山賊大将シュヴェーリン   作:芝三十郎

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オルクセン二次創作。書籍版5巻まで読了後推奨。 エルフィンドの将軍マルリアンは失脚の危機に直面する。彼女は一面識もない大将に救われ、かわりに無理難題を押し付けられる。


落星編
恐るべき二重奏


 その扉は良い木でできている。深い色合いの木目が美しい。それだけで開ける気が失せてくる。何もなくとも、高官の部屋に入るのは気が重い。特に一面識もない相手は。彼女はため息をついた。このところ偉い連中に突き回されて、すっかり嫌気がさしている。

 

 とはいえ、呼び出されては仕方ない。覚悟を決めると、服装を今一度確かめる。糊のきいた軍服、ぴかぴかの徽章類。階級章も真新しい――そろそろ、おさらばになるのだろうが。長めの尖り耳にかかった髪をさっと整えると、彼女は扉を叩いた。

 

 すぐに返事がある。声は「どうぞ」と言った。「入れ」ではない。それに意外を感じながら、彼女は少し高いところにあるドアノブをまわす。足を踏み入れたのは瀟洒な執務室だ。

 

 踵をそろえ、直ちに所属、名、階級を申告する。

 

「軍学校付ダリエンド・マルリアン二等少将、参りました」

 

「ご苦労、少将」

 

 座って出迎えた部屋の主人は、エルフだから当然に女性である。階級は大将。エルフィンド軍では元帥に次ぐ第二位の階級だ。といっても、元帥号は制度のみあって現任者はいない。すなわち部屋の主は軍の最高幹部の一人。サエルウェン・クーランディア陸軍参議官である。

 

 女はその階級章をつるだけ、当然かなりの年齢だ。それでも二〇代にしか見えないのはエルフ族の常。褐色の髪は短めに整えられ、颯爽とした軍人ぶりである。

 

 羨ましい――とマルリアンは思った。

 

「まあ、座りたまえ」

 

 相手は階級の割に気さくなたちのようだった。こちらを直立不動にさせたまま用向きを進めて当然のところ、立ち上がって応接ソファーに向かい、彼女にも勧める。どころか棚の下の方を開け、酒瓶らしいものを取り出した。

 

 マルリアンはすっかり面食らってしまったが、それを表には出さない。どのような罠か知れたものではないからだ。クーランディアの着席を待って自分も座りはするが、伸ばした背筋は崩さない。制帽も被ったままである。

 

 クーランディアは苦笑をみせた。

 

「楽にしたまえ。そう肩肘張られては話もできない」

 

「はい、ありがたくあります。参議官閣下」

 

 微動だにせず答えると、相手の苦笑はさらに深まった。

 

「やれやれ。ずいぶん苦労したようだな――査問会では」

 

 マルリアンは肯定も否定もしない。肯定すれば上層部批判。否定すれば反省がないと、どちらにしても罵倒されるに決まっているからだ。部屋の主は続けた。

 

「読ませてもらったよ。君の論文は」

 

 ほうら、おいでなすった――彼女は腹の底でそう思う。

 

 ところがクーランディアは酒瓶の栓を抜き、二つのグラフに注ぎ始めた。そして「どうぞ」と差し出す。様子が変だと思いながら、マルリアンはグラスの中の琥珀色に目を落とした。

 

「ありがとうございます。綺麗な色ですが、見ない酒ですな。こちらは…?」

 

「キャメロットの地酒だよ。麦酒を蒸留して熟成させたものだ」

 

「…珍しいものをお召しですね。佳い香りがします」

 

「強いから気を付け給え」

 

 マルリアンはいかにも真面目な表情を崩さず、グラスをもった。相手は「参ったよ」とでも言いそうな顔を浮かべると、制服の襟元を緩めて足を組んでみせた。

 

「私はそんなに怖い顔をしているかね?」

 

 マルリアンは威力偵察を放つことにした。不審な敵を探るには、小当たりしてみるに限る。

 

「気前よく酒を奢ってくれる上官には警戒を禁じ得ません。『はい、どうぞ』と、巨狼族に肉を差し出された小娘の心地でして」

 

 賢い狼が娘を肥え太らせ、後から餌にする。そういう昔話がある。

 

 斜に構えた答えに、相手は屈託のない笑いで返した。

 

「さすがは兵術教官の眼力だな。私も貴官の講義を聴講したいものだ」

 

「もう閉講になりましたよ」

 

「聞いているよ。無残なことをする。さぞ業腹だったろうな」

 

 そう言って、クーランディアはグラスをまわし、香りを立たせてから僅かに口に含んだ。

 

 彼女もそれに倣う。すると口内に強烈な印象が広がった。たしかに強い。しかし嚥下した後は不思議と不快さがない。苛烈な酒精なのに心地よい落ち着きを感じさせた。ついた吐息まで馥郁としている。

 

 思わず素直な感想がもれた。

 

「これは…良いものですな。奇妙に落ち着きます。霧に包まれた森のような。キャメロットがこんなものを輸出しているとは」

 

「いや、していないよ。できるわけがない。これは密造酒だからな」

 

 マルリアンは思わず噴き出した。

 

「そんなものをどうやって?」

 

「友人が駐箚公使になったのでね。向こうの闇市で買わせて、外交行李で送ってもらった」

 

「大将閣下と公使閣下が酒の密輸ですか。執務室に禁制品を置いておられるとは」

 

「自分の口に合いさえすれば、他人の意見は気にしないよ」

 

 そしてクーランディアはグラスを掲げてみせた。

 

「貴官のこともそうだ。安心していい。査問会で君をおもちゃにした連中とは一緒にしてくれるな。彼女たちほど優雅にはなれそうにないタチでね」

 

 くすりと笑ってしまえば、もう負けだ。マルリアンはようやく警戒を解いた。心持ち姿勢を楽にする。

 

「失礼いたしました。閣下を誤解しておったようです。それでは何故、私をお呼びに?」

 

「君、大人は自分の言論に責任を持たなくてはならんよ。君の論文だ」

 

 大人は、と言われたマルリアンの姿は小娘である。人族でいえば十二歳ほどにしか見えない。実年齢は二百歳余りの白エルフだが、どういうわけか少女の姿で成長が止まってしまったのだ。編み上げた長い金髪は深窓の令嬢を思わせる。見た目には、である。内面は手弱女でも幼女でもない。

 

 かつては幼い見た目を侮辱されるたび、迷わず手袋を投げつけたものだ。この時代の軍人にとって名誉の決闘は嗜みであり、挑まれて断れば憶病の汚名を受ける。彼女はその全てに勝利して名誉を守ってきた。今ではその武勇と果断ぶりは、軍内に知れ渡っている。

 

 その新たな証拠がローテーブルの上に置かれた。紙束の署名はダリエンド・マルリアン軍学校兵術教官、とある。なるほど彼女の論文だ。私費を投じて外国から資料を収集し、商人や旅行者に金をやって調査にあたらせ、分析を加えた大論文。そして題目は……

 

「『帝国継承戦争及び三年戦争におけるアルブレヒト二世の軍略とオルクセン軍の装備及び編成の考察』……もう少し偽装をこらすべきだったな。頭からこれでは、それは目をつけられる」

 

「と、仰いますと?」

 

「『アルブレヒト二世の』はまずかろう。『オルクスの』か、『騒々しい奴ら(メルイシス)の』でもよかった」

 

「それは客観的な表現とはいえません。それに結論までは偽装できません。どうせ彼女らが――いや、軍が私を罵るのは同じだったでしょう。恥知らずの臆病者であると」

 

 マルリアンが浮かべた自嘲の笑みを、クーランディアは敢えて無視したようだった。論文に目を落とし、その要旨を口にする。

 

「オルクセン軍は装備、練度、兵術の全てにおいて極めて優秀…それを率いるアルブレヒト二世王は当代随一の用兵家である。彼らは強い。我らエルフィンド軍より、はるかに。直ちにオルクセン軍を範とする軍改革に着手すべきものと考える…」

 

「軍人は現実を認めねばならないと信じます」

 

 クーランディアはグラスをもう一度口にした。そしてマルリアンの現状を要約してみせた。

 

「しかし軍中央の回答は罵倒と査問だった。我らエルフがオークより劣ると、そう主張しているといってな。軍学校での仕事も奪い、軍が次に何を与える気か分かるかね?」

 

「降格処分でしょう。私が軍学校付で留められているのは、階級を落としてから左遷するためです」

 

 マルリアンは断定した。そのような噂が敢えて彼女の耳に届くよう、手続きは公然と進められている。不明なのは、三等少将に下がるか、一挙に四等以下になるかだけだ。

 

「ご明察だ。だが、そうはならない」

 

 彼女は目つきを鋭くし、言葉の続きを待った。

 

「私も貴官と同意見なのだ。貴官ほど勇敢ではないから、表立って口に出さないだけでね」

 

「…閣下から援護射撃を頂きたかったものです」

 

「すまないが、役者不足だよ。大勢に逆らうほどの力は私にもなかった。口をつぐんで地位を保った方がいい。卑怯な話だが、そうすればこそ貴官を助けてもやれる」

 

「...本当に、二等少将に留まれると?」

 

「そうは言っていない」

 

 クーランディアは引き出しから木の小箱と一枚の紙を取り出し、机の上に示した。紙は任官書であった。

 

「人務のごり押しは得意技でね。おめでとう、マルリアン一等少将」

 

 あまりの展開に彼女は呆気にとられた。エルフィンド軍において一等少将と二等少将の差は大きい。一等にあがってようやく、出身氏族のしがらみを越えた指揮権と配置が手に入るのだ。

 

 信じ難いが、小箱には確かに新しい階級章が入っていた。組織のどこをどう押せばこのような魔術が可能になるのか、軍政から意図的に距離をとってきたマルリアンには想像もつかなかった。

 

「ご厚情、感謝の言葉もありません。一面識もない私のために…。それで、私はどのような無理難題を押し付けられるのでしょう?」

 

 降格から一転しての昇進。長命種族ゆえに人事上の硬直をおこしているエルフィンド軍において昇進はただでさえ難しい。代償がないとは考えられなかった。

 

「ふふ、ふはは。その通りだ。私は押し付けるつもりでいるよ。自分が押し付けられた無理難題の半ばまでを」

 

「と仰いますと?」

 

 クーランディアは先ほどの言葉を繰り返した。

 

「君、大人は自分の言葉に責任を持たねばならんよ」

 

「つまり――」

 

「そうだ。我々はオークどもとの戦いに備える。これは国務会議の決定事項だ」

 

 マルリアンの頭脳は急速に回転した。まず掴むべきは全般状況だ。

 

「オルクセンに攻め込む計画が?」

 

「いいや。政府はドワルシュタイン王国との同盟を決めた」

 

 クーランディアが少しく間を開けたのは、マルリアンに衝撃を受け止める時間を与えるためであったろう。

 

 エルフとドワーフは数千年来の仇敵である。ドワーフの国ドワルシュタインは、シルヴァン川の南北にまたがっている。シルヴァン川を神聖視するエルフたちにとって、ドワーフは聖地で繁殖した不衛生な獣である。

 

「ああ、そうだよ。我らエルフが、ドワーフの王国と手を結ぶのだ。そしてオルクセンがドワルシュタインに攻め込んでくれば、援軍として出る。その司令官に内定したのが私だ」

 

「それは…よく思い切れたものです。政府もドワーフどもも」

 

「やむを得ないさ。オークどもが脅威なのは本当だからな。唇が滅びれば歯は寒風に当たる。ドワルシュタインが征服されるのを傍観していたら、いずれ我ら単独で連中と戦うことになろう。それも我らの国土の内でだ…」

 

 オーク軍が神聖なシルヴァン川を越える。その想像にマルリアンは生理的な嫌悪を覚えた。軍人としての分析がそれに続く。

 

 彼女らの国土、ベレリアント半島までオークが侵入するのは、実は珍しくない。オルクセン地方では不作凶作が多い。そのような時、食うに困ったオークの傭兵だか山賊だかが、収穫期にシルヴァン川を越えて略奪に来ることは度々あった。たいていは防衛役のダークエルフたちが応戦して追い返してきたが、侵入した群れが大きい時は白エルフの軍を投入したこともある。彼女がそれを率いたことも。

 

 しかし、今のオーク達は昔とは一変している。来るとすれば群れではなく軍だ。最大で十万の大軍。恐るべき速度で行軍し、射撃し、そして突撃してくる星欧最強の軍勢。

 

 今のエルフィンド軍では勝てない。そう分析したのは彼女自身だ。ならばドワーフと合力するという政府の判断は、軍事的には頷ける。それで勝てるというわけではないが、単独で戦うよりはマシだ。

 

「まあ、ここまでは政府の決定事項だから、我々がどうこう言う余地はない。後は軍の仕事だ。そこで君の出番となる」

 

「身に余る光栄です。しかし、何故それほどまでに私を?」

 

 率直な質問に、大将はまた書類で答えた。棚の鍵のかかった引き出しを開け、取り出した冊子を机上におく。表紙はキャメロット語である。マルリアンはそれを読み上げた。

 

「……『将軍に与える教令』? これは…まさか、オークどもの」

 

 オーク王が自ら起草し、将校に配布しているという文書。エルフィンド軍の用語でいえば操典にあたり、戦闘から野営から、様々な要領が指定されているという話である。わけでも将軍にのみ与えられるそれは重要な軍事機密のはずだ。

 

 それをこともなげに取り出した大将は言った。

 

「貴官が論文で示した分析は、この教令とほとんど一致する。独力でそれだけの調査を為し、オーク王の軍略を読み解いた。その洞察を買いたい」

 

「……これがあれば、よほど楽に研究できました」

 

「軍機だからね。貴公には閲覧資格がなかった。二等少将のままでは」

 

 昇進の理由の一つがそれなのだと分かった。しかし、彼女にはまだ疑問がある。

 

「これの出所はどこです?」

 

「ラウエンベルグ会戦で戦死したオークの将軍がいる。その嚢中からグロワール騎兵が入手した」

 

「それがなぜここに? 翻訳までされて」

 

 クーランディアは無言のままグラスに口をつけた。中には琥珀色の密造酒。なるほど、冊子の表紙はキャメロット語だった。外交行李で運ばれたのは、酒だけではないということだった。

 

 しかし、マルリアンの疑問は消えない。

 

「…彼の国はオルクセンの友好国だと思っておりました。三年戦争では資金援助までしたはずです」

 

「それが、なぜ密かに態度を変えたのか。察しはつくかね?」

 

「いえ…」

 

「かの国がオークどもを助けたのは、帝国やグロワールを弱めるためだ。そのためにオルクセンは役に立った。だが…これを呉れた彼の国の外交官は言ったそうだよ。その時々で最も強い大陸国に対抗するのが、キャメロット外交の公理なのだと。我が国とドワルシュタインの秘密同盟を仲介したのも彼らだ」

 

「そうまでして。騒々しい奴ら(メルイシス)は用済みの猟犬ですか」

 

「いかにもそうだ。手を噛まれる前に躾をしたがっているのさ。自分の手は汚さずに」

 

「不遜にも我らを使って。いやはや、政治というものは」

 

 永遠の敵も、永遠の友もいない。あるのは自国の利益のみ。それが国家の論理なのだった。

 

 マルリアンには関わりたくない領域の話である。彼女は軍人でいたかった。いかにして戦い、いかにして勝つか。それだけを考え、その道を究めていたい。幸い、今回の彼女に求められているのは、それであるらしい。

 

 だから考えを切り替えた。晴れて実行できるのだ。彼女が必要だと信じ、自己の身分を危険にさらしてでも為した提案を。練りに練った案が口を突き、勢いよく溢れたでた。

 

「そういうことなら、直ちに軍改革の実施を。急いで全操典を改め、訓練を一変させねばなりません。今の射撃速度や行進では勝ち目はありませんからな。歩兵砲の導入も急務です。まずはオストリッチの模造砲を輸入しましょう。氏族への徴兵制も、今こそ――」

 

 クーランディアは手をあげて制した。

 

「すまない、私は貴官に誤解させたらしい。君に頼みたいのは軍改革の計画ではない。戦争計画だ。我々は既存の軍をもって戦わざるをえないのだ」

 

 マルリアンは目を見張った。そこまで状況が切迫しているとは想像の外に合った。政府はよほど具体的な情報を掴んでいるに違いない。

 

「…まさか。あの国の状況は耳に入っています。今のオークどもにそんな余力があるとは」

 

「来年の夏前には来寇するだろう」

 

「あと半年あまりで! 信じてよい情報なので?」

 

「奴ら、間違いなく準備を進めているよ。オルクセン国内の諜報網によればね」

 

「よく探れたものです。かの国内にエルフを潜らせるなど…」

 

 クーランディアの表情は意味ありげである。

 

「エルフではない、と? さりとてキャメロット人とも思えませんが」

 

 人族でも目立つのは同じだ。しかしオークに裏切者がそう多いとも思えない。そもそも急速に大国化したオルクセン国内に諜報網をはる余裕など、どこの国にあったというのか。

 

「君にも分からぬなら、まず安心だな」

 

「諜報網を作る時間など誰にもなかったはずです。あるとすれば、それは……元からあったとしか」

 

「そういうことだ」

 

 彼女はまたしても面食らった。この大将閣下は、ほとほと奇襲の上手らしい。

 

「奴らこそ、オークどもと蜜月だとばかり」

 

「ああ、蜜月だよ。しかし世には同床異夢ということもある。例えば人族は男女で結婚する。彼女らの社会での殺人だの裁判沙汰だのは、多くが夫婦間で起こるそうだ」

 

「なんとまあ。しかし、なぜです?」

 

「オークどもは戦費に金を使いすぎたのだな。戦争には勝ったが財政は破綻寸前だ。国債を償還するために大増税を行なっている。主には物品税と関税だ。

 

 知っているかい? 奴らの国ではコーヒー豆の値段が我が国の五倍になった。誰も飲めるはずがない。だから宿屋でコーヒーを頼んでも本物はでてこない。コーヒーを出すふりしてチコリーの煮汁を出すそうだ」

 

「閣下、チコリーとは?」

 

「ある種の菊の根のことだよ」

 

 マルリアンは生まれて初めてオークに同情を感じた。

 

「…気の毒な話ですな」

 

「君ならどうするかね? もしオルクセンに行ったとして、どうしてもコーヒーが飲みたくなったら」

 

「そうですね…まず、店主に重そうな財布を見せますな」

 

「ほう。それで?」

 

「こう言ってやりましょう。『ありったけのチコリーを持って来い! 一つ残らずだ!』。テーブルの上にチコリーとやらが山積みになったところで、隣の席に移ります。それからコーヒーを注文しますよ」

 

 クーランディアは愉快げに膝を打った。

 

「貴公の兵術講座が無くなったのは国家の損失だな」

 

「恐縮です。しかし税金が気に食わないからといって?」

 

「貿易商たちは関税を悪魔よりも憎む。卸や小売の商人は物品税を。彼らにとってオルクセンはいまや旨みの少ない共生相手なのだ。挙げ句、自治権まで奪われつつある」

 

「理解できました。しかしそれは…獅子身中の虫というべきですな。我らも余程に気をつけておかねば」

 

「それは長期的課題だ。政府の方で考えるべきことだな。我々は自分たちの仕事だけで手いっぱいだよ。

 

 何せ敵は、星欧の三大国をまとめて退けた精鋭だ。率いるオーク王は稀代の用兵家。我らは兵力も装備も劣る。さて、どうしたものか?」

 

 彼女は肩をすくめた。すっかり馴染んだ気分にさせられている。

 

「私は臆病者ですよ。いまオークどもと戦えば負けるというのが持論です」

 

「同意する。というより、信頼する。貴官は兵術家だ」

 

「皮肉のようにも聞こえます。では、大局家としての閣下のご判断は?」

 

「似たようなものだよ」

 

「まともに戦えば負けると?」

 

「ああ。だがそれだけではない」

 

 クーランディアはグラスを置いた。穏やかな微笑が不敵な笑みに変わる。そちらが本性であるらしい。

 

「まともに戦いさえしなければ、勝てると思っている。どうだね。我々はよいデュオ(二重奏者)になれるのではないかな?」

 

 そして彼女の目をじっと見つめた。見定められているのだと分かった。短い思考のあと、彼女は答えた。

 

「...よほど気の利いた騎兵将校が要ります。ダークエルフの氏族長達にも連絡を」

 

「よく見てくれた。軍政上の面倒は全て私に投げろ」

 

「閣下の神算、小官感服仕りました。この身は閣下の弓矢とお考え下さい。誓って大恩に報います」

 

「ありがとう。残された時間は少ない。私は大局から考える。君は戦の手管から練ってもらいたい。我ら二人で作り上げるのだ。対オルクセン戦争計画を」

 

「微力ながらも尽力致します。しかし、もう一人、手伝いがおりますよ」

 

「というと?」

 

「我らは相談できます……共通の友人に」

 

 机の上の教令に手を添えてみせる。相手は愉快げに笑った。

 

「卓見だな。我々は奴に、いや、彼にこそ尋ねねばなるまい。彼の戦に学び、教えを乞おうではないか。そして彼を理解し切った時に」

 

 クーランディアは(ささ)げるようにグラスを掲げた。

 

「我らはオークの大王を討ち果たすだろう」

 

 

 

(次話「軍国オルクセンの興亡」へ続く)




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