山賊大将シュヴェーリン   作:芝三十郎

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オルクセン二次創作。書籍版5巻まで読了後推奨。 帝国の内戦につけこみ、オルクセン王は軍を進発させる。王の軍改革と用兵により、オークたちの軍は敵を圧倒する。


帝国を喰らう者

 星欧の中原で嵐が起きている。

 

 千年の老帝国は二つに割れ、帝位を巡る内戦に突入した。

 

 諸侯の過半から支持をとりつけた皇女は、帝国初の女帝に即位。帝家の直轄領オストリッチ地方で軍を招集した。対するは帝国南西部の大領主アスカニア公である。公は若干の諸侯と隣国グロワールの支持を得て挙兵。女帝に戦いを挑んだ。

 

 女帝とアスカニア公、いずれが勝者となって黄金の八角冠を戴くかと、全星欧の君主たちは固唾をのんだ。しかし、その中の誰一人、最初は想像もしていなかった。このありきたりな継承戦争を通じ、帝国そのものを打ち砕かんとする第三の王の存在を。

 

 星欧世界がアルブレヒト二世王を知るのは開戦から間もなくのことであった。

 

 オークの王は皇帝崩御を知るや直ちに軍に集結させた。本営に集まった諸将に対し、王は戦争の始まりを告げた。

 

「皇帝の死は帝国の平和を打ち壊した。オルクセン王は戦いを始める。この戦いには、予自身の武運のほかに軍資金はなく、諸卿の武勇の他に同盟国はない。

 

 しかし今こそ、古い政治体制が完全な変革を経験する時である。我ら魔種族を縛る古い鎖を断ち切る日がきたのだ。いざ、共に河を渡らん。我ら魔種族の新しき国のために」

 

 オルクセン王はわずかな守備軍のみを残置し、六万の大軍を率いて南征を開始した。目指すところは南オルクセン平原。帝国中央に位置する農業地帯で、帝家の直轄地だ。その地名の通り、住民の大半はオークを始めとする魔種族。オークどもの棲みか(オルクセン)と呼ばれながら、未だオルクセン王にまつろわぬ最後の帝国領である。

 

 行軍の道筋とその配分、日程などは、新設の兵站総監部によって全て計画されていた。物資を集積した野戦倉庫が行軍路の途上に設けられていたから、遠征当初は輜重部隊を置き去りにして進むことができた。加えて、休憩や宿営に使う土地も決まっていた。

 

 部隊を指揮するシュヴェーリンの立場からすれば、信じられないほど楽な行軍だった。落伍者を出さず、計画通りに歩かせることだけ考えていればよいのだ。ひたすら歩かされる兵には楽とはいえないが、日頃の訓練でも執拗に歩かされてきた彼らには、いつものことである。

 

 幾度目かの休憩地において、シュヴェーリンは久方ぶりに旧友の顔をみつけた。分厚い紙束を抱え、数名の下僚を従えている。相手は彼に気づくと、酷く気まずそうな顔をした。その襟元には少将の階級章。その将軍から多年にわたって隊長と仰がれていた彼は、未だ大佐である。

 

 シュヴェーリン大佐はそそくさと歩みよると、背を反らすような勢いで、さっと敬礼した。

 

「これは、ゼーベック閣下! 先般のお気遣い、まことにありがとうございました!」

 

 ゼーベックは目をぱちくりとさせた。しかし、すぐに理解して、露骨に嫌そうな顔を作って答礼した。

 

「お前に先に敬礼されるのが、こんなに嫌なもんだとは知らなんだわ」

 

 シュヴェーリンは頬を震わせながら言った。

 

「大変に光栄であります。今のうちに、どうかお楽しみください」

 

 ゼーベックは長い眉をぴくぴくとさせつつ、どうにか不機嫌顔を保っている。

 

「おお、楽しむとしよう。今のうちに麦酒でも汲ませてやろうかな」

 

「言う通りにして差し上げたいが…おほん。『兵站総監部は行軍、補給、宿営の一切を統制するも、軍令には関与せず。軍令はただ王のみより発す』ですからの。残念、麦酒を用意するのは、そちら様の仕事じゃ」

 

 旧友の渋面は限界に達し、ついに笑みを隠せなくなった。

 

「この野郎! 俺より偉くなる前にくたばっちまえ」

 

「なんの、お前の敬礼を受けてから、そうする」

 

 笑いながら肩をたたき合う二人だった。

 

 規定通りの休憩を済ませると、シュヴェーリンは旧友に別れを告げ、計画通りに出発した。

 

 徹底した規格化と訓練のたまもので、兵たちは歩幅に歩調、一度に歩き続ける時間まで定まった通りにこなせる。そのため緻密な行軍日程を守ることができた。一軍が休憩して道を空けている時間に、別の一軍が行軍して道路を無駄なく使えた。それらを総合した結果、列国の軍が一日に十哩を進めれば迅速と称されるところ、この時のオルクセン軍は一日で二十五哩を進んだ。

 

 先鋒部隊が南オルクセン平原に侵入し、占領を開始したとき、帝国側はほとんど無防備であった。要塞すら数時間の戦闘で降伏した。その頃、アルブレヒト二世に従属を求める女帝とアスカニア公の使者は、いまだオルクセンに辿り着いてもいなかった。

 

 事態の急変に慌てた両使者が宿営地でオルクセン王と面会したとき、もう王は占領の既成事実を作り上げていた。敢えて一度に面会させられた両使者は、帝位継承の先例や故実を説いて正統性を競った。が、王は双方を一蹴した。

 

 アルブレヒト二世は一切の大義名分を必要としていなかったのだ。占領の既成事実を先に追認した側に加勢するのみと明らかにして、王は宣言した。

 

「オルクセン王が頼るものは、ただこの軍隊のみ。貴公らも古文書の染みではのうて、大砲と銃剣に相談して決められよ」

 

 あまりに無法、あまりに野蛮な通告にも、両使者は怒りを発することができなかった。周りを囲む壁のようなオーク兵に威圧されていたからだ。全軍から精兵、それも長身大柄な巨漢のみを選抜した近衛巨兵連隊(ギガント)である。オルクセン王は「せめてもの馳走、土産話にされよ」と言って、その閲兵式に両使節を伴った。

 

 オークにしても図抜けた長身の兵たちが居並んでいる。その頭には三角に尖って輝く真鍮の長帽子を被り、ますます巨体を誇示しているのだ。その数は二百名で、連隊というにはずいぶん少ない。しかし彼らが整列したところは、古代の皇帝が蛮地との境に築かせたという伝説の長城のような威風があった。その二百の巨体がまったく一斉に行進し、銃を操作して王に捧げ、猛訓練の成果を見せつけた。

 

 それを閲する王は先ほどまでの威厳を忘れて笑み崩れている。王の体躯をみれば、巨兵とは似ても似つかない。並みの人間よりやや低いほどの身長で、よく肥えた酒樽体型だ。整列した巨兵たちの前で、王は短い脚をあげ、腹を揺らして楽しげに歩いた。その異様な対照は、見る者によっては滑稽に思えたであろうし、王の喜色にその内面の屈折を窺えたかもしれない。

 

 しかし巨兵連隊の武威に圧倒されていた使者たちは、その異様さを恐怖心によって解釈し、それぞれの主人に復命した。彼らの目に映ったアルブレヒト二世は、恐るべき悪鬼の軍勢を率いる魔王そのものであった。使者たちは王の肥満にさえ、人族の国土を呑み込もうとする貪婪な野心をみた。

 

 

 

 女帝とアスカニア公はともに激怒した。オークに人族並みの爵位を認めるだけでも過分な礼遇であるのに、オーク王は己が対等な交渉相手のように振舞ったからだ。要求の無法さに至っては論外だった。女帝はアスカニアへ西進させる予定だった軍を南オルクセンへ分派させ、直轄地を奪還せんとした。

 

 北進した帝国軍約四万は、しかし、ほぼ同数のオークの軍勢と戦って完敗を喫した。

 

 軍を率いていた帝国元帥は何が起こっているのか理解することもできなかった。敵軍とまみえるにはまだ半日以上かかるはずであった。しかし斥候が警鐘を鳴らした時、もう彼の軍勢はオークの戦列歩兵に両翼から包囲されかけていた。

 

 慌てた帝国軍が戦闘隊形を作り終えるよりも早く、老元帥がかつて聞いたことがないほど多くの砲声が響き、人族の戦列は接敵前に穴だらけにされた。混乱を立て直すよりも早く、鼓笛の音にあわせてオーク歩兵の横隊が接近してきた。帝国銃兵には練兵場ですら不可能なほど揃った行進であった。

 

 オークたちは約百歩の距離で最初の斉射。装填して前進し、五十歩の距離で隊伍ごとの連射を展開した。帝国のマスケット兵が三発を撃つ間に、オーク銃兵の射撃は五発に達し、不断の雷鳴を思わせた。またオーク銃兵は手押しの歩兵砲を伴っており、絶え間なく歩兵の前進を支援した。

 

 オークの戦列は銃撃をものともせずに前進し続け、敵まで僅か二十歩の距離で最後の斉射を放つや、地を揺るがして横隊突撃。蛮声をあげ、牙を光らせて迫る巨体の列を見ただけで、人族の兵たちは我先にと逃げ出した。その背を銃剣が貫き、見上げるような輓馬の騎兵が蹂躙してまわった。

 

 輝かしい戦歴をもつ老元帥は供回りのみを連れて敗走。なぜかオルクセン騎兵が長駆追撃を行わなかったために壊滅こそ免れたが、再編できた兵数は一万余に過ぎなかった。

 

 帝国、そして星欧諸国はオークの軍隊の異常な強さを知った。

 

 

 

 会戦の勝利の夜。ようやく再編成と簡単な祝賀を終えたオルクセン軍の宿営地で、シュヴェーリンは木の棒で地面に字を書いていた。これが毎晩の習慣になっている。隣で灯りを掲げ、あれこれと教えているのはグスタフという名の少年療術兵である。もっとも、少年がその名を呼ばれることは少ない。

 

「ボウズ、できたと思う。これで合っておるじゃろうか」

 

「読んでみて」

 

「…おほん、丘陵地帯では、高地をよく調べねばならない。ある山の標高が別のそれの山よりも高いのであれば…」

 

「おじちゃん。『別のそれの山』だとおかしいじゃんか。『別の山のそれ』だよ。『それ』っていうのは山の高さだね」

 

「あっ、そうか。ええと…別の山のそれよりも高いのであれば、その地形を…徴募して?」

 

「調査して」

 

「…調査して、必要な視界が得られる地点を探さねばならない、と」

 

 読み終えて、一息をつく。

 

 この時代、単語と文法を段階的に学ぶような合理的学習法は、ない。彼は毎晩、教令の音読と筆写を続けている。その愚直な繰り返しで字を覚え、文法を体得しようというのだ。

 

「これ、何の話をしてるの?」

 

 尋ねた少年は、文字は読めても、教令の言わんとするところがうまくとれないようだった。そんな時はシュヴェーリンの方が彼の師になる。

 

「高い場所を押さえろ、ということじゃな。敵の動きがよく見えるし、大砲でもマスケットでも狙い易いからの」

 

 シュヴェーリンにはよく分かる。こうして言葉にされると、王の用兵は彼の経験によく合致していた。

 

 しかし王の発想はその範囲に留まらない。教令を読んでから王の指揮ぶりを思うと、その構想の雄大さと精緻さに驚くばかりだった。

 

「ボウズ、あと一文だけ進みたい。続きも読んでくれんか」

 

「ええと...『戦争においては、多くの重要な目標が、戦闘によることなく、行軍や陣地の選定、すなわち作戦によって達成される』」

 

「……なるほどな。この戦のことじゃ」

 

 王の教令がやたらと行進を重視している理由が今にして分かる。南オルクセンを易々と占領できたのは常識外の速度で行軍したからだ。今日の会戦の圧勝も同じだ。王は素早い行進と隊形変更で、敵が戦闘隊形をとる前に両翼を囲んでしまった。勝敗は銃砲が火を噴く前に、それらを持つ兵隊をどこに位置させるかで決まっていたのだ。

 

 そのような発想をする将軍は列国のどこにもいない。戦いを決めるものは武勇と兵士の数だというのが普通の理解だ。傭兵時代のシュヴェーリンが接した幾人かの名将たちは、それらに加えて大砲の数を重視していた。

 

 しかしアルブレヒト二世の発想はまるで違う。戦争全体でも、また一つの戦闘にあっても、兵を動かすことを重視している。戦う前に有利な位置を占める。敵の意表を突く。一糸乱れぬ素早い行進はそれら全ての土台なのだ。

 

「うちの将軍方も、たぶん、思い違いをしとるな。行進は戦列を保って射撃するためだと思っとる。一番大事なのはそこじゃないと、そう書いてあるのに…」

 

 将軍たちは横隊突撃こそ勝利の秘訣と信じている。確かにオーク兵の体躯と規律を生かした横隊突撃、いうところの『オークの津波』の威力は凄まじい。しかし、それが効果を発揮する状況をどうやって作り出すか、という発想は将軍たちには乏しい。

 

 彼らが劣っているのではない。王が並外れているのだ。一体、王はこのような理解をどこで体得されたのかと、シュヴェーリンは首をひねった。

 

 アルブレヒト二世の前半生は誰も知らない。一時期アルビニーでおられたらしい、という噂だけだ。そこで傭兵として実戦経験を積んだのかもしれないが、そうだとすると名前と武勲が知られていないのが不自然だった。

 

「今日の戦は本当に見事じゃった。のう」

 

 シュヴェーリンはそう語り掛けてから自分の錯覚に気づいた。相手はゼーベックのような歴戦の盟友ではない。ただの少年だ。見れば、灯りを地に置き、己を掻き抱くようにしている。震えを抑えているのだ。

 

「大勢が死んじゃったよ。敵も味方も」

 

 少年は連隊の療兵。負傷者を大勢診たはずだ。連隊の死者は十名にも満たなかった。シュヴェーリンはそれに驚嘆し、満足を感じていた。しかし少年は初陣。しかも、兵士になったのは成り行きに過ぎない。

 

 シュヴェーリンは少年の肩に手を置いた。

 

「誰も死なぬ戦はない。兵なら覚悟が要る」

 

「こ、怖いよ。おいらは怖い…死ぬのが。戦うことも」

 

「なら、次から戦に臨むときはこう思え。『もう自分は死んだも同然だ。生きるか死ぬかは関係がない。大切なのは自分にできる限りのことをすることだ』と。そういう奴はきっと生き残って、己と仲間を助ける」

 

「…おじちゃんは怖くないの」

 

 少年の素朴な問いに、シュヴェーリンは目を細めた。

 

「内緒ぞ。俺も怖い。いつでもそうじゃ」

 

 誰でも怖い。兵士でもだ。だから戦場で敵と向かい合ったとき、兵は敵から目を離すのを嫌がる。だから――シュヴェーリンは引っ掛かりを感じた。彼の中で点と点がつながろうとしていたが、まだ答えを得るには至らなかった。

 

 目を丸くした少年に、彼は続けた。

 

「戦場を怖がらん奴もおるが、そういう奴はすぐ死ぬ。勇気というのは、怖さを知らないこととは違う。お前には勇気がある」

 

「おいらは、そんな」

 

「怖いと認めるのが勇気の始まりじゃ。震えてもいい。泣きべそをかいてもいい。骨が鳴るほど怖くとも逃げずに進めたら、そいつは勇敢な兵士じゃ。最悪の決断は諦めること。こいつはいつでも同じだ」

 

 彼は戦士の心得を父母から教わり、その後の戦いの日々で練り上げた。しかし結局、覚悟は己で決めなければならない。

 

 少年は彼に尋ねた。

 

「戦いは…まだ続くの」

 

「あと何度かはな。じゃが帝国の主力は半ば壊滅したはずじゃ。せいぜい、会戦はあと一度か二度か…。そう長い戦争にはなるまい」

 

 目の前の少年のために彼はそう願った。

 

 少年は戦争の行く末を見通すように目線を遠くにやり、そして不審の声をあげた。

 

「明るい…」

 

 シュヴェーリンもそちらを見る。北の空が赤い。

 

「街の方じゃな。あっちに敵軍はおらんはずじゃ。火事か」

 

 しかし異常は見過ごせない。戦争では思わぬことが起こり、足を掬うものだと、彼は経験で知っている。

 

 送り出した斥候の報告は、やはり火災であった。

 

 燃えたのは聖星教の教会。オルクセン軍が占領した街の住民が教会を破壊し、火をつけたという報告だった。

 

 

 

(次話「決戦前夜」に続く)




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