宇宙に行きたいアホと生塩ノア   作:かゆ、うま2世

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百鬼夜行へ行こう!

『会場設営に人手が足りなくて!』

『あっちで魑魅一座が暴れてて…!』

『大した問題じゃないんだけど、実は………』

 

 

人の視線が嫌いだ

いつからこんな日々が始まったのかなんて覚えてない。アヤメアヤメと名を呼びながら、大勢の人が私を頼る

私のことなんて何も考えない。私なら疲れないのか、何でもできるのか、助けるのが当然とでも思っているのか

顔にへばりついた仮面を取ることは、今更もうできやしない。誰の前でも、私は誰かが求める私のまま

嫌いだ、嫌いだ、皆、嫌いだ

 

ここの住民も、百花繚乱の仲間も、私の後ろをついて歩くナグサのことも

いっそ、いっそのこと、もう、全部、全部壊れて仕舞えば─────

 

 

「────ぁ」

 

 

身体が、無理矢理加速する

私の手を引く少年がいた。ほんのわずかな距離を走って、すぐ近くの建物の軒下で止まった

 

 

「ひゃー!降ってきた降ってきた……天気予報も完璧じゃないなぁ」

 

 

黒い髪の少年だった。見たことの無い制服、身長は私より下。多分、百鬼夜行の人じゃない

 

 

「ね、お姉さん大丈夫?風邪引くよ?」

「ぇ……あ…」

 

 

そこで───漸く感覚が戻ってきた

髪も服も、どうしようもないほど濡れている。軒下の外の世界では、大粒の雨が地面を叩きつけていた

雨、降っていたのか

 

 

「あ、あの……私……」

「ね!これ着て!」

 

 

少年は、自分の着ていたジャケットを脱いで私に差し出した

 

 

「え……でも……」

「いいからいいから!俺なら大丈夫!ほら、早くしないと風邪引くよ」

「あ、ありがとう……」

 

 

私はそれを受け取った。まだ温もりの残るそれは、私が着るには少し小さいもの。けれど、冷えた私の体を温めるには充分なものでもあった

 

 

「ね、お姉さんの名前は?」

「………アヤメ、七稜アヤメ」

「俺、星空アポロ。ミレニアムから旅行に来たんだ!」

 

 

そうして私は、私の運命に出会った

私の最愛、私の光、私の星。あまねく全てを照らす太陽。欠片も翳ることのないその輝きが愛おしい

だから私は、あなたの為に全てを捧げるのです

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「雨が止むまで待機だね、これは」

 

 

少年───アポロは、ざあざあと降り頻る雨を目にして呟いた。そして手に持っている───濡れているから、恐らく傘代わりにしていたであろうカバンの中からタオルを取り出す

 

 

「自分で拭ける?」

「あ……その…大丈夫」

 

 

濡れた髪を、受け取ったタオルで乱雑に拭く。貰うのは悪い気はしたけれど、アポロの目を見たらそんな事も言っていられなかった

ふんわりと柔らかくて、どことなく良い香りのするタオル。私が知っているものよりも、ずっと綺麗なもの

 

 

「天気予報は晴れだったのにね」

 

 

ま、こう言う事もあるか、と言いながら、アポロは僅かに身体についた水滴を払った

 

 

「……で、その、何かあったの?」

 

 

どきり、と心臓が跳ねた。そりゃそうだ、雨の中、雨宿りに走るわけでもなく───そもそも雨にすら気づかず彷徨い歩いていた人間なんて、何かあったに決まってる

だからって、本当の事は言えない。話したとて、この少年が全てを解決してくれるはずもない。誰かに聞かれでもすれば、それこそ私の仮面は砕ける

生きる意味もなくなる。私の価値も消える

 

 

「───ぁ、ごめん!変なこと聞いたわ。俺みたいなのに言えることでもないよな」

「……え?」

 

 

私が何を言うでもなく、アポロはあっさり引き下がった。拍子抜けしてしまった私は、ただぽかんと口を開ける他ない

 

 

「雨が止んだら、とりあえず着替えたほうがいいよ。そのタオルはあげるからさ」

「……その、何で?」

「え、何でって……濡れてるじゃん」

 

 

当然だろ、とアポロは言う

この子も、私と同じなのだろうか。人に与えて、一度与えれば、そこから───駄目、だ。今の私は一方的に貰っただけ。何も返せていない、それじゃ私の嫌いな人達と同じ

 

 

「……ね、アポロ君。旅行に来たならさ、私が案内しようか?」

「え、助かるけど……いいの?」

「いいよ、お礼って事で」

 

 

とは言えまずは、濡れた服をどうにかしなきゃだけど。流石にこの格好で歩き回るのは嫌だ

 

 

「じゃあ、お願いしようかな。せっかくだしさ」

「うん、任せて」

 

 

これで少しでも、この子に何か返せるなら。たとえそれが自己満足だとしても、私はそれでいい。貰いっぱなしは嫌だったって、それだけ

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

超可愛いお姉さんに観光案内してもらえることになった!!!!!

雨ん中とぼとぼ歩いてたから一緒に雨宿りしただけなのに、なんかすごいラッキー。色々抱えてそうだったけど変に踏み込まない方がいいよね、多分

 

 

「晴れてよかったよかった。アヤメさんは服とか大丈夫?」

「着替えたからね、平気だよ」

 

 

アヤメさん、と俺が呼ぶお姉さんは、さっきまでの雨に濡れた姿とは見違えるようだった。綺麗な人だし、何ならちょっとドキッとした。危ない危ない

 

 

「それで……百鬼夜行てどんなとこ?」

「どんなとこ、と言われるとちょっと難しいんだけど……そうだ、アポロ君はいいタイミングで来たね。ちょうど今は夏祭りやってるんだ」

「夏祭り?」

「うん、そう。百鬼夜行の名物だよ」

 

 

アヤメさんはそう言って笑った。そっか……お祭りかぁ。いいなぁ、楽しそうだなぁ

 

 

「といっても、花火とか上がるのは明日なんだけどね。アポロ君はそれまでいるの?」

「ラッキーなことに、今日入れて二泊三日」

「そっか、それは良かった」

 

 

アヤメさんはまた笑った。その笑顔に釣られて俺も笑って、二人で笑いあった

 

 

「屋台も出てるから……そうだ、何か買ってあげる」

「え、流石に悪いよ」

「いいのいいの」

「えー………じゃあ、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 

アヤメさんはまた、ニコニコと笑みを浮かべている。……それが、何だか嫌だ

笑顔っていうのは、基本的には良いもの………の筈なんだけど。この人のはなんか自然じゃないというか、埃被った電球というか、とにかく目につく

………まぁ、そのぐらいなら許容範囲内。いつもと比べれば、この人との関わりに不快感は無い

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

紆余曲折あって選んだのは焼き鳥。ねぎま、というやつ。なんか美味しそうだったし

 

 

「いただきまーす……おいしい!」

「ふふ、良かった」

 

 

アヤメさんは上品に食べていた。祭りの屋台の食べ物って、なんか妙に美味しく感じるよね。ここのは値段も安いし……といっても、この焼き鳥はアヤメさんのお金なんだけど

ねぎまを噛みながらアヤメさんの方を見れば、今度は幾分自然な笑みをしていた。うん、やっぱりそっちの方が可愛いや

 

 

「あ」

「え?」

 

 

ふとアヤメさんの方を見れば、その口元にはたれがついていた。……いやまぁ、ねぎま食べたからそりゃつくよね。仕方ないか

 

 

「どうかしたの?」

「いや……ここ」

 

 

俺はそう言って自分の口元を指差した。意図はうまく伝わってくれたようで

 

 

「……あぁ!ごめんね!」

 

 

アヤメさんは慌ててそれを拭った。恥ずかしそうに顔を赤くしている姿は、これまたやっぱり可愛らしい

 

 

「何で謝るの?」

「そりゃあ………何でだろう?」

 

 

まぁ、反射で変な事しちゃう時もあるよね。と二人で納得し、それ以上の事は何も言わなかった

 

 

「───あっ!いたいた!アヤメせんぱーい!」

 

 

声を聞いた瞬間、アヤメさんの身体がピクリと跳ねた。それと同時に、ほんの、ほんの僅か一瞬だけ顔を歪めた。ははーん、なるほどなるほど、アヤメさんが抱えてるものの正体が見えてきたような気がする

 

 

「………どうか、したの?」

「その、今週末にバイトを入れてたんですけど、急用ができて行けなくなっちゃって……!」

「そっか、なら私が────」

「待て待て待て」

 

 

成り行きを見守ろうかという気持ちが一撃で吹っ飛んだ。アヤメさん、今何しようとした?

 

 

「アヤメさん、その店で働いてるんですか?」

「え……違う…けど………」

「おかしいでしょ。……ねぇ君、そういうのって少なくとも同じバイトに言うものじゃない?そも、そうなった時の穴埋めとかは雇用者の仕事だと思うんだけど」

「え───あ、そっか!すいませんアヤメ先輩、私行ってきます!」

 

 

女の子の方は物分かりが良かった。……いや、そうじゃなかったら困るけどね?

 

 

「アヤメさん?」

「……ぇ、あ…」

 

 

口を開けてぽかんとしている。目の前の出来事を信じられないというか、そんな感じのアレ。うん、流石にさっきのは良くないでしょ

 

 

「大丈夫?アヤメさん」

「あ……ごめん、少しぼーっとしてたみたい……」

 

 

ようやく戻ってきた……とも言えない感じ。まだどこかぼんやりしている。さっきのあれがそんなに衝撃だった?……やっぱり、あれは多分日常的なもの───

 

 

「ね、アヤメさん。人の少ないところって知ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──で、何で受けようとしたのあの話」

「私、は…」

 

 

できるだけ人の少ない、百鬼夜行からは少し外れた場所。アヤメさんは、さっきよりも更にぼんやりとしている

 

 

「アヤメさん、あの手の話初めてじゃないでしょ。給料受け取って───ないんだ。まぁ受け取ってようが駄目だけどさ」

「……」

 

 

図星のようだ。アヤメさんはもう言葉も出せないのか、ただどこかを見ているだけになってしまった

 

 

「踏み込まないつもりだったけど、見ちゃった以上は言わないと。……あんな感じで、色んな人の頼みを引き受けまくってるんでしょ」

 

 

アヤメさんは何も言わない。口を噤んで、黙っているだけ

 

 

「頼まれるのはまあいいんだよ。俺だって嫌じゃないし」

 

 

でもさ、と俺は続ける

 

 

「アヤメさん、一つも断らないんでしょ?嫌なら嫌って言えばいいのに」

「……でも、そうしないと……私…」

 

 

アヤメさんはまた、あの顔をした。雨の中彷徨っていた時よりも、よっぽど悲しそうで苦しそうな

 

 

「私が、私じゃなくなっちゃう」

「アヤメさんはアヤメさんだよ」

 

 

間髪入れずに言葉を返す。アヤメさんは、驚いたような顔をした

 

 

「雨の中彷徨ってたのも、俺のこと案内してくれたのも、焼き鳥奢ってくれたのも、人の頼みを断れないのも、全部アヤメさんだよ」

「……そう、なのかな」

「だから大事なのは、どれを表に出すかだと思うな、俺は」

「表、に………」

 

 

俯いて、俺を案内してくれてた時の雰囲気はどこへやら。アヤメさんに素と言うものがあるのなら、多分こんな感じなんじゃないかな

 

 

「アポロ、君は……どの私が、いい?」

「それ俺に聞くの?……そうだなぁ、何でもいいけど…心から笑っててほしいかな、友達だし───あ、そうだ!明日の花火楽しみにしててよ、サプライズ用意しとくからさ!絶対笑わせてやるから!」

「サプライズ?」

 

 

きょとんとした顔。さっきよりは随分マシな顔だ

 

 

「……そっか、楽しみ」

 

 

今度は、弱々しくも確かな微笑み。うんうん、やっぱりそう言う顔の方が似合うね

 

 

「ありがとう、アポロ君」

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

すごい人だな、と思う

僅かな関わりだけで抱えていたものを見抜かれて、心の中に土足で踏み込んで、邪魔だったものを全部壊してしまった

仮面を着けている私も、そうじゃない私も、全部私。大切なのは、何を表に出すのか。……アポロ君は、笑っててほしいって言ってたな

 

 

「いたいた!おーい!アヤメさーん!」

 

 

声が聞こえた。少し高めの、少年の声。随分と遠くから聞こえている筈なのに、アポロ君の声ははっきりと聞き取れる

もうとっくに太陽は沈んだけど、夏祭りはまだこれから。二人でした、一緒に夏祭りを回る約束。やっぱり、すごく楽しみ

 

 

「アポロ君」

「ごめん、待たせちゃった?」

「ううん、今来たところ。行こっか」

 

 

あの時とは逆に、私がアポロ君の手を引いて、ゆっくりと歩き出す。アポロ君は少しだけ顔を赤くしていたけど、すぐに元に戻った

 

 

「射的とかしてみる?」

「うぇ、銃撃つのは得意じゃ────」

 

 

私より少しだけ小さな手を引いて、喧騒の中を進んでいく。赤みがかった提灯の灯りが、私達を包み込んでくれていた

わたあめを食べたり、射的をしたり、金魚を取ったり、夏祭りを、夏祭りらしく楽しんでいく───その中で、アポロ君は時折夜空を見つめては、微笑みを浮かべていた

 

 

「どうしたの?」

「──あ、何でもないよ」

 

 

それを私に見られるたび、こうして適当に誤魔化す。よく知っている振る舞いだった。抱えている何かを他人に見せまいとする、誰かさんがよくしていた振る舞い

私がそうしてもらったように、私もそうするべきだと思って

 

 

「星空が好きなの?」

「………あー、えっとね、んー…」

 

 

困ったような顔をして、ぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた

 

 

「その、さ。ミレニアムの方で俺がやってる研究なんだけどね、その………宇宙に行く、研究をしてるの」

「宇宙?」

「そ、だから……星を見るのは結構好きかな」

 

 

宇宙へ行く、研究。何とまあ、途方もない道のりだろうと思う。その道を拓くのがどれほど大変かなど、想像する事も難しい

……だけど、アポロ君ならきっとできるんだろうな

 

 

「そっか。研究、頑張ってね」

「え?」

「え?」

 

 

不意に、アポロ君は声を出して立ち止まった。釣られて私も立ち止まる

 

 

「どうかしたの?」

「や、えっと………その、笑わないんだ、と思って」

「笑う?何で?」

 

 

心外だ。私は人の夢を笑うような人じゃないし、人の夢は笑うものでもないだろう。そんな人だと思われていた───というのは、この子の性格上あり得ないか

 

 

「人の夢を、笑ったりしないよ」

「───そっ、か。そうだよね。ふふ、ありがと」

 

 

憑き物が取れたように、アポロ君の表情が晴れた

 

 

「笑わなかったの、アヤメさんで二人目だ」

 

 

ぎゅっと、手を握って。また歩き出した。花火の時間までもう少し、私が知ってる特等席へと案内するには良い頃合いだ

 

 

「ね、アポロ君。良い場所知ってるから、行かない?花火がよく見えるんだ」

「そんな場所あるの?行こ行こ、案内おねが─────「アヤメ!こんなところにいた……!」

 

 

舌打ちが漏れなかったことを褒めたかった。そうか、ここでか。よりにもよってこのタイミングで私の邪魔をするのか、お前は

 

 

「………………ナグサ」

「あっちの方で魑魅一座が暴れてて……」

 

 

聞き飽きたセリフ。聞き飽きたトラブル。………腹が立つけど、これは私の仕事でもある。片付けてから特等席まで行くには………ちょっと、時間が足りないかな

 

 

「アヤメさん、魑魅一座って」

「不良生徒みたいなものかな………ごめんねアポロ君。すぐ戻るから、ちょっと待ってて───アポロ君?」

 

 

キョロキョロと辺りを見渡して、アポロ君が向かったのは焼き鳥屋の屋台。……え?

 

 

「焼き鳥二本ください」

「あいよ!毎度あり!!」

「はいアヤメさん、冷める前に食べてね、奢りだから」

 

 

押し付けるように私に焼き鳥を渡して、ナグサの方へと歩いていく

 

 

「……で、そこの人。魑魅何とかはどの辺?」

「え、あ、あっちの方……だけど」

「おっけー、それじゃあ案内して。……ていうか!場所知ってるならあなたが行ってこいよな!」

「え!?で、でも、私じゃアヤメみたいには……」

「やり方がわからないとか、上手くできないとか……それは、何もやらない理由にはならないよ。とりあえずさっさと案内して!荒事は得意じゃないけど、頑張って全員殴り倒してやる!」

 

 

アポロ君は、やる気満々だった

本気だ、この人は。戦いが得意じゃなくても、やると決めたら絶対にやる。何で───私の、為だ

ここでアポロ君を見送ったら───怪我、するだろうな

 

 

「アポロ君」

 

 

貰った焼き鳥を返せば、捨てられた小動物のような視線が返ってくる

 

 

「………い、いらないの?」

「─────後で全部食べるから。あーんでも口移しでも何でもやるから覚悟しといて。行くよナグサ、一分掛けないから」

「えっあっうんえっえっえっ????」

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「間に合って良かったね」

「アヤメさん速かったもんなぁ」

 

 

二人並んで、特等席への道を歩く。百鬼夜行外れの山の中ではあるが、花火の発射位置から近く人もいない。これ以上ないぐらいの穴場だった

 

 

「アヤメさん、その……ありがと」

「ん………ふふ、こっちこそありがとう」

「え?」

 

 

アポロ君は、心底不思議そうな顔をした。……やっぱり、この子はどこか抜けている。でも、そんな子だからこそ────私は救われたのだろう

 

 

「私を見つけてくれて、ありがとう」

 

 

さっき貰った焼き鳥を、アポロ君に差し出してみる。迷う事なく食いついた。そんなに迷いがないと、逆にこっちが恥ずかしくなる

 

 

「ん……ふふ、おいしいね!」

 

 

でも──やっぱりその笑顔は劇薬だ。余計な考えなど吹き飛んで、ただこの子の笑顔を見ていたくなる

 

 

「始まるよ」

 

 

辿り着いたのと同時に、花火が空へと打ち上がる。赤、緑、黄、橙……様々な色が打ち上がっては散っていく

何度も見たけど、その度に綺麗だなと思う。今は、特別な人と見ているから余計に

君がくれたものを、私は少しでも返すことができただろうか。貰いっぱなしになっていないだろうか。それだけが、私の心に残る唯一の不安で────

 

 

「アポロ君?」

 

 

隣を見ても、アポロ君はいなかった。慌てて背後を見る───よかった、いた。しゃがみ込んで、何かを準備している。小さな、銀色の───

 

 

「───ロケット?」

「サプライズするって言ったでしょ。ちっちゃいけど、これがほんとのロケット花火……なんちゃって。ちょうど花火も上がってるし、今ならバレないバレない」

 

 

作った、のだろうか

私達二人のためだけの花火を

 

 

「着火!ほら離れて離れて!」

 

 

手を引かれて、小さなロケットを少し離れたところから眺めてみる。導線が燃て、やがてロケットに辿り着いて───

 

 

「あ」

「え?」

 

 

ボン!と小さな爆発と共に少し跳ねただけで、飛んでいくことはなかった

 

 

「───やっべ、ミスった」

「アポロ君!?」

「やばいやばいやばい!このままじゃここで花火が爆発する……!」

 

 

慌ててロケットを拾って、一瞬の逡巡の後に私を見て

 

 

 

 

 

「アヤメさん投げて!」

「っ───!」

 

 

どう投げるべきか考えるよりも先に体が動いた。受け取ったそれを、本来ロケットが飛んでいく筈だった方角へと投げて────次の瞬間には、視界に大輪の花が咲いた

 

 

「─────」

 

 

あぁ───これは、ダメだな、と思う。私とアポロ君との関係で避けたかったのは、どちらかが一方的に貰いっぱなしになってしまうこと、だけれど

視界を覆う、真っ赤な花。一つ一つの光が、夜空に輝く星のようにも見えて

 

 

「綺麗、だね」

「うんうん、何とかなって良かったホント……」

 

 

こんなものを貰っては───私の一生を掛けたって、返しきれない

 

 

「あー!」

「ん?」

「アヤメさん笑ってる!」

「……ん、うん。笑ってる」

 

 

笑う余裕なんてなかった筈なのに。……でも、今は確かに笑えている。それも、きっと君のおかげだろう

 

 

「……ね、アポロ君」

「なぁに?」

「ありがとう」

 

 

……この気持ちだけは、ちゃんと言葉にして伝えようと思う。だから今は───ただ笑っていようかな。私の為に作ってくれたロケットが、夜空を彩っている間ぐらいは

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「帰っちゃうの?」

「そりゃ、旅行で来ただけだし」

「そう……だね」

 

 

それは、言われてみれば当然の事で、ひどく寂しい事でもあった

 

 

「………ね、百鬼夜行に残らない?私の家に住みなよ。何でもしてあげるから。笑われる事なんてなくなるよ、私が保証する」

「それは……嬉しいけど、でも……」

 

 

アポロ君は、少し言葉を詰まらせて───それから、私の目を真っ直ぐ見て言った

 

 

「笑われるとかそういうの、もうあんまり気にしてないんだ。アヤメさんのおかげ」

「……そっか、うん。ごめんね、変なこと言って」

 

 

……うん。それがいい。その方がいい。それが君の本心なら、それより優先される事なんて、この世界には無い

 

 

「それじゃ、またね」

 

 

そう言って、背を向けて歩いていく。大好きな人が、遠くへと言ってしまう

寂しいと思う。けど、アポロ君にとって私は、ただ旅行中に出会っただけの友人で、もうこれ以上、何か言う事なんて───?

 

 

「………アポロ、くん?」

 

 

温かい、人の体温。抱きしめられていると気づくのに、そう時間は掛からなかった

 

 

「絶対、また会おうね」

 

 

本当に、本当に、どこまで───私の、欲しいものをくれるんだろう、この子は

 

 

「うん…………うん」

 

 

ほんの僅かな間だけど、何よりも愛しいこの少年を腕の中に収める。互いの鼓動を感じられるこの瞬間が、何よりも幸せだった

 

 

「……それじゃ、またね!」

「……うんっ!また!!」

 

 

名残惜しさもそのままに、アポロ君は走っていく。その背中を見つめていると───不意に振り返ったアポロ君と目があった。にっこりと微笑んでくれて、小さく手を振ってくれる ……それに、大きく手を振り返す

 

ねぇ、アポロ君。どの私を表に出すのか───その答えを、私は得たと思う。それは───

 

 

「………君の事を、愛してる私。それ以外は…もう、いらないかな」

 

 

あなたが太陽なら、私は月でありたい

どうか、いつまでも健やかでいてください。あなたが拓く星空の先に、どうか幸福がありますように

 

 





星空アポロ&七稜アヤメ
炸裂する少年と少女の夏─────

星空アポロ(一年生)
時系列的にはアポロ一号爆散事件のすぐ後。夢を語れど冗談だと思われ笑われる生活が続き、うっすら人との関わりに嫌気がさしていた頃。実績がない分ある程度仕方ない部分もある。七稜アヤメと出会っていなければ、一之瀬アスナや各務チヒロに頼ることはなかったのかもしれない

七稜アヤメ(二年生)
アポロ君の好みど真ん中の女。これ以降アポロの危機を自動察知しては爆速で助けに向かう化け物となる。既に色々吹っ切れ無敵になっているのでアポロへの好意を隠すことはしない。この後百花繚乱を辞める

御陵ナグサ
誰よその男ッ!

生塩ノア(一年生)
笑わなかった女一号。アポロ一号爆散事件の後、次のコメントを残している
「覚えておいてくださいね、アポロ君───あなたは確かに失敗しましたが、今までで一番、宇宙へと近づいたんですよ」
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