作者註:今話及び次話は「オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜」 第14話まで読了後推奨です。
――大王は近衛巨兵連隊を親率し、その先頭に立つて
オルクセン軍は崩壊し、万を数える残存将兵が悲鳴をあげながら潰走を始めた。
しかし、その先頭で逃げてきた兵たちが思わず足を止め、悲鳴を忘れて息を呑んだ。
彼らが見たのは、大敗北の戦場を前進する小部隊であった。その勢わずかに二百。一個大隊にも満たない。しかし動く壁のような迫力がある。
「近衛だ……!」
「巨兵連隊……!」
その最強の二百名が、鼓笛に合わせた手本のような行進で歩んでくる。目前の大敗など無いことのように。その落ち着き払った威風が敗軍の兵たちに恐怖を忘れさせた。
兵たちは思い出した。オルクセン軍が危うく敗北を喫しかけたラウエンベルグ会戦では、近衛連隊の雄姿が崩れかけた戦列を支え、逆転に導いたのだ。では、今回も―――と、生き残りの将校や下士官は思った。
しかし巨兵たちは彼らを無視して進む。目もくれず、声もかけず。『とどまれ』とも『隊列を組め』とも言わない。先ほどまで必死に逃げてきた兵たちは近衛のために道を空けつつ、唖然とするばかりだった。勇壮ながらも淡々と、近衛巨兵連隊は進む。
その隊列の中に、彼らは深紅のマントを見つけた。
「あのマントは……」
誰かが、ぽつりと言った。それで全てが変わった。
「大王だ!」
「アルブレヒト大王!」
「陛下をお守りするんだ!」
あちこちで声が上がり、生き残りの将校や下士官が手近な兵どもをまとめる。そして巨兵たちの後を追い始めた。全軍の潰走がとまるわけではないが、大敗北のただなかで前進する一団は、二百から五百、そして千を超えるまでに増えていった。
「よろしいのですか」
「よい。好きにさせてやる」
前進するオークたちは、向かってくる白エルフ勢を見た。その数は二千か、三千か。隊列を崩し、勇んで駆けてきている。勝利を確信しているに違いない。
「好餌よ! 連隊長、このまま突撃する」
「了解!」
「エルフどもよ、見よや。これはオルクセン国王である。死にたい奴から、かかってこぬか! 近衛巨兵連隊、わしに続け!」
愛用の両手斧を担ぎ、隊列の先頭に立つ。そしてシュヴェーリンは数倍の敵に目掛けて突っ込んだ。その背では深紅のマントが翻っている。
――折しも白エルフ軍、勝機に乗じて胸壁より出で、突撃して来たる。大王が直率せし近衛、之に突貫す。直ちに両軍相乱れ、短兵急に相接して、銃砲を用いるの余地もなく、弾丸を
「誰が追撃など命じたか! 堡塁に戻れ、戻れッ」
マルリアンは堡塁内から懸命に魔術通信を飛ばすが、混信のために殆ど届かない。彼女に聞こえたのは無秩序な叫び声だ。
<仇を、あいつの仇を>
<一匹も逃すな!>
<殺す。殺してやる!>
マルリアンは目が眩むような思いがした。熾烈な白兵戦で仲間を殺された――中には喰われた――エルフ兵たちが、敵の潰走を好機とみて、復讐心の命じるままに独走してしまったのだ。それを見た者たちが我も我もと堡塁から出撃し、なし崩しに追撃戦が起こっている。
「いかん、いかんぞ。このままでは」
同様に魔術通信を試みていたイヴァメネル大佐が、彼女に進言した。
「命令が届きません。いっそ、総追撃に移っては。敵は完全に崩れております」
マルリアンは青い顔で答えた。
「駄目だ、まだ駄目だ。奴は以前にも、そこから逆転した。きっと出てくる。自ら近衛を率いて最前線へ。そうなれば出撃した連中は」
「私が参ります。駆け回って、将兵を引き戻しに」
「いや」
マルリアンは決断した。
「守りを固めるのが優先だ。焦って飛び出した連中のことは――」
彼女は空を見た。日没には、まだ僅かな時間を残している。
「運を天に任せるほかない。後方から兵をかき集めて、空いた堡塁に入れるんだ。奴はきっと来る。急げ!」
この戦場に、一人の白エルフ将校がいる。
そこそこの氏族に生まれ、法学を修め、軍役にもついて将校の地位を得た。階級は後代でいう大尉か少佐、そのあたりだったと思われる。
彼女には名前がない。
もとより歴とした将校である以上、軍籍簿に名前が載らぬはずがない。しかし、失われたのである。
理由は二つある。第一に、この会戦における彼女の行為。それはオルクセンとエルフィンド、両国の正しい歴史と甚だ矛盾したがゆえに、無視された。彼女の武勲は忘れ去られ、本人も敢えて語ろうとしなかった。
第二には、この会戦から百二十年の後に彼女がとる行動。その結果、彼女はエルフィンドの歴史から完全に消え去り、オルクセンの歴史の裏面へその姿を隠すことになる。
こうしてあらゆる歴史からやがて消える彼女は、だから無名の戦士である。その数奇な運命は、ロザリンド会戦終盤の一局面から始まる。
この会戦で、彼女と似たような悲運に見舞われた者は多い。それら多くの者達と彼女の間には、ほんの僅かな違いしかなかった。
「撃てッ!」
そう号令して、氏族から率いてきた兵たちに斉射させる。一瞬遅れて、彼女自身も撃つ。堡塁に向けて坂を登ろうとしていたオーク兵たちが次々に倒れた。敵の勢いが衰えているのは明らかだった。
何とか、このまま――と、彼女は祈るような気持ちでいる。今日一日というもの、生きた心地がしていない。個人の武技ならば覚えがあっても、実戦経験のない彼女にとって、自分の指揮下にある氏族の仲間を失うという想像は恐怖以上の何かだった。
皆、幼い頃から同じ村で育った仲間である。家族の観念を持たないエルフにとって、同氏族で年頃の近い者たちこそ、血を分けた姉妹同然なのだ。
氏族がそのまま部隊となる白エルフの軍制において、それは長所でもあり、また短所でもあった。部隊の全員の気心が知れているから、連携が容易ではある。
「次発装填!」
兵たちは手際よく作業し、直ちに完了した。彼女たちが使っているのは通常のマスケットではない。村の銃職人が独自に工夫した新式銃だ。精巧なカラクリのおかげで、射撃速度が異常に速い。ほとんど連続的に斉射を放てる。
「撃てっ!」
何度目かの斉射。その戦果を確認して、兵たちが喝采をあげた。
「やった! また、やっつけたぞ」
「オークども。もうボロボロじゃないか。いい気味だ」
「見て! 奴ら、逃げてく。逃げてく」
指揮官たる彼女は、誰にも分からぬように胸をなでおろした。この激戦で、彼女の部隊は誰も命を落とさずに済んでいる。彼女の指揮が優れているためではない。配置場所が、たまたま第三層陣地だったからだ。
――もっと前に配置されていたら、今ごろは……誰か喰われていたかも。皆殺しになっていてもおかしくない。よかった。本当に。
このまま籠っていればいい。そうすれば、彼女たちは無敵だ。この新式銃ならば、敵を寄せ付けることはない。全員、生きて村に帰すことができる。そう安堵しかけた時である。
「あんなのが敵じゃ、この堡塁から出て行ったって勝てるよ」
「この銃で滅多撃ちにしてやる」
彼女は血相をかえて叫んだ。
「おい、馬鹿なことを言うのはよせ! ここに籠って戦うんだ。みんなの護符を持ち帰るなんて、私は御免だぞ」
しかし、周囲の他の堡塁からも喚声があがり、思い思いの追撃が始まったことが分かった。魔術通信も殺意と復讐の声であふれている。彼女の部下たちも猛り立ち、口々に言い合った。
「このままじゃ逃げられちゃう」
「かたき討ちだ! 前の方でいた連中の」
「行くよ、みんな!」
「ああ、私たちも!」
そう言って、幾人もが胸壁に足をかける。指揮官の命令を無視して。それどころか、兵たちは将校たる彼女に声をかけてきた。
「ほら、――も早く!」
「一緒にやっつけよう!」
氏族別編成の欠点、統制の難しさがでていた。幼い頃から見知った間柄なだけ、部下は上官に気安い。少々のことは許されるという甘えがある。侮っているといってもいい。兵たちは返事も待たず、堡塁を出て坂を下り始めた。
「お、おい。待てっ。やめろ。待って!」
勢い、彼女も追いかけるしかない。
彼女たちは他の部隊と競い合うように駆け、やがて逃げ遅れているオーク達に追いついた。
「いた! みんな、あっちに敵が」
「撃て、撃て!」
「やったぞ、頭を吹っ飛ばした!」
彼女の号令も待たず、兵たちは自由射撃を始める。それが可能なほど、彼女たちの新式銃は操作が容易だった。しかし、射程距離は普通のマスケットと変わらない。
「みんな、十分だ。いったん隊列を組みなおすんだ。横隊を……」
彼女が声を張り上げて統制を取り戻そうとしていた時、前方から蛮声があがった。全員がそちらを見た。彼女は不覚にもすくみあがった。
――オークだ。いや、悪鬼か。
壁のような巨体が横列をなし、怒号をあげて突っ込んでくる。その先頭にいるオークは、血のような色のマントを羽織り、両手斧を振りかざして疾駆してくる。速い。凄まじい速さだった。堡塁の中から見たものとはまるで異なる、その迫力。
「オークの……津波!」
恐るべき敵集団は、彼女らの前方にいた部隊に突っ込む。たちまち血煙があがり、エルフ達の甲高い悲鳴が渓谷に響いた。小勢のオーク達は、薄紙を破るような容易さでエルフたちを殺し、突き崩して、なお進んでくる。
「いけない。み、みんな、三列横隊を。早く!」
部隊に防御射撃の態勢をとらせようとした時、乱戦の中から一弾の石礫が飛来。彼女の兵――幼い頃からよく見知った仲間の頭を、ざくろのように割った。その者は血の赤と脳漿の白をぶちまけながら斃れた。悲鳴をあげる暇もない、一瞬の死だった。
これまでの戦いで数知れぬオークを楽々と射殺してきた彼女たちが、初めて感じた死の実感だった。悲鳴と恐怖の魔術通信が交錯する。
<あいつが>
<死んだ。殺された>
<敵の近衛だ。巨兵だ>
<怖い、嫌だ>
<敵が来る!>
感情を制御できなくなった時、全員が魔術通信でつながっているエルフ族に起こる連鎖反応である。追撃開始の時は怒りと高揚だったが、いまは混乱と死の恐怖が駆け回り、爆発的に増大している。
氏族を率いる彼女も例外ではない。心が冷え、手が震え、何も分からなくなりかける。しかし将校として、仲間の命を預かる者の義務感で叫ぶ。
「落ち着け! 列を、列を作るんだ」
しかし、もう遅かった。先駆けてきた幾名かのオークが銃剣を突き出し、彼女ら氏族の群れに突っ込んだ。防御射撃どころか横隊さえ組めないまま、彼女らは突撃をまともに受けた。
一瞬で数名が殺された。兵たちは必死に抵抗しようとし、銃を構え、あるいは歩兵剣を抜いて振り回すが、まるで敵わない。敵が巨体の長い腕で突き出す銃剣に。振り下ろす銃床に。胸を貫かれ、頭を潰される。躍り込んできたオークたちが叫び、腕を振るうたび、死がふりまかれた。
何もできない。まるで敵わない。圧倒的な力の差があった。兵たちは一瞬で心を砕かれた。しかし逃げ出すよりも早く、次から次に殺されていく。
「や、やめて。やめてくれ!」
瞬時に敗走を始めた部隊の中で、彼女だけは逃げなかった。私は指揮官。みんなを守る。守らなければ。生きて連れ帰るんだ。
恐怖に支配されかかる心が、その義務感一つにすがる。そして彼女は剣を抜いた。骨が鳴るほどに恐れながらも、彼女は立ち向かう。
恐れを知って、なお進む。震える足を前に踏み出す。それが彼女の英雄たる資格だった。
――大王は
両手斧を縦横に振るい、シュヴェーリンは悪鬼のように荒れ狂っている。味方に数倍する敵勢に突撃し、撃破すること三度。幾度か浅傷を負っている。精鋭の近衛連隊も、押し包まれて討たれた者が多い。
新たな一団がこちらに向けて横列を作ろうとしている。斉射を浴びてはたまらない。シュヴェーリンは足元に転がる花崗岩を拾い上げ、気合の声をともに投擲した。その意図に気づき、幾名もの巨兵がその敵に向かっていく。誰もが血まみれで、負傷もしているだろうが、士気は天を衝かんばかりだ。
これなら、まだやれるか――シュヴェーリンは、彼に付き従っている近衛連隊長に尋ねた。
「連隊長! 味方は、どれほどか」
「百ほどは!」
「よおし。まだいける」
なんとか日暮れまで。そこまで粘れば、大王は当然、多くの味方が逃げられるだろう。二百名の近衛と、途中でついてきた数百の兵、そして彼自身の命と引き換えに。ずいぶん割のいい取引だ。
――今、やっと……。
感慨の中で息を整えつつ、敵の一団を見る。早速、崩れかけている――と思った、その時のことである。彼は妙なものをみた。そして聞いた。
「うわぁぁ! うわぁ!」
紛れもない悲鳴。エルフの澄んだ女声。しかし、その声は逃げない。こちらに向かってくる。
シュヴェーリンは目を見張った。潰走する敵の中で、ただ一人の女だけが奮戦している――どころか、こちらを圧倒しているではないか。
「あぁ!」
女が悲鳴を一度あげるごとに、先ほど突っ込んでいった近衛巨兵が鮮血を散らして倒されていく。
如何なる強者でも、味方が潰走する中で、ただ一人で踏み留まるのは難しい。まして、敗勢に逆らって前進する勇気の持ち主は、千に一もいない。それも絶無ではないが――しかし、泣きながら突進してくる勇者など、彼は初めて見た。
雄叫びならぬ悲鳴をあげながら、しかしその敵は強かった。右手に長剣、左手に短銃をもっている。
銃剣を振りかざすオークの巨体、その脇をすりぬけざまに長剣の一閃。切っ先は精確に首を薙いでいる。
「うわ、あああ!」
まだ悲鳴をあげながら、次に迫る巨兵の顔面を短銃で撃ちぬく。
戦友を次々に失って怒り狂い、巨兵たちが周囲から突進する。
「ひ、ひぃ、ああ!」
白エルフは巨兵たちの合間に飛び込み、転がりながら兵どもの足を切り払う。背後にまわると直ちに振り向き、今度は無防備な首の後ろに剣を閃かせる。凄まじい体術、恐ろしく精妙な剣技だった。
「貴様、よくもっ」
「大王を守れ!」
怒りとともに新たなオーク兵が二名がかりで襲い掛かる。
白エルフの女は、また悲鳴をあげながら、再び短銃を抜く。狙いをつけたとは見えない速射。その一弾は、しかし正確に兵の胸を射抜く。残る一名の兵が突き出した銃剣を剣で払い、心臓に刺突を返す。
凄まじい剛勇だった。身体能力の優れたエルフであれば、女だからと侮ることはできない。それにしても異常なほどの体さばきである。さらに驚くべき、いや呆れるべきは、その悲鳴と怯えぶりだ。
かつて、シュヴェーリンはグスタフ少年に言ったことがある。
<怖いと認めるのが勇気の始まりじゃ。震えてもいい。泣きべそをかいてもいい。骨が鳴るほど怖くとも逃げずに進めたら、そいつは勇敢な兵士じゃ。最悪の決断は諦めること。こいつはいつでも同じだ>
そう言いはしたが、本当に泣きべそをかきながら向かってくる勇士がいるとは思いもよらなかった。それも、滅法強い。近衛の精兵が相手にもならない。
その奇妙な白エルフ女は、恐怖を貼り付けた表情で、きっ、と彼の方を見た。恐怖が驚きに変わる。そして猛然と進んできた。何ごとかを喚きながら。
「―――! ――で! ――!」
彼には聞き取れない。どうやら、いくつかの言語をとっかえ、ひっかえにしているようだ。分からない。しかし、彼を求めていることは分かった。
やっと聞き取れる言葉、かなり訛りのあるオルク語で、女は叫んだ。
「やめてくれ! もうやめてくれ!」
そう叫び、女は彼のもとへ跳躍する。その勢いのままに斬撃。彼は両手斧で薙ぎ払う。刃が噛み合い、割れるような音を立てる。
彼の膂力によって女は弾き返されたが、危うげなく着地する。何という敵だ――と驚嘆しながら、シュヴェーリンは追い打ちをかけようとする。
その動きを女の言葉が止めた。
「オーク王とお見受けする! もう許してくれ!」
何を言ってやがる――と思う。命乞いなら、短銃を突き付けながらするものではない。白エルフは続けた。
「私はどうなったっていい。だからみんなを。私の部下を許してくれ!」
なるほど、命乞いではある。しかし、乞うのは部下の命だという。そんなことを言うために、たった一人で突っ込んできたらしい。
「お願いだ、オーク王よ。私と決闘をしてくれ!」
シュヴェーリンは激戦を忘れて呆気にとられた。決闘。久方ぶりに聞く言葉だった。
白エルフは続けた。
「聞こえたか。私が代表して、お前と決闘する! だから部下は許してくれ。見逃してくれ!」
シュヴェーリンは笑いだした。
「白エルフよ。これは戦だぞ」
戦の最中に追撃を止めろなど、敵に言うことではない。愚かしいまでの無法。痛快なほどに無謀。彼はそれが気に入った。
彼も若い頃には、騎士伝統の
斧を掲げ、叫ぶ。
「近衛巨兵連隊、止まれェ!」
彼は楽しげに繰り返した。
「止まれ、追撃をやめよ! 足を留め、我らの一騎討ちを見よや! 戦の習いであるぞ」
乱戦の中でも彼の声はよく通った。小隊や分隊の長たちが彼の命令に気付き、近衛巨兵たちの足を止め始める。付いてきた他の兵たちもだ。
「これでよかろう。戦の最中に決闘はない。それはのう、一騎討ちというのよ」
名のある者同士の一騎討ちは、騎士の戦いの華。部族時代からの戦士の伝統でもあった。それを兵達は邪魔してはならない。見守り、結果を見届ける義務がある。最近では非常に珍しい、しかし誰もが知る古い習わしだ。
白エルフは驚いた顔をしている。自分で願ったくせに、とシュヴェーリンは更におかしみを覚えた。
彼が兵の足を止めた訳は、酔狂だけではない。もう少し前進すれば、次の堡塁の射程に入ってしまう。あれに突撃すれば忽ち壊滅する。時間を稼ぐために、ここで足を止めるのは悪くない。
「か、かたじけない。オーク王……いや」
白エルフは慌てたように涙をぬぐい、彼を見直した。そして叫ぶ。
「謀ったか! その両手斧、山賊のシュヴェーリンであろう」
「うふ。当たり前じゃ。我が大王はとうに退かれた後よ。しかし、わしとて安い首ではない。まこと、たった一人で来る気か」
彼の豪勇はエルフィンドにも聞こえているはずだった。以前に捕えた捕虜から聞いたところでは「シュヴェーリンを見たら、決して一人では挑むな」と、名指しで訓令されているという。
しかし、敵の将校はひるまなかった。
「言った通りだ。山賊のシュヴェーリン。我が部下たち、全ての命にかえてッ」
歯を食いしばって長剣を構える白エルフに、シュヴェーリンも両手斧を構えて相対する。
「白エルフにも牡はおるのだな」
「私は女だ! 侮辱すると許さん」
「おお、これは、すまん。根が山賊でのう。つまり、じゃ――」
返り血に汚れた顔で、彼は敵に笑顔をみせた。
「お前を尊敬する。お前はわしとおんなじだ」
白エルフは驚いたような顔をし、そして少し笑った。もう一度涙を拭い、そして言った。
「シュヴェーリン将軍。深甚に思う」
「名を聞いておこうか」
「我が名は、―――! エルフィンドが都ティリオンのそばにある白銀樹の生まれ。我が部下の助命嘆願がため、貴公に決闘、いや、一騎討ちを乞う!」
彼も名乗りを返さねばならない。
「アロイジウス・シュヴェーリン……」
オルクセン軍中将。あるいは単に将軍。そう言うべきだろう。しかし、そのどれもが今の自分には無用だと思った。
この戦場で、こうして戦えるのなら、何の称号もいらない。己は
「……受けて立つ」
「いざや! 尋常に」
「おう、勝負!」
彼は愛用の斧を振りかぶり、敵に目掛けて突進した。必殺の一撃は容易くかわされ、斬撃が襲う。勢いのまま転がって避け、体勢を立て直しながら振るう横薙ぎ。それも、身軽な敵には届かない。
彼の剛力を受け止める愚を、敵は犯さない。素早く避けるか、振り下ろされる両手斧に横向きの一撃を合わせて軌道を変えるかだ。
しかし幾度目かの打ち合いで、ついに白エルフの長剣は折れた。切っ先が飛んでいき、剣は半分ほどになる。白エルフは直ちに飛びずさって距離をとる。
「ちい…!」
しかし、ひるまない。右手に折れた剣をもったたま、左手で短剣を抜いて逆手に構える。得物の長さを失って不利は明らかだが、諦める気は全くないようだった。
その姿は紛れもない勇士。誉れの戦士と認めて、シュヴェーリンは手で制した。
「待て。これを使え」
滅多に使わないサーベルを抜くと、白エルフのそばに放ってやった。
「短剣では討てん。わしはでかいからの。その短銃も使え」
自分の親切さにおかしみを感じ、彼は少し笑った。彼は満ち足りている。
これまでの全てが今、物語になった。騎士の家に生まれ、奴隷の身に落ちた。やがて戦士となり、傭兵の道へ。流浪の末に主を得て軍人に。遂には将軍になった。
だが今や、もう将軍ではない。軍人ですらない。勝ち目なき戦場に挑む姿は、王を守る騎士のそれ。そして今、敵の勇士と死闘を演じている。
彼は嬉しかった。王の盾となり、偉大な敵と戦って斃れる。幼き日に聞かされ、憧れた武勲詩のように。その劇中の勇士に、彼はついになれたのだ。旅の終わりに相応しい。
白エルフは折れた長剣を捨て、彼のサーベルを拾う。そして荒い息で彼に言う。
「甘いな。その情け、後悔するぞ」
「させてみよ。さあ、続けようぞ!」
このような素晴らしい敵にこそ、彼は殺されてやりたいのだ。
(次話「星落腥風ロザリンド」へ続く)
作者註:作中の登場する白エルフ将校は、鶴岡様のご厚意により「オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜」よりゲスト出演を頂きました。心より感謝申し上げます。
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