夕刻、本営に張られた大天幕には、連隊長以上の将校が勢ぞろいしていた。シュヴェーリン大佐の姿はその端の方にあった。
天幕の中央の食卓では、多数の大皿にご馳走が載っている。なんと肉類がある。胡椒をたっぷりとかけた鳩やヒバリなどの野鳥の串焼きだ。籠いっぱいのパンは、戦陣向きの二度焼きビスケットではなく、まっとうなライ麦パンだ。それに載せるべき、北海でとれたニシンの酢漬けと、ぶつ切りのチーズにも不足はない。諸将にとって久方ぶりの豪奢な食事である。
極め付けは孔雀が一匹、出されたことだ。孔雀は不死の象徴であり、その丸焼きは最高のご馳走とされている。その硬く味気ない肉を切り分けて配る権利は、当然、首座に構える王のものだ。一切れずつ振舞われるのを、諸将は序列の順番にありがたく賜る習いである。
その光栄に真っ先に預かるのはゴルツ大将。大昔の帝国戦争にも参加した歴戦の老オークだ。王を含む誰からも階級では呼ばれず、ゴルツ伯、あるいはゴルツ老と呼ばれる。
その後が幾人もの中将の番。次いで旅団長を務める十余名の少将。さらに後に並ぶべきが二十余名の大佐。最も新任の大佐であるシュヴェーリンは最後だ。孔雀肉を配る際、王は一名ずつと会話を交わすから、当分は待つことになる。皆、持参のナイフを使って好きな皿から食事を取りつつ、歓談を始めた。
「シュヴェーリン大佐!」
話し相手を探そうとしたシュヴェーリンに声をかけたのは、福々しい頬をもつ壮年のオークだ。年はシュヴェーリンとさして変わらないが、階級は中将。今日の会戦で彼の連隊が属していた左翼軍の司令官である。
「クライスト将軍」
応じたシュヴェーリンの笑顔は、ややぎこちなかった。彼の制服はいまだ泥と血がこびりついて、黒い布地に無事なところは少ない。
「さすがよのう。見事な戦ぶり、感服致したぞ」
朗らかに讃える中将の軍服にはシミひとつない。艶やかな布地は、宴席用の替え衣だと見えた。基本的に私弁である将校の軍服に特注の金をかけるのは、将軍というより伯爵らしい嗜みである。
シュヴェーリンは密かに恥じた。戦勝の祝宴は騎士の晴れ舞台。しかし財産のない彼は、そのための晴れ着をもたない。
泥がこびりついた彼の肩を、クライスト将軍は親しげに叩いた。
「あれぞ、人間どもが言うところの、オークの津波よな! いかなる敵軍もたちまち崩せよう」
シュヴェーリンは少し表情を和らげた。中将は、悪い牡ではない。古い軍事貴族らしい鷹揚さがある。
しかし、それだけに武勇の観念だけで勝敗を説明する癖があった。実際に先頭に立って戦ってきたシュヴェーリンは、現実の突撃には戦機というものがあるのだ、と言いたくなる。がむしゃらに突っ込めば、敵の斉射と長槍方陣の餌食だ。戦機は急に訪れ、そして去ってしまう。
今日の会戦でも、騎兵の突撃に応じて、この将軍がもっと早く突撃ラッパを鳴らしてくれたら。それができるほど、前に出る将軍であったら―――と、残る思いを腹の底にしまい、彼は短く答えた。
「光栄に存じまする」
兵の前では万事に豪快なシュヴェーリンだが、貴族が居並ぶ宴席ではいつも控えめだった。
将軍は頬の皺を増して、うんうんと頷き、王の振る舞いの列に向かって行った。
シュヴェーリンはあたりを見回した。居並ぶ指揮官たちの中に、彼と似たような下級騎士の出身者を見つけて、ほっと息をついた。相手も彼に気づき、歩み寄ってくる。先に声をかけたのは彼の方だった。
「ツィーテン大佐。たいそうな活躍じゃったのう」
そう言われて、小柄なオークは恥いるように小さくかぶりをふった。同輩のシュヴェーリンと話すにも直立不動の姿勢である。
「恐れ入る。シュヴェーリン殿の突撃あってこそで」
「これは謙遜じゃ」
「いやいや、私の騎兵連隊は、危うく囲まれるところで。貴公がすかさず来てくれねば、どうなっていたか」
眉間に皺を寄せるツィーテンは、あくまで反省しているようだった。謙遜でも嫌味でもない。シュヴェーリンは同輩の実直さを好ましく思った。
それだけに忸怩たるものがあった。彼の突撃は明らかに遅れた。ツィーテンがそう思っていなくても、シュヴェーリンは知っていた。
「あ、あのな。そのことよ..」
「おお、クライスト。良い酒を持ってきたな」
会話を遮ったのは、一名ずつと歓談していたはずの王の大声である。何事かと、シュヴェーリンを含め皆がそちらを向いた。王が指しているのは、中将たちが持ち込んだ私弁の酒樽であった。
クライスト中将、あるいは伯爵は、すかさず一杯汲んで王に勧めた。
「なかなかの名酒でございますぞ、陛下」
「ほう。貰おうか」
王は相好を崩して飲んだ。酒樽のような体型が示しているように鯨飲馬食、節制とは無縁の王である。酒にも目がない。注がれるまま二杯、三杯とたちまちに干した。その度に指揮官たちは歓声をあげた。
一頻り飲んで満足すると、王は言った。
「佳酒じゃな。これはグロワールのものであろう」
「いかにも左様です。南部の産が、ことのほか…」
「オルクセン王は、これを好まぬ」
さっ――と、座が静まった。
アルブレヒト二世は、時折このような口調を使う。自分の意志をあらわすのに「王は…」と言うのである。その語法には慣れつつある中将が、恐れを隠せない表情で言った。
「お口に合いませんでしたか」
「いや、旨い。じゃが好まぬ」と、王は謎のようなことを云った。皆が理解していないことを察すると、面倒げに補足した。
「このように旨いぶどう酒は、我がオルクセンでは作れぬ。この樽を輸入する度に、我らオークが持つ
やっと得心して、中将はおもねりの笑みを浮かべた。
「これは、至らぬことでございました。お許し下さいませ。そのような御意ならば、この樽は下げさせまする」
王は初めて声を荒げた。「飲むな、とは言うておらぬ。予も今はこれを飲む」と言って、盃を突き出す。中将は慌ててそれを取り、四盃目を汲んだ。その様を見ながら、王は続けた。
「しかし、王はこれを好まぬ。ゆえに王に仕える卿らも、好んではならぬ。麦酒を好め。それならオルクセンで作れる。麦酒か、ぶどう酒か。よく心得よ」
「は、はぁ…」
皆、顔を見合わせた。「飲むな」ではなく「好むな」とは、妙な話であった。しかし王はこの上なく真剣な口調である。返答を誤れば勘気に触れると、皆が分かっている。
その時、串焼きをつまんでいたゴルツ伯が歩み出て、明るい声で言った。
「陛下の仰せ、最も至極。まことに怪しからぬ酒でござる。どれ、儂が退治してくれよう」
老将は自分の盃を樽に突っ込んだかと思うと、両手で抱えるように飲んだ。一息に干してみせる。
「ああ、これは堪らん。ますます怪しからんわい。どれ、もう一槍、憎っくきグロワールに馳走じゃ。誰ぞ、助太刀いたせ」
老将の剽げた仕草が天幕の空気をほぐした。
「ゴルツ老、お供しますぞ」
「それがしも。いざ、殲滅せん」
「これっ、私の酒ぞ、それは」
笑いがさんざめき、食事と歓談が再開された。王も笑い声をあげ、また孔雀肉を振舞い始めた。一同は密かに胸を撫で下ろした。
麦酒か、ぶどう酒か――そう言った時、王の声は笑ってはいなかった。それがシュヴェーリンの心に残り、酔いを妨げた。
やがて順番は進み、ツィーテンの番になった。シュヴェーリンはその後ろで待ちつつ、騎兵連隊長と王の会話を聞いた。
「ツィーテン、ツィーテン。待ちかねたぞ。よく進み、よく機を見たのう」
「かたじけなき仰せ、恐悦至極に存じます」
ツィーテンはもとから小柄な身をさらに縮めた。
「しかし、追撃が叶わなかったのは、この身の不覚でございました。糧食も、馬草にも事欠き…」
王は盃を舐めながら上機嫌に頷き、続きを促している。それに気づいてのことかどうか、ツィーテンは己に確認するように続けた。
「難しいものでございます。何もかもコボルト商人どもに頼んでおりますが、思うようにはなりませなんだ。攻める先もコボルトの自由都市ですし、連中はポルスカ軍にも食を売っておりますから…」
どの国の軍も、補給物資は、購入から輸送まで商人に委託している。オルクセンやポルスカのような北海沿岸なら、コボルト商人だ。敵対する国同士でも、食料や武器は同じ流通経路に頼らざるを得ない。
彼ら種族の商人たちは、フンデ同盟と呼ばれる商業集団を形成している。同盟は複数の都市を保有しているが、その本質は国家ではなく、商人たちの協力組合だ。特定のコボルト商人に何かを依頼すれば、彼が本来扱っていない商材や役務であっても、同盟のつながりを辿って、どこからか調達してくれる。
その供給と販売の繋がりでもって、コボルトは北海沿岸の国々を商圏としているのだ。それほどの調達力と輸送力がなければ、大軍の補給はとても賄えない。
「うむ、うむ。よう分かっておる。しかし、それはお前の気に病むことではないわ。ともかく、今は騎兵を育てよ。もっと多くじゃ。ツィーテン、我が槍よ」
よいな、と結んで、王は孔雀肉をツィーテンの皿に載せた。騎兵連隊長はそれを押し頂いて下がる。
次はシュヴェーリンの番である。
「シュヴェーリン。お前も、よい働きであった。よく、ツィーテンに呼応したな」
シュヴェーリンは内心で、ぎくり、とした。事実は、王が中軍を動かすまで、左翼軍は呼応しなかったのだ。王が動かなければ戦機を逸したかもしれない。それを王が知らないはずがない。
自分は気づいており、突撃を上申したのだが-とは、シュヴェーリンには言えなかった。彼の誇りが許さない。
だから「はっ」と答えたシュヴェーリンの肯定には曖昧さがあった。
王はなおも上機嫌に彼をねぎらった。
「稀なほど、激しい撃ち合いであったのう」
それが重ねての追及だと、シュヴェーリンは理解している。
しかし、言いたいことを言えば、旅団長や司令官を誹謗することになる。それに結局、彼は分かっていたのに自ら動こうとはしなかったのだ。
はい、はい、と相槌をうつことしかできなかった。
「うむ、うむ。ようやってくれた。お前は今後とも、軍の切っ先であれ」
明るい声でそう褒めて、王は彼に孔雀肉を下した。礼を述べ、押し頂いて下がってから、シュヴェーリンはそれを食った。
肉は固く、脂は少なかった。彼はそれを噛み締めた。
「おお、早かったな。どうだ、こいつで飲み直さんか」
祝宴から戻ったシュヴェーリンを迎えたのは、ゼーベックである。副連隊長が掲げた盃には、ぶどう酒が満ちていた。
「へへ、驚いたろう。酒保商人が気を利かせてくれてな。うちの連隊にだけ、だ。古馴染みは大事にするもんじゃ」
「うん…いや、俺は麦酒にしとこう」
麦酒か、ぶどう酒か――シュヴェーリンには少しずつ分かりかけていた。
王は輸入の酒を「飲むな」ではなく「好むな」という。あるべき好悪の基準は味ではなく、国家だという。その基準に沿って、王は自分自身の好悪を作り替えようとしているらしい。己すなわち王。その嗜好は国家の利益と一致せねばならないと、潔癖な観念があるようだ。
そして自らそう務めている王は、同じ基準を臣にも要求して当然だと、そう信じ切っているらしかった。そうできる臣下だけが求められている。
俺は、どうか。王のお心に適う者か――と、シュヴェーリンは思わずにはいられない。かつて王は、傭兵時代の彼を「無用有害の凶刃」と言った。もう無用ではないはずだ。だから連隊を任されている。しかし果たして、王が求めるほどに、国家有用の己か。
そんなことを思う彼を妙な目で見ながら、長年の相棒は言った。
「なかなか、いい赤だぞ」
「いいんじゃ。みんなで飲んでくれ」
「はっは、そうか。連隊長どのは、本営で良い酒ばかり飲んできたとみえる。じゃあ、遠慮なく」
そう言って一杯空けて、ゼーベックは口を拭いながら言った。
「なあ、俺たちは勝ったんだよ。あのポルスカにだ。それでいいじゃないか、今日は。酔おうぜ」
シュヴェーリンは顔を和らげた。これだから古馴染みは有難いと、そう思っている。
「ああ…酔うか。なあ、ゼーベック」
「うむ?」
胸中に結晶化する思いをシュヴェーリンは受け入れた。
「俺が…将軍になれると思うか」
王に選ばれる剣に。
「ほう。何を言うかと思えば」
「おかしいか」
何の門地もない自分では。
「馬鹿を言え。お前ほど相応しい奴はおらんよ」
ゼーベックはみるからに上機嫌そうになった。
「軍に入って分かった。お前ほど戦の呼吸が分かっとる者はおらん。我が軍は、これからもっと大きくなるんだろう。
アロイジウス・シュヴェーリンが将軍にならんで、他の誰がなるんだ。早う、偉くなって貰わねば困る。のう、みんな」
ゼーベックは最後だけ大声で、周囲に言った。
連隊の指揮官、下士官に兵たちは、本営の祝宴とは違い、適当な並びで地面に座って飲んでいる。彼らは口々に言った。
「おお、大佐。いやさ、将軍閣下!」
「旅団長にも、司令官にもなってくだせえ」
「シュヴェーリン将軍の下なら、勝ち戦は間違いねえや」
部下たちは連隊長を陽気に信じているようだった。
「ふふ、この酔っ払いどもめ」
ならば、俺だって信じてみよう。自分が変わっていけることを。
シュヴェーリンは笑って杯を掲げた。ようやく、酔いたい気分が訪れていた。
そこでゼーベックが言った。
「おお、そうじゃ。連隊長どのが酔い潰れる前に、手柄を立てたもんを紹介しておかんとな。おおい、ボウズ。来よ、こっちじゃ」
手招きされて、幼い仔オークがでてきた。昼間、シュヴェーリンが蹴り飛ばした相手である。当然、オドオドとしている。
「昼間のボウズか」
シュヴェーリンは少しばつの悪い気持ちがした。思えば昼間の彼は苛立っていた。
「そうよ。聞いて驚くな。こいつな、魔術が使えた。療術じゃ」
「なんだと!?」
シュヴェーリンの盃から麦酒がいくらかこぼれた。
「あはは、やったのうボウズ。お前、連隊長を奇襲してやったぞ」
「おい、本当か、それは」
ゼーベックの目配せで、近くに座っていた下士官や兵たちが答えた。
「本当も、本当でさ。見てくだせぇ、この腕。弾が抜けて、肘が曲がらなかったのに、もう酒を汲めまさ」
「ここんとこの刺し傷、すっかり塞がっちまった」
「おまけに色々と元気になっちまって…後で輜重隊に行かなきゃ、仕方がねえ」
「お前はいつでもだろうが」
戯ける兵たちに、シュヴェーリンは目を見張っている。ゼーベックは嬉しげに続けた。
「おかげで、負傷兵が十以上も復帰できたわ。大手柄じゃ」
「凄いな…!」
思わぬ朗報であった。シュヴェーリンは仔オークに言った。
「おい、ボウズ。ようやってくれたのう。それに、昼間は蹴飛ばして悪かった。すまん、この通りじゃ」
連隊長に頭を下げられて、仔オークは驚いた様子だった。しかし言葉は発しない。持っていた木の枝で、慌てて地面に何事か書いた。
「そうか、口がきけんのじゃったな。ううん、あいにく、俺の方は字が読めんのでな」
ゼーベックが地面の文字を見て、彼に教えた。
「どうも、親を亡くした時かららしい」
「ほう」
シュヴェーリンは仔オークをまじまじと見た。幼いながらも聡明そうな顔立ちだ。表情には不安がある。その目がみるみるうちに潤んだ。
シュヴェーリンにはその気持ちが分かった。
「おい、泣くな。ボウズ。みなしごがなんじゃ。周りを見てみろ」
仔オークは素直に周りを見回した。きょとんとして、再びシュヴェーリンを見る。
「この中で、まともに親がおる奴の方が少ないくらいじゃ。俺もな。親はどっちも戦で死んだ。俺の目の前で、よ」
その後、人族の傭兵に奴隷にされている間、彼もよく泣いたものだった。目の前の仔オークと同じ年の頃だった。
「しかしな、大丈夫だ。仲間がいるからだ。お前もこの連隊の一員じゃ。そんなら連隊長の俺が、お前の親父だ。なあ。それでいいだろうが。だから、もう泣くな」
すると、仔オークは潤んだ目を大きく見開いた。驚いたような顔をしている。その喉から音が漏れ聞こえた。
「お、お…」
「うむ?」
「お……おじちゃ…ん」
シュヴェーリンが驚く番であった。
「お前、物が言えるのか」
仔オークはたどたどしく続けた。
「お…おいらの親父は…別にいるよ。死んじゃったけど」
「うん?」
「だ、だから…親父じゃないよ。おじちゃんは、おじちゃんだよ」
シュヴェーリンは破顔した。
「おお、ははは。そうかい。これは参った。ははは」
仔オークは次にゼーベックに言った。
「せ、世話してくれて、ありがと。おじいちゃん」
「ああ? お、おう…」
相棒の戸惑い顔に、シュヴェーリンはますます笑った。
「なんじゃ、ゼーベックはおじいちゃんか」
言われて、相棒は大きな声で文句を言った。
「待て待て、なんでシュヴェーリンがおじちゃんで、俺だけ爺さんなんだ? 年なら、そうは変わらんぞ!」
「はっは、老けておるからよ。仔どもは正直なもんじゃ」
「ば、ばかを言え。あっ、俺の眉か。眉の毛が長いせいだな? よう見ろ、顔だけ見ろ。なあ、まだ若いじゃろうが」
額を手で抑えてしきりと主張する副連隊長に、皆が大口を開けて笑った。もちろん、シュヴェーリンもだ。
なるほど、相棒は老け顔だ。いつも帳面を睨んで、眉間に皺を寄せているからだ。やっぱり、文字なんか読むものじゃない。仔どもに、からかわれるだけさ。シュヴェーリンはそう思った。
そこへ馬蹄の音がした。やって来たのは侍従武官のコボルトである。シュヴェーリンは表情を変えて立ち上がった。夜分の使者とは、ただごとではない。
機敏に下馬し、兵たちの合間を縫って近づいてきた使者に声をかける。
「アンハルト中佐。どうなされた」
「夜分、失礼を致します。王より至急のお達しにて」
「まさかポルスカ軍が」
案に相違して、使者の声音は穏やかだった。
「いやいや、良いお知らせでございます。連隊長どのにも名誉なお話です」
侍従武官はそう言って、シュヴェーリンの隣に立つ副連隊長に向き直った。
「おめでとうございまする。ゼーベック中佐。貴公を大佐に昇進させるとの思し召しです」
二人して意表をつかれ、咄嗟に言葉が出なかった。侍従武官は続けた。
「昇進に伴って、貴公は副連隊長の職をとかれます。今後は、本営においてコボルト商人との折衝にあたり、全軍の補給の万全を期するようにとのご命令です。
さあ、本営へお立ち下さい。大至急、参れとの御意でございます。ゼーベック大佐どの」
王に選ばれたのはシュヴェーリンではなかった。
(次話「中年の危機」に続く)
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