山賊大将シュヴェーリン   作:芝三十郎

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オルクセン王国史二次創作。原作書籍版5巻まで読了後推奨。 あらすじ:遡ること二百年近く。若きシュヴェーリンは傭兵隊を率いていた。


傭兵編
落日の傭兵


 なべて、世は山賊の時代だった。

 

 シュヴェーリンは騎乗し、隊列の先頭にあった。馬は見事な馬格のシャイヤー種。オークを乗せられる貴重な軍用馬だが、戦闘となれば鈍重さは否めない。

 

 だから異変を察知した彼は、片手をあげて隊列を止めると、さっと馬から降りた。自ら背負っていた両手斧を手にし、握り具合を確かめる。

 

 だらだらと後続していた十数名のオーク兵たちが目の色を変え、小走りに彼のまわりに駆け寄ってきた。日頃の躾の成果である。

 

 兵たち、といっても恰好はバラバラだ。兜を被り、長槍を持っている以外は、思い思いの軽装。亜麻のシャツの上に、黄色や赤のジャケットを婆娑羅に着流すオークが多い。下肢は、だぶだぶのズボンを膝下で絞っている者もあれば、靴下のようにぴっちりとした古風なホーズを無理に履いている者もある。それで各々、精一杯に着飾っているつもりなのだ。

 

「大将」

 

 指示を促したのは、兵たちの纏め役である伍長。あるいは切り込み隊長といった役どころの若オークだ。名はハンスという。姓は無い。隊一番の洒落者で、胴衣には切れ目やヒダをふんだんに付けている。羽織っているのは帝国風のコートではなく、エトルリア人のような襟付きマントだ。

 

 シュヴェーリンは彼の猟犬どもに向き直った。彼だけは派手な装いではない。さすがに兜は被っているが、上半身は放胆にも赤裸だ。下肢は黒ズボンを履き、膝まで届く革のゲートルで締めている。洒落っ気といえば、ズボンの股のところにつけた革の前立てだけである。

 

 兵達を従えるのに、彼は装飾を必要としないのだ。その喉から出る低音には、若さにそぐわない威厳がある。

 

「おめえら、気づいてるな。村が襲われてら」

 

 言われて、兵たちの中でも特に若い、というより幼く見える数名が素っ頓狂な声を出した。

 

「へえ、ほんとだ、煙が見えら」

「そう言われてみりゃ。しっ、何やら声がするじゃねえか」

 

 見渡す前方には、藁ぶきの屋根が十軒ばかり散在して、一つの村を成している。オークの農村だ。周りは麦や蕪の畑と放牧地である。麦の刈り入れはまだ半ば。真昼なのに農民たちの働く姿はみえない。

 

 村の外に、二、三台の荷馬車が着けてある。そこに略奪品をしまいこむ様子はまだないから、襲撃は始まって間もないようだった。

 

 かなりの距離があるのに、かすかに聞こえる騒動の音。怒鳴るような声。甲高く聞こえるのは雌どもの悲鳴であろう。何が起きているかは自明だった。

 

 許せることではない。

 

「やるぞ」

 

 端的に伝えるシュヴェーリンの顔は、怒りと戦いの興奮に高ぶっている。二本の牙まで鋭く輝くようだ。しかし、手下への指示はあくまで冷静である。

 

「ハンス、おめえは、いつもの面子を連れて、大騒ぎしながら村を突っ切るんだ。その後は裏手を抑えてろ」

 

「あいよ、大将」

 

「輜重隊長は、ここで荷駄を守れ。車陣の壁を作って、後詰だ。おめえと、おめえ。あとは、おめえもだ。」

 

 彼が後詰に指名したのは特に若い仔オークたちだった。揃って不満げな顔をしたが、それを口に出すことはなかった。

 

「残りは俺に続け。連中が家から出てきたところで突っ込む。村の連中を間違えてやるんじゃねえぞ。わかったか」

 

 応、と皆が返事する。

 

「それじゃ、いくぜ。逆らう奴は皆殺しだ」

 

 仕事の始まりだった。

 

 

 

 小さな村は地獄と化していた。襲ってきたオークの賊どもは、飢えた狼よりなお凶暴だった。要求も何もあったものではない。家々に雪崩れ込んでくると、手当たり次第に農民たちを痛めつけた。襲うもオーク、襲われるもオークだが、同胞相手の慈悲などはない。最初にがつん、とやって、抗う心をへし折ってから仕事にかかる。それが賊どもの流儀なのだ。

 

 ある家で、勇敢にも賊の前に立ちはだかった牡オークは、たちまち鉄槌で脳天をかち割られて死んだ。それを見て抵抗を諦め、揉み手して麦や鶏を差し出した幾名かは、その全てを分捕られた後に、尻に鉄杭を突っ込まれて死んだ。ある者は、パン焼き釜に押し込まれて火をつけられた。

 

 それらの死にざまをみて、賊たちは手を叩いて大笑いした。ひとしきり笑い終わると、夫や父、兄弟を目の前で失った雌オークたちの手を引いて、好みの場所へ連れて行こうとする。村中の家でそのようなことがあった。

 

 その時、けたたましい雄たけびが村中に響いた。かと思うと、路上で事に及ぼうとしていた賊の幾名かが絶叫をあげた。剣戟の音はしない。一方的に殺戮される悲鳴だと、賊たちはよく知っていた。

 

「だ、誰だ。者ども、表に出ろ」

 

 首領らしき者が大剣をとって路上に出てみると、雄たけびの主たちは手当たり次第に斬りまくっているところだった。派手な色をしたエトルリア風のマントが揺れるたび、手下の血しぶきが飛んでいる。

 

「者ども、何してやがる。雌なんぞほっとけ、さっさと集まらねえか」

 

 と言って、首領自身が動くことはない。手下どもが家々から出てくるのを待っている。勇敢凶暴に見せて、その実は保身に長けているのが、当節賊将の資格なのだ。やがて数が揃うと、手下どもに指示を下す。

 

「あいつらを逃すな、ぶっ殺せ。包み込んで殺せ」

 

 マントの襲撃者は首領の方に向き直ると、なんと舌を出して見せた。たちまち、元の通り前に振り向いて走り出す。

 

「や、野郎。逃がすな、かかれ、かかれ」

 

 むやみに大剣を振り回して手下どもをけしかける。

 

 その時である。地を圧し、天を揺るがすほどの大音声が響いた。

 

 首領は村の入口の方を振り返り、そして、それを見た。

 

 突進してくる悪鬼。その体躯はオークにしても並外れている。兜を被るのみで、上半身は無謀な赤裸。丸太ほどもある腕で両手斧を担ぎ、雄たけびをあげながら、一直線に突っ込んでくる。その後ろに続く兵たちを置き捨てるほどの勢いだ。

 

 ひ、と首領が悲鳴を呑んだとき、悪鬼はもう目前だった。降参する、命だけは。そう言おうとした時、彼の頭はもう胴から離れ、宙を飛んでいた。

 

 その後に槍もちの兵達が駆けつけて、村内はもう、相手を変えての一方的な殺戮だった。

 

 

「まったく、馬鹿なことをしやがるもんだ」

 

 手下どもに死体を集めさせながら、シュヴェーリンは言った。路上からぐるりと見渡せば、火をかけられて焼け落ちた家がいくらもある。村の牡どもは、実に半分近くも殺されていた。略奪にしてはやりすぎである。これでは村ごと亡びてしまう。

 

「俺たちが来なきゃ、皆殺しにされたところだぜ。なあ、爺さん」

 

「へ、へえ…」

 

 路上で背を丸めながら彼に応じるのは、ここの村長である。襲撃の間は、厩の藁束にもぐっていたらしい。

 

「ま、まことに危ういところを、お助け頂きました。本当に酷い奴らで。しかし、牡どもが大勢殺されまして、これでは刈り入れも…」

 

「なに、心配するな。さっさと降参した奴らを四、五人、捕まえてら。足枷をつけてある」

 

「そ、それじゃ、そいつらを」

 

「ああ、この村に()れてやる」

 

 奴隷にして使え、ということだった。冬支度にこき使った後は、蓄えが心もとないようなら、始末してしまえばいい。村長の顔が喜色に満ちた。

 

「そ、それは有難い。そんなら何とかやっていけます」

 

「そいつぁ、良かったな」

 

 シュヴェーリンも応じるような笑顔になる。親しげに村長と肩を組むと、陽気に言った。

 

「それじゃ、かわって俺たちに、出すもん出してもらおうか。なに、奴らみたいに種もみまで取ろうとはしねえよ。村が亡びちゃ、もう物取りにこれなくなるからな」

 

 なべて、世は山賊の時代だった。

 

 

 

 その夜。村長の屋敷のテーブルで、シュヴェーリンは酒杯を傾けている。屋敷の主は納屋にでも行ったようだ。

 

「そんで、あがりは、どうだい」

 

「根城の蓄えと合わせれば、何とか冬越しはできそうだな」

 

 細くした木炭で帳面を書きつけながら、応じたのは輜重隊長である。長年の付き合いで、シュヴェーリンには部下というより腹心の友であった。

 

「そんなもんか。たまには手下どもに、いい思いをさせてやりてぇもんだが」

 

「無茶を言うでないわ。これ以上も取ると、村の方が持たん。ここも、今年は雨が少なかったみたいだ」

 

「むう」

 

 シュヴェーリンは口をつぐんだ。村は生かさず、殺さず。それが賢い略奪の流儀なのだ。その度合いは、文字が読めて、数字が分かる輜重隊長の判断に任せていた。

 

 かわって口を挟んだのは伍長のハンスである。マントは外している。昼間の戦闘で汚れたから、洗って干してあるのだ。

 

「しかしよう、みんな我慢してんだぜ。雌どももだ。たまには、村の一つや二つ、潰して搾り取ればいいじゃねえか。だいたい、この前だって、手ぬるいって…」

 

「やめろ、ハンス。ゼーベックの勘定は確かだ」

 

 言われて、伍長は押し黙った。荒々しい若オークに物を言わせない威厳が、シュヴェーリンにはある。

 

「分かったよ、大将。じゃ、俺はちと連中を見回ってくらあ」

 

「おう、頼むぜ。村の雌どもには手ぇ出さすなよ。輜重隊に行かせろ」

 

「わかってるぜ」

 

 伍長は屋敷を出ていった。彼も、輜重隊に――というより、それについてきている雌オークたちのところへ行くと分かっている。

 

 その雌たちは、昼間は部隊の針仕事、炊事、洗濯などを請け負い、夜は牡どもの相手をする。たいていは滅んだ村の出身者か、賊にさらわれて何とか逃げ出した者たちだ。どの部隊にも、そのような群れが自然とついてきて、それを目ざといコボルト商人が取り仕切る。

 

 牡といい雌といい、他に生きる道を知らないのだ。乱世である。

 

 伍長の足音が遠ざかると、シュヴェーリンは嘆じた。

 

「俺らの若ぇ頃も、ああだったかよ」

 

 そう言う彼とて、まだ壮年のオークである。しかしこのところは、めっきり年をとった気分だった。

 

 彼と同年代で、長い付き合いのゼーベックは、帳面を机に置き、溜息をつきながら応じた。

 

「さして変わりは、しまいよ。夏は戦争、冬は略奪。剣を振って飯を食うに、今も昔も、傭兵稼業に何の違いがあるかい。エトルリアで戦ってた頃と…」

 

「それよ」

 

「なにが」

 

「戦争がよ。無い」

 

「無いことはない。今はお呼びがかからないと、それだけじゃないか、シュヴェーリン隊長どの」

 

 ゼーベックの言葉は、あからさまな慰めだった。

 

「何が隊長、何が傭兵なもんかい。もう何年前だ、最後のお呼びがかかったのは。おかげで…」

 

「おかげで?」

 

「若いもんは、根性が悪くなるばっかりだ。あの顔つきをみたか。今日、ぶっ殺した奴らと、大して変わりゃしねえ。山賊だよ。俺たちはもう。騎士でもねえ、傭兵隊でもねぇ…」

 

 そう言うと、シュヴェーリンは泡の抜けた麦酒をあおった。ゼーベックも一杯つきあってから言った。

 

「確かにな。あいつらは戦争を知らない傭兵だ。洒落にもならん」

 

 彼はシュヴェーリンとともに帝国戦争末期を、その後のエトルリア戦争も経験している。彼らと同じくあぶれ者の下級騎士や食い詰めの流民を集め、傭兵隊を作って転戦したのだ。その過程で誓約同盟の槍歩兵たちから戦術を習い、オーク傭兵の名を星欧に轟かせた。

 

 が、その武勲も、今は昔のことになった。往時は千人以上もいる大所帯で、他の傭兵隊を傘下において一個連隊三千人を編成していた。しかし今の隊は三十人余という寂しさで、それでも養いかねている。

 

 ゼーベックも昔を懐かしむ顔になった。

 

「いま思えば…楽しかったな。言われてみれば、皆の顔つきも違ったような気がする。あの頃だって、皇帝や、グロワール王なんかの大義を信じていたわけじゃないが」

 

 シュヴェーリンは我が意を得たりと首肯した。いまや往時の生き残りは、部隊でこの二人だけになってしまった。

 

「戦争はよ、みんな燃えたさ。やってることは殺しでも、熱くなるもんがあった。信じてない大義でも、大きなもんの一つになって戦うってのは、いいもんだった。俺は今になってそう思うんだ」

 

「戦争は続いとるんだがな。ただ雇い主が…おらん。今となっちゃ、領主たちは自分の軍隊を持ってる」

 

 エトルリア戦争が終わって帰国した彼らの傭兵隊は、村々を適度に荒らしながら次の仕事を待った。オルクセンの大領主たちはたまの小競り合いを続けているし、あちこちに山賊同然の私兵集団が跋扈しているから、戦いの種は無数にある。しかし、新たな雇い主が現れることはなかった。

 

 戦いの在り方が変わりつつあるのだ。あるいは時代が変わりつつあるのかもしれないと、シュヴェーリンは気の抜けた麦酒の苦さを感じた。

 

「死ぬ前に、もっぺん戦争がしてえなぁ」

 

 ゼーベックはわざと明るい声を作って言った。

 

「そうだ、この冬の間に、もっとマスケットを増やすか。そうすれば、機会はあるさ。もっと大きい戦争だって、そのうち、きっと…」

 

「大将、大変だ」

 

 飛び込んできたのは、雌どものところへ行ったはずのハンスである。片手に村長を引きずっている。

 

「この野郎、若えのを走らせて、助けを呼ぼうとしていやがった」

 

 床に転がされた村長の頬は青黒く腫れ、鼻血を垂らしている。

 

「助けだあ?」

 

 シュヴェーリンは訝しんだ。助け。農民が得られる助け。そんなもの、この天地のどこかにいようはずもない。この地の小領主にはろくな私兵がいないと、そう調べはついているのだ。

 

「これが、そうらしい。読んでくれ」

 

 ハンスが差し出した紙片。そこにはオルク語らしい字が綴っているが、この場でそれを読めるのは輜重隊長だけだ。だからゼーベックはそれを声に出した。

 

 農民向けに、修飾語抜きで書かれた文書は、大要、次のようであった。

 

 

 

 布告

 

 向後、神聖帝国オルクセン地方において、一切の傭兵隊は之を禁制とする。傭兵を称する不逞の者どもは皆、山賊であり、残らず討伐召禁されるべきもの也。

 

 若し、この令に背く者あれば、必ずや成敗する。その罰、財を盗まば杖、他を傷つくれば絞、殺さば即ち斬。何ぞ、猶予の詮議に及ばんや。

 

 凶賊の被害を受けたる街や村は、直ちに名乗り出るべし。即刻、討伐隊を入部(にゅうぶ)せしめ、賊徒を禁遏(きんあつ)せむ。

 

 オルクセンにおける王 アルブレヒト二世

 

 

 

(次話「魔王あらわる」に続く)

 




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