浴槽の静寂——崩れていくウェディングを、ただ見つめる
湯気がふわりと立ち込め、曇った鏡がぼんやりと光を受けている。浴室に響くのは、微かな水音と、呼吸の気配だけ。
湯に沈む彼女の姿は、いつも通り冷静で、何も感じていないかのようだった。表情を崩さず、理知的な態度を保ち、どんな状況でも「耐える」ことを選ぶ。
……でも、それがいつまで続くのか、試してみたくなるのは当然じゃない?
静かに体を動かし、湯の中で足元を滑らせる。気取られないように、ゆるやかに、さりげなく。向かい合っていた位置から半円を描くように移動し、背後へと回り込む。
するりと、背中に腕を回す。
肌と肌が触れ合い、柔らかな熱がじんわりと伝わる。
「んふふ……ねぇ、ウェディング?」
耳元で囁くと、肩がわずかに強張る。
「……何の意図が?」
冷静な声。しかし、ほんの少し硬さが混じっている。
密着するように、腕の力をわずかに強める。
「んー……こうしたら、どんな反応するのかな~って思って♪」
分析しようとしているのが伝わる。でも、それで思考が追いつくほど単純な状況じゃない。
湯の中で指を動かし、不意に鎖骨の上をなぞる。
「……っ」
一瞬、小さく肩が揺れた。
やっぱり。
こういうのには慣れていない。何も感じていないふりをしても、こうした無意識の動きまでは抑えられない。
さらに指を滑らせる。
背中をなぞり、湯の中に沈めたかと思えば、不意に爪を立てる。
「……。」
喉が微かに震えた。
……可愛いなぁ。
言葉にはしない。でも、ちゃんと感じてる。
指をゆっくりと腕に滑らせ、耳元へ顔を寄せる。
「ねぇ、耳、弱い?」
ふう……
ゆっくりと吐息をかけると、ぞくりと背中が震えた。
沈黙。
でも、この沈黙こそが答え。
さらに追い詰めるように囁く。
「こういうのって、ずっと耐えられるものなの?」
耐えられるはずがない。
でも、限界まで耐えようとするのが彼女。
……だから、もっと試したくなる。
背中へと密着し、さらに身体を寄せる。
指先が、腕をなぞる。
その時——
ゆっくりと手が持ち上げられた。
あれ……?
思わず目を細める。
そして——
そっと、指先を握られた。
唯一の抵抗だった。
「……っ。」
微かに震える指先。掠れた呼吸。
押し戻そうとしているのに、あまりにも弱く、ただ触れているだけ。
——もう、限界なんだね。
そっと指を解いた。
「……そっか、ごめんね。」
囁きながら、腕の力を抜き、ゆっくりと距離を戻す。
密着していた肌が離れ、湯の中に小さな波が生まれる。
……でも、何かが違う。
ふと動きを止めた。
ウェディングが、動かない。
(……?)
まだ、もたれかかったまま。
身体の力が抜け、背中がこちらに預けられている。
本人すら、それに気づいていないのかもしれない。
静かに、彼女の横顔を見つめた。
そして——
ふ……はぁ……
小さく、浅い息が漏れた。
(……。)
息が乱れてる。
抑えようとしている。でも、もう制御できない。
無意識に、呼吸が浅くなっている。
じっと、それを見つめる。
「……。」
肩がわずかに上下し、震えるように繰り返される浅い呼吸。
何も言わない。でも、もう言葉なんて必要ない。
静かに微笑む。
「……ねぇ、ウェディング?」
くすくすと、微かに笑いながら、そっと囁く。
「こういうのも……悪くないでしょ?」
彼女は何も言わなかった。
ただ、湯の温もりに身を預け、静かに 息を漏らすことしかできなかった。