これは、無能と呼ばれた少年とセカイの欠片に住む魔女のちっぽけでつまらない旅路の話。

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無能の少年とセカイの魔女

 

 

 七日。それが自分に残された最期の時間。

 

「……………まだかなぁ」

 

 陽と顔を合わせることも無い暗い石造りの部屋。その中心にその少年は居た。

 

 少年は古くから続く戦士の家系だった。いつかの戦争を勝利する為に両親に支えられ兄弟と共に訓練に明け暮れた。

 

 そして来た戦争の日。

 

 ────結果は、この暗い独房が言葉無く伝えていた。少年は人を切ることが出来なかったのだ。

 

 まともに敵を殺せない、傷付けることも出来ない、亡骸に謝罪し泣く戦士など要らない。

 

 少年は無能の烙印を押され七日後に処刑されることになった。温もりの無い石の部屋は小さな声もよく響いた。

 

「父上、母上、兄上、戦えなくてごめんなさい。ケイ、守れなくてごめんなさい」

 

 まだ齢十二の少年が涙を流すことも無く、一人淡々と謝罪を繰り返す。廃棄予定の人形のように、ボロボロの身体とちぎれた心は幸せだったあの頃を思い返しながらやがて破られ捨てられる。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、────ぼくを、許さないでください」

 

 手足に付けられた古臭く鉄の匂いがする枷は、今の少年の心の様を表すように冷たい温度を保っていた。その表面は金属光沢を放つことはなく赤茶色のサビを纏っている。無能を飾る衣装なんてこんなものだと言うように。

 

 

 

 

 幾度か太陽が沈み月が登った頃。少年は未だ独房の中にいた。数日前とほとんど相違ないが、一つだけ違いがある。

 

 少年は飢えていた。

 

 食べ物が与えられていない訳では無い。少年は無能の烙印が押されたが、この国において処刑とは娯楽の一つなのだ。故に少年はかならず生かされる。だが少年は提供された食事に手をつけずにいたのだ。食事をせずに既に四日が経過した今日、もし少年がまた食事を抜くようであれば夜中に叩き起こされ強引に食事を詰め込まれるだろう。

 

「………………………」

 

 もう何も語らない。もうまるで動かない。身体も心も石になったようだ、と傍から見たらそう見えるだろう。

 

 

 

「にゃぁ」

 

 ふと、この牢獄の雰囲気に合わない鳴き声が聞こえた。

 

「……………………?」

 

 一対の目が鳴き声の元を見つめる。

 

 それは新雪のように白い毛並みの獣だ。冬の月に似た青白い眼、容易く手折れてしまいそうな華奢な肉体。ツンと立った耳は屋根のような三角形で、しなやかな尻尾はさながら風に吹かれた花のようにゆらゆらと揺れていた。少年が見たことの無い獣だ。

 

 にゃぁ、と再び鳴いた獣は少年の近くまで歩いてきた。足と石畳が着いては離れてを繰り返してはてちてちと気の抜ける音を鳴らす。

 

「きみは、だれ?」

 

 潤いを失った喉からは老人に似たガサガサに乾いた声が出た。

 

 にぃー!と元気よく獣が鳴く。よく見るとその体には手紙が紐で括り付けられていた。

 

「…………おいで」

 

 獣を呼ぶとてちてちと足音を鳴らし傷だらけの手に頭を擦り付けた。

 

 何度も何度も甘えるように擦り付けては元気な鳴き声が狭い牢獄に響いた。

 

 擦り付けるれる頭に邪魔されながらも紐を解き手紙を開いた。

 

 

 

 ────拝啓、ムノー(仮)様。

 まず最初に貴方様の名前が判らず申し訳ありません。調べようにも貴方様のことを記す書類が全て燃やされてしまっていたのです。故にこの手紙の中に限りムノーと呼ぶことをお許しください。

 

 疲れているだろう貴方様に長々と手紙を読ませる気はありません。なので直ぐに要件を伝えます。

 

 どうか、私のセカイに来て頂けませんか?

 

 嗚呼、怪しい者ではありませんよ? ただの世界の欠片に住む一般魔女です。

 

 貴方様の戦いは観察していました。敵でありながらも決して思いやりを忘れること無く、亡骸にすら敬意と贖罪の心を持つ貴方様に私の目は釘付けでした。いや、貴方様の文明だとまだ釘は出来てないですね。まあ、貴方様に見とれていたと解釈してください。

 

 貴方様程優しく慈悲に溢れた心の持ち主を私は見たことがありません。なので、私のセカイに招待したいと考えたのです。

 

 もちろん無理にとは言いません。ただこのまま家族のことを思い浮かべながら首を跳ねられるよりマシだと自分勝手ながら思っただけなのですから。

 

 ですがもし、私のセカイに来たい。そう思ってくれたならその白猫の首輪に触れてください。それが私のセカイへの鍵となります。

 

 最後に。貴方様がもし、自分の行いが許せない。そう思っているのなら私のセカイに来ることをオススメします。何もなさずに死ぬより、何かあの世で話せるような、無能では無いのだという印になるような事を成してから死ぬ方が私は良いと思いますよ?

 

 

 ────敬具、魔女テルゥア・ドレアム。

 

 

「──────?」

 

 理解が出来なかった。魔女という御伽の存在も、セカイの欠片なる場所も頭には入った。だが一体どうして自分なんかが魔女に認められようか。

 そう思考する少年は、真正面に不思議と煌めく白いモヤが湧き出している事に気がつくのが遅れた。

 

 え、と思わず漏れた動揺が口を経由して響く。

 

 にゃあ!と元気な声に思わず手元にまだ居たネコなる獣を見る。

 

 ネコはまだ頭を擦り付けて甘えていた。しかしその可動域をよく見ていると確かにはまっている美しい首輪が自分の手に当たっていた。

 

「ま、待って──」

 

 静止を求める声も虚しく少年はネコもろとも霧に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 風が頬を撫でる。小鳥の歌が優しく耳に口付けを交わす。

 

「……う、ん?」

 

 少年が目を覚ますと目の前に草が生い茂る壁があった。否、これは壁ではなく地面だ。そう気がついたのはうつ伏せになった少年の背中に何かが乗る衝撃を味わったからだ。

 

 にゃぁー!と元気な鳴き声を上げてそれは背中を降りて何処かへ駆け出した。

 

「おや、猫さん。お帰りなさい。お仕事は上手く出来ましたか?」

 

 頭を上げると、にゃぁあああ!と興奮したように鳴く猫を撫でる少女の姿がそこにあった。

 

 黄金の川のようにサラリと流れる長髪。先端付近で純白のリボンによってまとめられた美しい金髪は少年の国で非常に高額で買い取られるだろう。

 

 輝く青の瞳は朝日に照らされ踊る水面のよう。光を放っているような明るさは少女の性格が形になっているようだった。

 

 身に纏う衣装すらも少年の知る白を超える美しい純白。飾り程度の役割しか果たさないだろう帽子も、動くのに邪魔になるヒラヒラした外套も、宝石じみた雰囲気に合わないブーツすらも少女が身につければ国宝のような芸術になっていた。

 

「来てくれたんですね。正直なところ、手紙を途中で破られると思っていたんですよ。なのでとても嬉しいです」

 

 美しい少女を前に少年はただ起き上がることすら忘れ、意識が飛んでしまったかのようにじっと少年を見つめていた。

 

「……あの?どうしましたか?」

 

「…………帰してください」

 

 何とか絞り出した少年の言葉に少女は、困惑したような表情を浮かべていた。

 

 

 これは、やがて魔女に仕え伝説を打ち立てる青年戦士。その序章である。

 




 続きは世界の欠片の中に散らばりました。

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