新顔の運ぶ書物は燃える 1
大広間の前で紹介される新しい入学者たちの中に、シェプルスキアの目を引く少女がいた。
「昔はああいうお姉さん、よく見たなぁ」
隣に立っていたテレナも目を凝らしたが、最近本を読みすぎたせいか上手く目の焦点を合わすことができなかった。
「そもそも遠くてよく見えないんだけど」
「ほら、右から七番目の女の子。頭に黒い布をかぶっている」
「黒?」
テレナは頭の中に各地の衣装を思い浮かべていく。聖典を遵守する女子修道院では髪を隠すための覆いがある。統合王国南部では南方意匠を入れた布を祭りの時につけるんだったか。南方と言えば帰伏教でも女性は髪を見せるな、というのがあるはずだ。注膏教の人々と異なり、彼らは未だにその教えを守っている。とはいえこれは乾燥地帯という環境で髪を守るという意味もあるのではないだろうか、などなど。
「フュルシーア・バラエイーシャ・アラクァイーバザ」
彼女の名前が司会をする教授によって読み上げられると、大広間の中の学生たちがざわめきを起こした。明確な南方風の名前だったからである。普通は統合王国語で言われるのに対し、彼女の場合は発音まで南方風のままであった。
「バラって、娘?」
テレナが小声でシェプルスキアに聞くと、シェプルスキアは頷いた。シェプルスキアの父がイヴェリャン団を率いていた時代には、大君侯国に雇われていたこともあったのである。
「そう、だからええと、統合王国語に直すとフルューシア・ファラクァイーバザ、ノーシュ・フェイーシャ?」
そう言いながら、自分も一応は統合王国語風に呼ばれたのだなとシェプルスキアは思い出していた。シェプルスキアではなくセピルスキャという風に言われることは、かつて自分が名前を変えたことに比べれば些細なことだった。
「フリュシヤ、ファラカイバザ、ノルシュ・フェイシャってところね。統合王国人は明瞭な発音というものを知らないよ」
「現地の言葉になるのは仕方ないことだよ」
「そうね、イプルカ嬢」
シェプルスキアの古い名前を流暢に発音したテレナに、シェプルスキアは溜息をついた。誰もがテレナのように相手の名前を呼ぶために努力をするわけではない。なんとなれば、わざわざ文明的な統合王国風に呼んでやったのにとまで考える人すらいかねないのだ。そこに怒りを覚えるよりも、そういうものなのだと割り切ったほうがシェプルスキアにとっては楽だった。
「ただクァイーバザ……どこかで聞いたことあるような」
「大内海と酷海の間に海峡あるでしょ、あそこの北側のそれなりの土地を支配する大領主と同じじゃないかな」
シェプルスキアが話すのを聞きながら、そういえば自分が明確に学ぶ側に回るのは珍しいなとテレナは考えていた。とはいえシェプルスキアは東側世界を駆け回った傭兵団の団長までしていたのである。テレナが西側の政治に関連する人物を当然のように知っているように、シェプルスキアも東側の軍事に関連する人物を知っているのだろうとテレナは考えた。
「イヴェリャン団ともお付き合いが?」
「あたしが本当にまだ子供の頃かな、あそこのお姉さんたちは髪を綺麗に染めたりするけど、外に出る時は布で隠したりしてて」
「……さすがに大君侯国から学院が学生を受け入れるかしらね」
「無理なの?ヴェツァーだっけ、あの人は教主国で学んだんじゃなかった?」
「初代学院長の時代とは色々と違うのよ」
そのような会話をしていると、新入生たちは教授について大広間から出ていった。
「さあさあ、ぼんやりはできないわよ二人とも」
後ろから現れたテアリアが、二人の背中を叩いた。
「はいはい、
新入生の出迎えが終われば、次は卒業学年の学生の見極めがある。そのためには部屋の装いを丸ごと変えなければならない。必要な人手が多いわけではなかったが、練習も兼ねて第二学年と第三学年の学生が実際に手を動かすのだった。
「……ファーネスタ様の、晴れ舞台でもありますし」
「それが関係あるのはテアリアさんだけでしょう、関係なく支度はしますけどね?」
そう言いながら、よく練られた学年暦だよなとテレナは考えていた。新入生は基本的に最初のしばらくは生活になれることを優先するが、それなりに社交的な繋がりがあれば第一学年で舞会に出ることもできる。逆に言えば、そこで舞会に出ることはある意味でそれまでの社交歴を示すことでもあるのだ。
そして、生半可な経験はここでは通用しない。北側世界のあらゆる社交術がここに集まっているのだ。統合王国流の手法に精通したヨルワ教授であっても、基本的なやり方であればどこの屋敷でも通せるだけの技量がある。それは決して統合王国流が基準だからではない。その情報収集能力と社交力、そして胆力あってこそのものだ。
だからもしただ家名に名を言わせて舞会に出たのであれば、適切な教育が行われる。とはいえ、それができないほどの家名というのもあるから厄介なものだ。さすがに学院の歴史の中でも王族が教壇に立ったことは数えるほどしかない。その意味では、新学年が無事に始まって胸を撫で下ろしている教授は少なくないのだろうなとテレナには感じられた。
「それで、やはりお二人が気になるのはフリュシヤ嬢?」
「フュルシーア。きちんと母音を伸ばすのよ」
テレナは言語ごとの特徴を知っていたため、どのような点に気をつけて聞き取り、また話すべきかを知っていた。シェプルスキアのように聞いたままに話すことができないテレナなりの方法だった。
「難しいこと言わないでよ、発音とかやったって上手にならないし……」
そう言うテアリアに、テレナは何も言えなかった。実際のところテレナの発音はやり取りには問題がなくとも良いと言えるほどではなかったのだ。シェプルスキアは綺麗な統合王国語の発音ができていたが、テアリアがしている努力を知っていたために黙っているしかなかった。
「……それで、テアリアさんもフリュシヤ嬢のことが?」
テレナが言うと、テアリアは頷いた。
「南方の人って見たことないから、気になって」
「今度はナイフを向けられないようにね……」
テレナの言葉に、テアリアは笑顔で返した。これぐらいの対応ができるだけの力が、彼女にはもう身についていたのである。
「多分夕方に談話室にいるからさ、会いに行かない?」
シェプルスキアが言うと、テアリアは顔を輝かせた。