ターニャ・デグレチャフ。
その幼い肉体に秘められるは、冷徹な計略家の眼差し。
黄金色に輝く短髪は軍人としての厳格さを彷彿とさせ、澄んだ碧眼は無情にも鋭い意志を映し出す。
白磁のような肌がその幼さを際立たせる中、彼女は常に帝国軍の制服を纏う。
シンプルながらも規律と権威を物語るその装いは、戦場で数多の戦果を讃えるメダルの輝きと共に、内に秘めた強い意志と戦略家としての風格を物語っていた――。
しかし、その当の本人、ターニャは現在。
まるで普段の風格をすべて忘れさせるかのように、深い怒りをこめた眼差しを周囲へと向けていた。
戦場であれどこであれ、彼女はいつも冷静沈着。
だが、今その瞳に宿るのは、一瞬の冷静すら忘れさせるほどの苛立ち。
「少佐、軍の規律に則り、ぜひ下着を見せていただきたく存じます」
静寂。
まるで時が止まったかのように周囲の空気が凍りつく。
鼻をつく火薬の匂いも、わずかに残る硝煙の残滓も、風に乗って遠ざかっていくようにすら感じる。
次の瞬間、ターニャは拳を固めた。
節々から軋むような音が聞こえてきそうなほど、その力加減は尋常ではない。
「……処刑する」
ターニャの青い瞳に宿るのは、純然たる殺意。
あまりに辛辣な響きをもった言葉が、まるで遠雷のように身体を震わせる。
だが、目の前の男は全く動じる様子もなく、むしろ感慨深げに頷いていた。
「少佐のその鋭い眼光、まるで夜明け前の閃光……いやはや、美しい」
「貴様、頭おかしいのか?」
「いえ、私は常に冷静かつ論理的に行動しております」
「…………」
ターニャは唇を噛みながら、男の顔をじっと睨みつける。
戦場では多くの狂人を見てきた。
血に飢えた突撃兵は、敵を切り刺しながら狂笑を上げ、
傷だらけの男は痛みを歓喜に変え、呻き声すらも戦場の旋律とする。
虚ろな眼差しの兵士は静かに歩き、まるで死と語らう詩人のように。
この帝国軍に属していれば、常識の通じない男は珍しくもない。
けれど、彼女はそれらの狂気を何度も計略と鉄血の指揮で抑え、利用してきた。
だが、今目の前にいる男は、そのどれとも違う。
確かに狂人であることに変わりはないが、言動の一つひとつがあまりにも礼儀正しく、そして的外れなのに明瞭で、“理性的な変態”という妙な整合性さえ感じさせるから厄介だった。
「自分が何を言っているか理解しているのか?」
「はい、少佐の下着を見せてほしいと申しております!」
しかし、このようなタイプは初めてだった。
精悍な顔立ちに、端正な軍服。
言葉遣いも丁寧で、所作に乱れもない。
さらには、実戦経験の豊富さを感じさせる体捌きと、底知れない実力の気配がまとわりついている。
だからこそ――。
こいつは、根本的に狂っている。
「おいヴィーシャ、こいつをどう思う?」
ターニャはわずかに眉をひそめ、横に立つ副官を見た。
ヴィーシャの顔にも、はっきりと困惑の色が浮かんでいる。周囲にいる他の兵士たちも似たような表情だった。
「……えっと、少佐、無視しましょう」
ヴィーシャは何とか言葉を絞り出すが、その声の端々に戸惑いがにじむ。
ターニャは深く頷く。
「よし、そうする。では命令だ。貴様を処刑する」
その言葉を淡々と告げると同時に、ターニャの口元が歪む。
嗜虐的な笑みが浮かび、まるで上位存在が処刑宣告を下したかの冷酷さが滲む。
周囲の兵士たちにも、じわりと冷たい緊張感が広がっていく。
……だがその時。
「少佐、それは法的に問題があります」
ターニャは目を細め、わずかに口角を引きつらせた。
その指摘は、彼女にとって地味に頭の痛いものだった。
「なんだと?」
男はサッと手を上げ、まるで法廷の弁護士のごとく流れるように語り始める。
その口調には一片の迷いもなく、落ち着き払った声音は周囲の兵たちをさらに困惑させる。
「帝国軍規則第七十三条により、士官の即決処刑は敵前逃亡または軍機密漏洩の際に限ると明記されています。私はまだ何もしておりません。ただ……」
一拍置き、男はニコリと柔らかく笑う。
その表情は、はたから見れば好青年のそれだ。
だが、ターニャにはその笑みに薄ら寒いものを感じずにいられない。
「少佐の下着を拝見したいと申し上げただけです」
その場の空気が凍りつく。
男にしてみれば至極当然という面持ちだが、ヴィーシャの目が見開かれ、周囲の兵士たちは息を飲んだ。
まるで地雷を踏んだことに気づかぬ愚か者を見つけたような視線が注がれる。
「「「…………」」」
ターニャの頬がぴくりと引きつる。
その激昂寸前の気配は、彼女の纏う空気をさらに殺伐としたものにする。
「その発言自体が軍機密級の問題だろうが!」
彼女の怒号が辺りの静寂を引き裂いた。
怒鳴り声に含まれる殺気は凄まじく、普通の兵士ならそこで震え上がり、二度と口を利けなくなってもおかしくないほどだ。
「ですが、戦場における士気の向上は極めて重要。少佐の魅力を最大限に活用することで、部隊の戦意は飛躍的に上昇するでしょう」
男は至って真剣な表情で理論を展開する。
その目の奥には、自分なりの確信めいた輝きが存在している。
ターニャは拳を握りしめ、頭痛をこらえるように深く息を吸い込んだ。
軍規を重んじる帝国軍人として、こんな不条理な意見をまともに検討する価値などない。
しかし、相手はあまりにも堂々と理屈を唱える。
まるで、自分のほうが正論を言っているとでも言わんばかりの態度で。
そして、次の瞬間――。
「お前がいなければ、士気はもっと上がるんだよ‼︎」
怒りの限界を超えた叫びが、“戦場”に轟いた。
しかしながら。
残念というべきか、反対に豪運とでもいうべきか。
「……クソが。こいつを処刑するには戦力的に惜しい」
ターニャは歯噛みしながら、眼前の男を睨みつけた。
殺意のこもった視線を浴びせても、男は涼しい顔をしている。
むしろ、どこか誇らしげな様子さえ漂わせていた。
事実、戦場での彼の活躍は、まさに鬼神の如しだったのだ。
冷静な指揮、迅速な状況判断、そして異常なまでの戦闘技術。
敵陣を突破する際の決断力は素早く、撤退のタイミングも的確。
単独で突撃しても、彼の前に立ちはだかる敵兵は次々と血飛沫を上げて倒れていった。
まるで死を恐れることなく、いや、むしろ死そのものを掌握しているかのような戦いぶり。
「……こいつ、一体どこまで狂ってるんだ?」
ターニャは内心で舌打ちする。
まるで人形か機械のように的確な動きをしながら、要所では一歩先を読むような柔軟さを持ち合わせている。
有能、と言って差し支えない。いや、それどころか手に負えないほどの“逸材”だった。
「少佐、敵兵を殲滅しました。これで、少しは下着を見せていただく権利が得られたのでは?」
戦場の硝煙の中、血と汗にまみれながら、男は満面の笑みを浮かべて言い放った。
ターニャの目元がピクピクと痙攣する。
「今すぐ消し飛べ!」
怒号とともに炸裂する魔導銃の閃光。
だが、男はなんなく回避し、しれっと戻ってくる。
死がそこにあるはずなのに、彼にはそんな危機感がまるで通用しないかのようだ。
「少佐……今のはご褒美ですか?」
「誰がご褒美をやるか!!」
ターニャは吠えた。
そして奥歯を噛み締める。
変態さえなければ……いや、むしろ、この異常性こそが彼の強さの源なのか?
そんな疑念が、ふとターニャの脳裏に浮かんでしまう。
もし、彼の精神が普通だったら、ここまでの戦果を挙げられたのだろうか?
彼の狂気は、純粋な戦士の本能と紙一重なのではないか?
「……くそっ」
ターニャは頭を抱えた。
結局、彼を処刑すべきか、利用すべきか――どちらの選択肢も最悪だった。
あまりにも極端な才覚と変態性を併せ持つ存在は、通常の規律や処罰では捉えきれない。
ともかく、我々の任務はひとまず終了した。
敵兵を殲滅し、戦況がひと段落した――かに思えた、その時だった。
ドォォォン‼︎
爆音が響き渡り、大地が揺れる。
ターニャは即座に地面に伏せながら、周囲の状況を確認した。
「……敵の増援!? いや、こんなタイミングで?」
煙の向こうから、影が迫ってくる。
装備も戦い方も、先ほどまでの敵軍とはまるで違っていた。
鋭い動き、統率の取れた隊列。
明らかに精鋭部隊だ。
「クソッ……厄介なのが来たな!」
ターニャは瞬時に思考を巡らせる。
部下たちが次々と戦闘態勢に入るが、相手の動きは速く、こちらの隊が防御態勢を整えるよりも早く突撃を仕掛けてきた。
「少佐、これは――少々分が悪いようですね」
例の男が、微笑を浮かべながら言った。
だが、その目には獣のような鋭い光が宿り、いつでも敵を迎え撃つ準備ができている。
「わかってる! 無駄口を叩く暇があるなら、手を動かせ!」
ターニャは即座に銃を構え、先頭の敵兵を狙う。
放たれた魔弾が敵の胸を撃ち抜くが、後続が止まる気配はない。
「クソッ、数が多い……!」
部下たちも必死に応戦するが、敵の勢いに押されつつあった。
戦線が乱れれば、被害は一気に拡大する。ターニャの指揮は正確ではあるが、いかんせん敵の数と練度が想定を上回っていた。
その時――。
「少佐、ご無礼を――!」
男の声と同時に、ターニャの視界が強引に横へと引っ張られる。
次の瞬間、銃弾が彼女のすぐ後ろを掠め、地面に突き刺さった。
「……ッ!?」
自分を突き飛ばした男が、血を流しながらも穏やかに微笑んでいる。
その口元はまるで、愛しいものを守り抜いたかのような安堵が混じっていた。
「危ないところでしたね。少佐に傷がつくのは忍びありませんので」
「お前……!」
敵の増援は、少しずつ押し戻されつつあった。
しかし、その戦火の只中でも、ターニャの胸中は複雑な感情で満ちていく。
「ふふ、どうやらこれで一つ貸しができましたね」
「今すぐ止血を! おい‼︎ そこのお前! こいつを見てやれ‼︎」
ターニャが鋭く指示を飛ばすと、傍にいた衛生兵が急いで駆け寄る。
弾痕や裂傷から滴る血を見れば、深手なのは明らかだったが、男は相変わらず余裕めいた笑みを浮かべていた。
その後のことは語るまでもない。
ターニャたち隊員の奮闘により、敵の精鋭部隊は退却を余儀なくされた。
激戦の末、戦場には帝国軍の勝利の余韻が漂っていた。
銃声も収まり、焼け焦げた大地には硝煙と血の匂いが立ち込める。
負傷者の呻き声がかすかに響く中、ターニャはひとまずの勝利を噛み締めながら、一息ついた。
しかし、その静寂を打ち破るように、あの男の声が響く。
「少佐、命を懸けて助けたので、報酬に下着を見せていただけませんか?」
ターニャの呼吸が止まった。
まさかこのタイミングでそれを口にするとは――いや、彼なら言いかねない。
目の前には、負傷しながらも誇らしげに笑う男。
腕や足に切り傷を負い、制服は血と泥にまみれている。
それでも彼は、まるで英雄が勲章を求めるかのように堂々とした態度でターニャを見つめていた。
ターニャは、血の匂いが染みついた姿のまま立ち尽くした。
怒りか呆れか、自分でもわからない動悸が胸を突く。
「……お前な、今どんな状況かわかってんのか?」
声が震える。
それでも男は至極真剣な顔で答えた。
「ええ、戦場の余韻が心地よいです」
心底満足そうに頷く彼の姿に、ターニャの怒りが沸点に達する。
「ふざけるな!」
次の瞬間、ターニャの拳が炸裂した。
鈍い衝撃音が響き、男の顔がぐにゃりと歪む。
そのまま彼は吹き飛ばされ、地面に転がった。
「お前が……死ぬんじゃないかと、心配したんだぞ⁉︎」
「少佐、それで。肝心の下着はいつ頃、拝見させていただけるのでしょうか?」
「いい加減にしろ! 貴様は軍法会議送りだ!」
ターニャは怒鳴りつけながら、今すぐ拳を放ちたくなる衝動を必死に抑えた。
しかし、当の本人は微塵も動じることなく、むしろ落ち着いた表情で彼女を宥めにかかる。
「まあまあ少佐、落ち着いてください。大隊の皆も理解しております」
「何をだ⁉︎」
ターニャは思わず声を荒げた。何を理解したというのか。
いや、理解してはいけないことがこの場には満ちている。
「ほら、皆さんの声を聞いてください」
男が軽く手を広げる。
その瞬間だった。
「「「俺たちも少佐の下着が見たい!」」」
「は?」
ターニャは一瞬、耳を疑った。
兵士たちの視線が痛いほどこちらに向けられている。
まさか、自分の指揮下にある203魔導大隊の兵士たちから、こんな言葉が出るとは想像だにしていなかった。
恐る恐る振り返ると、203魔導大隊の兵士たちが、一様にニヤつきながら彼女を見つめていた。
誰も彼もが悪戯っぽく、そしてどこか妙に団結した表情を浮かべている。
「お、お前ら……」
ターニャの顔が引きつる。
それは錯覚かもしれないが、兵士たちの目には妙な輝きがあった。
まるで戦場で勝利を確信した時のような、確固たる意志が込められているではないか。
「少佐、どうかこの願いを!」
「戦場での緊張を解くために!」
「士気向上のために!」
次々と湧き上がる声。
なぜか団結していく異様な空気。
「…………」
ターニャは静かに、ゆっくりと、言葉を失いながら頭を抱えた。
何もかもが狂っている。
この精鋭揃いの大隊が、よりにもよってこんな形で一体感を高めるとは――。
「……いっそ、敵よりお前らを殲滅したほうが世界のためかもしれん」
思わず吐き捨てるように呟きながら、ターニャは深い溜め息をつく。
ξ
ところ変わって内地でのこと。
『少佐の下着問題』がついに帝国軍上層部にまで届いた。
「つまり、どういうことだ?」
帝国軍参謀本部。
広い会議室の中で、ルーデルドルフ大将が眉間に皺を寄せた。
机の上には、報告書が一枚。
『第203魔導大隊における士気向上施策について』
ゼートゥーア中将がそれを手に取り、軽く咳払いをしてから目を通す。
会議室にいる参謀や高官たちも、同様に無言で文面を追っている。
「ふむ……どうやら、この新任士官の影響で、203魔導大隊の士気が異常に高まっているようだな」
「異常に、というのは?」
「士官と兵士たちの間で、ある種の統一された目標意識が芽生えているらしい」
「ほう。それは良いことでは?」
「目標が『少佐の下着を見ること』という点を除けば、な」
会議室が静まり返る。
一瞬、誰もが耳を疑ったように顔を見合わせる。
ルーデルドルフは無言で報告書の最後のページをめくった。そこには兵士たちの意見が列挙されている。
『最近、部隊の士気がぐんぐん上がっている!』
『少佐の下着が見られる日を夢見て、日々の訓練も頑張れる!』
『あの変態士官、最初はどうかと思ったが、確かに一理ある』
『帝国のため、少佐のため、そしてパンツのために戦う!』
ルーデルドルフは目を閉じた。
数秒の沈黙の後、ため息をつくように開口する。
「……ゼートゥーア。お前の意見を聞こうか」
「うむ。確かに問題ではあるが、これほど士気が高まっているのは事実だ。現状の戦況を考えれば、下手にこの流れを断ち切るより、利用する方が得策かもしれん」
「つまり?」
「この件については黙認しよう。どうせ、我々が何か言ったところでターニャ少佐がなんとかするだろう」
つまるところ、本人に丸投げである。
「……大隊ごと爆破されないことを祈るしかないな」
帝国軍上層部としては、問題視はしても、絶好調の部隊を止めるわけにもいかない。
ターニャ少佐の才覚を信じるしかない――しかし、その裏には「余計なトラブルを持ち込むな」という本音も隠れていた。
ξ
「少佐、さすがの私もここまで焦らしプレイをされると困るのですが」
「……いいだろう。貴様を戦場で死なせてやる」
ターニャは静かに言い放った。
そこには一切の感情を読み取れない冷たい光が宿っている。
その場にいたヴィーシャが一瞬青ざめる。
周囲の兵士たちも、「まさか本当に始末されるのか?」と息を呑む。
「少佐、それはつまり……?」
「決まってるだろう。最も過酷な戦場にこいつを送り込む」
ターニャの瞳には暗く鋭い怒りの炎が燃えていた。
扱いきれないなら、この戦場という地獄で彼を始末するしかない。
極めて合理的かつ冷徹な選択だったが、一方でそれが彼女にとっても苦渋の策であることは間違いない。
「貴様、次の作戦で最前線の制圧任務に就け。援護はない。単独で敵陣を突破しろ」
「おお……! これはつまり、戦場で私の実力を証明する機会ですね!」
「違う。お前を確実に死なせるための策だ」
「さすが少佐! 私のことを誰よりも理解しておられる!」
ターニャは頭を抱えた。
男の脳内回路はどうなっているのか。
まるで死地に送られることを歓喜するかのような反応に、周囲の者たちはただ唖然とするしかない。
しかし、目論見とはあっさり崩れ去るものである。
つまるところ、ターニャの思惑は見事に外れた。
男は――生還したのだ。
それどころか、単独で敵陣を突破し、帝国軍の戦線を大きく押し上げるという驚異的な戦果を上げてしまった。
普通ならば、複数部隊を投入しても大損害を出しそうな最前線。
そこをまさかの“単独”で突き進むとは、誰が想像しただろうか。
「……化物め」
ターニャは唾を飲み込み、荒い呼吸を整える。
彼女は綿密に計算していた。弾丸が飛び交う最前線、極限状態の中で彼が無謀な突撃をすれば、高確率で離脱するはずだ、と。
――だが、全く予想外の結末が待っていた。
「少佐! 戦場はやはり素晴らしいですね!」
全身、血と泥に塗れながら、それでも満面の笑みを浮かべる男。
まるでこれが当たり前だと言わんばかりに、自信に満ちた顔をしている。
その目は異様なまでに輝き、その姿はもはや戦場そのものを楽しんでいるかのようだった。
「……お前が死んでくれたら、もっと素晴らしかったんだがな」
忌々しげに吐き捨てるターニャ。
しかし、男にはそんな言葉は届かない。
むしろ嬉々として、次の言葉を口にした。
「それにしても……」
彼はしみじみと呟く。
まるで故郷を懐かしむ旅人のような目だが、言う内容はそれと真逆の狂気を孕んでいる。
「私は思うのです。戦場とは、死と隣り合わせの場所。だからこそ、生きる喜びを見出さねばならない。そう思いませんか?」
ターニャは顔をしかめる。
急に哲学的な話でもするつもりか?
「……それが?」
彼は力強く頷き、目を輝かせた。
「その象徴こそ、下着なのです!」
……。
……。
……。
「やっぱり今すぐ死ね!!」
ξ
戦場は悪化していた。
帝国軍は敵軍の猛攻に押され、戦線は瓦解寸前だった。
203魔導大隊も例外ではなく、ターニャは部隊の再編成を試みながら、なんとか持ちこたえていた。
「少佐! 右翼が突破されました!」
「クソが……! ヴィーシャ、左翼の部隊を右翼に回せ!」
「ですが、それでは左翼が手薄に――!」
「分かってる! だが、このままじゃ全滅だ!」
その時だった。
「少佐、ここは私に任せてください」
ターニャが振り返ると、そこには血に塗れた男の姿があった。
防護膜がほぼ砕け散り、制服は裂け、体中に傷を負っている。
それでも消えない闘志が、彼の瞳に宿っていた。
「……貴様、まだ動けるのか?」
「ええ、問題ありません。少佐のためなら、私は何度でも立ち上がります」
「その気持ちは結構だが、死んだら意味がないぞ」
「死ぬつもりはありません。ただ……少佐が安全に撤退する時間を稼がねば」
「バカなことを言うな!」
しかし、彼はニヤリと笑った。
血塗れの顔に浮かぶその笑みは、凄絶でありながらもどこか優しさを含んでいる。
「大丈夫です。死にませんよ。だって、少佐の下着を見るまでは……!」
ターニャは思わず拳を握りしめた。
「……そんな理由で生き延びてたまるか!」
次の瞬間、敵の砲撃が飛び込んできた。
轟音。爆風が戦場を包み込み、視界が砂埃に覆われる。
「ッ……!」
急いで周囲を見渡すターニャ。
だが、彼の姿が見当たらない。
「くっ……無事か⁉︎」
ようやく砂煙が晴れてきた頃。
倒れ込む人間の姿が視界に入る。
そこで見たのは、ターニャを庇うように身を差し出した男の姿だった。
「くそ……バカが……!」
ターニャは駆け寄り、彼の体を支える。
軍服は血に染まり、傷は深い。
その呼吸はか細く、まるで今にも消えてしまいそうだ。
「貴様、こんなところで死ぬな!」
男の意識は遠のいていた。
「少佐……最後に……」
「喋るな! 衛生兵を呼ぶ!」
「最後に……下着を……」
「そんな遺言があるか!!!」
怒りと悲しみが交錯する。
ターニャ自身、どんな感情を抱けばいいのか分からないまま叫ぶしかなかった。
「貴様は……貴様は、戦場であれだけしぶとく生き抜いてきたんだぞ! こんなところでくたばるな!」
彼の手が、ターニャの袖を掴む。
その力は弱々しくなりつつも、確かな意志がこもっている。
「……少佐……」
「やめろ……そんな顔をするな……!」
「……もっと……パンツを……」
「黙れェェェェ!!!」
ターニャの絶叫が戦場の静寂を切り裂く。
戦場の静寂は、時に人の思考を深く沈める。
「私は、何をしているんだろうな」
ターニャはそう自問する。
最初にこいつと出会ったときは、即座に処刑するつもりだった。
部下に示しがつかないし、何よりこいつの存在自体が不愉快だったからだ。
だが――。
気づけば、こいつを戦力として認め、そして、今、私はこいつの命を救おうとしている。
何故だ?
こいつは間違いなく変態で、常軌を逸している。
私を困らせ、怒らせ、毎日のように不快な気持ちにさせる存在だ。
それなのに――。
「少佐……最後に……下着を……」
その息も絶え絶えの声に、ターニャは怒りと共に叫んだ。
「そんなもののために死ぬんじゃない!!!」
どうして、こいつはこんなにも愚かなんだ?
どうして、こいつはこんなにも真っ直ぐなんだ?
自分はこれまで生きることにしがみついてきた。
神の理不尽に抗い、地獄のような戦場を生き抜くために。
あらゆる手を尽くしてきた。
そんな自分より、この男のほうがよほど生を謳歌しているように見える――なぜだ?
「……クソが……」
こんな奴に、こんな奴に影響されるなんて、私はどこまで堕ちたんだ?
それでも――。
「……死ぬな……貴様は、生きろ……!」
私は、そう願ってしまったのだ。
ξ
彼は生還した。
まさに奇跡だった。
衛生兵・医療班の懸命な処置と、彼の異常な生命力のおかげで、数週間の療養を経て意識を取り戻したのだ。
そして――。
「少佐、回復祝いに……」
バシィン!
主人公の顔面が、枕にめり込んだ。
「貴様、まずは生き延びたことを感謝しろ!」
「ええ、感謝しておりますとも! だからこそ、回復の証として――」
「この場で射殺するぞ!」
ターニャは本気で拳銃を抜きかけたが、そこにヴィーシャが慌てて割って入った。
「少佐、落ち着いてください! せっかく生還したんですから!」
「こいつは生還しなくてよかった!」
「少佐、それはあまりにひどいです!」
「お前も言うか!!」
そんな騒動をよそに、主人公は晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「いやはや、生きて帰れてよかったです。これも少佐のおかげですね」
「ですって、少佐」
ターニャは顔を背け、冷静さを保とうとする。
「……ふん、二度と無茶するな」
「しかし、これでようやく報酬を――」
「だから黙れと言ってるだろうが‼︎」
怒号と共に再び枕が投げつけられた――。
その夜。
ターニャは、部屋の中で一人、深いため息をつく。
「……なんで私は、あんな奴のことを考えてるんだ……」
ふと、机の上に置かれた封筒に視線を落とす。
先の大きな戦闘で少なからず書類仕事が発生し、その処理の中に紛れ込んでいたものだ。
ターニャは、しばらく黙った後、そっとそれを手に取り、短く呟いた。
「……もう、これで終わりにする」
翌朝、男の部屋に一枚の封筒が届けられた。
彼はそれを開くと、そこには一枚の写真と、たった一言のメモが入っていた。
『これで満足しろ』
男は人知れず、震える手で写真を取り出す。
そこには――。
○その大地は青く…蒼く…碧く広がっていた。
○○○無骨で実用的ながらも知性を感じ、
○○○○○洗練された、印象がある。
○○○○○○理想郷は冷静沈着色。
○○○○○○○聖骸布ターニャ
「これが……少佐の下着……!」
―END―
【おまけ・後日談】
作戦が一段落したある日の午後。
ターニャは執務室の机に山積みになった書類を前に、いつになく憂鬱そうな表情を浮かべていた。
そこへヴィーシャが気まずそうに声を掛ける。
「少佐、また“下着公開イベント”の要望書が届いていますが……」
ターニャはペンを机に叩きつけ、こめかみを押さえる。
「いい加減にしろ! 大隊の統率だけでも大変だというのに、どいつもこいつも……」
そのとき廊下の向こうから、あの男の声がはっきりと聞こえてきた。
「少佐! ご褒美の下着拝見、そろそろいかがですか!」
ターニャは慌てて椅子を立ち上がり、扉へと駆け寄る。
「やめろ! どれだけ報告書が増えると思ってるんだ!」
しかし、ドアを開けた瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは“公開イベント準備中”と書かれた大きな張り紙。
外からは兵士たちの楽しげな声が聞こえてくる。
ターニャはただ、頭を抱えるしかなかった——。
ロイヤルではないがネイビー
ネイビーでもないがロイヤル
つまり……
セクシー、エロい!