山賊大将シュヴェーリン   作:芝三十郎

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オルクセン二次創作。書籍版5巻まで読了後推奨。 オルクセン軍はロザリンド渓谷へ侵入する。霧の中で不可解な襲撃を受け、彼らは停止を余儀なくされる。



異説・ロザリンド会戦 ~前哨~

 渓谷に進入したオルクセン軍、その先頭を進むのはツィーテン少将の騎兵部隊である。彼の指揮下にある五千余騎が、いまの遠征軍が有する騎兵の全力であった。総兵力に占める騎兵の割合は先の戦争から半分以下に減っている。

 

 まだ当時の損害から回復しきれていないのだ。先の戦争で騎兵は会戦の勝利に何度も貢献したが、大損害を受けて敗走することも少なくなかった。ツィーテンが功績のわりに昇進が遅い原因もそこにある。

 

 王は騎兵の兵力減少を騎兵砲の打撃力で補強しようとしたが、ツィーテンには痛し痒しである。騎兵砲の威力と利便は認める。騎馬突撃に先立って、砲撃で敵戦列を崩せるからだ。しかし、機動する中型砲はあまりにも便利だ。ともすれば主従逆転して、騎兵隊は実質、騎馬砲兵隊とその護衛に堕してしまうのではないか。

 

 何とか武功を。騎兵らしい実績をと焦りながら、この遠征行のあいだ、やはり騎兵は肩身が狭かった。今度も厄介な敵軽騎兵を捕捉できない。そのくせ馬糧は消費する。

 

 徴発にやられる歩兵たちは、自分たちの口に入る小麦にも事欠く状況で、大麦や干し草を輸送するのに不平不満をもらした。その素直な内心は騎兵達の耳にも入った。

 

 彼らは自身を責めた。今度こそは。会戦ならば、兵科の名誉を挽回できる。そう念じ、騎兵たちは静かに燃え立っている。

 

 ともあれ目前の任務は警戒、そして偵察である。会戦前に地形と敵情を掴むのは勝利の要諦だ。

 

 渓谷の波打つ起伏を難なく踏み越え、また新たな尾根に至った時、彼らは未だ晴れぬ霧の中から銃撃を受けた。次いで喚声があがる。敵の様子も分からぬまま戦闘に突入する。

 

 先頭からその音を聞いたツィーテンは即応した。

 

「集合、集合! 騎兵、支隊司令のもとに集まれ!」

 

 手近な部隊を掌握すると、素早く横隊を形成。戦闘に加入すべく駈歩(かけあし)で前進させた。

 

 状況は不意の遭遇戦である。敵の斥候か警戒部隊に当たったに違いない。この霧では、敵にも状況は掴めていまい。ならば、先に大兵力を投じた方が勝つ。

 

 緒戦の勝利は全軍の士気を上げる。騎兵の武名も。断然、襲撃するのだ。騎兵の流儀はその一点に尽きる。現に、大王の手になる騎兵教令は『騎兵将校は敵騎より襲撃を受けるは大なる恥辱なり。常に敵を襲撃すべし。此の令に反する者は免官す』と激しく断じている。

 

 王の教えを形にしたように、騎兵たちは互いの膝が接するほどに密集して駆ける。あとは目標を捉えて速度を上げれば、教令通りの横隊突撃になる態勢だ。ツィーテンはその横隊を後ろから指揮する。

 

 オーク騎兵達が戦闘加入しかけると、逃げ散る敵の竜騎兵が見えた。逃したか――と思った途端、左右から大量の馬蹄の音が響く。

 

「挟撃だと!? なぜだ、敵は」

 

 結果として、ツィーテンは完全に間違っていた。遭遇戦ではなかった。エルフィンド軍はオーク騎兵の位置を完全に把握しており、狙い澄ました伏撃を加えたのだ。

 

 オークたちには知るよしもない。五里霧中の環境で敵を測位する技法があるなど、魔術が使えぬ彼らには想像の外にある。

 

 左右に迫る馬蹄の音は大きさを増し、突撃の喊声を加えた。すぐに、その姿があらわれた。緑上衣に胸甲をつけ、サーベルを構えて突っ込んでくる。

 

 エルフィンド胸甲騎兵。騎兵戦闘に特化し、機敏な中型馬を駆る、真の騎兵たちである。その横隊が、オルクセン輓馬騎兵の左右側面から殺到した。

 

 

 

 乱戦の喚声を聞き、オルクセン軍本隊は足を止めた。状況が掴めない。

 

「予の騎兵はどこで何をやっている。誰が突撃など命じたか!」

 

 中軍にある大王は馬上で怒りをあらわにしたが、どうしようもない。

 

 前衛を指揮するクライスト大将は、直ちに反応した。

 

「開進と為せ! 横隊を形成せよ!」

 

 練達の歩兵たちは速足に移り、たちまち霧中に壁のような横隊を形成した。その前方からは剣戟と兵馬の絶叫が続いている。戦闘態勢を確立して、クライストは第一戦列の前進を開始した。状況不明の中で迷わず進んで味方に加勢する決断は、攻勢の猛将らしくもあり、また遭遇戦では適切でもあった。遭遇戦であったなら。

 

 歩兵たちは銃剣を前に構えて攻撃前進したが、彼らが交戦場所に辿り着いた時には、敵騎兵は悠々と撤退した後だった。

 

 

 

 部隊の再編を連隊長たちに委ねて、ツィーテンは大王の罵倒を浴びた。

 

「ツィーテン、ツィーテン! 予の騎兵を返せ!」

 

 状況を整理して、大王の激高はいやました。まだ前哨戦ともいえぬ段階で、実に数百騎が失われてしまったのだ。敵に斬殺された者が半ば、混乱で起伏に転倒して死傷した者が半ばだ。それなのに敵が残していったのは負傷した馬だけで、死傷した騎手は皆回収していったらしい。何とも一方的な戦だった。

 

「霧の中で重騎兵と戦うとは。正気の沙汰か! 功を焦る猪武者め。将軍の位をなんと心得ておる」

 

 ツィーテンには一言もない。ひたすらに頭を垂れて、自責の赤面を伏せるばかりであった。

 

 あいつ、死にかねんぞ――と思った瞬間、シュヴェーリンは思わず口を挟んでいた。

 

「我が王、どうか、お平らに。ツィーテンは敵を前にして退かなんだまで。まだ緒戦に過ぎませぬ」

 

「きさまっ、庇いだてするか」

 

 大王に眼光を受けて、シュベーリンはすくみかけたが、何とかこらえて、言葉を続けた。

 

「何卒、ご寛恕を。戦はこれからです」

 

 王は握った拳を机に打ち付けた。

 

「お前たちは何も分かっておらぬ。この敵は、新しい戦争を発明したのだ。戦わずに勝つという。それを、むざむざと……」

 

 諸将を見回した王は、やや冷静さを取り戻したようであった。

 

「……やむを得ぬ。霧が晴れるまで軍を停止し、防御する。どうせ、我らが足を止める限り、恐らく敵襲はあるまいが」

 

 諸将は王の意図をよく分からぬままに、その指示だけを理解した。王は部下どもの理解を待たず、さらに指示を加えた。

 

「停止中に行軍序列を改める。輓馬騎兵は餌食になるばかり。ツィーテン支隊は後軍のさらに後へ下がれ。前軍はクライスト、中軍はゴルツに替える。シュヴェーリンは後軍において予備となれ」

 

 懲罰だ、と諸将は認識した。シュヴェーリンも同様である。王はそれ以上の指示を発せず、わずらわしげに手を振って諸将を解散させた。

 

 オルクセン軍は霧の向こうから今にも敵が姿をあらわすかと思いつつ、待った。銃剣を控え持って直立し、目を凝らすしかない。ひたすら待つ間、大勢が腹を鳴らした。

 

 このところの節食で、誰しも参っている。会戦を覚悟した今朝だけは大目の朝食が配られたが、それでも豆スープが一椀と、固焼きのビスケットが二枚きりだ。肉を食べられたのは将校だけだった。

 

 昼になり、将兵は交代で食事をとった。内容は朝食と似たようなものだった。こうして彼らはまた糧秣を消耗した。水も同様である。

 

 時おり前方から聞こえる馬の嘶きが彼らの神経を苛んだが、襲撃は全くなかった。将兵は敵の狙いを訝しんだ。

 

 結局オルクセン軍は午前の間、霧が晴れるのを待つばかりだった。もし今日のうちに会戦になるとすれば、かつてない動きの遅さである。

 

 これまでのアルブレヒト大王は朝方には会戦の火ぶたを切ってきた。午前の内に戦い、遅くとも昼過ぎには大勢を決した。そして夕方までには完勝し、傷ついた部隊を再編して宿営の準備に入ったものだ。それが、今回は手をつかねて待っている。かといって、さらに一日を無為に宿営するわけにもいかない。

 

――午前の内、戦いは斥候同士の遭遇戦のみに終始した。地形斥候として派出されたるオーク騎兵は優勢なるエルフ騎兵と霧中において遭遇。騎兵の本分襲撃にあるの意気を示し、敵の心胆を寒からしめたり。然れども之はあくまで前哨戦にして、主会戦にはさしたる影響も与えず――

 

 こうして彼らは、地形も敵情も掴めぬまま、午後の会戦に臨むことになった。

 

 

 

(次話「誤算と廟算」へ続く)




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