――アルブレヒト二世王の号令一下、進軍
鼓笛が奏でられ、重砲が火を噴いた。前軍を率いるクライスト大将の指令は前進射撃。渓谷内で歩ける地形幅が限られていたため、戦列の横幅はそれに合わせるしかなかった。
条件は敵も同じだ。正面きっての叩き合い。我らの勝ちだ。
猛将はそう確信し、後は将兵の力を信じた。彼の軍は完全に期待に応えた。歩きにくい起伏の地形でも歩調はほとんど崩れず、常と同じ素早い前進をみせた。
対する敵、ドワーフの歩兵戦列も近づいてきているが、その速度は遅い。ドワーフの短い脚は行進に向かないのである。どころか、歩いているだけで隊の切れ目が前後にずれてくる。領主ごとに集めた軍勢では、練度が揃わず、しかも押しなべて低いのだった。
そこへ百歩の距離まで近寄ったオルクセン軍が先手の斉射を浴びせた。距離が遠いから、それで倒れたドワーフ兵は十数名だが、動揺は広まる。慌てて射撃動作を始めたところへ、オルクセン軍の歩兵砲が次々に円弾を浴びせ、列に穴を穿つ。
ドワーフたちは一度目の最初の斉射。マスケットに混じり、一抱えほどもある
敵から四十歩の距離で『止まれ。打ち方用意』の号令。オーク兵たちは弾丸と火薬を一纏めにした紙薬莢を歯で噛み切り、筒先から流し込む。鉄の槊杖で衝き固めると、直ちに『構え』。狙いどころは、普通なら敵の腰だが、ドワーフ相手だから『つま先を狙え』である。
将校の『撃て』で、二度目の斉射。射撃単位は大隊ごとだが、それでも戦列全体の射撃音が一つの音のように揃った。
百名以上のドワーフが倒れ、戦列が櫛抜けになる。敵が見せた動揺を、歴戦の将校たちが見逃すはずもない。大隊長たちがサーベルと声を張り上げる。
『突撃にぃぃぃ、進めぇぇ!』
蛮声をあげて駆けだした横列に向け、敵は二度目の斉射。また数十が倒れるが、突撃は全く止まらない。地響きをあげて迫る岸壁のような迫力に、少なからぬドワーフが逃げ始める。士官、下士官とおぼしき者どもが引き戻そうとするが、その時にはもうオークたちが殺到している。
一方的な蹂躙がはじまった。オークより速く走れるドワーフはいない。太く小さな背中たちに向けて、鋭い銃剣が突き立って、渓谷の土をたちまち赤く染めた。ドワーフ語で無数の悲鳴があがるが、オーク達の耳には入らない。
敵の第一戦列を蹴散らす勢いのまま、オーク達は敵の第二戦列に迫った。敵は既に怖じている。逃げるドワーフと追うオークが混淆しているために、敵の射撃はない。
いける――と、クライストは確信した。
第一戦列の指揮官たちも同じ判断をした。彼らは命じられるまでもなく、そのまま兵たちを突っ込ませた。敵の第二戦列もたちまち崩壊して逃げ始める。
ほとんど損害もなく、オーク達はドワーフ軍に完勝した。いまだエルフ軍の姿は見えない。敵が分離している間に、徹底的に叩いてしまうべきである。
「第二戦列も前進せよ!」
クライストの号令で鼓笛が奏でられ、控えていた第二戦列も行進をはじめた。
「存外――」
脆い敵だな、とクライストは思った。表情には蔑みが浮かんでいる。この戦争でドワーフ軍と戦うのは初めてだ。これほど弱いとは思ってもみなかった。
ドワーフ達は銃を撃ち捨てて逃げ、背中から次々に討たれている。やはり会戦なら、我らに敵はない。それが分かっていたから、敵は戦いを避けてきた。しかし、我らは空腹に耐えてここまで辿り着いた。その時点で、大王は勝っておられたのだ――と、クライストは思った。
その時、ドワーフ達の背が消え、山が崩れたかと思うほどの轟音が襲った。
「何ごと」
思わず首をすくめながら前方を見れば、遠くでは地表の起伏が燃えたかと思うほどの白煙があがっている。第一戦列のオーク達が大勢――恐らくは百以上も――倒れ、驚愕とともに突撃の足を止めている。
何が起こったかは明白。斉射をまともに受けた。マスケットに、重砲の散弾もだ。しかし、それを撃ったであろう敵の新たな戦列は見えない。
「どういうことだ。敵は」
白煙の奥へ目をこらす。筒先や敵兵の帽子らしいものが点々と見える。波打つような起伏、その地表すれすれに、である。
「起伏に隠れたか。小癪な」
クライストは馬腹を蹴り、大胆にも第一戦列のすぐ後ろまで駆けた。敵の重砲の射程内だが、無視する。どうせ重砲は連射が効かないと、そう割り切っている。
「者ども、列を立て直せ。直れ、直れッ」
将軍がみせた尋常ならぬ勇気に、たちまち将校や下士官たちが応えた。乱れた戦列がまたたくまに整っていく。鍛え抜かれた戦争機械は、その強靭さを示した。
「敵戦列は、あの坂の向こうぞ。第一戦列、攻撃前進せよ!」
鼓笛と行進が再開したところへ、敵の第二射がきた。今度はマスケットだけのようだが、またしても百以上が倒れた。敵がいるであろう正面の稜線との距離は二百歩ほどもあるはずだが、被害が異常に大きい。
「敵は、どれほどいるのだ」
逡巡する。応射すべきか。駄目だ。敵は身を隠している。
即断すると、直ちに新たな命令を出した。彼とて非凡な将帥ではある。
「第一戦列、速足! 敵に肉薄せよ!」
そう指令すると、喇叭手に既定の音を吹かせて、第二戦列も手近に呼び寄せる。危地に飛び込む兵には、心の支えが必要だ。横に、後ろに味方がいるという安心感が、兵を恐怖に耐えさせる。その状況を作るのが将の役目なのだ。
鍛え抜かれた軍の動きは速い。第一戦列はみるみる遠ざかり、敵銃砲の白煙に迫る。第二戦列は急進してくる。いいぞ、これがオルクセン軍。星欧随一の精兵どもだ。射撃だけで崩れるものではない。それに同じ場所で連射を続ければ、射撃の効果は――
その時、急進していた第一戦列の背が止まった。何が起こったのか、クライストからは分からない。開戦以来、南に進むほど垂れこめる白煙のせいである。
白煙の向こうから第三射の音が轟き、飛来した一弾がクライストの乗馬に命中した。地面に投げ出された猛将の思考に、疑問が渦を巻く。
なぜだ。何が起こっている。敵は。この射撃は、いったい何だ。
オーク達からは微かにしか見えない坂の上に、エルフたちはいる。それは自然の稜線ではなかった。白エルフとドワーフが約一カ月を費やし、渓谷内に築き上げた堡塁である。
オルクセン軍からは見えない起伏の南斜面を削り、取れた土を稜線に積んで、腰丈の土盛を作った。あたかも城壁の上部のような凹凸がある。へこんだ部分は射撃用の狭間であり、このような構造物を胸壁という。渓谷内で採った花崗岩を全体に貼って衝き固めてあるから、銃弾に耐える強度まである。
白エルフのマスケット兵たちは、その胸壁に身を隠して、弾込めを完了させた。先ほどまでの斉射で、彼女たちの正面には白い発砲煙が垂れ込めている。迫りくるオークたちの姿はボンヤリとしか見えないが、何の問題もない。
堡塁の指揮官たる白エルフの下士官が、直ちに命じる。
「構えっ……撃てっ!」
また斉射。ますます白煙が濃くなる。射撃の成果を見届けもせずに、彼女たちは直ちに次弾を込める。
耐え兼ねたオルクセン軍の応射が襲ってきた。その弾は兵たちの頭上を跳び越えるか、胸壁に弾かれるかだ。倒れる者はいない。
少し離れて座り、銃を持たずに瞑目している通信係が告げた。
「射撃結果、良好。敵は前進を継続。各堡塁、そのまま撃て」
胸壁に守られている安心感が、エルフ兵たちに落ち着きを与えている。練兵場にいるような速度で、彼女らは斉射を繰り返す。次々に。一方的に。
クーランディアとマルリアンは「オークと正面から戦えば負ける」という認識で一致している。オルクセン軍の横隊突撃、いわゆるオークの津波の威力は凄まじい。それを受け止めようとすれば、戦列は瞬時に壊乱させられる。
ならば、何をもって止めるか。理想はシルヴァンの大河。現実的には王都モーリアの城壁。いずれも叶わず野戦となっても、彼女らの構想は健在である。そこに城が無いなら、築いてやればよいのだ。
後に、まさしく野戦『築城』と呼ばれる戦術の嚆矢だった。
戦場に穴を掘って隠れ、あるいは土や石の壁を築いて身を守る。そのような工事の有効性は昔から知られている。雨の日に屋根の下へ隠れるのと同じだ。各国の軍が思いつかぬはずがない。
しかし、そうした取り組みは、もっぱら攻城戦に限られてきた。城壁や塔に身を隠して射撃する城側に対抗するため、攻撃側も壕を掘って隠れながら前進、射撃する戦法だ。
一方、野戦はどこで起こるかわからない。ここぞという場所で工事をして待ち構えても、敵は迂回したり、他を攻めるかもしれない。とすれば、他に迂回経路のないロザリンド渓谷は、陣地戦は格好の場所だった。
もう一つの問題は黒色火薬による白煙である。同じ場所で連射を続ければ視界がなくなり、射撃効果はみるみる低下する。ただし、目に頼っているなら、である。
マルリアンは観測を主に魔術探知で行わせた。しかも射撃陣地と観測陣地を分け、魔術通信で連絡させることで、この問題を解決した。射撃陣地はひたすら撃ちまくればよくなった。
銃も工事も既存の技術だ。しかしそこに、エルフの強みである魔術の徹底的な利用を加えることで、マルリアンは戦術の革新を成し遂げた。
時代を飛び越したこの戦術は、都合の良いことに、頑固なドワーフたちから熱心な賛同を得た。彼らはそれを「陣地戦」「火力戦」というような概念で理解したのではない。
彼らはそれを「土と火で勝つ」作戦だと解し、素朴に喜んだ。古くから鉱業と鍛治を主産業にしてきた彼らにとって、土を掘り、火を操ることは種族の誇りである。
だから火器が普及するに及んで、ドワーフはそれを偏愛してきた。鉄の筒が火を吹き、鉛玉で敵を殺す。すなわち銃砲とは種族の生き方を肯定し、守護する神器のようであった。より実用的な背景としては、彼らの短い手足が、組織的な白兵戦にあまり向かなかったという事情もある。
そのようなわけで、いけすかない長耳達が「工事と銃砲こそ、次の戦の要」と言い出した時、ドワーフたちは彼女らの意外な物分かりの良さに驚いた。エルフ達もまた、似たような驚き顔で自分たちを見ていたが、その理由には心当たりがなかった。
こうして連合軍の戦術思想は不思議な一致をみた。彼ら彼女らは、マルリアン率いる小部隊が敵を足止めする間に、渓谷内に陣地を築いた。エルフィンド軍主力が全員工兵となって基礎工事に取り組み、籠城が却下されてからはドワーフの全軍が合流した。ドワーフの民間人も動員しての突貫工事であった。
堡塁は起伏に富んだ地形を利用し、オーク側から見つけづらい位置に巧妙に作られた。その前方には、突撃を遅らせる二重の空堀がある。堀の前には、小枝や草で隠された無数の落とし穴まであり、その底には尖った杭が逆さに打ち込まれている。
落とし穴を探りつつ進み、堀の底に降り、そこに生える逆茂木を避けて、オークたちは懸命に進む。相次ぐ斉射を浴びながらである。射撃だけで半減してしまった第一戦列にあって、ツヴェティケン旅団付少佐は、懸命に兵たちを鼓舞しつつ進んでいる。
「急げ、急げっ。まだ斉射がくるぞ」
やっと壕を越えたかと思うと、地面には木杭が大量に打ち込まれていた。両端に鋭い鉄のフックがついている。焦って越えようとし、足を切り裂かれた兵たちが悲鳴をあげる。
「大きくよけろ。足元を見るんだ」
まわりを見渡せば、杭がない平地がわずかに残っている。罠だらけの地面に通る回廊のようだ。自然、兵たちはそこへ集中する。
「手抜かりか? いや――」
その思考が実を結ぶよりも早く、次の斉射がきた。兵たちが密集した通路に銃弾が集中し、また数百が倒れた。
「罠だ。その道に近寄るな! くっ。なんと狡猾な」
射撃しやすい場所にわざと空間を設けているに違いない。要塞建設に、そのような手法があると、ツヴェティケンは知っていた。しかし野戦でこんな細工をするとは、想像したこともなかった。
前進開始時には三千の兵を数えた旅団が、無事な者はもう二千を切っているのではないか。罠と射撃だけで、恐るべき損害だった。だが、もう敵は近い。百歩もない――と思い、彼はまた気づいた。
待て。まだ百歩だと。それじゃあ、敵はいったい何歩で撃ってきたんだ? なぜそんな距離で――
杭を乗り越えながら思考する彼に、次なる斉射の一弾が襲った。弾は大腿を貫通した。転倒時に頭を打ち、世界が暗転する。ツヴェティケンにとって、それがこの会戦の終わりだった。
気絶して後送された旅団付少佐は知る由もないが、突撃に移った第一戦列は、敵陣地を目前にして重砲による散弾の斉射を浴びた。一瞬でさらに数百名が死に、それ以上の数が負傷。戦列は潰走を始めた。
前軍の第一戦列が射撃だけで敗走――というより、ほとんど壊滅した様は、オルクセン軍の諸将に衝撃を与えた。
「マスケットと砲だけで、あれほどに」
「何が起こっている」
「なぜあれで狙えるのだ」
疑問は数限りなく湧くが、答えを知る者はいない。それでも彼らは諦めない。
第一戦列が再編する間に、クライストが呼び寄せていた第二戦列がかわって前に出る。将校が、下士官が、盛んに檄を飛ばし、兵を突進させた。
クライストは第一戦列の敗退から学んでいる。
「敵の真正面を避けよ。合間を抜けるのだ。さすれば敵の射撃は衰える」
彼は闘志に満ち、しかも巧妙であった。先ほどまでの発砲煙で敵の所在をおおよそ掴んでいる。その発砲に隙間があることに気づき、部隊をそこへ向けたのだ。
「第一旅団は右、第二旅団は左に半旋回!」
戦列歩兵の射撃は横列の正面に向かうもの。まして陣地に籠っているなら、なおのことだと、彼の専門知識が教えている。火力の間隙を通り、敵戦列の側面、あわよくば背面まで抜けて襲い掛かるつもりでいる。後は、とにかく速度だ。
しかし、第一戦列の惨状を目にした兵たちの動きは遅い。クライストは即断し、自らも戦列を鼓舞して進むことに決めた。
オークたちの隊形変換は、すっかり監視されていた。
「オークどもは二手に分かれた。一番、四番堡塁にむけて突撃準備中。二番堡塁、右三十度。三番堡塁、左三十度と為せ。一番、四番は射角そのまま」
そう魔術通信で告げる小さな隠し壕からは、一発の銃弾も発されていない。中には将校一人と、補助の下士官数名だけが籠っている。下士官が望遠鏡で手を観測し、別の者が地図に線を引いて各堡塁からの角度を調べる。それを確認した射撃統制将校は、各堡塁に指示を下し、最も危険と思われる敵へ砲火を集中するのだ。
「……三番堡塁、左三十度」
堡塁でその指示を通信係が復唱すると、下士官は指揮杖をかざし、兵たちに指し示す。狙うべき敵を、ではない。
「我らは左三十度だ。こちらだ。構えっ」
兵たちは指揮杖と並行になるよう、筒の向きを変える。彼女らの籠る陣地は横一線ではなく、楕円状の島型陣地であった。胸壁の狭間から斜めを狙い、それでも角度が不足するなら、陣地側面からも射撃できる作りである。
「よおし。撃てぇ!」
狙いは、敵ではなく角度。これにより白煙は障害ではなくなった。その上、従来の射撃法がほぼ無視してきたマスケットの『最大射程』が意味をもつようになった。彼女らは敵が『有効射程』の百歩以下に迫るのを待たず、二百歩、あるいは二百五十歩ですら撃った。
異方向から射線を集中させる統制射撃法には、それほどの意味があった。射手の運がよければ当たる、という従来の射撃ではない。よほど運が悪くなければ、確率的に当たる。マルリアンが開発、実践させたこのシステムは、マスケット銃と密集隊形という時代の制約の中で発達してきた合理的な射撃思想、その到達点であった。
オーク達はまた一個大隊、さらに一個連隊と撃退された。潰走してきた兵は再編し、鼓笛の音とともに再び前進するが、屍を重ねるばかりだった。それでも仲間の死体を踏み越え、オーク達は懸命に進もうとした。
アルブレヒト大王とゴルツ元帥は中軍の最前で騎乗している。彼らはともに望遠鏡を覗き、前軍が半壊していく様をありありと見た。
前軍の勢いは急速に鈍りつつある。足が遅くなったところを、さらに射撃で撃ち減らされる。小部隊ごとに潰走しかけ、何とか立ち直るのを繰り返している。
歯噛みしつつ見守っていた彼らのところへ、伝令将校が息せき切ってやってきた。
「クライスト大将、負傷! 将軍は既に後送の途上にあるも、前軍は混乱しあり――」
ただちにゴルツ元帥が進言した。
「わしが押しましょう。どうせ前軍はもうすり減っております。中軍を進め、残兵を合します」
「待て。この敵は尋常ではない。無策に押せば、前軍と同じになる」
「されば、何かご思案が」
「……いや。しかし、敵の術中に」
「陛下、あれを!」
大王とゴルツはともに見た。戦線前方の稜線に連隊旗が翻っている。オークの旗手が胸壁を足場にして立ち、しきりと旗を振っている。数多い犠牲の果てに、ついにオーク兵が敵陣の一角に辿り着き、突入に成功したのだ。自ら傷を負いながらも、クライストはやり遂げていた。
「ご覧あれ、敵戦列に穴が開きました。あと一押しで抜けまするぞ」
「よし、行け。ゴルツ……頼む」
老将は、若返ったかのような爽やかさで言った。
「情けなきお言葉。王たる者は、ただお命じあれ。陛下、わしに替えて、シュヴェーリンを本営に召されませ。敵猟兵が後ろを襲っても、防ぐだけなら彼奴は要りませぬ。あれならば、年寄りにない知恵も湧きましょう」
アルブレヒトはその言葉に頷いた。それは傅役が彼に与えた最後の教えとなった。
老将は勇んで去り、塩辛声を響かせた。中軍の兵たちが前進を開始した。彼らの前途では、数知れぬ銃火が稜線に連なり、炎の壁を成している。
稜線上に翻る連隊旗の下では、オークたちが勝利の歓声をあげていた。数知れぬ障害を乗り越え、味方の骸を踏んで、彼らはついに、恐るべき胸壁を突破してのけたのだ。
中軍が増援として動き出したのが見える。あとはこの突破口を押し広げ、敵戦列を崩すだけだ。オークの津波は、恐るべき火の壁をも突き崩したのだと、彼らは思った。
まさにその時、奪取した陣地を狙い撃ちにして、曲射砲弾が多数飛来した。歓声は一瞬で消え、陣地内には肉片と血が飛び散った。
運よく生き残ったオーク達は、砲の発射点を探した。そして見た。壮絶な犠牲の果てに奪取した楕円形の陣地と同様のものが、前方の起伏に無数に設けられ、見える限りまで続いている。それぞれに大小の砲がある。その筒先が彼らの方に向きを変えつつある。
マルリアンたちが苦心して作り上げた秘計が、ようやく全容をあらわそうとしていた。
火の壁をついに越えたと思ったオーク達は、自分達が火竜の口に踏み込んだことを知った。まもなく次弾が火を吹き、彼らの命を終わらせるに違いない。
(次話「殺傷区域」に続く)
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