしてください。
トリニティもゲヘナも関係なく、救いを与えられる、そんな人間になってくださいね』
『……はい!』
秋の風がまた吹いて、母のスカートと俺のマントを揺らす
そしてその風の中、俺達は落ち葉を踏みしめながら、しばらく手を繋いで歩き続けた__まるでその一歩一歩が未来への約束のように
「………信じていたんですよ」
「?」
前で座っている先生は首を傾げて俺を見据えようとしている
「先生も、仲間も、誰もかも…ゲヘナだって信じてたんです」
「……そっか」
この二人の間での交差する視線に交わらぬ思想
そして_しばらく沈黙が続いたあと、先生が口を開く
「ハイドリヒは…また銃を取るの?」
「もちろん。そうでもしなければ守れるものも守れませんから」
「でもさ、誰かを撃たなきゃ守れない世界なんておかしいよ、絶対におかしい」
「それキヴォトスで言います?先生の出身が何処かは存じ上げませんがここはキヴォトスです。一般常識なんて通用しませんよ」
ハイドリヒは一蹴する
「銃は曲りなりにも人を傷つける物。それを日常的に、守るためにも傷つけるためにも使うのはおかしい」
「………そうかもしれませんね。しかし、それが現実です」
「私は信じてるよ。人は学ぶことで変われるって。そして話し合えるようになれるって」
「以前の調印式で分かったはずです。人は結局暴力を使う生き物だと、人は__」
「ハイドリヒは信じてないの?」
一瞬、場が揺らぐ
先生の問いが、まるで確信を突いてきたかのように俺の胸に突き刺さった
「…私は…私も、信じてました、信じたかったです。
___しかし、私が信じている間に他の信じてる者は死にました。夢を語る前にまず今は生きる事を選ばねばならないのです」
「__ハイドリヒ」
優しい声が、風に乗って鼓膜をくすぐる
「私は教育者だから、銃の変わりにタブレットを持って未来を語らなきゃいけないの。
子どもたちが”明日”を信じられるように、この世界を、憎まないように」
「…私はその”明日”を銃を使い守ってるにすぎません」
「その銃口の先にだってまた誰かの”明日”を守ろうとしてる人がいるかもよ」
「でしょうね。しかし、銃を構えてる時点で理想は退場してるんです」
「……それでも私は、退場させたくない。そうしてはいけないんだと思ってる」
「………」
__あぁ、この人は………
この先生はなぜこうも他人に熱くなれるんだろう
学園も、性別も、年齢も関係なく_全員救おうって気概か
「…きっと、貴方みたいな人がいるから、私達はまだ人間でいられるんでしょうね」
ガタンと静かな部屋で響くほどの音をたて、ハイドリヒは立ち上がる
「先生の考えはよく分かりますし、それは素晴らしいことだということも分かります__しかし」
「理想を追って現実が崩れたら本末転倒。我々は常に意識して対抗し、戦力を増強させねばならないのです」
「ただ笑顔で待っているだけでは理想は遠のく、ですから我々はこの力を使って理想を引き寄せるのです」
「……それは___」
「それは大人の役目だよ」
もう、あの頃の先生はいないのかもしれない
…いや、そもそも俺が勝手に良い所だけを切り取って信じていたんだろう
「__嫌いです。今この瞬間から、貴方のことが大っきらいです」
「…そっか」
先生はいつまでも優しい笑みを作って俺を見てきていた
__その笑顔が_今はどうしても視界に入れたくない
「…………っ」
ガチャッ
扉の側にいた親衛隊員が察してくれたのか、扉を開けてくれた
その開けられた隙間から何も言わずに、振り向きさえせずにハイドリヒは逃げるように退出したのであった
「…………」
その場に先生を残して
「………」
あーあ、完全にやっちまったなぁ
これ絶対先生にも嫌われただろ。まぁ…そりゃそうだろうねぇ
べつにいっか!俺社長だし長官だから仕事多かったんだよ…面倒事が一つ無くなったな
確かに肩の荷が軽くなったかな?そう考えると先生ってやっぱ重荷だったんだな!
そりゃそうか!考え方阿呆だし、偽善者だし、ふつーに馬鹿だし
一緒にいてハラハラするし、常に話を聞いてなきゃいけないし
頼りになるし、いざという時に側にいてくれると安心するし___
__優しいし………
「………」
歩いていた足は次第に速度を緩め、ついには完全に止まってしまう
「………」
視界が歪む
色さえも通さないほどに、歪んでいく
__あぁ、分かってたはずだ
俺はこうなってしまうと、心の中ではずっと理解できていたんだ
「……っ」
だが、もう後戻りは出来ない
このまま…歩き始めねば………
『私は…生徒を信じるよ』
頭の中で、その一言が反響する
「………先生……っ」
駄目だ。ほんとに
__もう消えてしまいたい、このまま明日が来なければとさえ思ってしまう
嫌だ、そして俺にはなんも残らないんだ
___そうだよな…
俺なんかに…誰も…残るはずが………
「ハイドリヒ?」
ついとっさに視線を動かす
その先には___
俺を心配そうに見つめている白州アズサがいた