「じゃあ、二人はこれからどうなると思っているの?」
試合が終わって少しだけ流れた夜の静寂を破るように、シェプルスキアが言った。
「……一番簡単に終わるのは、第三王子が気の迷いをしたというもの。学院内で起こったことはなかったことになる」
テレナはそう言いながら、
「ただ、そうなるかどうかは別ね。なにせ、今回の事件は都合がいい」
「都合……?」
ネアの言葉をシェプルスキアは繰り返した。
「シェプルスキアさんは軍記を読んだことがありますか?」
小さくシェプルスキアは首を振った。父や傭兵団の大人から戦いの話を聞いたことはある。注膏教の聖人である大狩猟者の物語に憧れた。ただ、古い戦争についてはそこまでの知識はなかった。
「なるほど……。小さな問題を都合よく解釈し、自分の陣営に有利に働くように広めるというのはかなり基本的な策謀です。そして今回の婚約破棄は、どのようにも解釈できる」
ネアの説明の横で、テレナは回収した牌を丁寧に立てて置いていった。
「例えば、あなたが王室だと考えてみて。今、統合王国の貴族たちはいろいろな派閥があって対立している」
「王室派、地方派、学院派、あと購官貴族だっけ……」
「よく知ってるわね」
「私が前に少しだけ言った。詳しい説明はしていないから、先輩にお願いしてもよろしいでしょうか」
テレナの声は集中していたが、それは牌を丁寧に並べるためであった。
「……テレナ、何してるの?」
「
「嘘だからね、テレナさんも騙そうとしないの」
「私の弟は結構これで遊んでいた」
そう言ってテレナは深く息を吐く。手持ちの牌の四分の一ほどが並べられていた。
「そうね、王室派っていうのは今のルメン八世の父、ルメン七世の時代に行われた権力集中を進めた派閥。どういうことがあったかわかる?」
「ううん」
「基本的には全ての権力を王のもとに集めたの」
「王が好き勝手できるように、ということ?」
「それともまた違うのよね、とはいえ、統合王国全体を一人の王の秩序の下に体系化したという点ではそこまで間違っていない」
「うーん……」
「シェプルスキアに言うなら、軍の指揮官を束ねたような形に近いと言えばわかりやすいも」
「ああ、将軍に参謀や連隊長が逆らったりとかせず、たとえ自分の部隊が不利でも全体のために戦えるように、ということ?」
「その通り」
満足そうに言うネアにテレナは少しだけ自慢げな表情を浮かべたが、油断したテレナの手が触れた牌は危うく倒れかけるところだった。
「主に司法議会と地方民会の解散が大きいわね。そしてこれは、あくまで悪徳領主への処分という形を取って行われたの」
「悪いやつを倒したのならいい人だ……と、思わせたということ?」
「そう。重税を溜め込んでいた貴族や賄賂を渡していた商人……面白いわよね、そういったことは罪とされていながらも、公然と行われているのは誰もが知っていたのに」
「……都合の悪い相手だけに罪を被せて、消していったと?」
「うん。私の義理の祖父がティツン商会総経理だった時には一歩間違えたら統合王国内の商会の資産が丸ごと没収されかけたそう」
「そんな事されたのに、なんで地方貴族って生き残っているの?」
ネアの話した粛清がどれだけの混乱と恨みを生むのかは、シェプルスキアにもおぼろげながら理解できた。復讐心は世代を超えて残る以上、派閥として残らないほどきちんと潰して消し去らねばならない、というのがシェプルスキアの理解だった。
「一つは地方の統治ができる人が少なかったというもの。いきなりその仕事を知らない人がやってきて、さあ領主が変わりましたこれからよろしくお願いします、なんて言ってもうまくは行かないでしょう?」
「……うん。相当な条件と、幸運がない限りは」
「シェプルスキアさんはそういう幸運を掴み取るだけの力があったのですよね」
「……力を活かすことのできる幸運があった、ってほうがいいと思う」
シェプルスキアは女領主として、かつてのイヴェリャン団の中核人物から確かな尊敬を集めていた。しかしそれはもともと父を通して彼らがシェプルスキアを知っていたためであり、また父の仇討ちという尊敬に足る理由が存在しているからであった。
「そして、地方から税金や兵が取れなくなって困るのは国王、つまりは王室派なのよ。だから地方派に一定の力を持たせるしかなかった」
「じゃあ、学院派や購官貴族っていうのは?」
「ああ、学院派はここの卒業生を中心とした人たち。長男が責任を取って、次男や三男が繰り上がりで領主になったことがあったけどそういうところで学院の卒業生が入ってきた。購官貴族というのは金で爵位を買った人たち。当時の王室派はこういう勢力を入れることで地方派の力を弱めようとしたけど、限界があったみたいね」
「むしろ失敗したかもしれない?」
「そう。では話を戻しましょう。あなたが王室派の貴族なら、今回の婚約破棄をどう見る?」
「……学院にて公爵令嬢は非道な振る舞いを示し、聖座から学びに来た敬虔な修女を侮辱し、王子の妻たる資格がないことを示した。傲慢なテワドレーム公爵と地方貴族こそが、我ら王室派の差し伸べた手を断ち切った側なのだ。とか?」
決して大きな声ではないが堂々とした、馬の上で話せば心が動かされそうな声色でシェプルスキアは言った。
「……さすが、傭兵団を率いるとなると話もうまいのね」
「言葉選びは微妙だけどね、シェプルスキアだったら基礎学校の教科書を読んでも兵を鼓舞できるわよ」
「褒めてるの?」
テレナにシェプルスキアは訪ねたが、テレナは何も言わず牌を置き続けていた。
「そう。ここまでの事件は王子の単なる個人的な動きじゃないと解釈されるべきだし、そう解釈されればその理由が生み出せる。大事なのはそれが真実かじゃない。それがどれだけの人にとって都合がいいかということ」
「他の解釈もできるわよ、そして、それらは連鎖しうる」
テレナはそう言って、最後の牌を並べた。
「ほらシェプルスキア、ここ押して倒してみて」
「……うん」
シェプルスキアの指が伸びて骨牌が軽く押される。倒れた牌はその次の牌を倒し、広がるように並べられた牌をあっという間に崩した。
「最初の牌はもう倒された。統合王国の事情に詳しいヨルワ教授でさえ、何が起こるか読めないとなると何が起こっているかを知り続けるしかない。倒れ始めた牌の列を止めるよりも、そこから逃げたほうがいい」
そう言って、テレナは倒れた牌の山を表と裏を確認しながら箱に詰めていった。