舞会は特に何もなく終わったようだった。そういうはずのものなのだ。直されるべき点を指摘されることはあれど、大事件が起こるようなものではない。昨年が例外的なものだったのである。
「それはそうと学院の運営理事会の会議はこれから数日かけて行われるらしいし、理事もかなりの割合が来ているとか」
舞会に呼ばれなかった学生たちがたむろする談話室で、テアリアとシェプルスキアが
「お喋りがしたいならそう言いなさいよ、こちらはシェプルスキアが強くなって余裕がなくなっているんだから」
テアリアにとって、シェプルスキアとの
「テアリアさんにとって、この種の情報は必要じゃないの?」
「いまさら理事がどうこうしたところでファーネスタ様の進路が変わるわけでもなし、学院のことは学院の関係者に任せるわよ」
「そう……」
しょんぼりとしたテレナは、シェプルスキアの隣で椅子に埋もれていた。
「そういえば、今年は舞会に一年生が出るのね」
テアリアは駒を置きながら言った。劣勢というわけではないが、油断はできない盤面だった。
「フュルシーア?」
シェプルスキアの問いかけに、テアリアは頷く。
「相手は第四学年の冷海同盟の学生ね。別に踊る相手を同郷から招待することはおかしくはないのですけれども」
「ふさわしい力があるかってこと?」
「そうね、シェプルスキアみたいに領主としての肩書があるなら、あるいはもう少し学年が上なら別かもしれませんけど」
「じゃあ、どうして……」
「なにか掴んでいるとか、あるいは学院のやり方を上手く教わらなかったとか、そんなところでしょうよ」
椅子に体重を預けているテレナが、テアリアとシェプルスキアの会話に口を挟んだ。
「テレナ、どういうこと?」
シェプルスキアに聞かれて、テレナは椅子から身体を起こすように座り直した。
「南方街というのは北側世界では許されない物が色々と集まる場所、街の中の異国と言ってもいい。だからこそ、そこには多くのものが集まる」
賭場、娼館、盗品すら買い取る古物商に、怪しげな薬売り。テレナは実際に行ったことはなかったが、噂は聞いていた。本の街であるウォルセラルの南方街ともなれば、あらゆる噂も入ってくるだろう。下手すれば、学院以上に。
そして重要なのは、ウォルセラルは噂を集めるだけではなく発信もするということだ。学院の中から素早い行動を起こしにくいのとは異なり、ウォルセラルを出た印刷物は噂のように速く北側世界を駆け巡る。
「でも、それはどうしても直接のものじゃない。学院における晩夏の舞会の意味は、入ってからでないとわからないこともあるからそのあたりで何かあったのかもしれない。推察だけどね」
「あー、じゃああのフュルシーア嬢ってそういう人なんだ……」
「思っても言うべきではないこともあるからね、シェプ」
テレナの忠告に、シェプルスキアは頷いた。
「特に手を選ばない人というのは恐ろしいものなのよ」
「お話ですか、先輩がた」
高めの声がテレナとシェプルスキアの後ろから響いた。テレナは口を閉じて、後ろを向いた。
「……フュルシーア嬢、舞会は終わったのですか?」
「はい!」
テレナの言葉に、フュルシーアは笑みを浮かべて肯定した。
「でもかろうじて及第点、と教授方には言われてしまいました。学ぶべきことがいっぱいあるっていいですね」
そうやって浮かべる笑顔を見て、シェプルスキアはなるほどこっちが本性かと考えていた。テレナのように言うのであれば、人間は馴染の仮面というものを持つ。フュルシーアにとっては、おそらくこの可愛い少女としての仮面が馴染んだものなのだろう。
「それと、先日はテレナ先輩とシェプルスキア先輩に迷惑をかけました」
「……どうせ家の問題でしょう?言わないと面倒になるから先に言ってしまった、みたいな」
「すごいですねテレナ先輩、お見通しですか」
目を大きく開けて言うフュルシーアを嫌いになれない自分をテレナは警戒していた。フュルシーアは間違いなく素地がある。堂々とした態度と言葉の調子を使えるにもかかわらず、それを忘れさせるようにすっと相手の懐に入ってくる。少し癖のある話し方すら、ある種の愛嬌になっていた。
「……フュルシーア嬢、ですよね」
そう言って、テアリアは立ち上がって彼女の方に歩みを進めた。
「えっと……」
「テアリア。出身は統合王国。それより何よ、その後ろの帯。曲がってるわよ」
「えっそうですか?いやぁ自分で結んだからどうにも下手で」
「これからは誰かを頼りなさい。あとこの結び方だと解くときも大変だから、一人でやるならうまいやり方があるのよ」
そう言っててきぱきとテアリアはフュルシーアに教えていっていた。
「……テアリアさん、乗せられているのかな」
「もともとそういう性格って考えたほうが良さそうね、これはどちらもの話だけど」
テレナとシェプルスキアの会話の横で帯の飾るように結ぶ方法を教えるテアリアはもともと真面目な娘であった。そして他人のために何かをすることが苦ではなかった。フュルシーアのようなすぐに反応が響く相手であればなおさらである。
「もしかして、昔あたしにきついこと言ってたのって」
「教えてあげようっていうのがあったのかもね。まあ相手が悪かったけど……」
「あたしが悪かったよ……」
そういうつもりで言ったのではないが確かに文法的にはそうも取れるな、と考えながらテレナはフュルシーアを見た。
「何ですか、テレナ先輩」
「出身はウォルセラルでいいのよね?」
「はい!実は南方に行ったこともなくって。生まれてから基本的にはずっとウォルセラルです」
「本が多い街なのよね」
「気になりますか?」
フュルシーアの少しいたずらっぽい笑みにテレナは静かに頷いた。
「……実は、学院の図書室に寄贈しようと色々持ってきているんです」
その言葉を聞いて目を輝かせたテレナに、シェプルスキアは言うほどテレナも冷静ではないしフュルシーアに乗せられているなと考えていた。それはそうと、テレナが読んでくれる本が増えるというのはシェプルスキアにとっても嬉しいことだった。