角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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新顔の運ぶ書物は燃える 5

「……改めて考えてみると、深夜に押しかけてくるとはまったく最近の学生は規則というものをわかっていないわね」

 

古い友人に手紙を書くために開けた葡萄酒の入ったカップを手の中で回しながら、学院の教授であるヨルワは溜息を吐いた。

 

「運営理事会の人々が集まっていて助かりました、できればリュクバーン枢要僧にもお伝えしたいのですが」

 

「それで、テレナ嬢。これがそこまで危ないものだとあなたは考えるのね?」

 

「はい」

 

二人の間には、蝋燭の明かりが照らす一冊の本があった。「墜ちる灯火」という表題の、統合王国語の本。読了してすぐ、テレナは寮監に見つかって面倒事にならないように注意しつつヨルワの宿舎までやってきたのであった。

 

「王室批判と読み取れる表現がある娯楽小説も、角灯主義の危ない本も出回っている現状において?」

 

「ええ。これはその双方であり、組み合わせです。作者が誰であれ、この本で一流の作家と一流の思想家としての資格は満たすかと。もし私に権限があれば王認学術協会の美術哲学部門に推薦するのですがね」

 

「あら、なら私から適切なところに話を通しておくわよ」

 

「……お願いします。この作者については、きちんと監視の必要があるかと」

 

ただ、この本に作者の名前はなかった。思想的な系譜を読み取ることはできるが、実際に接触を持っているとは限らないのが厄介なところであった。そして印刷所から探ろうにも、ウォルセラルを捜査できる組織は北側世界に事実上存在しないはずだった。もちろん、できる組織はあるのだろうがとテレナは考えていたが。

 

「で、事実は聞かせてもらったわ。私は決して思想家ではないけれども、貴族を廃して市民によって選ばれた人物による統治だなんていう本の内容が、今の統合王国の規制の対象になるのは間違いないわね」

 

「そうなんですよ、そしてこれはかなり明確に、どうすればそれができるかを説明しています」

 

制限され、そして責任を取って廃位もありうる天子。貴族に与えられている有形の特権の廃止。皇帝を含めたあらゆる人間の平等と、天子と代議士を選ぶ資格のある良き市民たち。そして新しい国家における土地制度の変革。テレナが読んできた角灯主義の本の中でも、ここまで明確な分析をしている例はなかった。

 

「それで、我々はこれに対して何ができるの?」

 

ヨルワに尋ねられ、テレナは黙ってしまった。

 

「……対応が必要なのはわかる。でも、具体的にどうすれば?教えてもらえる?」

 

「……この浅学の身には」

 

俯いたテレナを見て、ヨルワは軽く首を振った。

 

「問い詰めているわけではないの。文字通り、助けが欲しい」

 

「……私の見立てで良ければ。これを作った人は、おそらく貴族や裕福な階級と繋がりのある角灯主義者。この本の主人公のように第三王子がみなされれば、彼らの権力を強めることになります」

 

「均衡が崩れると?」

 

「……私の、最悪の予想で良ければお話しますが」

 

「いいわ」

 

「この本が実際に実行されたとき、明確な対立が起こります。たしかにここで示されるものは、今の統合王国においていくつかの陣営が妥協案として呑めるものでしょう。王室派は完全に力を失うわけではなく、地方派も代議士として国政に直接参加できる。貴族は特権を失い、土地を再分配されるとはいえ、今まで培ってきた産業と知識は消え去らない。しかし、そのような国家が機能するとは私には思えないのです」

 

「理由は?」

 

「誰がかつての貴族のような義務を負うでしょうか?」

 

「……なるほど、そこにテレナ嬢の意見は集約されるのね」

 

「これは今の貴族の枷を外すだけのものです。彼らは名誉と義務で縛り付けなければ、暴走するものです。自分の労苦に見合っただけのものを彼らは貪欲に求めるでしょう。それが不相応であるとこっそり囁いてくれる宮廷社交界はないのです」

 

「そこまでの無能が、貴族として生き残れたと思う?先王の、ルメン七世の粛清を超えてなお首が繋がっている貴族しか、今の統合王国にはいないのよ?」

 

「今の、です。しかし、これからは?今の第四学年において指折りの優秀な人物であるファーネスタ嬢であれ、己の立ち振舞いを学ぶにはあと五年はかかるでしょう」

 

「……まるで、自分はそれができているというかのような口ぶりね」

 

ヨルワは眼の前の若者を見ながら言った。彼女の危惧は理解できないものではない。しかし、彼女には決定的なものが不足していた。統合王国についての知識である。

 

もちろん、多くの書物にそれは断片的に描かれている。しかし本の中の文章を組み合わせて生まれるものと、実際の社交界で感じられるものは大きく違った。それはどちらかが誤りというわけではない。しかし、実際の社交界を知らない少女の分析に限界があるのも事実だった。

 

「私はできることがないでしょうね、おそらくは死ぬまで」

 

自嘲するように返すテレナに、ヨルワは少しだけ呆れた。学院の学生の中でテレナに並ぶ人物は、今の時点ではほぼいない。複数の陣営から信頼され、噂を流すことを許されているというのは間違いなく高い政治技巧なしにはできないことであった。

 

それが安全な学院における遊びのようなものであっても、である。

 

「それと、私が危惧するのはもう一つ」

 

「何?」

 

「市民、あるいは平民と呼ばれる階層。彼らが動く原理が、読みきれない。もし彼らが与えられた力を適切に振るえなければ、多くの問題が起こる」

 

「……なるほど、平民が平民を選び、それを代議士とする時、彼らを誰が見張るのか、ということね」

 

「かつては貴族の相互監視がありました。彼らは派閥を持ち、土地に縛られ、領民と王の視線を受けていました。しかし、もし王の権力が損なわれ、貴族の権威が解体されれば、誰も見張るものはなくなります」

 

「……論考を文章に。明日以降の授業については、しばらく休んでもらって構わない。運営理事会が帰る前に完成させること。本については、追加で取り寄せられないか訪ねてみる」

 

ヨルワの判断は、教授として取りうる範囲を実際には越えていた。命令にも、依頼にもなり得ない。なぜならそれは学生としての本分を越えているものだから。

 

しかし、今の北側世界でテレナほどの視野を持ち、文章にまとめるだけの力がある人物はいない。特に本が出回っていないと考えられる今であれば、彼女の書いた論考は価値がある。何かを待つには数月というのは長いが、何かを成すには短いのだ。今は速度こそが求められる。

 

「……ありがとうございます」

 

テレナはそう言って、頭の中で物語の構成を思い出していた。

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