――宿将
「委細、承知」
伝令を受けたゴルツは覚悟を決めた。王の策に従い、渓谷の横幅いっぱいの戦列で平押しに肉薄する。あるだけの歩兵を囮に、擲弾で陣地を潰すのだ。そうすれば、兵たちはもう無為に死ぬことはない。その死は勝利のためのものになる。
元帥は攻勢を停止させ、あたう限りの将校と先任下士官を集合させた。彼らの前で長年の愛剣を引き抜き、その白刃を振りかざしつつ作戦を説明し、その闘志を励ました。
「全歩兵隊、指揮官が倒れても足を止めるな。すぐに次級の将校が指揮を引き継げ。将校ことごとく死すれば、下士官が指揮せよ。最後の一人が倒れるまで進み続けるのだ。万一にも途中で隊伍を離れる者があれば、直ちに、その者を斬れ!」
誰もが蒼白となって聞いた。
「我らが屍を重ねれば、祖国の道は開ける。故郷で待つ同胞の命をつなぐためである。
前軍の生き残り、中軍の全て、さらに後軍からも抽出された兵たちが多重の戦列を作った。その合間に、全軍から抽出された擲弾兵中隊が控える。隊形を完成すると、オルクセン軍は直ちに前進を開始した。
「かかれぇ! かかれぇ!」
ゴルツは危険なほど前方にでて、塩辛声を張り上げる。
その声に背を押され、オークたちは進む。肩掛け袋も雑嚢も何もかも置き捨て、マスケット一つをもって進む。弾も込めず、古代の戦士たちのように進む。将校を先頭に、雄叫びで恐怖を掻き消しながら駆けた。
その蛮声は堡塁に籠る白エルフたちにまで届いた。彼女たちは当初、冷静に統制射撃を続けた。
「敵は正面だ。まっすぐに構えっ。撃てェ!」
マスケットが、手砲が、重砲の散弾射撃までもが集中する。オークたちの軍は、一度か二度の集中射撃を浴びただけで、連隊が大隊に、大隊は小隊になった。それでも彼らは進む。仲間の屍を踏みつけ、血だまりを越えて進む。
次の斉射が放たれ、先鋒の連隊をほとんど全滅させた。しかし、ただちに次の連隊が続く。白煙の中へ。銃弾の雨を越えて。
監視哨に籠る白エルフの統制将校は、血相をかえて全堡塁に命じた。
「いかん。いかんぞ。奴ら、崩れない。全堡塁、準備でき次第、正面の敵を撃て。撃ちまくれ。
オークたちは前線のあらゆる堡塁に同時に押し寄せてきた。白エルフたちが厳密な測位や統制をおこなう猶予は消え去った。堡塁ごと、手あたり次第に撃たせる他はなかった。こうして異方向からの集中射撃は殆ど不可能になった。
銃撃で倒れたオークたちの身体が折り重なって空堀を埋め、杭と鉤を覆い、後続の兵たちに屍の道を舗装した。もしそれをオークの津波と呼ぶなら、大津波であった。戦列単位の猛進が渓谷を遡上し、連合軍の防御陣地を押し流そうとしている。その波は後から後から続く。
そしてついに、擲弾兵中隊の一つが堡塁の近くに達した。彼らは大事に守ってきた火種で、擲弾の導火線に着火する。
「擲弾兵、放てぇ!」
投擲された百を超える黒い球が宙を飛ぶ。大半は見当違いの場所に落下したが、十以上もが堡塁の中に飛び込んだ。そのさらに半ばは、空中にある間に火が消えたために不発。しかし、なお残った五発余が堡塁内で爆発し、鉄の断片を撒き散らした。
安全と信じていた堡塁内で、白エルフたちは惨劇にみまわれた。即死した者は少ないが、ほぼ全員が負傷し、血みどろになった。射撃どころではない。
下士官が声を張り上げて逃亡を防いだが、再度の射撃準備を完了する前に、オーク兵が胸壁を越えて乗り込んできた。
彼女たちが最後に見たのは、鈍く輝くオークの牙だった。憎悪とともに突き出された何本もの銃剣に腹を貫かれた時にも、その牙の恐ろしさから目を離すことができなかった。
幾百の同胞を殺された怒りとともに、オークたちは突き刺すことをやめなかった。とっくに絶命したエルフ兵へも、溢れる血潮がなくなるまで幾度となく刺突が繰り返された。
一つの堡塁が落ちるまでに数百のオークが死に、それに倍する数が重傷を負って倒れた。それでも彼らは、自らの肉体を盾と弾に変えて進んだ。
むせ返るほどの血の匂いが渓谷を満たす。久しく雨を忘れた固い土が、流血のためにぬかるみ、兵の足を滑らせる。
オーク達が前進するにつれて、渓谷の地面を覆うほどの骸が重なる。そして堡塁は一つ、また一つと陥落していった。エルフ銃兵とドワーフ砲兵は、必死に防戦するうちに撤退の時期を失い、次々に全滅した。
完全に包囲された堡塁の一つでは、最後まで生き残った一人のエルフと、一人のドワーフが、疲れ切った声で言葉をかわした。
「まさか、耳長の隣でくたばることになるとはな……」
「お互い様だ。生きているうちに、こんなことになるとは。……ひとつ、変なことを言っていいか?」
「なんだ」
「私は、お前らを戦友のように思いはじめている」
「ふん。死ぬ前となると、耳長でも正直になるんだな」
「太鼓腹は違うのか?」
「教えてやらん」
ドワーフは、秘蔵の火酒をいれた水筒を取り出した。女は受け取った。そして自分が、相手の名前も知らないことに気づいた。
彼女は有力な白エルフ氏族の生まれであり、長じれば氏族長に昇るかもしれないと噂されていた。彼女は知らぬことだが、ドワーフは有力領主の長子だった。
彼女ら二人に、なお数十年の時間が与えられたとすれば、二つの種族の運命になにがしかの影響を与えられたかもしれない。
しかし、火酒が彼女たちの喉を心地よく焼いた時、新たな擲弾が堡塁に飛び込んで、その小さな可能性を終わらせた。
彼女らだけではない。白エルフ、ドワーフ、オーク。無数の命がもつ無限に等しい可能性が、殺すか殺されるかという二択だけに集約され、そして消えていった。
攻勢再開から約四時間。
ゴルツ元帥は悪鬼の形相で兵を駆り立て続けた。その「かかれ、かかれ」の声とともに、兵はさらに死に、引き換えに擲弾が投じられ、陣地は次々に落ちた。流血が道を開いた。
空腹と疲労、鉄と火の嵐の中で、オーク兵たちは原初的な闘争心に還りつつある。陣地に躍り込むや、報復の殺戮を始める。荒れ狂う種族の本能のまま、死んだ敵兵の肉に齧りつき、貪る者がでてきた。
まだ辛うじて命のあった幾人かの白エルフ兵がその光景を目にし、あるいは自ら被害者となって、魔術通信で泣き叫んだ。
こわい、こわい。あいつらは、たべるんだ。
いやだ、それだけは。たべられたくない。
ああ、やめて。たすけて、たすけて。
見えざる悲鳴が渓谷内を飛び交い、白エルフたちの恐怖と怒りを喚起した。同胞を救うべく、撤退命令を無視して、陥落しかけた堡塁に突入する将兵が続出した。彼女たちは遮二無二オークたちに立ち向かい、そして大半が殺されていった。
新たな悲鳴と必死の叫びが魔術通信に乗り、混信を生じさせ、組織的な戦闘を不可能にしていった。こうして先進的な火力の戦争は消え失せ、原始的な白兵戦が取って代わった。
その種の戦いこそ、オークたちの本領である。彼らは仲間の屍の山を踏み、流血の河を越え、延々五哩に渡って築かれた第二層陣地を完全に征服した。
いまや彼らは渓谷の南部に到達した。オーク達の目前に見えるのは、第三層陣地。すなわち連合軍の最終防衛線であった。渓谷を抜けるまで、残す距離はあと僅か二哩である。
しかし、偉大な前進と引き換えに、オルクセン軍は消滅しつつある。前軍の将兵は字義通りにほぼ全滅し、中軍も既に半壊。後軍から得た増援で、辛うじて残り二個戦列を保っているに過ぎない。
オークの全将兵が死に絶えるのが先か、全ての堡塁が陥落するのが先か。決戦のゆくえは、その答え一つに託された。
第三層を構成する堡塁の一つで、マルリアンは荒い息をついている。彼女は馬を駆り、渓谷内を駆け巡って兵を鼓舞し、段階的な後退を指揮してきた。その途上で三度馬を失い、その後は徒歩で駆けまわってきた。
「やるな。オークども。一日でここまで押されるとは」
彼女の側にはイヴァメネルが付き従っている。豪胆な騎兵指揮官が顔を真っ青にし、声を震わせている。
「奴らは、おかしい。異常です。死を恐れぬのでしょうか」
マルリアンは部下のために微笑しようとしたが、全く果たせなかった。
「きっと奴らには、何かがあるのだ。我らの想像も及ばぬ、何かが」
それが彼女たちの千慮の一失だった。作戦を模倣され、戦術を封じられても、オーク達には比類ない武器があった。この時代、この惑星の中で、唯一オルクセンでのみ芽生えつつあったもの。
それは幻である。虐げられたオーク達が初めて手にした、自分たち種族の国家。種族、すなわち、国家という幻想。
自分がその一部であると信じる限り、オーク達は国家なる観念のために死んでいくことができた。種族と国家は不滅であり、それを守って倒れるがゆえに、己もまた偉大な不滅の一部になるという、それは死へ向かう観念である。
種族の国家。そこでは、もう人間に虐げられることはない。飢え苦しむこともない。理不尽に殺されなくていい。世界が始まって以来、かつて無かった彼ら種族のふるさと。
実現したその夢が、彼らに求めた代価は死だった。オーク達はその帰結と向かい合い、狂熱のうちに受け入れた。
その幻想、あるいは夢の力が、火力の暴風を圧倒しつつある。
「オルクセン王国万歳!」
「大王陛下万歳!」
その絶叫に向けて堡塁から数知れぬ砲弾が飛び、接近するオークたちを殺戮する。しかし、足りない。オーク達の足は止まらない。新たな擲弾が投じられ、悲鳴の通信が響いた。
頭に響く悲痛な声に、マルリアンは、ほぞを噛んだ。
「できる限りの備えをした。そのつもりだったが」
「敵の出血は甚大です。見える限りの死体だけで万に達するかと。手傷を負った者はもっとです。あとはこの陣地で」
「見通しは暗いな……。イヴァメネル、我らは敗れつつある」
マルリアンは空を見上げた。時刻は午後七時ほどである。だが夏の星欧、それも北寄りの位置にあるロザリンド渓谷では、空はまだ明るい。
夜まで防戦するというマルリアンの見込みは崩れようとしている。もはや彼女にできることはない。将兵の敢闘と、日没の到来を祈るしかなかった。
「まだ日は暮れないのか……!」
オークたちの鼓笛の音が聞こえる。まだ猛気を失わない蛮声が響き、地響きが近づいてくる。幾つかの堡塁で白兵戦が始まったようだ。突入を許している。
夜の到来よりも早く、彼女は銃剣の輝きを見るだろう。
「早く。早く…! 夜の闇よ、来たれ。さもなくば――」
突破される。負ける―――いや、もう一つある。彼女はそれを祈った。
「さもなくば……
ゴルツ元帥は、なおも足を止めない。既に乗馬を失い、徒歩で督戦を続けている。
精神の負荷に耐えかねて敵に背を向けた者、座り込んでしまった者たちを叱咤し、殴りつけ、蹴り飛ばして前進を再開させる。それでも動かない者は、宣言の通りに斬殺してきた。
味方の血で濡れた愛剣を担ぎ、老将は血走った目で前線の様子をみた。敵の射撃は明らかに衰えている。集中射撃でなければ、オークたちの前進は止まらない。軍を磨り潰しながらここまで来たが、あと少し。あと少しで、この地獄のような渓谷を抜けられる。
そう思った時、思わぬ報告から銃声が響いた。渓谷の東西を挟む山脈、その険しい山肌から、発砲煙が上がっている。地形のため、あり得ないと思っていた横合いからの射撃だった。煙と銃声は次々に増える。
「奴ら、あんなところに兵を伏せておったか……!」
突撃しつつあったオークの戦列から悲鳴があがる。オルクセン軍には直ちに対応できる部隊がいない。通常なら側防にあたる擲弾兵大隊を全て正面に投じたためだ。たちまち混乱が生じはじめた。
「足を止めるでない! なぜ止まる。あんな小勢の射撃で」
兵たちを叱咤すべく近づいて、ゴルツはその理由に気づいた。主だった将校が死んでいる。旅団長も、連隊長も。その下の大隊長や中隊長たちも、次々に倒れていく。兵の損害と比べれば、偶然とは思われない。
――そんなことが。卑怯な。いや、まさか、この距離で。
信じられない、と思いながら左右の斜面を見回す。その彼の
胸壁から身を乗り出したマルリアンは、山肌にあがる発砲煙に目をこらした。間違いない。闇エルフの猟兵たちが、険しい斜面で膝撃ち姿勢をとり、オーク軍に射撃をくらわせている。その数は段々と増えていく。
彼女もまた、信じられぬ思いだった。ダークエルフたちは渓谷北の平野に広く分散して、敵の徴発隊や輸送段列の襲撃にあたっていた。しかし、オルクセン軍が渓谷に急進して以降、北に取り残された。通信中継をする兵を退避させねばならなかったから、連絡は絶えて久しい。マルリアンから次の行動を指示する暇はなかった。
マルリアンの密かな期待は、猟兵が再度集合し、まったく自主的な判断で、オルクセン軍の後方を襲ってくれないか、というものだった。ただ、猟兵たちの兵力は千余でしかないから、大きな戦果は望みようがない。
ところが、ダークエルフ猟兵は彼女の期待を超えて動いてくれたらしい。それを指揮しているだろうと、そう予想していた者から、混信の合間をぬって魔術通信が入った。
<マルリアン閣下。遅参の段、平にご容赦を>
「
ディネルースは有力氏族の副氏族長に過ぎず、他のダークエルフ氏族兵まで指揮する権限はない。しかし、その声望と力量でもって、彼女は本隊から孤立した猟兵部隊をかき集めることに成功した。
集合できた猟兵たちを二つの部隊に分けると、東西の山脈を南へ走らせた。俊敏で強健な身体をもち、半農半猟の山暮らしに慣れたダークエルフたちは、崖を超え、谷を渡り、凄まじい速度で駆けた。
『最も激しい銃声を追え! 倒すべき敵はそこにいる』というディネルースの指示に従い、彼女たちは手足に無数の傷を負いながらも、道なき道を馳せた。そして戦場の東西に辿りつくと、次々に射撃姿勢をとった。
彼女らの銃は特殊である。大量生産のマスケット銃ではない。銃身内に、らせん状の溝が穿たれている。銃弾はその溝に沿って回転しつつ発射され、通常の銃の射撃よりも遥かに正確に直進する。狩猟に適した
その精度を生かし、猟兵たちはオークの将校を狙い撃った。識別は簡単だった。敵将校は、たいていは華麗な軍旗の側にいる。そして目立つ
こうしてオーク達は指揮を失い、動揺して足を止めた。息を吹き返した堡塁たちが、そこへ正面からの猛射を加えた。オルクセン軍は再び、異方向からの十字砲火を浴びることになった。
こうして戦局は再び変わった。
「ゴルツ元帥、戦死!」
その報が本営に届いた時、すでにオルクセン軍は崩壊を始めていた。オーク達の闘争心はついに砕け散り、大潰走が始まったのが見える。味方の死骸を踏み越え、傷ついた戦友を置き捨て、銃すら投げ捨てて、前線から兵たちが逃げてくる。
その奥、敵の堡塁から甲高い喚声があがっている。連合軍が追撃に移ったに違いない。
アルブレヒト大王は立ち上がり、周囲に向けて言った。
「もはや、これまでよ。我らは負けた」
大王は日頃の鋭気を失い、ごくありふれた初老の牡に見えた。疲れ切った牡に。
「この敗戦の結果は、敗戦それ自体よりも恐ろしい。侵攻に失敗し、軍も消え去った。我が国は柱を失い、飢える。我がオルクセン王国は――」
その言葉の先を誰もが直感し、戦慄した。誰も一言もない。
次に口を開いたのは、やはり大王だった。その声は、やや張りを取り戻している。
「近衛連隊長! 予が近衛を直率する。前進するぞ。さすれば、踏みとどまる兵もでてこよう。そして今一度、突撃し、敵陣を食い破るのだ」
直ちに歩み去ろうとする王を、アンハルト中佐が羽交い絞めにして止めた。
「なりません、陛下! ここはご自重を。退却して、再戦を期しましょう!」
「軍主力を失ってか! これで退けば、国は終わりよ。予は名誉をもって、軍とともに滅ぶ。最前線で!」
大王は腕を振るい、アンハルトを跳ね飛ばした。他の侍従武官たちは一言もない。
「お待ちあれ、
座ったままのシュヴェーリンは、そう言った。他の者からは、平然とした声に聞こえたはずだ。
「シュヴェーリン。お前まで止めるか」
その言葉に、王の将軍はやや表情を和らげた。
「そう、お急ぎあるな。その前に何卒、ご褒美をたまわりたい」
「なに――?」
「これまで何十年、大王にお仕えしてきました。その褒美です。今を逃しては、その時もありますまい」
その場違いな言葉が大王の足を止めた。
「よい、申せ。何なりと取らすであろう」
シュヴェーリンはわざと大口を開ける。
「あっはっは、できないことを仰ってはいけませぬ。大王はお
「無礼者めが!」
王の叱責は、しかし怒気を含んでいなかった。一抹の寂寥が声に滲んでいた。
「王に二言はない……もしお前が、昔の仕返しに予の命を欲しいと言っても、予は取らすであろう」
その言葉がこれまでの褒美。あるいはかつて作ると言った国を、これから失うという違約への、精一杯の詫びなのだと、シュヴェーリンには分かった。
腹の底から溢れる思いを押し殺し、彼は笑ってみせた。そして大王の目を直視し、ますます朗らかに言った。
「では、畏れながら。まずは、大王ご愛用のマントを所望」
沈黙が降りた。王と将軍は、かつて決戦を逆転に導いた時と同じように、互いの思惟をありありと汲んだ。
紅潮していた王の顔色が冷えた。大きな目は死の熱狂から覚め、日頃の怜悧さを取り戻した。必要なのは、僅かな沈黙だけだった。王は言った。
「――そなたに似合うかな」
変わらぬ即断ぶりに、シュヴェーリンは心から喜び、祖国の安泰を確信した。
「この山賊めには、きっと似合いますまい。しかし、一生に一度の我がまま。なにとぞ、ご下賜ありたい」
大王は無言でマントを外し、シュヴェーリンに向けて放った。濃い紅が広がって舞い、その端をシュヴェーリンの手が掴む。地に付かぬように手繰りよせ、捧げるように持った。
「有り難し。近衛巨兵連隊も置いて行って頂きます。あれらがいては、大王ここにありと教えるようなもの。じゃによって、わしが率います」
「シュヴェーリン」
「さ、陛下。急いでお
「シュヴェーリン。や、やはり、いかん。死ぬな! お前も逃げるんだ」
叫んだ王は、かつてなく狼狽していた。誰もが初めて聞く声だった。
彼の将軍はその声を無視し、周囲の侍従武官どもに大喝した。
「ええい、何をしているか。早うお連れして
彼らは弾かれたように動き、抗う大王を左右から取り押さえた。
「し、死ぬな、シュヴェーリン。死ぬな!」
乗馬のもとに連れて行かれながら、王はなおも言った。
「必ず生きて帰れ! これは命令ぞ。予の命令ぞ……!」
――もったいなきお言葉
シュヴェーリンはその哀願を背中で聞いた。復命はしない。彼は歩み出し、周囲に待機していた精兵たちに呼ばわる。
「近衛巨兵連隊、聞け! このマントが見えるか。今日だけは、わしを大王と思え。そう心得よ」
彼は満ち足りていた。なぜなら王は、最初に忠誠を求める時、山賊に向けて言った。
――お前の命に意味を与えてやろう。予の敵と戦って死ね。魔種族の国の礎になるのだ。
王は約束を果たした。だから、いいのだ。何もかも満足だ。勝利も敗北も、もはや、どうでもいい。己の生には意味があった。間もなく来たる死にも。これ以上、望むものは何もない。
「戦は負けだ。しかし、大王さえご無事に戻られれば、オルクセン王国は生きる。そのために時を稼ぐのだ。
貴様らは、わしと共に敵陣に駆けて死ね。すべてはオルクセンのため。我らオークが遂に得た国のため。それを成された大王の盾になる。分かったら、近衛巨兵連隊、わしの後に続け!」
応、と答えて、近衛連隊長が彼を追い越すように前へ出る。近衛巨兵たちも我先にと続く。
それでいい。それでこそ近衛。進むのだ。命尽きるまで。やがて斃れる時は、前を向いて斃れよ。
王は約束を守った。ならば己もまた。いま、あの誓いを果たす時がきた。
「汝、主君と国家の敵と戦い、決して
勇躍する彼らの前途には、激戦の砂ぼこりと銃砲の白煙が満ち、曇り日のようになっている。
(次話「近衛巨兵連隊の突撃」に続く)
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