角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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新顔の運ぶ書物は燃える 6

「……どこまで考えているの?」

 

テレナが書き散らかした紙を見て、テアリアは言った。体調が悪くて休みかと思っていればシェプルスキアに呼ばれ、ついて行ってみれば図書室の奥に閉じこもって死んでいるのか誰かを殺したのかという目をしているテレナが待っていたのである。

 

移動の最中に、シェプルスキアから話は聞いていた。どうやら婚約破棄事件の続きに巻き込まれているらしい。あるいは、自分から積極的に巻き込まれていったか。

 

「色々と。まだ雑に書いている段階だから、まとまってから整理する」

 

「ところでテレナさん、この方の紹介をしてもらっても」

 

少し気まずいように一緒に付いてきた第三学年のネアが言う。朝の時点でシェプルスキアから読んでおくようにと言われて渡された本を、昼の休みのうちに読み切って授業が終わってすぐに来た形になる。

 

「テアリア。ファーネスタ閥だった第二学年。詳しいことはそこのシェプルスキアに聞いて」

 

「そのシェプルスキアさんは、慣れない授業記録の作成に苦労しているようですが」

 

テレナがいない間にも、授業は進んでいた。さすがのテレナとはいえ、何をされていたのか知らなければ理解に欠けが生まれる。詳しい内容はともかく、項目ぐらいは知っておく必要はあったのだ。

 

「たまには必要よ、いつでも本を読んでくれる人がいるとは限らないもの」

 

「そうね。それで、私達を呼び寄せたのはこれを確認させたいから?」

 

床から拾った紙を見ながらネアは言う。

 

「そう。同時に、これは学院はこれを元に動くという二人に対しての情報提供でもある」

 

「自分で作ってそれを提供することで恩を売ろうってわけ?すごいやり方ね」

 

テアリアは呆れながら、ネアの持つ紙を横から覗き込んで手元の文字を見た。「墜ちる灯火」という本がもたらす問題と、それへの考えられる対応。ただ、どうしてもテレナの思考には限界があった。

 

「……読ませては、もらいました」

 

ネアが落ち着いた声色で話し始めると、テレナはペンを持っていた手を止めて視線を上げた。

 

「ティツン商会の関係者として、どう思う?」

 

「実に面白い本でした。登場人物の描写は軽薄ではありましたが」

 

「そのあたりを深く読むのはあまりいいものではないわよ、古い叙事詩を読んで名前だけしか言及されないような人物の劇を作るような人間と同類になるわよ」

 

「それは結構普通のことですよ、テレナさん」

 

「一部の人達だけよ。それで、冷海同盟加盟地域のほうだとあの本はどう扱われると思う?」

 

文学をわかっていない後輩に講釈をしたい欲求を抑えつつ、ネアは口を開く。

 

「まずは普通に失敗した王政に対する嘲笑として、ですね。基本的に冷海同盟に加盟している王国はその王権が形骸化しています。もちろん、それなりに力はありますが所詮は大商会程度。彼らのもたらす爵位というのは、大きな商業都市国家の出す貿易免許と同じ程度の意味しか持たないわけです」

 

ネアの説明を聞いて、テレナは頷いた。

 

「統合王国のやり方が統合王国にとって悪いとはいいませんが、そこまで考えられる人は少ないですからね。それにこれを統合王国の王室が嫌がるのであれば積極的に印刷して配るでしょう。冷海同盟の商人はどうしても陰湿なところがあるので」

 

大きく頷くテレナを見て、テアリアはよくまあそんな態度が取れるなと半ば呆れながらも感心した。これではネアが陰湿であると言ってるようなものであったが、当のネアはそれを褒め言葉であると思っていた。

 

聖座による繋がりではなく、資金による繋がりによって冷海同盟は成立している。もちろん抗議派というある程度の共通点はあるが、それすら例外はあるしそもそも抗議派はその成り立ちから自動的に教会ごとの連帯すら難しいという問題を抱えていた。

 

そして経済は、需要と共有が生まれる限り動くものであった。高速な船、精密な時計、訓練された人員と巨大な販路。それを持つのは冷海同盟のみであったし、自動的に北側世界において冷海同盟は不可欠な存在となっていた。

 

彼らが海洋貿易を支配した理由の一つは、学術研究にもある。合同で設立されている海軍の研究機関は、多くの議論と反論がある中で船旅特有の病を解決する方法を編み出しつつあった。そのような知識を持たない統合王国や教主国と比べ、新大陸とのやり取りを多くすることができた。それは同時に、多くの貨物を運ぶことができるという意味でもある。

 

「……とはいえ、冷海同盟が結束しているのは巨大な売り手あってこそです。統合王国が別に王を廃止しようが構いませんが、冷海同盟から物を買わなくなるほどの混乱があるのは困ります。あそこは農業国ですから、最悪麦は自給できてしまうのですよね。贅沢を覚えた貴族がいなくなって、その後の市民たちがきちんと高級品を買ってくれるかと言われると怪しいと思います」

 

「貴族が貴族じゃなくなっていいなら、私の家は真っ先にその重荷を手放しかねないと思うわ」

 

ネアとは別の視点から、テアリアは言う。

 

「テアリアさん、詳しく」

 

「地方派の貴族で、まともにやっていけてるのはごく一部に過ぎないわ。私の家だって、テワドレーム公爵家からの支援なしには立ち行かない」

 

「エアーク・ファルティク。地方派の首都詰めの首魁で、地方派の中でもまだ話が通じる方。それであれ、貴族制度が消えた時にかつてのように信頼できる家臣に相当する人々を集められないと言うのですか?」

 

ネアの確認に、テアリアは頷いた。

 

「テワドレーム公爵が我が家を支援しているのは、そうしなければ税収が確保できないからよ。もしそこに平民が登用される道が広く用意されてしまえば、裕福な貴族家でなければすぐに追い落とされるでしょう。没落も時間の問題かと思いますわ」

 

「二人ともかなり過激な見方ね……」

 

そう言ってテレナは息を吐き、手元の紙を見た。

 

「なによ、テレナさんこそ一番危ない可能性を想定しているくせに」

 

「あくまで想定ですよ」

 

テレナの描いた地図には、北側世界のみならず南側世界の陣営の様子もあった。机の周りに積まれた本はかつて南北世界の間で行われた聖戦と呼ばれた幾度もの争いの資料。大規模な衝突は、北側世界最大の国家である統合王国の機能不全、あるいは崩壊によって連鎖的に起きうるものであった。

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