山賊大将シュヴェーリン   作:芝三十郎

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オルクセン二次創作。書籍版5巻まで読了後推奨。 オルクセン王に倒されたシュヴェーリンは、少年に戻っていた。悲惨な前半生を経て、少年は戦士となる。


抜き身のつるぎ

 闇を抜けた瞬間、シュヴェーリンは殴られた。恐ろしく強い殴打に、踏ん張ることもできず、後ろに吹き飛んで倒れる。

 

――野郎、この俺を。

 

「覚めたか」

 

 そう傲然と言う相手に反撃しようとして、状況が一変したことに気付く。彼の山塞を討伐にきた騎乗の将はどこにもいない。ここは室内だ。見慣れた感じがする。

 

「この糞呆けが」

 

 彼を怒鳴る相手は、年寄りのオーク。背丈は並み程度で、馬には乗っていない。それでも相手が大きく見えることに不思議を感じながら、シュヴェーリンはすっかり委縮した。途端、己が小さいのだと気付いた。

 

――俺は、いや……僕は何をしてる?

 

「すっかり磨いておけと、そう言うたであろう。どこに目をつけておるか」

 

 怒鳴られながら立ち上がり、シュヴェーリンは台の上の鉄塊を見た。鉄の巨人のような大鎧がある。

 

「ここじゃ、ここの歪んでおるところじゃ」

 

 目をこらせば、なるほど、錆が浮いている。彼、アロイジウス・シュヴェーリン少年は、ひどく恐れた。目の前の父と、その期待に応えられないことを。

 

「この傷はのう、先々代のアスカニア公に従うて、ポルスカ兵と戦うた時のものじゃ。その名誉の傷を、この怠け者めが。それでも武門の仔か」

 

「ち、父上。ごめんなさい」

 

 彼の口がそう言った。頬が焼かれたように痛い。しかし目から涙があふれでたのは、痛さゆえではない。ああ、僕は情けない。

 

 父親、もう初老といっていい白髭のオークは続けた。

 

「よいか、お前もいずれ騎士になるのじゃ。アスカニア公にお仕えし、皇帝陛下の御ために働く、まことの帝国騎士じゃ。早う、その名に相応しい牡になるんじゃ。名高き戦士(アロイジウス)よ」

 

 毎日のように殴られる彼を、母は憐れんだ。さりとて父を止めるでもない。代わりに夜毎、詩や物語を語ってくれた。かつて封土持ちのオーク貴族の令嬢であった彼女には、書物の記憶が豊かにあった。

 

 語り聞かされたのは、種族の武勲詩。巨狼の親玉と戦い、火を吹く竜をすら討ち取った太古のオークたち。あるいは時代を下り、人族の物語を剽窃して主人公だけを変えたオークの騎士物語。主君のために剣を振い、いかなる大敵にも立ち向かう猛き者の(いさおし)

 

 それらを聞かせるだけ仔が速く長じ、強くなれるに違いないと、母は信じているようだった。

 

「...こうして、勇敢な騎士は悪竜を退治し、その首を王に捧げたのです。お前も、強くなるのですよ。シュヴェーリンの家に恥じぬように」

 

 シュヴェーリン家は、部族時代から続く武門の家だ。とはいえ、傍系のさらに末となれば、封土は乏しい。父が治めるのは、ほんの数軒が並ぶ部落一つである。その収入だけで武具や馬、そして武人としての体格を維持することはできない。自ら畑を耕し、鶏を飼わねば、とてもやってはいけなかった。

 

 それでも騎士は騎士なのだと、父母は誇らかに信じていた。そうしなければ、彼らの生は辛過ぎたのかもしれない--そう思い至るのは、それから数十年も後のことだと、アロイジウス少年は既に知っている。

 

 少年の周囲で時が加速した。

 

 何もかも早回しに動く。背が伸びる。父は老い、ますます短気になる。彼は毎日殴られる。母は変わらず、彼を慈しむ。何も不思議はない。実際、そうだったのだから。

 

 これ以上進むのはまずいということも、だから知っている。嫌だ、やめてくれ。この先を僕に見せるな。そう叫んだとき、時間の経過は正常に戻った。

 

 

 

 

 

 やはり、その朝だった。

 

 アロイジウス少年は、村はずれの松林へやられた。焚きつけの松葉を拾うためだ。朝食は薄い麦粥だけだったが、空腹は慣れているから苦にもならない。籠がいっぱいになった頃、林の外を大勢が駆けていく音がした。

 

 松に隠れて覗くと、半ば騎馬、半ば徒歩の一団が進んでいた。ほとんどは武器をもった人間だ。剣に弓に弩。先頭の人間は昼だというのに松明を灯している。その次は荷車。引いているのは数名の仔オーク。それを軽装の騎兵たちが囲い、最後に騎乗の鎧武者が一人続く。

 

 騎行だ。アロイジウスは、その種の行軍を武勲詩で何度も聞いていた。敵地を蹂躙する騎士の戦法。名誉ある略奪行。しかしその集団の行く先は彼の村に違いない。

 

 農民たちが気付いて悲鳴をあげると、鎧武者が手をあげて号令する。途端、軽騎兵が駆けだし、逃げ惑う農民たちの背を槍で突き刺してまわった。松明の男たちが駆け、村の家々に、納屋に、藁束に火をつけていく。軽装の歩兵たちは略奪役だ。家々から鍋釜を、村で共同の食糧庫から麦袋を持ち出して荷車に積んでいく。

 

 少年は、生まれた村、彼が継ぐべき封土が亡びる様を、林の中から見ていた。火付けが彼の屋敷に火を放つところも。屋敷から現れた全身鎧の騎士が、その男を切り殺すところも。

 

破落戸(ごろつき)ども、帝国騎士シュヴェーリンを知らぬか。我が剣を受けよ」

 

 少年は林を飛び出した。あれがまことの騎士。僕の父上だ。何もかも大丈夫。弱い者を守り、どんな敵にも立ち向かう。その後ろにいれば、何も怖いことはないんだ。

 

「父上」

 

 騎士は彼に気付き、怒鳴った。

 

「こ、この惚けめ。なんで来た」

 

 父の顔には恐怖がにじんでいた。足取りはぎこちない。鎧はあちこち歪みがある。動きが遅い。ああ、僕がきちんとサビを落としていれば。

 

「ええい、早う逃げよ。母を連れて逃げよ」

 

 父は彼に背を向け、村の中央、敵の一団へ向かっていった。その鎧の背には傷もへこみもない。騎士は体の前こそ傷だらけでも、敵に背中は見せないのだ。一歩を踏むたびにキイキイと音をたて、左右に身体を揺らしながら、父の背中は彼から遠ざかっていった。

 

 その時、彼の周囲を何かが飛んでいった。そして父は地面に転がった。その胸に、腹に、矢が生えている。弩から放たれた太矢は、鎧の板金を容易く貫いていた。

 

 少年は、自分が裏切られたことを知った。父は無敵の騎士などではなかった。倒れ伏した父のまわりに血だまりが広がるところを、彼はぼんやりと見ていた。燃える屋敷から走り出てきた母が切り殺されるところもだ。

 

 彼はずっと立ち尽くしていた。略奪兵に剣の平で殴られるまで。気を失って、彼はまた闇に落ちた。

 

 闇の中で彼が夢に見たのは、遠ざかりゆく父の背中だった。

 

 

 

 

 

 

 気を失っている間に、ずいぶん時間が過ぎ去ったようだった。一年くらいだろうか。

 

 気が付けば、彼はもう傭兵隊での奴隷暮らしに慣れていた。昼は荷車を引く。休憩の間は落ち枝や松葉を拾う。夜は馬の蹄の世話をし、薪を割る。食事は人間の残飯か、行軍の間に自分で何とかするしかない。

 

 それでも屋敷でいたときより彼の背は伸び、腕も足も太さを増していた。友人もできた。彼と同じく、隊の奴隷にされた仔オークたち。分けても、その中で一番年上の、頼りになる牡だ。

 

「蹄鉄はもう終わったんかい。そいじゃ、水汲みを頼むよ」

 

 身の処し方は何もかも彼が教えてくれた。おかげで鞭打たれる回数がずいぶんと減った。彼の名は…何だったろう。アロイジウス少年は頭の中を探ったが、どうしても思い出せない。

 

 思い出せない、その理由を考えることが恐ろしい。嫌だ。やめてくれ。俺にこんなものを見せるな。僕はもう忘れたんだ。

 

 しかしまた景色は過ぎ去り、その時が来た。

 

 彼は、他の仔オーク達と鍋を囲んでいた。うまそうな匂いがする。滅多にないごちそうに、涎がとめどなく湧く。数日の絶食の後だったから、誰もが貪るように食った。

 

 食い終えて、我にかえってから気付いた。一番年上の…どうしても名前を思い出せない、あの友人がいないのだ。

 

 人間の兵士が様子を見に来た。奴隷の面倒をみる係だ。

 

「へへ、うまかったかよ。あいつ、でかくなり過ぎたからな」

 

 男はニヤニヤとしている。

 

 久方ぶりに腹を満たした少年の胸に、黒い熱が走った。

 

 気がつけば、彼は兵士に殴りかかっていた。

 

 そして驚愕した。誰より恐ろしいと思っていた兵士が吹き飛んで、地に倒れたからだ。兵は起き上がらない。口から泡を吹いている。

 

 少年は、それを為した己の拳を見た。恐ろしい力だった。この拳。初めて知った力には、しかし覚えがあった。

 

 その正体に気づいた途端、彼は雄叫びをあげて駆けだした。倒れた兵士の胴に馬乗りになって、殴りつける。何度も、何度も。

 

 こいつが、こいつが。あいつを。僕の友達を。僕に。死ね。死んでしまえ。

 

 兵士が動かなくなり、彼が荒い息をついた時、騒ぎを聞きつけた他の兵達が周りを囲んでいた。ほとんどは素手だが、棒や薪割りの手斧を持っている者もある。

 

「この豚が。とっとと、やっちまえ」

 

 誰かがそう言うと、人間の兵達は一斉に襲ってきた。

 

 しかし少年はもう恐れない。村と家族を無くしてから、ずっと怯え暮らしてきたのが嘘のようだった。彼は自分を取り戻していた。

 

 拳を握りしめる。最初に襲ってきた兵、その顔面へ一撃。それだけで敵の首が折れた。次の兵にも同じ一撃を見舞う。一人、また一人。

 

 手を握りしめて腕を振るえば、その拳には父がいた。受け継いだ力がある。

 

 斬りつける剣をかわし、今度は腹に一撃。内臓を潰したのが分かる。

 

 強大な敵を前にして、燃える胸には母がいた。教わった勇気がある。

 

 振り返って、後ろから彼を襲おうとした兵の顎を打ち上げる。骨を砕いた。

 

 独りではない。そうと悟れば、恐れることは何もない。

 

 時に殴られ、蹴られながらも、彼は一歩も退かない。破れて血まみれの拳を握る、少年はもう戦士だった。

 

 ならば、何度倒れても立ち上がれ。牡ならば戦え。侮辱されたら殺せ。それだけが、敵と己で命に差はないという、否定し得ない証なのだ。彼は拳でそれを為した。

 

 気づいた時、残る敵はたった一人になっていた。

 

「この、この豚野郎が。殺す、殺してやる!」

 

 剣を振りかざして向かってくるのは傭兵隊長。少年の全ての仇だ。いつの間にか兜をひっかぶり、革の胴鎧までつけている。姑息でも隊長を張るだけ、腕は確かな敵だ。しかも武装している。

 

 それでも彼は怖じない。なぜならば。

 

 僕は名高き戦士(アロイジウス)。シュヴェーリンは騎士の家。

 

「お前なんかに、負けてたまるか!」

 

 彼は前へ向けて駆けだした。飛び込むように転がって敵と行き違う。目指すものは死んだ兵の手斧。転がりながらそれをもぎ取り、素早く立ちあがる。

 

 全身の痛みを無視し、再び賊将に向かい合った。血がたぎる頭で思い出すのは、父に棒きれで叩きのめされた稽古の日々。傭兵隊長は何事かをわめきながら襲ってくる。その動きがずいぶんと遅く見えた。

 

 彼は薪割りの手斧を構え、雄たけびとともに突貫する。

 

 力一杯に振った斧、その狙いは確かだった。一撃目で敵の剣を叩き折る。二撃目は兜割り。へこんだ兜の下から血を流して倒れた敵、その首に打ち下ろす三撃目。

 

 首から噴きだす血に押され、傭兵隊長の頭が転がった。その場を静けさが満たした。

 

 彼は周囲を睥睨し、自分が作り上げた死体がそこかしこに転がっているのをみた。地面には血が溢れ、草の合間を無数の糸のように流れている。

 

 惨劇のただ中に立って、当然血まみれの彼は涙をぬぐった。戦いの間、ずっと泣いていたのだと気付いた。しかし流す涙はこれが最後だと、そう誓う。もう無力な幼な仔ではない。

 

 落ち着きを取り戻すと、彼は地面に伏して震えている仲間の奴隷たちに気付いた。自分を遠巻きに見つめている。みな、彼と同じくらいか、幼い仔オークだ。怯え切っている。彼らには誰もいない。皆が孤児。守るべき弱き者たち。

 

 ならば為すべきことは一つだった。彼は歩み寄り、片膝をついて仲間たちに話しかける。

 

「み、見たか。こいつら、てんで弱かった。もう大丈夫だ。僕が――いや」

 

 違う。そうではない。もう違う。

 

 言葉を切ると、彼は立ち上がった。他のオーク達を傲然と見下ろす。少年はもう、誰に対しても屈する膝を持たないのだ。

 

「この群れの大将は、俺になる」

 

 傭兵隊長シュヴェーリンの誕生だった。

 

 

 

 それから、時は再び加速した。

 

 群れを率い、彼は長く旅をした。アスカニアからオルクセンへ。紛争の自力救済を認める決闘(フェーデ)制度を悪用し、帝国領を荒らしまわった。やがて帝国追放刑を受け、南の山岳地帯へ脱出。そこで習い覚えた最新の槍兵戦術を使い、エトルリア戦争で活躍。

 

 仲間を増やし、戦争と略奪を繰り返す日々だった。紆余曲折の末、また北上してオルクセンに辿り着いた。そう思った時、日が没し、彼は闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 目を開けたとき、彼は地面に転がされていた。すっかり成長した壮年の姿である。動けない。手も足も、きつく縛られているのだ。上から声が降ってくる。

 

「覚めたか」

 

――父上?

 

 顔を向けると、椅子に座った三角帽子のオークが見下ろしていた。父とは似ても似つかない。肥満漢で、背は低い。まわりに侍っている、やたら巨躯の護衛兵たちとの身長差が滑稽なほどだ。山塞を討伐にきた軍の将だと、ようやく彼は思い出した。

 

――なぜこんな奴が大きく見えた?

 

 シュヴェーリンの瞳はその牡の顔に吸い寄せられた。若くはない。目じりや頬の皺からして、そろそろ初老といった頃か。壮年期の彼よりも百歳かそこら、年上だろう。しかし、蓄えた髭は黒々としている。窪んだ眼が異様に大きい。その口元が動き、発したのはカン高い大声だった。

 

「山賊。お前は今日、ここで死ぬのだ」

 

 将の背後に見える空で、夕暮れの赤が去り、黒い雲が一面を覆いつつある。風は湿っている。

 

 どうやら処刑までの寸刻を生かされたらしいと知って、シュヴェーリンは小さく笑った。今更な宣告である。だが少し時間があるなら、その間にあの軍隊のことが少しは分かるかもしれない。

 

 そういえば他の者はどうなったかと首を回せば、後ろ手に縛られ、地面に座っているゼーベックが見えた。他の手下達もだ。皆、傷は見当たらないから、降ったのだろう。彼は無理のようだが、手下たちは命を拾えるものか、どうか。

 

――俺がこいつに斬りかかったのが、まずかったか。いや、待て。

 

 シュヴェーリンは完全に思い出した。

 

「俺に何をした」

 

 彼は、この将に斬りかかるところだった。確実に仕留めたと思ったその時、彼の身体が硬直した。そして、信じがたいが、地面が割れて砕けたのだ。しかし今、彼が体を横たえる大地は盤石なままである。

 

 肥満の牡は、愉快気に笑った。折り畳みの椅子が軋む。

 

「お前はアスカニアの出であったか。あそこは特に魔種族狩りが酷かった。知っているか。オークの封臣たちに傭兵をけしかけたのは、アスカニア公自身よ。ただで領土を召し上げたかったのだ。それが、人間の主君がお前の父に()れた褒美じゃ」

 

 シュヴェーリンの血が、さっと冷えた。牡の言葉はさらに続いた。

 

「お前は、よく生き残ったものよな。しかし、血は争えぬ。連隊を率いて、グロワールの王軍を破るとはの」

 

 もはや疑いもなかった。先ほどまでの夢、頬を殴られる感触まであった夢も、牡が自分の過去を知っている理由も。

 

「嘘だ」

 

肥満の牡は嘲るような顔を浮かべた。

 

「何の不思議がある。太古より魔力、衆に優れる者が王となる。幼な仔も知っておる」

 

「お伽話だ」

 

「では、お前は何故に足を止めた。先ほど見たものは何だ?」

 

 遠くで雷鳴がした。縛られたまま、シュヴェーリンの肌が粟立った。

 

「お前が王…。本当に魔術を使うのか」

 

「そうだ。だが、つまらぬ技だ」

 

 平然と肯定して、牡はさらに嘲った。

 

「予の魔術は相手の心を縛る。だが、一度に一者にしか通じぬ。まして鉛玉が相手では何にもならぬ。つまらぬ手品よ」

 

 殺されると分かった時には感じなかった恐怖が、彼の背筋を走った。歌に歌われ、昔話に教えられた魔術への畏れは、彼の心にも根を張っていたのだ。まして心を縛り、覗く術など、伝説の一節だ。しかしそれを、目の前の王はつまらないという。

 

「さっきの夢も貴様か。よ、よくも、よくも」

 

「感謝するがいい。殺すつもりだったが、気が変わった。今は山賊でも、元は違ったようじゃ」

 

「舐めるな。俺は傭兵だ。今でも」

 

「違うな。アロイジウス・シュヴェーリン。お前の本性は、山賊でも傭兵でもない。思い出すがいい」

 

 王は杖をついて立ち上がり、彼を見下ろした。

 

「お前は騎士だ。そうあろうとした。父親と同じように。しかし主を得ないまま、さ迷い歩いてきた。お前は強い。しかし、何の意味もない強さだ」

 

「へっ、何をいいやがる。俺を雇いたいなら、縄をほどきやがれ」

 

「傭兵など要らぬ。お前がそうだというなら、死ね」

 

 王は冷たく言い、さらに続けた。

 

「アロイジウスといえば、戦士の名であろう。シュヴェーリンといえば、騎士の家であろう。お前の一生はどちらにも値せぬ。お前は抜き身のつるぎだ。触れるもの、みな斬ってしまう。世を乱すばかりで、何の役にも立たぬ、無用有害の凶刃というものよ」

 

「こ、この野郎。役に立つかどうか、腕をみせてやる。俺とまともに戦え。それか、いっそ殺せ。殺す勇気もないか。この弱虫が」

 

 それを聞くと、王は初めて機嫌をよくしたようだった。

 

「初めて正しいことを言ったな。そうだ。予は、お前よりも弱い。手品を含めてもだ。お前がまともに兵を率いておれば、予を殺せたかもしれぬ。しかし、その実はどうだ。お前の兵はたかが数十。時代遅れの傭兵だ。予の軍を見たであろう。それに、これだ」

 

 王は杖を投げ、シュヴェーリンの顔の前に転がした。杖と見えたのはマスケット銃に弾薬を込めるための槊杖(さくじょう)だった。

 

「鉄か。それで...」

 

 王は唇を歪め、笑顔らしきものを見せた。

 

「よう見た」

 

 それが、あの異常な連射速度の秘密だった。槊杖(さくじょう)は普通、木製だ。だから気を付けて扱わねば、折れてしまう。しかし目の前のそれは鉄。

 

「これだけでも戦は変わる。戦術も、陣形もだ。予はかつてない軍を作る。グロワールより、ロヴァルナより、皇帝よりも強い軍を」

 

「抜かせ」

 

 あまりに馬鹿げた話だった。一領主に過ぎない名ばかりの王に、そんな金があるはずがない。

 

「予の軍は、既に三万を数える」

 

 シュヴェーリンは目を剥いた。その規模は、列国には及ばないが、小国の全兵力を凌ぐ。

 

「そこから一個連隊をお前に呉れてやろう」

 

 一個連隊。あの銃兵を、槍兵を、率いることができる。その先頭に立って戦うことができる…シュヴェーリンは夢想した。その威容、そして戦争を。

 

「連隊を率いよ、シュヴェーリン。抜き身のやいばには、収める鞘が要る。騎士の息子なら、王に仕えよ。予がお前の王だ」

 

 再び、遠雷が響いた。

 

――騎士に王。忠誠を捧げ、服従すべき主。父上を殺した、人間の貴族とは違う。

 

「ふ、ふざけるな。何でお前なんぞに。俺に何をしろってんだ」

 

「お前の力を使い、予は国を作る。この世が始まって初めて、魔種族が持つ国家だ。オークだけではないぞ。この地に住むあらゆる魔種族が、ただ一人の王に仕え、一つの国を成す」

 

――国に王。民を治め、騎士を従え、国を統べる正しき王。

 

 また雷。一瞬遅れて、雨がしとしとと降り出した。

 

「さすれば、もう人間に虐げられることはない。飢えに苦しむこともない。全ての魔種族はそこで安らうのだ。予はその国王として君臨する。お前は正しき王に仕える。まだ見ぬ国を作り、守るため、死ぬまで戦うのだ」

 

――守るべき国。それも魔種族の。価値ある戦い。そして死。

 

 

「その国を、オルクセン王国と名付けよう」

 

 

 そうか――彼は悟った。正しき王がいれば。正しき国があれば。幼い彼だって、家族を失わずに済んだのだ。父も、母も、友も、殺されなくてよかったのだ。

 

 彼はこれまでの一生を理解した。世界が目の前で色づき、そして開けていった。

 

 新たな雷鳴が、彼に運命を告げた。雷光が照らしたのは王の相貌だった。

 

「予に仕えよ。さすれば、予がお前に道を示してやろう。お前の命に意味を与えてやろう」

 

 王は腰から短剣を抜き、彼に近寄った。彼はもう恐れなかった。王は手足を縛る綱を断った。間近に声がした。

 

「山賊シュヴェーリン。お前は今日、死んだ」

 

 王は立ち上がり、赤いマントを翻して彼を見下ろしている。

 

「そして、また生まれた。これからは予のために生きよ。予の敵と戦って死ね。魔種族の国の礎になるのだ」

 

 騎士に王。国に王。何もかも守られる。自分の一生も救われる。もう、戦う意味に迷うことはないのだ。

 

 そう知った彼は静かに座り、そして応じた。雨水が頬を伝っている。

 

「いいだろう。お前に仕えよう。王――いや、我が王(マイン・ケーニヒ)

 

「オルクセン王は、お前の忠誠を受けるであろう。ひざまずけ」

 

 シュヴェーリンは威儀を改め、両膝立ちになった。王は長剣を抜き、縦に捧げ持つ。そして唱えた。

 

「一つ。汝、主君を信じ、その命令に服すべし。

 一つ。汝、その生まれし国家を愛すべし。

 一つ。汝、主君と国家の敵と戦い、決して退(しりぞ)くなかれ!」

 

 剣の平が肩を叩く。正しく、騎士忠誠の儀式だった。彼は主を得た。

 

「我が部将、シュヴェーリン。立つがいい」

 

 彼は主の言葉に従った。彼の王は命じた。

 

「そして私の剣になるのだ」

 

 

 

 

(第一部 傭兵編 完

 第二部 軍人編「速成の覇業」に続く)

 




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