山賊大将シュヴェーリン   作:芝三十郎

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オルクセン二次創作。書籍版5巻まで読了後推奨。 台頭するオルクセン王国に、人族の大国が連合して侵攻。オルクセン王は不利な決戦を強いられる。その前夜、シュヴェーリンは王と邂逅し、その内心を垣間見る。


決戦前夜

 二年後、オルクセン王国は人族の三大国から同時侵攻を受けた。

 

 西からはグロワール王国軍。東からはロヴァルナ帝国軍。そして南から迫るのは、実質的に二つに分裂してしまった神聖帝国の諸邦軍である。

 

 先の帝国継承戦争に乱入したオルクセン王は、帝位を争う女帝とアスカニア公の間に均衡を作り出した。王はまず女帝の直轄領を侵略し、その軍を撃破。領土割譲と引き換えに講和を結んだ。しかし軍を再編した女帝がアスカニアを圧倒しかけると、結んだばかりの講和を一方的に破棄。アスカニア公の帝位継承を支持すると称して再度介入した。その結果、両当事者とも決定的な勝利を得ないまま内戦は膠着した。

 

 キャメロットが仲介した講和条約において、皇帝家による神聖帝国支配は形骸化した。アスカニアは帝位を断念するかわりに半独立の王国となり、女帝の支配域は直轄地オストリッチに押し込められた。初期の戦争目的を達したのは南オルクセン回収に成功したアルブレヒト二世のみであった。

 

 いいようにあしらわれた女帝とアスカニア王が面白かろうはずもない。

 

 そこへ南オルクセンから悲報と流民が流れ込んだ。人族の支配から脱した南オルクセンのオークたちが、人族の地主や高利貸を次々に襲ったのだ。彼らは自分たちを農奴として虐待していた人間に報復し、その赤子まで食い殺した――という、まことしやかな噂が人族の恐怖と怒りを掻き立てた。決定打になったのは、野蛮なオークを教化せんと根を張っていた聖星教会が悉く焼き討ちされたことである。

 

 激怒した聖星教本山の呼びかけにより、諸国の民衆は前時代的な聖戦の狂熱に沸いた。女帝は、建前では地上における聖星教の守護者として、本音では復仇と国益のため、人族諸国に連合を呼びかけた。

 

 すると帝国諸邦はもとより、帝国と歴史的に対立してきたグロワールとロヴァルナまでもが出兵を約した。君主たちが揃って動いたのは、星神の召命や奇跡のゆえではない。彼らはオルクセンのあまりに機会主義的な振舞いを既存秩序の破壊だと捉えて危険視した。そして台頭する軍事的脅威を早期に叩き潰そうとしたのである。

 

 感情と打算が結びつき、かつてない人族連合が成立した。その人口を合すればオルクセンの実に三十倍にのぼる。

 

 勝利を確信した女帝はオルクセン王、彼女の臣下としてはヴィルトシュヴァイン辺境伯との封建契約を破棄し、全領地の没収を宣言。「魔王討つべし、オルクセン亡ぶべし」と唱え、遠征を号令した。グロワール、ロヴァルナ、アスカニアと帝国内の諸領邦が呼応して軍を発した。

 

 滅亡の危機に瀕したオルクセンの頼りは、ただ二つ。一つは、人口に対して異常なほど大規模で、徹底的に鍛えられた軍隊。だが、その兵力は人族連合の三分の一に満たない。それでも国民と将兵は意気軒高で、自軍の勝利を疑わない。もう一つの頼みの綱、アルブレヒト二世王の卓越した軍才を崇めるほどに信じきっているからだ。

 

 諸王国との開戦後、オルクセン軍は素早く南下してアスカニア軍を撃破した。かと思うと北に舞い戻ってオルクセン本土を守り、ロヴァルナ帝国の軍と、今や彼の国の属国と化したポルスカの軍をそれぞれ撃退した。その後、いまは再び南下している。

 

 オルクセン王は周到に配置した補給倉庫と素早い行進速度を活用し、別方向から来る敵の各個撃破をはかったのだ。

 

 それでも会戦の全てにおいて、オルクセン軍の兵数は敵より少なかった。しかし、どの戦いでも最後には横隊突撃、通称「オークの津波」が数に勝る敵戦列を粉砕した。

 

 今やオルクセン国王への人族の恐怖は畏怖へと変わりつつある。大国中で唯一、好意的中立を保った島国キャメロットでは、オークの王を英雄視する気運すら出始めている。目ざといキャメロット商人がアルブレヒト二世の肖像画を買い付けにきたほどである。

 

 当のオークたちの熱狂は言うまでもない。彼らはアルブレヒト二世を「大王」と呼ぶようになった。人族を倒してオークを救う、偉大なる英雄、アルブレヒト大王。

 

 

 しかし、その王が憔悴を見せている。軍議の首座に座る王のまぶたは腫れ、目の下に隈が浮いている。疲労の影は居並ぶ諸将にも落ち、夕刻の天幕内をさらに暗くしている。

 

 無理もない、と末席のシュヴェーリン大佐は思った。このところ会戦と急行軍の繰り返しだ。その上、南から迫る神聖帝国軍は、二年前のそれとは一変しており、オーク達の弱点を突いてきた。その結果が卓上にあらわれている。

 

「この地図はどこまで正確なのだ」

 

 そう疑問を呈したのは、一軍を預かるクライスト中将だ。これまでの会戦では、敵を崩壊させる最後の攻勢を担い、猛将の名を高めている。

 

「正直なところ、南へ行くほど曖昧になります。羊飼いから情報を集めましたが、将校が実地に確認したわけではありません」

 

 そう返答したのは侍従武官アンハルト中佐だ。作戦用地図を作るのは大王直属の副官と侍従武官たち、通称『幕僚本部』である。ただし彼らは作戦立案は行わない。作戦は常に王が自ら立てている。

 

「厄介なのはオストリッチの軽騎兵どもです。長距離の斥候はことごとく狩られ、戻って来ません」

 

 侍従武官はそう淡々と述べ、地図を扱うもう一つの部署の長に顔を向けた。

 

「兵站総監部もこれ以上の地図は持ちませぬ。この辺りは水運から遠い」

 

 丁寧に答えたのは兵站総監のゲルリッツ中将である。総監部は行軍、補給、宿営の計画を統括しているから、当然、詳細な地図を自ら作る。しかしその焦点は大河や街道、主要都市沿いに偏っている。

 

 両者の説明にクライスト中将は顔を不快げに歪めた。しかし彼が不満を口にするよりも早く、ツィーテン大佐が口を挟んだ。

 

「我らが軽騎兵に追いつけぬばかりに、奴らの跳梁を許しております。弁解の言葉もありません」

 

 日頃、寡黙な騎兵大佐が自ら発言するのは珍しい。輓馬が駿馬に追いつけないのは彼の責ではない。それでも謝罪せずにはいられないツィーテンの生真面目さに、クライストは口をつぐんだ。アンハルトは小柄な大佐に会釈した。

 

 頃やよしとばかり、宿将のゴルツ老が咳払いをして口を開いた。

 

「なあに、儂の若い頃に比べればずいぶん立派な地図よ。ともあれ、後はいかに戦うかじゃ。ここ、ラウエンベルグで」

 

 とは、地図の中央に書かれた小村の名である。敵軍の本営が置かれている。予定戦場は村の北方で、丘陵が散在する平原だ。土が悪く、産業といえば羊の放牧くらい。南オルクセンの南西の端で、主要道から外れた片田舎である。

 

 そんな場所が予定戦場となった原因は敵軍の動きによる。ゴルツ老はそれを確認した。

 

「我らは此度、間に合わなんだ。オストリッチとグロワールの両軍は小癪にも合流しおった。その数は多く見て六万。少なくとも五万を下ることはない」

 

 各個撃破がついに失敗していた。オルクセン軍は合流前に敵軍を叩こうと進軍して、僅かな差で果たせなかったのだ。原因は敵騎兵にある。

 

「軽騎兵に伝令を狩られ、竜騎兵にあちこちで銃撃されたせいじゃ。いや、我らの騎兵を責めるのではないぞ。飛び回るハエを叩けなかったとて騎士の名折れではない。騎兵には会戦で活躍してもらう。確認するが、我が王の作戦はこうじゃ」

 

 ゴルツは指し棒を使い、村の北西にある丘を示した。南下するオルクセン軍から見れば右前方である。

 

「まずは会戦前に右翼軍がヤヌスの丘に布陣して敵を引きつける。敵はここが戦場の端だと思っていよう。

 

 布陣を終えたら左翼軍が攻撃前進する。ペナヴェール中将の騎兵十個中隊にその側面を守って貰う。

 

 敵は、丘は陽動、左翼こそ主攻撃と考えて迎え撃とう。

 

 その間に丘よりさらに右翼側、沼地から騎兵主力を敵の背後にまわす。このために残る騎兵三十個中隊をツィーテン大佐に任せる」

 

 中将に十個中隊、大佐に三十個中隊という配分に異論はでない。難路での騎兵運用ならツィーテン以上の巧者はいないと、既に衆目が一致している。これまで大小の会戦で五度に三度までは騎兵が勝利のきっかけを作ったが、その先頭は常にツィーテンであった。

 

 わけても彼の武名を高めたのは、小型馬でも通行が難しい林を抜けて敵の側面に出現した時である。部下ともども全身枝葉まみれのまま突撃して「藪から出たツィーテン」の異名を受けた。

 

 一同から信頼のこもった視線を集めて、少将昇進が確実視されている騎兵大佐は「承った」と短く応じた。

 

 ゴルツ老の説明は結論を迎えた。

 

「騎兵の繞回(にょうかい)が成功したならば、クライスト中将の右翼軍が右斜めに前進。敵左翼を突き崩して片翼包囲に持ち込む。大王の作戦は以上じゃ」

 

 戦力を集中しての翼包囲。これもまたオルクセン王が多用してきた常勝戦法である。諸将は過去の勝利を思い出して目を輝かせた。

 

 ゴルツの視線を受け、王が口を開く。

 

「今一度、卿らの意見を尋ねたい」

 

 見回され、諸将は順々に答える。

 

「大王のご采配に従う限り、勝利に疑いもなし」

 

「まさしくワーレンシュタット会戦の再現です」

 

「誓って大王の御命令を果たしまする」

 

 皆が賛同、というより王の作戦への賛辞を述べた。一人一人が答えるたびに天幕内の意気が上がる。しかし王が都度返したのは無表情な頷きだけだった。

 

 諸将の端に立つシュヴェーリンもまた盛り上がりから無縁でいた。「将軍への教令」の末尾を締める言葉が脳裏に去来している。読み上げる高い声は半ばグスタフ少年のようでもあり、半ばアルブレヒト大王のようでもあった。

 

<…以上が、予の考える作戦の原則である。しかし、もし貴官が不明瞭な部分が残されていると考えたならば、ぜひ意見を具申してほしい。もし貴官の意見の方が優れているとすれば、予はそれに喜んで同意するであろう…>

 

 王が求めているのは世辞や追従ではない。

 

 シュヴェーリンは不意に口を開いた。

 

「私は不安があります」

 

 意外な発言者に視線が集中する。高位の貴族将校を差し置いて彼が発言したことはかつてなかった。

 

「騎兵の襲撃といい、素早い合流といい、敵は我らの動きを学んだように思えます。我らは誘い込まれているのではありませぬか」

 

 騒めきが天幕内に広まった。王への批判。誰もがそのようにとった。

 

「無礼な。陛下のご采配に何を言うか」

 

 クライスト中将が怒気を含んだ声で言い、さらに続けた。

 

「だいたい、だからどうするというのだ。今さら撤退せよとでも」

 

「は、それは…」

 

 シュヴェーリンは口篭った。ゴルツ老がやんわりと尋ねた。

 

「シュヴェーリン、我らは明日の作戦を議論しておる。何か代案があるのか」

 

「…いえ。失礼を致しました」

 

 彼は口を開いたことを恥じ、頭を下げた。だから自分を見つめる王の視線に気づくことはなかった。

 

「しからば、議は決してござる。大王よ」

 

 ゴルツに促されて王は立ち上がった。(てん)の毛皮で作らせた愛用の赤マントが勇ましい。表情は常にも増して決然としている。

 

「諸卿よ。此度、予の困難はいよいよ大を加え、これまで卿らが示してきた勇気と祖国愛のみに絶対の信頼をおくことはできなくなった。

 

 いまや時は至り、我が軍は三倍の敵を攻撃しようとする。兵の数や地形の如何は問うところではない。少しでも種族と祖国を救う可能性を見出したならば、オルクセン王はそれを試みずに銃を置きはしない。数学的な確実性がないのに絶望するのは卑怯である。

 

 我が軍の果敢な行動と、予の命令に対する卿らの正しい服従は、必ずや困難を克服する。全将兵にオルクセン国王の決意を知らしめよ」

 

 珍しく壮烈な演説であった。全将兵に、というのも異例である。従前の王は兵を機械視し、命令のままに動作することのみ要求してきたというのに。

 

 諸将は慄然とした。ゴルツ老に命じられて解散し、各々の部隊のもとへ戻る途上、彼らに会話は殆どなかった。

 

 

 

 

 その夜のことである。

 

 シュヴェーリンは敢えて習慣を守り、教令の音読をしようとした。しかし今夜だけは心が落ち着かず、少年に手伝わせて書き物をした。それを終えて少年を帰した後も、歴戦の牡の胸は不穏にざわついていた。

 

 寝付けぬのを幸いと、彼は夜間巡察を思い立った。

 

 大きな戦いの前は兵たちも落ち着きを失いがちだ。喧嘩や酩酊、脱走などが起こるかもしれない――とは口実で、彼の心が夜風を欲していただけのことだ。

 

 もう寝ている兵を起こさぬよう足音を抑え、小さな灯り一つをもって単身で宿営地を巡る。兵たちの天幕は身体を収めるのがやっとの大きさだ。それでも行軍の疲れからか、ほとんどの者はよく眠っていた。

 

 自分の連隊をざっと見回り、それでも気が収まらず、彼は足を伸ばした。

 

 そして別の灯りに行き合った。照らされたマントが赤い。

 

「シュヴェーリンではないか」

 

 紛れもなくアルブレヒト王の声だった。思わず跪こうとする。

 

「こ、これは陛下」

 

「そのままでよい。声も抑えよ」

 

 見れば、王が伴っているのはアンハルト中佐のみだ。護衛の近衛兵はいない。自軍の宿営地の中とはいえ、敵を間近にしてあまりにも豪胆だと言えた。

 

「御自ら巡視ですか。どうか護衛をもっとお連れ下さい」

 

「なに、ただの散歩よ。案ずるならお前も供をせよ」

 

 そう言ってさっさと歩きだした王に、慌てて付き従う。アンハルトが何とも言えない苦笑を見せた。彼も相当に止めはしたのだと分かった。

 

 あたりは鼾の音ばかりである。なにせ二万を超える兵がいる。

 

 ところが、天幕から少し離れたところに小さな焚火が見えた。その側で一兵だけが起き、何やら作業しているようだ。

 

 王の後について近づくと、兵の鼻歌と良い匂いが届いた。

 

 あいつ、菓子を焼いてやがる――と気づいた。支給の小麦粉を残しておいて水と練ったのだろう。もしかしたら、どこかで砂糖と牛酪(バター)も調達したのかもしれない。戦地には似合わない香りが鼻腔をくすぐり、シュヴェーリンは王の勘気を案じた。

 

 おい、早く気づけ、何とか誤魔化せ――と念じるが、兵は背を向けている。

 

 王は足をとめ、その背に向けて言った。

 

「戦友よ、いかにも香ばしい匂いよの」

 

 意外にも温かな声だった。しかし兵は振り向きもせずに言ってよこした。

 

「そりゃ、そうよ。分けてはやらねえぞ。匂いだけなら好きに嗅いでいきな」

 

 あの馬鹿が――とシュヴェーリンは思った。

 

 すると傍らで眠っていた二、三の兵が気づき、驚いて声をあげた。

 

「しっ、おい。やめろ」

「大王だ。陛下を知らないのか」

 

 しかし当の兵士は平然として、背を向けたまま笑って言った。

 

「へ、へへ。もし、ほんとにアルブが来たって、どうしたってんだい。俺は明日、王様に命を呉れてやろうってんだ。菓子まではやらねえよ」

 

 そう言ってまた鼻歌を再開した。

 

 振り返った王の顔は、かつてシュヴェーリンが見たことがないほど素朴な喜びに満ちていた。

 

「ふ、ふふ。では、帰るとしよう。どうやら我らは、今宵の宴には相伴できぬようだ」

 

 シュヴェーリンは安堵とともに苦笑し、王の後に続いた。

 

――我が王。兵士たちの王。明日もまた、兵どもは勇んでこの君のために死ぬだろう。オークの未来はこの大王のもとにある。その礎になれるなら、命は小鳥の羽よりも軽い。

 

 帰路、王は背を向けたまま彼に話しかけた。

 

「軍議では大儀であった。予の作戦に疑問を言ったのはお前だけだ。近ごろはゴルツも何も言わぬ」

 

「皆、陛下の采配を信じているのです。大変な失礼を…」

 

「いや、予もお前と同じ考えだ」

 

 シュヴェーリンは手に持った灯りを取り落とすかと思った。

 

「だが、今回はこれ以上の思案はない。予の軍略をもってしても」

 

 シュヴェーリンは動転のあまり、普段なら思いもつかないことを尋ねた。

 

「陛下は…如何にして用兵を学ばれたのですか」

 

 聞いてから、しまった、と思った。今日の自分はどうしてこうも無礼なのか。しかし、今宵の王は寛容な気分のようだった。

 

「アルビニーで友に習った」

 

「人族のご学友が」

 

「いや、先達にじゃ」

 

 王は足を止めて振り返った。

 

「アルビニーには図書館というものがある。そこで何百年、何千年前の本を読んで学んだ。過去の王や名将がいかに戦ったか。

 

 そして悟ったのだ。戦争には一つとして同じものはないが、勝利には法則がある。数や規律で勝る、要地を抑える、機動して隙を突く…。

 

 誰もがその道を見つけ、それによって勝った。アルビニーの将も、三百年前のグロワールの元帥もだ。かつて皇帝に抗ったオーク王も、二千年前の人間の皇帝すら同じだった」

 

 王の表情は柔らかかった。

 

「予は彼らを友のように思う。絶えず彼らに尋ね、教えを乞うておる。それで勝ってきた」

 

 シュヴェーリンは初めて王の用兵の秘密に触れた。誰からも聞いたことのない話だった。王は独語するように続けた。

 

「予も彼らの列に加わりたい。たとえ明日、死んでも…」

 

「そのようなことは!」

 

「何の不吉がある。皆、いずれ死ぬ。死んだ後に後世の礎になる。いずれ世界を動かそうと願う誰かが予の戦に学ぶであろう。私はその者らの友になりたい。そして死んだ後も生きる。例えオルクセンが亡び、為すこと全てが無に帰したとしても」

 

 シュヴェーリンは王の言葉、その全てに圧倒される思いがした。かつて考えたこともない思考に触れて、彼が言えたのは平凡な相槌だけだった。

 

「…そのようなものですか」

 

 王は薄く笑って肯定した。

 

 

 

「ああ。それが歴史というものよ」

 

 

 

 ぱちり、と何処かで薪が弾けた。それきり王は背を向け、また歩き始めた。

 

 その後に無言で従いながら、シュヴェーリンは王の言葉を反芻した。そして次第に理解した。並ぶ者なく傑出した王なればこそ、現世では誰より孤独であるに違いない。揺れる背中に英雄の哀しみが滲むように見えた。

 

 誰かがこの偉大な王、その深遠さの一端だけでも理解し、分かち合ってくれないものか。王が生涯をかけて求めるものは王国であり勝利でもあるが、その実は一個の理解者だけなのかもしれないのだ。

 

 間も無く天幕に着くと、王は「ではな」とだけ言って中に消えた。

 

 その後も立ち尽くしていると、終始無言で随行していたアンハルトが彼に声をかけた。

 

「大佐どのも、お休みになられた方が。明日は決戦です」

 

「ああ、うん…」

 

 明日は決戦。その言葉がシュヴェーリンの背を押した。戦いの不利を思えば、その後まで自分が生きているとは思えない。今夜、書いたばかりの手紙を嚢中から取り出した。

 

「アンハルトどの。これを…折をみて、陛下にお渡ししてはくれまいか」

 

「かしこまりました」

 

 侍従武官は何も尋ねずに引き受けた。そのあっけなさがシュヴェーリンを慌てさせた。

 

「いや、くれぐれも折をみて。急ぐものではないんじゃ。明日の会戦に勝って…その、いつかお時間のある時に。教令について、僭越ながら思うところを記したものです。では、どうか」

 

 シュヴェーリンは逃げるように辞去し、自分の天幕へ戻った。

 

 

 

 翌朝。早朝に宿営地を出発したオルクセン軍は、またしても少数の敵竜騎兵に銃撃で足止めされた。

 

 そして予定戦場に着く前に、作戦の破綻を知った。彼らが占領すべきヤヌスの丘が敵に奪われたのだ。

 

 敵に先んじる機動。要地の占領。これまでオルクセン軍を勝利に導いてきた王の軍略が敵に遅れをとった。

 

 王は丘に近づかないよう命じると、オーク騎兵の繞回(にょうかい)攻撃に望みを託し、予定通りに会戦の火蓋を切った。

 

 西の沼地からモヤが立ちのぼり、戦野の視界を遮っている。

 

 

 

(次話「あの丘を越えたなら」に続く)

 




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