角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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新顔の運ぶ書物は燃える 7

学園に近い商業都市であるケラフェツでも、その本は見つかった。学院への本の納入をしている商人に尋ねたところ、在庫があるとすぐに答えられたらしい。

 

そして、その取り寄せられた本が理事会の構成員に回り、ここに集まる全員がそれを読み終わるまではしばらく時間がかかった。もちろん、彼らとて他の予定がある。それでも帰路の予定期間を切り詰め、あるいはその後の予定を開け、それなりの人物がまだ学院に残っていた。

 

「それで、テレナ嬢。君の話を聞かせてくれ」

 

眠気を相殺するような頭痛でふらつきながら、テレナは理事会の人々の前で頷いた。かつてシェプルスキアが座ったのと同じような席に、しかしもっと厄介な問題のために彼女は座っている。

 

「はい。まずは改めてもとの小説、『墜ちる灯火』の構成を見ていきましょう。大きく分けて、三つの部分にわけることができます。学園での物語、旅の物語、そして復活の物語。読者はまず学園の物語を通して、極東方という世界を知ります。もちろん、ここで描かれる極東方は架空のものでしょう」

 

「なぜそれがわかる?」

 

言葉を切ったところにすっと初老の男性が言葉を差し込んだ。説明を省こうかと思っていた場所であり、ちょうどいいところで聞いてくれたとテレナは考えた。さすが、ここに座っている人はこういったところにも経験ができるのだなという奇妙な納得もあった。

 

「いくつかの旅行記と論文を参考にしました。もちろん、極東方においてはかつて明確な虚偽を誰もが信じていた時代があることを差し引いてもなお、極東方の過去の文献で言及されていない文化がいくつか見られました。作中の火に対する態度も、その一つでしょう」

 

表題にもある灯火というのは、作中の極東方において天子が守るものであった。テレナは描写が古い火炎崇拝のあたりから来ているのではないかとも考えていたが、少なくとも宗教的要素は見受けられないように書かれていた。

 

「この作中での火の扱いは、明確にヴェツァーの議論を踏まえています。天子によって保管され、独占されていた火が堕ちるかわりに、人々が自分の火を持ち寄って夜を照らす。角灯を持つ人物を絞るべきとしたヴェツァーの論に反する形となりますが、この演出を物語の終盤、皇子が宮殿に戻ってきた際に持ってくるのは見事と言う他ありません」

 

テレナも読んでいたときにある種の高揚感があった。苦しい思いをして山を越え、その先に広がる宮殿を取り囲むように人々が明かりを手に持って集まっている様子。そしてそれは、皇子を新しい代表者として迎えるものだった。

 

一方で、彼らの手にある火は新しい形の権力と支配の象徴でもある。作中でそれが書かれなかったのは、下手をすると作者すらそれに気がついていなかったからだろうなとテレナは考えていた。

 

「……まとめましょう。私がこの本を危惧する理由は、この本が正解に見えるからです。混乱に乗じた貴族体制の弱体化と古典時代の民主制にも似た平民の政治参加制度の確立。これは、混乱を起こしたい側にも求めたい側にもある種の妥協点として魅力的に思える内容を持っています」

 

そう言って、テレナは周囲を見渡した。そして彼らは、飲めなくはないと結論付けてしまっていた。

 

迫りくる混乱は避けられない。かつてルメン七世時代の粛清劇の裏には王室の、あるいは統合王国の苦しい財政状況があった。近年でもそれは続いており、かつては名家の人物しか入ることができなかった財務大臣の屋敷には、平民上がりの購官貴族や継承権の低いはずの学院派が入り込みつつあった。

 

そのような中でさらなる波乱が起きれば、決定的に権力は失われる。その時に、もし妥協案としてこれが出されたら、と彼らは考えるのだ。

 

貴族の特権は失われる。しかし、それは表面的なものだ。貴族の本質は免税や年金ではない。それが失われてもなお、数百年に渡って蓄積されてきた縁戚と知識は失われない。

 

市民階層の権力向上が起こる。とはいえ、今の時代に貴族のみが統治をしているわけではない。複雑な税金の処理を行っている人々の多くは法的に保証された特権と爵位を持たない平民たちだ。彼らが実務上の権限のみならず、実際の地位を求めるのも時間の問題である。そして、今の統合王国にはそれを爵位や年金の形で与えられるほどの力がない。

 

危険な角灯主義が広まる。しかし、それの対処をしなければならないのはもはやその市民たちなのだ。もしそれが大変なものとなったとしても、彼らとて本望だろう。

 

もちろん、同じような理屈が他の派閥や勢力の実利にも当てはまってしまうのであった。今の地位に満足していない人々にとっては、混乱に乗じて地位と権力を手に入れる機会となる。仮想的な敵である国家の内部で起こる混乱は、周辺勢力にとって望ましいことである。王室派でさえ、この思想によって相手がまとまってくれれば刈り取りやすいと考えるかもしれない。

 

「……この物語の本質は、物語として面白いことに尽きます。それは所詮物語なのです。騎士の物語を読み、騎士として必要な冷酷さと指揮力を手に入れることができるでしょうか?それは部分的には描かれているかもしれませんが、そのような物語の目的は騎士の手本とするためではないのです」

 

「ではテレナ嬢、この本は、誰が、何のために作ったと?」

 

そう言った女性の方をテレナは見て、息を軽く吸った。

 

「まず、作者、あるいは作者たちは過激な角灯主義の系譜にあります。また、学院の情報を詳しく知ることのできる立場……理事会の皆様と同じ程の、学院への近さを持っているでしょう」

 

下手をすればこの中に内通者がいてもおかしくはない、とテレナは考えていた。それほどまでに作中の「学園」の細かいところ、そして登場人物たちの描写はこの学院とあの三人を捉えていた。

 

もちろん、中の噂を知る学生からすればそれがどのように歪められているかはかろうじて認識できる。しかし、あの本を読んでしまったせいでテレナは今も学院に残るファーネスタやエネトをかつてのようには見られなくなっていることを自覚していた。

 

「そして、彼らの目標は理想の実現と自己顕示と私は見ています。しかし、それは重要なことではありません」

 

そう言って、テレナは息を吸う。

 

「それがいかに解釈されるかこそが、重要なのですから」

 

だから、テレナにはこの本の影響を止める方法が思いつかなかった。

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