ある老人の男性が書店の前で立ち止まった。
立ち止まった理由は店頭一面に並ぶ一冊の本。ベストセラーと書かれたその本を手に取ってみると横から店員に話しかけられる。
「いらっしゃいませ」
老人は耳につけていたイヤホンを取り店員に返す。
「こんにちは。少し質問してもいいかな」
「ええ。大丈夫ですよ」
「この本はいつから発売されているのかな」
「ああ、その本は1か月くらい前からですね。学術書なんですけどすごい売れているんですよ」
「この表紙に書かれているのは?」
「ああこれは……あ、丁度いま店内で流れている曲です。この曲を歌った人に当てた言葉なんですけど……ちょっと説明が難しいですね」
店内から歌がうっすらと聞こえてくる。老人はすこし微笑みながら答える。
「ああ、すまない。なら大丈夫だ。……少しだけ本の中身を見てもよいかな?」
「ええ、構いませんよ。気に入りましたらぜひご購入を」
老人はホログラムに手をかざし表紙をスライドさせる。
――――――――――
はじめに
本書の表紙に描かれてある『She is the only idol.』とは2201電波ジャック事件の犯人である■■が残した言葉である。■■は初めて世界の真実にたどり着いた人物である。彼に関する情報は非常に少なく、当時彼が何を考えていたのかは誰にも分からない。しかし事実のみを述べるならば、彼は偶然世界の真実にたどり着き、全世界の放映媒体にハッキングする技術を持ち得ながら、一つのミュージックビデオを放映したことである。電波ジャックにより流された映像は、主要言語10言語で書かれた『この映像は全世界で放映されています』という文字の後に、ミュージックビデオ『■■』が流され、最後に『She is the only idol.』という文が7分近く映し出されて終了した。あの瞬間、世界中の誰もがこの映像に注目し心を奪われたのだ。
――――――――――
老人はウィンドウを閉じる。
「せっかく読ませてもらったのにすまないね。遠慮させてもらうよ」
「全然大丈夫です。またのご利用お待ちしております」
「ありがとう」
そういうと老人はイヤホンを耳につけ再び歩き出す。
老人が去っていった後で店員が不思議そうにつぶやいた。
「さっきの人、耳に何を入れていたんだ?」
イヤホンは2078年にあらゆる種類の製品が製造を終了している。
――――――――――
「君、異動だから」
「はぁ」
朝一番、新任の上司に呼び出されたと思ったら、唐突な異動通知を突きつけられた。俺は情けない返事をするが驚きはなかった。
気にくわないのだろう。俺は前任の上司にお世話になっていたし、彼に変わってからはグループの指針を決めていたのは実質的に俺だった。
彼はシステムエンジニアとしての経歴がないため、ちぐはぐな指示を出すことも多く、部下からも彼ではなく俺に頼られることが多かった。
俺がいなくなればこのグループを好きなようにできると思っているのだ。
「1週間後な。引継ぎ資料は作っとけよ」
「分かりました」
異論はない。例え破滅が分かっていても上に従うのがサラリーマンだ。
ただ一つだけ気になったことを尋ねる。
「異動先だけでも教えていただけませんか」
上司はにやりと笑い答える。
「不要島だ」
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2201電波ジャック事件
23世紀革命はいつから始まったのか。一般的な論説においては2221年の中国(旧中央亜細亜合衆国)の廃棄革命及びその事前運動からといわれている。一方で最近では2201電波ジャック事件から23世紀革命が始まったという論説もしばしば見られるようになった。筆者による意見は控えさせていただくが、2201電波ジャック事件が廃棄革命のリーダー■■に大きく影響を与えたことは彼の手記から読み取れ、無関係とはいえないため本事件から解説させていただく。
2201年4月1日、全世界のあらゆる放映機器に電波ジャックが起き10分程度の映像が流された。犯人の名前は■■。■■歳。■■。当時■■社のエンジニアであった。しかし、事件後■■社及びアメリカ政府が彼の情報を徹底的に消去したため詳しい情報までは分からない。これから書かれる情報は彼の職場の関係者からの聞き込みや状況証拠からの推測であることは先に明記しておく。
――――――――――
船に揺られること30分。
俺は新たな勤務地へと上陸した。といっても住民が100人にも満たない小さな島である。
特徴的なのは島の大部分を占める廃棄物だ。
この島は主に金属製の廃棄物が集められており、会社はこの中からリサイクルできる部品や金属を回収する活動を行っている。
毎週どこからか運ばれてくるため、島中のあちらこちらでゴミの山ができていた。種類は様々で建築に使うであろう鉄製の棒から、古くて使われなくなった家電、何の用途に使うか分からない電子機器などがある。
俺は島の住民かつ作業員である社員に挨拶をしつつグループリーダーである羽原に話しかけた。
「初めまして。ここに異動になりました――」
彼は俺の挨拶を無視し作業場の方へと歩いて行く。俺は追いかけながら話を続けた。
「羽原さん、今後の業務で相談が……」
今後の相談を持ちかけたとき、羽原さんが振り返る。彼は険しい顔つきで言い放った。
「いいか、俺から言うことは一つだけだ。口出しするな。そして俺たちの邪魔をするな」
「……分かりました。できれば教えていただきたいのですが、前任者はどこで作業していましたか?」
口出しをするもなにも俺はここでの業務について何も知らない。
せめて前任者が残した引き継ぎ資料やマニュアルを探すため質問するが、彼から返っていた答えは想定外のものだった。
「あ?前任者なんていねぇよ。俺たちは本社のAIから送られてくる指示に従っているだけだからな。いいか。邪魔だけはするなよ」
聞いたことのない部署だとは思っていたが、まさか存在しない部署だとは思ってもいなかった。
――――――――――
彼は■■社の優秀なエンジニアであり入社してから■■年はシステム開発部に所属していた。しかし、上司の出世競争に巻き込まれ2200年に環境保護活動部■■室■■島担当へと左遷の命令が下されている。■■社の環境保護活動部は世間に対しての広報の一環でしかなく、お飾りの部署であったという。その中でも■■室■■島は本来AIに任せていた業務であり、保護監督業務という新たな仕事を与えてまで彼は左遷された。また、保護監督とは聞こえのいいものの、現場ではグループリーダーが仕切っており、現場に口出しをしないよう言われていた。当時、日本州は厳格な情報規制及び娯楽規制が行われていた。戦後まもない頃に生まれた彼にとって仕事を与えないことはアイデンティティの崩壊を招きかねないことであると推測できる。
――――――――――
1ヶ月が経った。
何も教えてもらえないながらも、現場の業務を観察することで様々なことが分かってきた。
ここでの業務は、廃棄物をリサイクルできるものとできないものに分け、それらを取り出し解体することだ。
本社からAIが判断した作業指示が送られてくるが、羽原さんはその指示をすべて無視し独自の判断で作業を行っているようだ。
そのせいか、この島は他の廃棄場と比べ作業進捗率が少し悪かった。
今日の作業進捗をメモし帰ろうとした際、プレハブ部屋に明かりがついているのが見える。中をのぞくと最も若手である作業員がモニターの前で作業をしていた。
俺は中に入り話しかける。
「何をやっているんですか?」
「本社への報告書の作成です。一番若手がやらないといけないので……」
「なるほど」
「これが資料ですか……見にくいですね」
「ああ、すみません。朝、親方が出した指示をメモしてすべて書かないといけないんです」
「なるほど……これが1か月分あると」
「へへ。面倒臭くていつも1か月まとめてやるんですよ」
「……中島君。次回から俺にも手伝わせてくれないですか?」
「え、いいんですか?!あ、でも親方が……」
「ああ、報告書は君が書きます。ただ、効率化の手伝いを俺がします」
「効率化?」
「はい。もし仕事中にこんな見た目の機器を見つけたら俺に教えてくれませんか?」
〇
「中島!何やってる!」
「朝礼のメモを取ってます」
「なんだそれは!」
「俺が作りました」
「今までの報告書から羽原さんの指示をパターン化しチェックリストにすることで、メモを取る必要がなくなります。また、あの機器で今日の作業指示を選択した時点で報告書が自動で書かれるようソフトを組みました。それと――」「駄目だ。」
「朝礼の指示はメモ帳に手で書いてやれ。ここでは今までそうやってきている。その変な機械を使うな」
「……なぜですか。こっちのほうが効率的――「言ったよな。邪魔をするなって。俺達には俺たちのやり方があるんだ。お前は黙って見ておけ」
「中島さん、気にしなくて大丈夫です。羽原さんの指示に従ってください」
「でも……」
「ここではそういうルールですから」
〇
「羽原さん、少しお時間よろしいですか」
「あ?よろしくねえよ」
「この前の中島さんの件ですが、すみませんでした。勝手に行動してしまい」
「あの一件いらい、俺は考えていました。ここのやり方を」
「ほかの作業場と比べここは作業進捗が悪いです。しかしその代わり圧倒的に事故が少ない」
「羽原さん、あなたがAIの作業指示に従わず独自の指示を出すのはそれが理由ですね。あなたは現場の人間の安全を第一に考えていた。違いますか」
「俺はこの仕事が長いからよ。いろんな光景を見てきた。わかることは本社の人間は俺たちを人とは思ってねぇ。そんな奴らの指示に従ってたら命がいくつあっても足りねぇ」
「ずっと思ってたんだ。俺が親方になったら部下を絶対に危険なことはさせねぇってな」
「中島さんの件も推測ができます。彼を教育していたんですね」
「ああ。人は手を動かさねぇと覚えねぇ。特にあいつは面倒くさがりだからな」
「羽原さん、それを踏まえて提案があります」
「なんだ」
「事故の可能性を減らしつつ効率化をはかる。そんな夢のよう提案です」
〇
「おはようございます」
「おざまーす!」
「おお!兄ちゃん!今日もよろしくな」
「はい!皆さんもよろしくお願いします」
「兄ちゃんが作ってくれたこの眼鏡いいな!最初はちらちらして鬱陶しかったけど、慣れたら便利で最高だわ」
「ありがとうございます」
「また、何か機械見つけたら使えねえか見せに来るよ」
「あ、そういえば昨日こんなの見つけたんだけどよ。何かに使えねぇか」
「これは……おそらくPCですね」
――――――――――
異動から■■ヶ月後、彼はめげずに現場の作業員と交流を交わし一定の信頼を得ていたことが分かっている。特に廃棄部品のIRゴーグルを再利用し、■■作業専用のソフトウェアを作成し効率化したことが評価されたようだ。作業員はより効率化を図るため電子機器類を見つけると彼に何か使えないか相談するようになった。そこで初めて戦前のPCや物理サーバーを見つけ、旧時代の情報を入手するようになったことが推測できる。
――――――――――
「兄ちゃん、PC中身何が入ってたんだ?」
「……」
「どうしたんだ、あいつ?」
俺は彼らの言葉が一切耳に入っていなかった。
PCの中に入っていた一つの音声ファイル。その音声ファイルは3分程度の歌だった。しかしその歌を聞いたとき、俺は言葉を失った。
感動だ。
俺は今、感動を聴いている。
こんな素晴らしいものがこの世にあったなんて。
もっと聴きたい。いつまでも。
「……これからほかにPCを見つけたら極力俺のもとへ持ってきてください。お願いします」
「へ?まぁ別にいいけどよ」
俺は様々な感情を処理しながらなんとか作業員の方にお願いをする。
〇
「おお!部屋がすごいことになってる」
「ああ、中島さんですか。モニターを増やしてみました。これで各IRゴーグルの視点を確認することで作業進捗がわかります」
「なるほど……」
「作業中以外はカメラをオフにしているのでプライバシーには配慮していますよ」
「さてと……行ったか」
俺は島に廃棄されたPCやモニターをつなぎIRゴーグルから送られる情報を管理する業務についていた。
そしてその裏で見つかったPCや物理サーバーからあの歌について様々な情報を調べていた。戦前の日本は娯楽が発展しており様々な架空の人物や事象を描いた作品が作られていたらしい。
ほとんどは内容までは見られなくなっているが、タイトルからどんな内容だったか想像するだけでも面白い。
そして何よりあの歌についてもっと知りたい。
今でも暇さえあれば聞いているが、いまだにあの歌について情報は何も見つかっていなかった。
「それにしても……なんか違和感があるんだよな」
政府はなぜこれらの娯楽を規制しているのだろうか。
もちろん、規制する理由は明らかだ。
なぜなら人類は悪だから。
人類は優秀な指導者に導いてもらわなければ、互いに殺しあう野蛮な生物だ。第三次世界大戦の結果を見れば明らかだろう。
どれだけの人々が互いに殺しあったのだろうか。戦前と比べて
それゆえ、慎ましやかに生きるため娯楽といった感情を煽るものを禁止にしているのだろう。
しかし、今の俺にはこれらの音楽や動画が人々を殺し合わせるとは思うことができなかった。
〇
「お世話になりました」
「坊主か。そういえば今日で最終日だったな」
「ええ。まさか前の部署に戻されるとは……」
不要島へ来て一年。俺は再び異動通知を受け取った。
移動先はまさかの元いたシステム開発部。俺がいなくなった結果作業が大幅に遅れ、様々なプロジェクトが中止になったらしい。
その結果俺を移動にした上司が左遷されたとか……
「羽原さん。ありがとうございました。羽原さんのおかげで自分が何をすべきか分かった気がします」
ここで学んだことは非常に大きい。
あの歌との出会いもそうだが、何より仕事とそして人生と向き合うきっかけになった。
「違うな」
「え?」
「するべきなんて誰も決めることはできねぇ。自分でさえな。ただ坊主自身がやりたいかどうか。そこが重要だ」
「なにをやりたいか……ですか」
「ああ。正直に生きろ。誤魔化したっていつかぼろが出る」
「……はい。肝に銘じます」
「それと、もしやりたいことが見つかったら人に頼れ。自分にはできなくてもほかの人ならできることもある」
もしかしたらこれは羽原さんなりの俺に対するエールなのかもしれない。
「ありがとうございます」
――――――――――
彼がPCから手に入れた情報の中で最も影響を与えたと考えられるものは、ミュージックビデオ『■■』だろう。娯楽規制が行われていた日本州では『■■』が国歌以外で初めて聞いた音楽である可能性は非常に高く、彼の中で衝撃を受けたのは間違いない。当時の作業員によりとある時期から常に彼がイヤホンで音楽を聴いていた目撃事例が確認されている。そして、ここからは推測の域を出ないが、『■■』の情報を集める過程で彼は世界の真実にたどり着いたのではないだろうか。戦前の情勢と社会文化。第三次世界大戦の正確な戦況。■■社の不自然な成長と政界進出。そして現政府の歪な支配と洗脳教育。これらは電波ジャック事件以降、ミュージックビデオ『■■』を追うと同時に知ることとなる情報である。
――――――――――
「やはりそうだ。あの島で手に入れた情報は昔のネットワークシステムのものだったんだ」
本社に戻ってからも俺はあの歌の情報を追っていた。
しかし、一切情報は出てこない。
というのも既存のネットワークでは戦前の情報がかなり少なかったからだ。
あそこにあった物理サーバーの残骸は戦時中のもので、当時はインターネットというグローバルネットワークシステムを活用していたらしい。
俺は自宅にあるPCからなんとかまだ動いているインターネットに接続できないかと試行錯誤してみたが接続することができなかった。どころか、あの島で手に入れたデータを読み込むことすらできなかった。
どうもある一定の時期より前のデータはロックがかかる仕組みになっているようだ。
あの島のPCでは見ることができたので最近のコンピュータになってからだろう。
「ならやりようがあるってね」
俺はもう一つのPCを起動させる。
これはあの島から一台だけ持ってきた旧型のものだ。
これならインターネットに接続できるはず。もしまだ動いていたらの話だが。
多くのセキュリティを潜り抜け俺はついにインターネットに接続する。どうやらアフリカや南米のいくつかの地域ではまだ動いているらしい。
そこで戦前の日本についての情報を探っていると不可解な情報が明らかになっていった。
「なんだこれ?」
それは日本が当時平和かつ治安の良い国であったことがわかる記事だ。
おかしい。
日本は他の文化や宗教を武力で排除する排他的な国であったと教わった。世界で初めて戦争で核爆弾を使用したのがその証拠である。
しかし、今見ている記事ではこのように書かれているのだ。
日本は初めて核爆弾の被害を受けた国であると。
――――――――――
ミュージックビデオ『■■』は2025年に作成された一般的な楽曲である。歌詞も現状をまるで預言したかのようなものもあるが矛盾する箇所も多く、当時の社会情勢や文化において作成されうる創作の一種に過ぎない。現在、これ以上の情報は明らかになっていない。
――――――――――
核爆弾の使用により第三次世界大戦が勃発し、世界中で核爆弾が落とされた。誰もが放射能汚染を危惧したが、そんななかとあるアメリカの企業が放射性物質を別の物質へと転換する新たな元素を発見する。その新元素によって作られたものは放射能を完全に遮断するのは勿論、核爆発の影響により残った放射性物質を無力化する技術を開発した。しかし、その結果戦争はさらに激化した。人類は放射能を克服したが故に核爆弾の使用を躊躇わなくなり、世界中の都市に核爆弾が落とされ人類の数は戦前の四分の一にまで減少した。全ての国が致命的な被害を受けたがそこに手を差し伸べたのがアメリカである。アメリカは企業との連携により即座に復興し、他の国へと援助を行った。そして覇権国家となったアメリカは今では世界を手中に納め、このような悲劇を繰り返さないため大規模な情報規制をと言論統制を行うようになった。
これがこの世界の本当の歴史だ。
しかしまだ不明な点は多い。その企業が新元素を発見した経緯や、不自然なアメリカの戦後の復興速度。小国が保持していた核爆弾数の乖離や、核戦争への移行のきっかけとなる大量の核ミサイル発射。なにより第三次世界大戦が激化すればするほど、この企業の資産が加速度的に上がっていったという事実。
そして現在、その企業がアメリカを通じて世界を管理している。つまり――
最悪の仮定を思いついたところで俺はこれ以上考えることを止める。
知ってどうする。
これ以上、知って俺に何ができる。
俺たちが教えられてきた歴史は曲げられたものだった。
しかしそれを世間に訴えたところで誰が信じるだろうか。
どころか政府に目をつけられ身に危険が及ぶ可能性の方が高いだろう。
真実を世間に教える義理はない。
そんなことをしなくても明日は廻ってくる。
昔の人に比べて縛られた生活かもしれないけれど、だからと言って決して人々は不幸ではないはずだ。
俺がするべきことではない――と思ったとき、ある言葉を思い出した。
『するべきなんて誰も決めることはできねぇ。自分でさえな。ただ坊主自身がやりたいかどうか。そこが重要だ』
俺がやりたいかどうか。
俺はなんでこんなことをしている?
何か目的があったはずだ。
俺は世界の真実を知りたかったんじゃない。
そう――
「あの歌をもっと聴きたかったんだ」
――――――――――
インターネットとは第三次世界大戦以前に使われていたグローバルネットワークシステムである。第三次世界大戦は核戦争であるがその裏では様々な情報戦が行われていた。特にインターネットを利用した世論の操作や国営に響くほどのサイバー攻撃などが日常的に行われるようになった。そこで、各の国家が独自のネットワークシステムを組みインフラ化していき、インターネットはセキュリティの脆弱性などから使われないようになった。戦後、覇権国家として返り咲いたアメリカは自国と周辺国のネットワークシステムを管理し、インターネットへの接続を禁止している。その裏でインターネットに合った戦前の情報を規制し多くの管理サーバーを廃棄した。国民に対して管理する上で都合のよい情報しか見せないようにしたのである。
――――――――――
「お久しぶりです」
俺は半年ぶりに不要島へ訪れ羽原さんに挨拶をする。
「なんだもう戻ってきたのか。意外と早かったな」
「何やらかしたんだ?それともまた嫌がらせか?」
「いえ。仕事はやめました」
羽原さんの眉が少し上がる。
「そうか」
「今日はお願いがあってきました」
「弟子は取る気ねぇぞ」
「ははは。残念ながら違います。やりたいことが見つかりましたから」
俺は深く頭を下げる。
「力を貸してください」
10秒近くの沈黙があった後、羽原が大きく笑う。
「そういえばそんな事言ったけか。いいよ。何が欲しいんだ」
「ありがとうございます。とりあえずPCとモニターですね。それとプレハブにあるPCから少しデータをうつします」
「あーPCは見つかるだろうけどよ。モニターはねぇかもな。最近見かけねえし多分取り尽くした」
「マジですか!あーじゃあこの際ブラウン菅テレビでも構いません」
羽原さんはニヤリと笑う。
「何やるつもりだ?」
俺は少し考えるフリをして答えた。
「布教です」
――――――――――
■■はインターネットに接続し多くの情報を得たことは明らかである。そして全世界への電波ジャックを計画した。残る謎はなぜミュージックビデオ『■■』を放映したかである。彼が電波ジャックを成功した時間は10分弱でありそれだけあれば、■■社の様々な陰謀や国民の不当な扱いについて訴えることはできただろう。また、それ以前に真実を知ってなお沈黙するという決断もできたはずである。しかし、彼は自身の命と引き換えに『■■』を放映した。そこには明確な彼の意思が存在するはずである。彼が残した言葉は『この映像は全世界で放映されています』と『She is the only idol.』である。言葉の通りにとらえるならば、この全世界でこの瞬間彼女だけがアイドルであること主張したかったように捉えることができる。また、言葉や映像に深い意味はなく全世界で電波ジャックされたという事実と、第三者に自身を追わせる過程で戦前の情報を知らせることが目的だったという仮説もある。
――――――――――
そして、その日はやってきた。
俺は最終チェックを行いながら早まる鼓動を鎮めようとする。
第三次世界大戦とか、政府の陰謀とか、洗脳教育とか全て己にとってどうでもいいことだ。世界を変えようだなんて思っていない。
俺はただ皆に知ってもらいたいだけだ。
この世にはこんなに良いものがあるんだと。
そして、俺がこの歌を初めて聞いた時のように、誰かを動かす原動力になれたら少し嬉しい。
プログラムを実行し20分。準備が整ったようだ。
さぁ聴け。
俺はこの歌が大大大好きだ!
音楽が流れ始めた。
――――――――――
筆者としては放映後の文章である『She is the only idol.』に注目したい。彼が日常的に使用していた言語は日本語であり『この映像は全世界で放映されています』も主要言語10言語の中で日本語が最も大きく表記されている。そのことから英語にすることで翻訳の幅を与えたかったのではないかと推測できる。つまり『She is the only idol.』とは『彼女だけがアイドルだ』ではなく『彼女だけしかアイドルがいない』とも捉えられるようにしたのではないだろうか。そう捉えた場合、『She is the only idol.』は歌手の唯一性を唱えているのではなく、社会に対する喪失感を嘆いた言葉なのかもしれない。
事件当日、電波ジャックが起こりミュージックビデオ『■■』が放映される頃には、彼が潜伏していたとされる拠点に警察が乗り込んでいたという。というのも、電波ジャックの20分近く前から準備は始まっており世界各地でハッキングが起こっていた。その際、逆探知により拠点の住所が割れていたのだ。警察が部屋に押し入ると同時に彼は自作の爆弾で自爆をし、その後病院で死亡が確認された。しかし、この警察の発表も不自然な点が多い。当日の彼の検死記録が存在しない点や、自殺を図れるほどの威力の爆弾は当時の日本では作成ではないという見解があるためだ。また、警察の隠蔽体質も明らかになっており、犯人を捕まえることができなかったため隠蔽した可能性は十分あり得る。もし、彼が生きているのならば今は■■歳。どこかで『■■』を聞きながらこの彩られた世界を楽しんでいるではないだろうか。