角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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新顔の運ぶ書物は燃える 8

「テレナは考えすぎなんだって」

 

うつ伏せになり、銃を構えながらシェプルスキアは言う。照準の金具の向こうには、訓練場の隅に作られた土の山があった。

 

「そうだったら、とてもいいわよ」

 

「考えてどうにかなるものじゃないでしょ?」

 

「考えなくてどうにかなるものでもないのよ」

 

テレナも望遠鏡を覗き込む。シェプルスキアは定期的に訓練をしていて、手に銃を馴染ませていた。シェプルスキアの知るいい銃のなかでも間違いなく上位に来るこの試作品は、もしシェプルスキアがその気になればこれ一つで学院を制圧しきれるほどのものだった。

 

もちろん、それは単純に全員を殺すという意味ではない。主要人物の頭を演出的に撃ち抜き、学生たちを恐怖で怯えさせ、あるいは今ここで動くよりも待ったほうが得だと思わせればいい。とはいえ学院を狙う理由がない以上、シェプルスキアにとってこの計画はテレナの危惧と同程度の思考の訓練でしかなかった。

 

「……今」

 

テレナが言うと、すぐにシェプルスキアは引き金を絞る。狙っていた赤い布には一瞬遅れて穴が開いた。

 

「やっぱり見張ってくれる人がいると、撃つのに集中できるね」

 

シェプルスキアは姿勢をほぼ変えずに次の弾丸を詰めながら言う。残った火薬によってどの程度弾丸が飛び出しにくくなり、軌道に影響するかをシェプルスキアは感覚として掴みつつあった。

 

「でも、私は風は読めないわよ」

 

「そこはあたしがなんとかするから」

 

長距離の射撃となると、どうしても様々なものの影響を考えなくてはならなかった。シェプルスキアでさえ、風があると狙いがどうしても難しくなる。学院の屋上から撃ち下ろして指揮官を狙うというヴィンサートの基本方針を実現するためには、まだもう少し練習が必要そうだった。

 

「……テレナの意見、通らなかったんだっけ」

 

「いいえ、理事会は十分私の見解を理解してくれた。その上で警戒し過ぎであるし、できることは少ないと考えただけよ」

 

「どういうこと?」

 

そう聞かれ、テレナはなんと答えるべきかを少し考えた。

 

「まず、角灯主義の本は今でも多く出回っている。中には危険な王室批判のものもある。そういうものであれば、統合王国の警察が動くでしょう」

 

治安維持の名目で統合王国の警察は市民に対しては強い権限を有していた。とはいえ彼らはどうしても主流である軍にいられなかった貴族と街のごろつきと大差ない奴らによって構成されており、王室に忠誠を誓うというよりも抑圧の理由を得たい人物たち、というのがもっぱらの市民たちの噂であった。

 

「でも、あの本はそうじゃないよね」

 

「ええ。王室が知れば動きはするでしょうが、それでも限界がある。なにより、あれは誰が読んでも面白いのよ」

 

「確かにテレナに読んでもらったところは笑えたけど」

 

「だから、広まりやすいだろうと。逆に言えば、もしあれを止めようと思ったらあれよりも面白い話をまずは用意しなくちゃいけないの」

 

「それは難しいね……」

 

「私の書いた論考は、それを読めるだけの知識が必要。ヴェツァーを読んでいない人にとって、作中の灯火は演出に過ぎないの」

 

「……わかりやすい話に乗せられてしまう、ということ?」

 

「端的に言えば、そうね」

 

「それを止めるのは、難しいよ……」

 

「経験が?」

 

テレナが聞くと、シェプルスキアは頷いた。

 

「……もし、だよ。テレナ」

 

「なによ」

 

「優秀な指揮官がいたら、きっとあの本みたいになった国の軍隊は恐ろしいことになるよ」

 

「どういう意味?」

 

「ええと……ずっと狂っていられる、っていうのかな」

 

シェプルスキアにとって、それは半ば無意識に制限していたものであった。それが大きな力を引き起こすことを、シェプルスキアは体験していた。

 

ただ、それが長続きしない場合がほとんどであるとも知っていた。殿を任された部隊がどれほどの力を持つかは、きっと戦場に行ったことがない人はわからない。

 

テレナは、その本が面白いがゆえに人を惹き付け、身を滅ぼさせると言う。ただ、稀にそのような狂気を宿してもなお、それを操ってしまえる人間はいるのだ。あるいは、狂気に操られる才能がある人間が。

 

「……戦争の熱、のようなもの?」

 

「かもしれない。それに飲まれないように、あたしの一族はよく頑張ったと思うよ……」

 

「参謀天幕、だっけ」

 

「それもあるけど。あれのもとはあのエル爺のお母さんの考えなんだけど」

 

「エルガーツ翁の?」

 

テレナは冬の学院で出会った、イウェラ連隊の連隊長補佐の老人を思い出していた。

 

「そうそう。あの人のお母さんはイメリシュカって言うんだけど、昔はその人がイヴェリャン団の大参謀だったの」

 

「……どういう形で入ってきたの?」

 

テレナの記憶だと、イメリシュカと言う名前は地域的には共和王冠国か総権国のものだった。

 

「共和王冠国の人。家庭教師が学院の卒業生だったんだって」

 

「かなり前の話ね」

 

「もう死んじゃってるからね……」

 

シェプルスキアが物心つく前に、彼女は亡くなっていた。傭兵団にあっては珍しく、老衰によってである。

 

「イヴェリャンの大母とか呼ばれてたけど、もともとは総権国……は当時なかったはずだけど今のあのあたりの領主を襲った時の戦利品でさ」

 

「そういう一族なのよねそういえば」

 

「そういう場所だったんだよ」

 

シェプルスキアにとって馴染みがないわけではなかったが、西側とは違うなと思うところであった。とはいえそれが当時の彼らの生き方なのであったし、彼らに言わせれば襲われる程度に弱いか交渉もできないほうが悪いのだった。

 

「で、そのイメリシュカって人は嫁いできたところを攫われたはずなんだけど、東側のだいたいの言葉を話せて文字も計算もできて非常に重宝されたから……」

 

「傭兵団の基盤を構築したのが彼女?」

 

「エル爺はそう言ってたよ。人を惹きつける才覚のある人物と、戦いを俯瞰できる人物は異なるからその双方をきちんと上手くやらないとだめなんだって」

 

「それができる西側の組織、まずないわよ……」

 

シェプルスキアの率いるイウェラ連隊のように指揮と作戦立案を分離している例は西側には稀だった。それは人材の育成の問題もあったし、指揮官が横から口を挟まれることを嫌うからでもあった。強固な信頼と、丁寧に作られた制度なしにはそれは成し得ないのだった。

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