角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

1 / 300
破棄が始めの骨牌を倒す
破棄が始めの骨牌を倒す 1


「ぶっちゃけ何が起きているのさ!」

 

そう叫んだ背の高い少女は、全身で不満を表すように長椅子に倒れ込んだ。窓の外は暗くなっていたが、机の上に置かれた角灯が夜の談話室を揺れる光で照らしていた。

 

「うるさいわよ、シェプ。夜中に叫ぶと寮監に色々言われるんだから注意しなさい。たたでさえあなたは目をつけられているのに……」

 

向かいの少女はそう答え、手紙を書いていた羽ペンへインクをつけながら深く息を吐いた。まだ冬は来ておらず、火をつけるほどではなかったが、薄着では寒いほどの空気があった。

 

二人の服装は一見同じに見える、白を基調とした控えめな、しかし上流階級の子女が纏う部屋着としては十分なほどに上品なものだった。背の高い少女が纏う服には、手紙を書いている少女の簡素な模様と異なり、白い布に白い毛で細かな異国風の鳥の文様が刺繍されている。

 

寮の談話室には二人しかおらず、シェプと呼ばれた少女──イウェラ家のアズドの娘シェプルスキア、ツィノド女領主──の出した声は誰かに迷惑をかけることはなかった。

 

「そもそもシェプ、あなたはどこまでわかっているの?」

 

「ええと……王子サマが婚約破棄をしたんだよね?あの統合王国の公爵令嬢サマは気に食わないやつだったから、その点ではわからなくはないけど。で、王子はその公爵令嬢を捨てて誰に移ったんだっけ?」

 

「エネト嬢。聖座枠での入学生らしいけど、私も詳しくはわかってない。それとちゃんと名前で言ったほうがいいわよ、王子なんて統合王国でも三人いるし、ここハッヘンヴルト家の地域でも四つの王があって合計で……何人いるんだろう」

 

指を折って数えようとした少女は、話がそれていると小さく首を振った。

 

「やっぱりテレナがあたしの指導役で本当に助かったよ、本を読んでもらっているみたいで助かる」

 

「これぐらいはこの学院で話すためには最低限必要でしょうに……」

 

そう言ってテレナと呼ばれた少女──テレナ・ノイーズ・イルデネ、エルンツィンガー伯爵令嬢──はペンを置いた。

 

「ひとまず、今日の舞会の事件で重要な役者は三人。ひとまず、それだけ覚えておいて」

 

テレナが立てた三本の指を、シェプルスキアはじっと見る。

 

「一人目はルメン・デリロス、フェルヴァジュ統合王国第三王子。彼は第四学年。二人目はファーネスタ・イリイダ、テワドレーム公爵令嬢、統合王国のテワドレーム公爵長女。そして三人目はエネト。ファーネスタとエネトは第三学年ね」

 

一本づつ折りながら、テレナは名前を唱えていった。

 

「……そんな名前だったんだ」

 

一般的に呼び合う最初の名前以外をシェプルスキアは覚えていなかった。貴族においていくつかの名前を繋げて持つことは一般的であり、誰かに名前の一つをつけることの政治的意味は小さいものではなかった。

 

「まあ、学生のうちはちゃんと覚えなくてもいいわよ。頭を下げて名前を聞くことだってそこまで恥ではないし、私やシェプみたいな第一学年ならなおさら」

 

テレナが言うと、ほっとしたようにシェプルスキアは長椅子の上で姿勢を直した。

 

「それで、今夜の舞会は卒業年次の学生の見極めみたいなところがあるのよね。卒業生として恥ずかしくない振る舞いができるか見るものだし、後輩を同伴して紹介できるかどうか、とかもある。下級生のうちに同伴者として呼ばれるかはともかく、あと三年したら必ず出ることにはなるんだから準備はしておかないと」

 

いつものように早口で話しだしたテレナに、シェプルスキアは頷いた。

 

「そういえば舞会(デセ)って言うけど、舞踏(デシエレ)だけをするわけじゃないんだよね」

 

「ええ、踊るのは一部の人だけ。別に無理なら踊らないほうがいいぐらい。それと今日は学院の運営理事議員の何人かが来ていたことも重要ね。つまりはかなり公的な場として見なされたし、ここで起こったことの噂はすぐに広まる」

 

「そこで婚約をなかったことにして、新しい人と付き合っているって言ったんだよね?」

 

「そう。もともと統合王国の中でテワドレーム公爵の率いる地方派貴族の中でも温和派閥と王室派の協力の象徴としての婚約があったわけ」

 

「あたしのところでも昔はやっていたって聞いた、やっぱり人質を渡すのって意味があるんだ」

 

そういう見方もあるか、と考えながらテレナは頷いた。

 

「統合王国の先王であるルメン七世時代の粛清を生き残った地方派は、数としては少ないけど下手すると粛清前よりも知恵と力を持っている。逆に古き価値観のもとに手を組むことができれば、学院派や購官貴族との力関係を改善できるって考えていたはず」

 

手紙を書きながら話すテレナの言葉を整理しながら、シェプルスキアは今の状態を分析していた。

 

「……あれ、そうするとこれ公爵が王を討たないとまずいのでは?」

 

シェプルスキアは婚姻の価値も、約束の重要性も、それを破ることの価値も良く知っていた。学院のあるハッヘンヴルト同君地域の西端や問題の起こった統合王国と彼女が育った東の地域では、名誉の形は異なっているもののその重要性は変わりなかった。そして、名誉を守ることは単純な個人の問題の解決のためのみならず、名誉によって維持される社会の維持のためにこそ必要だと理解していた。

 

「いつもなら野蛮な思考だと言いたいところだけど、本当にそれがあり得るぐらいの案件なのよ、これは」

 

「野蛮野蛮って、あたしはちゃんと聖句だって唱えられるし何だったらここの学生の誰よりも経験があるよ」

 

あくまで拗ねたように胸を張って言うシェプルスキアであったが、テレナは彼女から漂う嫌なものを感じる程度には知識があった。血と硝煙の匂い。動きからわかる服の下の鍛えられた肉体。弓のせいで固くなった左手。テレナの二つ歳上であることだけでは、シェプルスキアの纏う雰囲気は説明できなかった。

 

幼きテレナでも名前を聞いたことのあった、かの恐るべきイヴェリャン団を短い期間ではあるが率いていた、そして今はポジェチニャ共和王冠国の女領主としての立場を持つ彼女は、ある意味では学園の学生の中で最も尊敬されるべき人物である。

 

「ここでは銃と馬ではなくペンと手紙で戦うのよ、あなたはたぶんそれだけの力があるけど、やり方を知らないだけ。ほら、『休日はその地の暦で』って言うでしょ?だから学院で学ばないと」

 

「はいはい。……あのさ、これって婚姻で同盟しようとしていたけど、相手の息子のほうが狂ったことにして、なかったことにするのが落とし所って考えればいいの?」

 

「王子側に責任を負わせるなら、ね」

 

テレナは書いていた手紙に目を落とした。表面的には、日々の生活を綴ったように見える。検閲の担当者も、入学以来こまめに書いているテレナの手紙を止めるよりも、内容に問題がないなら通したほうがいいと考えるだろう。

 

ただ、その中にはいくつかの伝言が含まれていた。それはテレナと、彼女の父以外には隠されたものだった。

 

「問題はエネト。私が聞いた限りでは、大人しい修女だけどある意味ではそれだけの少女。聖座からの推薦枠だから、聖座にとって都合の悪い人物の可能性は低いけど……」

 

注膏教の三大宗派の一つ、普遍派。その中心地である聖座は貴族宮廷には一段劣るとされるものの政治と陰謀の入り交じる場である。聖座の理念に対立するような宗教からの独立と共学という特徴を持つ学院にさえ枠を用意させるだけの力があるという組織は、軽視できるものではなかった。

 

「……だけど?」

 

「もし聖座が統合王国を揺るがそうと思ってこれを計画したなら、問題になるはず……。私の家は抗議派だからこのあたりの感覚がはっきりとわかるわけではないけど」

 

「あれ、統合王国って普遍派だよね?」

 

「王室はね。だからといって影響力を強めるために行動を起こさない理由にはならないわよ、大宗派戦争という宗派が無視された陰惨な戦争が終わってから、まだ百年しか経ってないわけで」

 

テレナは頭の中に地図を思い浮かべ、その上に陣棋(シャセ)のための駒を並べていった。西のフェルヴァジュ統合王国、東のハッヘンヴルト同君地域、そして北の冷海同盟(ツェンデ・ルンザ)。そして、それぞれの地域にある派閥と、地域を超えた場所にある駒。この問題に絡みうる駒は多く、駒同士を繋げた糸が導く動きを読み切るほどの知識がテレナにはなかった。

 

「……戦争とかに、なるのかな」

 

シェプルスキアの声は、戦場を愛するものの響きを含んでいた。

 

「わからないけど、手紙のやり取りと外交の手続きでどうせ半年は動かないわよ。それに私達がどうにかできるものもない。真面目に学生生活を続けるしかないわね」

 

「はーい……」

 

「だから、早く寝なさい。別に今の話はちゃんと理解しなくてもいいし、私ももう寝るから」

 

テレナはそう言ってインクの乾いた手紙を折って、角灯を持って席を立ち上がった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。