「ふぅーーー。流石に疲れたしお腹も空いたぁ。」
月光の元を走り抜けて、やってきました水没林。
ということで、軽くお肉を焼きながらこの後のことを考える。
ギルドでの情報収集の結果は、この水没林ではどうやら謎のモンスターが暴れていることを示していた。その第一候補はイビルジョー。生態系を崩壊させるような捕食能力を持ち、悪魔のような姿から恐れるハンターは数知れない。
しかし、私は恐れて逃げ回るわけにはいかない事情がある。そう、水没林の豊かなモンスターたち、すなわち私には奴に対抗してでも守り抜かなければならないものがあるのだ。これは生存を賭けた縄張り争いであり、この地の主が私であることを示さなくてはならない。ちなみにイビルジョーのお肉のお味が気になるのは秘密だ。
それにしてもと、骨を投げ捨てながら私は考える。最近まで何度か水没林に訪れていたにも関わらず、イビルジョーのような派手なモンスターを私が見逃すことがあり得るだろうか。
イビルジョーの行動範囲は他のモンスターと比べても著しく広く、加えて地上で行動する。基本的に隠れることをせず、獲物と見たら即座に襲いかかる。そう、他のどのモンスターよりも見つかりやすい条件が整っているのだ。
では、この上で水没林を駆け回る私とすれ違える要素は何か。
その答えが時間である。
簡単なことだ、私は日が暮れてからの狩りを極力避けてきたのである。これは単純な話で、モンスターを見つけにくい夜は効率が悪いのでその時間は別のことに充てるというサイクルが出来上がっていたのだ。
イビルジョーが夜行性かどうかは知らないが、恐らく昼間の活動が少なかったのだろう。
そういうことで、過酷な水没林生活が幕を開けた。
基本は原生林で初運用した千里眼の薬を用いたローラー作戦だ。いつもの拠点から奥に入ってから千里眼の薬を発動して、1番近くのモンスターから狩っていくという至極弾純な作戦だが、夜ということでいつもとの勝手が大きく異なる。
特に、ナルガクルガは夜の狩猟が昼に比べて数段困難で、久しぶりに回復薬に頼ることになった。暗闇に隠れて高速で飛び回りながら攻撃してくるので、敢えて攻撃させてからそれを受け止めるという動きでなんとか仕留めることが出来たが、今度は昼に戦うことにしよう。
そんなこんなで不慣れながら夢中になって水没林のモンスターを狩っていくも、一向にイビルジョーは現れる気配がない。
流石におかしいと気がついたのは2週間が経ち、水没林からモンスターの鳴き声が消えた後だった。というかイビルジョーどころではなくなっていたのだ。
水没林と呼ばれる場所は広い。明確な境界があるわけではないが、100km四方を超えるくらいの領域がそう呼ばれている。これだけ広いとさぞやモンスターも大量にいるように思っていたが、この沈黙ぶりは明らかに狩りすぎた。というのも夜の解体は難しいことも多いので、レアなモンスターやレアな部位以外は回収しないことも多かった。解体にかかる時間が大幅に短縮された結果として、必然的に1日あたりの討伐数も激増してしまったのだった。
その上、遺跡平原では環境に配慮して数日間のうちに食べる分だけを狩っていたが、こっちにきてからはストックを作ることに執心してしまった。
私はようやく気がついた。
水没林の異常、その元凶こそが紛れもなく私であるということを。
暫くは寝て暮らせるくらいのストックが出来たことは喜ばしいことこの上ないものの、悲しいことに肝心のイビルジョーは存在しないということだろう。
美食を求めていたとはいえ、食べない相手を狩ってしまうのは流石にやりすぎた。
うん、これって誰かに見られたらもしかしてヤバいのかもしれない。密猟扱いというか完全に密猟だし、ちょっとならバレないだろうの精神でここまでやっていたけど…
密猟者ってどうなるんだろう。殴りかかってくるならやりようもある気がするけど、万が一拘留されたりしたら取り調べとかの間に私は餓死しかねない。
今度からはもっとバレないように慎重に、そして普段使いの装備以外を使うようにしようかな。
そんな反省をしながらジャンボ村に戻り、酒場に顔を出した私の前に一枚の紙が差し出された。
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ドンドルマの奥深く、わずかに灯りの差す薄暗い部屋の中で、騎士然とした一人の男が分厚い調査資料をもう一人の男へと差し出していた。
両者は腰に長剣を帯びていたが、それは竜に挑むにはあまりにも華奢で、どこか儀式めいた趣すら感じさせた。だが、その身に纏う空気は、彼らが都市の中で安寧に生きる存在ではないことをはっきりと物語っていた。
「遺跡平原の調査結果ですが、結論から申し上げますと人の手によって為された可能性が極めて高いかと。裂傷の形状や幾つかの戦闘痕はモンスターによるものであるとは到底考えられないものです。そして、優先的に飛竜が狩られていることも、モンスターがやったにしては明らかに不自然です」
簡潔に男が告げると、もう一人の男は資料をめくりながら、深く眉を寄せた。紙をめくる音だけが静かに響く。
やがて沈黙を破るように、低く、重みのある声が落ちた。
「しかし、あの規模と痕跡の少なさでの密猟など前例がない。それに、遺骸はモンスターに食い荒らされた形跡こそあれ、ほとんど手付かずと聞いている。密猟者が甲殻や鱗をそのまま残すなど、あり得ぬ話だ。それに、あれほどの奥地で飛竜を狩れる者など限られている。一流のハンターでなければまず無理だろう。そして、そんな腕の持ち主であれば、密猟などしなくとも正当な報酬を得る術はいくらでもあるはずだ」
男の声音には懐疑と警戒が滲んでいた。その目は資料から離れ、まっすぐに相手の顔を見つめる。
「ええ。活動領域の広さからしても、個人である可能性は低いと見ています。現在のところ仮説の域を出ませんが、おそらく、何らかの組織的な密猟と考えるのが妥当かと。目的は定かではありませんが、推測するに希少部位の採取かと。一部の素材が、特定の儀式や禁術に用いられているという報告もあります」
男はわずかに目を伏せ、言葉を慎重に選んだ。確証なき情報を扱うことの危うさを理解している者の話し方だった。
「ふむ……つまり、背後にいるのはそうした密猟団体か。それとも貴族か、王族の関与すら視野に入れていると?」
「いえ、あくまでも排除すべきではないというだけです。確証はありません。ただ、今回ばかりは、いつも以上に慎重な対応が求められるかと。」
言葉を遮ることなく受けた男は、再び椅子に深く腰掛け直した。その態度に、決意が静かに滲む。
「……分かった。この件については、正式に調査班を設ける。必要な人員、装備、拠点の確保について、優先的に進めてくれ。」
「それならば、こちらに。」
立っていた男が懐からもう一枚の書類を取り出し、静かに机の上へ置いた。そこには、すでに数名の名前と予備的な行動案が記されていた。
「用意がいいな。なるほど、“未確認モンスターの調査”というのは良い名目だ。して、そのモンスターの名前はどうする? あまり露骨では勘付かれるぞ。」
わずかに口元を引き締め、男は確信に満ちた声で応えた。
「はい、未知のモンスター、イビルジョー亜種の調査として。」
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